No.71「有言実行派、卜部針裏」
あれから四ヶ月後。肌を刺すような寒さが続く一月の事だった。局長室に呼び出された中村は、針裏の姿を確認した途端に嫌な予感を覚えた。
「……ここに呼んだのは針裏が直談判しに来たからだ。副局長、そして彼の直属の上司である研究所所長。彼の言う事を夢物語だと一蹴しているらしいが、もしそれが実現できたとしたら戦闘での死亡率は格段に減り、連絡手段等ではかなりの効率化が図れると思うのだが、その点はどうなんだ」
動揺を隠しきれずに目が泳ぐ。
――まさか、直接局長に持ち出すとは。
見誤っていた事を後悔するが、それは自惚れというものだった。
能ある鷹は爪を隠す。
針裏は有言の実行はないと思わせる為に、頭ごなしに否定された日から中村の前では口だけを達者に今までを過ごしてきたのだ。
「た、確かに実現ができればそれはもう喜ばしい事です。生存率は上がり通信系で必要な様々な機器もほとんどが不要になります。しかしこれも局長の言葉を借りて言うならば、夢物語でしかありません! 絵空事です!」
中村の言葉はまだ止まらない。
「これら全ての機能を今の制御装置の大きさで……いいや、強化や軽量化、小型化までするのならかなりの技術と時間、資金をも要しますよ」
両者の意見を聞き終わった一局長が静かに目を閉じる。再び開いた時には、薄く笑みを貼り付けていた。
「残念だよ中村副局長。君の考えは古く、その腕は錆び、目は腐ってしまっていたようだ。……ここに試作品がある」
胸ポケットから取り出したのは、紛れもなく制御装置だ。しかし今までとは形状が多少違い、腕時計に見える事は変わらないが厚さは半分以下で一センチもない。機械本体には液晶画面しかない事から、タッチパネル式だろうと予想がつく。
「ま、そういう事っスよ。今までの制御装置とは比べ物にならないくらいすごいっしょ?」
針裏が自ら操作し、有言実行したという事をまざまざと見せつける。
「こんなものッ……!」
彼から制御装置をひったくると、近くの壁めがけ投げつける。頭に血が上っている彼はそんな単純な事で針裏の方が有能だという証拠をなくせたと思い、跳ね返ったそれを恍惚の笑みで見つめる。
しかし、次の瞬間には表情が凍りついた。
「傷一つ、ついていない……!」
力一杯壁へと打ち付けたはずなのに、液晶画面にヒビすら入っていない。針裏の勝ち誇った笑みと同時に、局長が溜息を吐き出した。
「これで衝撃への耐久性も証明されたわけだ。そうっスよね、局長?」
「そういう事だな」
「ま、待ってください……。だいたいなんでこいつが研究用の制御装置を持っているんですか!? ぬ、盗んできたんだろう!? 与えた覚えがないぞ! こいつは盗みを働いたんですよ。そんな奴を局長は信用しようって言うんですか!?」
根も葉もない事実無根な事を言われ、針裏は片眉を吊り上げる。
「これは、仕方がないから自分の制御装置を使ったんスよ。言う通り与えてくれなかったから」
「これ以上失望させないでくれ。中村副局長……いや、所長としてもだ。君を解雇する」
「な、なぜですか……」
「今日中に荷物をまとめておけ。明日からは出勤しなくていい。そして今日基地を出る前に、免許証、証明書、バッジ、制服、制御装置を返しにくるように」
「そ、そんな局長……っせめて在籍させてください! 研究所のメンバーは俺が育て上げてきたチームです!」
「所長の作り上げてきたチームだって、あんたのワンマンのせいで誰の意見も聞き入れなかった結果、発展もなんもしなかったんでしょ。育て上げてきた? ちょーウケるんスけど」
馬鹿にするような口調へと中村は目を剥くが、針裏は次々ととめどなく出てくる本音を止めようとはしなかった。
「生み出すのは現場の死者ばかりで時間だけが進み、あんたのエゴで成長を止められてしまった技術は時の流れに置き去りにされ古臭いままだ」
わざとらしく挑発した後、わざとらしさに拍車をかけたような演技で残念がる。
「そんな生産性のないトップだったら、僕がその椅子すぐにでも貰えますよね? ああー孤高の天才は辛いなぁ。すぐに孤独へと君臨しちゃうんスね」
「デタラメだ! こんな奴の作ったポンコツを使ってみろ! 死者はこれまでの倍以上になるぞ!」
「中村元副局長、実用化の許可をするのも人事について決定を下すのも君ではない。針裏、君が今日から副局長、そして研究所の所長だ」
絶対的な局長の下した決定事項に、しかし中村は必死に食い下がる。
「ま、待ってください局長! こいつはまだ入って半年も経っていません。こんなぺーぺーには……」
「何言ってるんスか、元所長。あんたが言ったんじゃないですか。ここは実力主義の組織なんでしょ?」
いつか彼に浴びせた言葉が自分に返ってきた。ワナワナと震えながら奥歯を割れんばかりに噛み締める。
「この……クソ若造がアァァアアアアッッッ!!」
「……その顔が見たかった。悔しがるクソ老害の顔がね」
にこやかな笑顔で、針裏は局長室を後にした。
*
