No.57「潜入捜査一時間目」
「潜入……できてますよね。バレてないですよ……ね?」
同じクラスに一斉に六人も転校生が来たという事で、三年B組の教室は異様な雰囲気を醸し出していた。アルに限っては、眼鏡と付け鼻が接着されているパーティグッズを自ら進んで着けている。
「てぇっ、何やってるんですか!」
「え〜? 変装」
なるべく影を薄くするはずが、これではまるで逆効果だ。目立っているのに気づかない訳ではないだろうが、少しの悪ふざけの心でそのスタイルを貫いていた。
「どう考えても一つのクラスに転校生六人共一緒ってのはおかしいだろ。こんな中途半端な時期に六人も、しかも転校がかぶる事自体おかしいのに。もっとここの教師は頭が回らなかったのか?」
「あはは、むしろ教師としてここに来た方がボク達くらいの年齢になると自然だったよね。大学から研修に来ました、みたいな」
「おいアル、ティアは大学生に見えないぞ」
「な……ぜ……」
「訊きたいのか?」
突然話題を振られたティアは、夜斗の言葉に首を横に振る。
「いや、いいです!」
「遠慮しなくていいぞ。まず背が低い」
「言うほど低くないですー」
「童顔寄り」
「言うほど寄ってませんー」
「あと可愛い」
夜斗の声を真似て、アルがニヤニヤとしながら発言する。彼が右手に持っていたスマホが手から落ち、床に吸い込まれるようにして落下していく。ひどく動揺している中、ティアはそんなアルを見て否定的な言葉を口にした。
「……熱でもあるの?」
死んだ魚のような濁った目が、しっかりとアルを捉える。
「もう、これだから日本人は! ブスがブスだと自覚する事は慎ましいけど、美人が美人だと自覚する事だって慎ましい事なんだよ!」
「何その残酷な慎ましさ」
思わず地のトーンで弘和が突っ込んでしまい、敬語を使わなかった事を一応詫びた。しかしアルから返ってきた言葉は最もらしい正論だった。
「同級生設定なんだからそれでいいんだよ」
「それもそうか。じゃあウィリアム君は自分をイケメンだとでも思ってるの?」
「え〜、弘和君はボクの事イケメンじゃないって思ってるの?」
「…………いっそ清々しいよ」
先程のティアのような目をしながら、弘和は否定も肯定もせずその言葉を選んだ。するとアルは人差し指を立て、したり顔で決め台詞を口にする。
「イケメンがイケメンだと自覚する事は、とても慎ましい事なんだよ。これぞジャパニーズ」
「さっき、『これだから日本人は』って言ってなかった?」
「これぞアルニーズ!」
「……とりあえず。今日来たばっかの転校生なのに、仲良いと変に詮索されるんでもう話しかけないでくだ……ね」
アルニーズへの突っ込みは無しにスルーする。やはりまだ敬語混じりになってしまうが、本人以外は特に気にしていないようだった。しかしアルの絡みはまだ続く。
「えぇ、ヒロ君ったらつれなーい」
「釣るのは魚だけにしてください。それと、あだ名で呼ぶのをやめてください」
「釣竿持ってきてくれたらね!」
売り言葉に買い言葉。ふざけ文句にノリ文句。そしてそれきり弘和は黙りを決め込む。授業開始の鐘が鳴り着席をするが、転校生六人グループに注目が集まっている。浮ついている生徒達に向かって咳払いをし、挨拶を促した。
「はい、日直挨拶」
起立し礼をする。着席をした途端、ティアと信太は机に突っ伏した。信太に限っては額を机にぶつけ盛大な音を立てた。その音に驚きクラスメイト達は肩を跳ねさせ、注目は一瞬にして教師から六人へと戻る。
「おい、二人とも起きろよ。なんでティアまで寝てんだ」
「私の名前はティナでーす」
「そういうのはいいから起きろ。成績に……」
「響かないでしょ?」
ヘラヘラと笑顔を浮かべ、そして再び突っ伏した。マカロン型のクッションまで持参してきているという準備の良さに、これは計画的な犯行だと確信した。首を痛めないよう、頭の位置へ絶妙に合っているあの高さ。常習犯の可能性も高い。
「おい、アルもなんか言え……ってお前もか! 少しは組織の体面を気にしろよ!」
「ボクの事は嫌いでも、組織の事は嫌いにならないでくだサァイッ!」
「どっかで聞いた事言ってんじゃねぇよ。てかまた寝るな!」
なんとアルまでも寝ているではないか。腕組みをし、正面を見ながら堂々と目を瞑っている。
「転校生の赤石ウィリアム、寝るな。絶賛授業中だべさ」
「えぇーっ! あからさまな二人から片付けてくださいよ。それと、これはただの長いまばたきです」
確実に寝ていた赤石ウィリアム――アルは、自然に目を開き苦しい言い訳をする。流石に納得しないだろうと夜斗は思っていたが、教師の対応は予想に反して寛大なものだった。
「ああそうなの。それはごめんね。それじゃあ信太信