「ったく末恐ろしい奴だよお前は。副局長になりたいとか言ってたのが恥ずかしくなってくんじゃねぇか。夢横取りしやがって」
「悠長なんスよ、龍崎サンは。まあそれについては興味ないんであげますよ。僕の目的はあのクソジジイをボロ雑巾になって千切れるくらいまでこき使う事っスから。まーもういないから、代わりに僕ちゃんの独壇場を手に入れたからそれでいいや」
「なんか当初の感動的な目的からすり変わってない? てかあげるってどういう事よ」
「僕には所長だけで充分っスよ。なーんかさ、所長に就く以上、退魔師免許を取れだとか言われたし忙しくなるじゃん? 面倒そうな副局長を断って、代わりに龍崎サンを推薦しますよ。白砂サンと一緒に」
「はあ!? なんで白砂もなんだよ!」
「えー、派閥争いに巻き込まれるの面倒臭いんだもん。龍崎サン贔屓だと思われちゃうと後々大変スもんきっと」
「なんて理由だよそれ! 冗談じゃねぇよ」
「その通り冗談じゃないっスよ? 僕ちゃんは有言実行派なんで」
「……イイ性格ね、本当」
実行した事を見せつけられたばかりの龍崎は、頬をひくつかせながら酒を煽った。しかし酒が入るにつれ、会話は愛妻と愛娘の事のみで次第に埋め尽くされてくる。
呆れてほぼ聞き流していたが、相槌ははなから期待していない上機嫌な龍崎は勝手に話を展開していく。
それが一時間続き、いつ終わるかも分からない酔っ払いの自慢話にも嫌気がさした頃、早く酔い潰そうと酒好きの彼の前に酒を次々と並べた。
泥酔するまではあっけないほどに時間がかからなかった。横で寝息を立てて寝言を時折漏らしている。
「いやあ、兄ちゃんも手荒だねぇ」
「そういうおっさんだって、止める事なく息ぴったりでお酒渡してくれるじゃないっスか」
「そりゃあれよ。四ノ宮君が生きてた頃は話し相手が彼だったから良かったんだ。死んじまってからはずっと俺に永遠と話してくんだぞ。仕事中だっつってんのによぉ! ハッハッハ、お前さんがいなきゃ今頃俺が酒で酔い潰してたさ!」
「手荒だとか人の事言えないじゃーん、それ。にしても元気っスねぇ、龍崎サンは」
「いいや、こいつも結構落ち込んだみたいだぞ。自慢話がうるさい時は、落ち込んでる時か良い事があったかのどっちかだって昔っから相場が決まってんのよ」
「ふーん……。まあでも、落ち込むにしても喜ぶにしても、人を巻き込むのはやめてくれないかなぁ」
「仕事柄その愚痴がこぼせねぇらしいからなぁ。家と会社往復してんだ。息抜きに嫁と子供の話してもしょうがないさなぁ。兄ちゃんもたまにはこうやって付き合ってやれよ! 面倒くなっちまったら酔い潰しちまえ! 協力するぞ」
「ははは、そりゃーありがたいっスねぇ」
こんな龍崎にも大変な事があるのだと分かり、少し気を許す。彼が起きて酔いが少し抜けてからタクシーを呼ぶ。
柄ではないが家まで送って行くと、その親切心は急にプツンと糸を切るようにしてどこかへと息を潜めた。
「すっごい豪邸! ピンポンして出てきた奥さんちょー綺麗! 僕ちゃんの同情心と親切心と時間と労力諸々返しやがれ龍崎」
「一応地位的にはお前の方が上だけど、ついに敬称がなくなった!?」
「もうすぐ横並びになるって? むしろまた上に立てるって? させねぇっスよこの髭面ぁ! 推薦は白砂サンだけにしてやる……!」
「なんでだよ!?」
「ふふふ、二人は仲が良いのねぇ。主人をよろしくお願いします」
「良くねえよ! こんな奴によろしく頼むんじゃねぇ!」
妻の笑顔に全力で否定する龍崎だが、いきなり針裏に首へ腕を回された。
「これからも仲良くしましょー……ネっ?」
禍々しいオーラを孕んだ針裏に気圧され、龍崎は首を縦に振るしかなかった。
「その仲良くが平和的な仲良くな気がしないんだけど……」
「さーあ、それはあんたの働き次第っしょ」
「遂にあんた呼ばわりか!」
「ふふふ、良いじゃない。『あなた』に響きが似ていて」
「ねー!」
「俺の嫁さんに馴れ馴れしく『ねー!』とか言ってんじゃねぇぞペーペー!」
「所長兼副局長の僕が、ペーペー……?」
「うっ……」
「やっぱ龍崎サンの推薦なし」
「神様仏様針裏様!!」
「研究所所長の名前は?」
「卜部針裏様!」
「龍崎サンの出世を左右するのは?」
「卜部針裏様!」
「よくできました」
冗談でも針裏にひれ伏す日が来るとは。
そんな思いに龍崎は駆られていたが、これもまた一興かなとも折り合いをつけた。
「さ、上がって飲んでけ」
「はあ? もう勘弁して」
地のトーンでそう突き放すが、龍崎は腰に腕を回してくる。
「今夜は逃がさない!」
「奥さん、この髭面の酔っ払い引き剥がしてくんさい」
「了解しました!」
無理やり夫を家の中に入れると、「ごめんなさいね。今日はありがとうございました」と軽く頭を下げながら扉を閉めた。
「おいこら匠! 泥酔して人様に迷惑かけんじゃないわよ! はよ起きてベッドに行くなりなんなりしなさい!」
「す、す、す、すみませんはい今行きますひぃいいいっ!」
夫婦同士の門外不出の聞いてはならない会話が聞こえてきた。
龍崎匠の嫁は、強かった。




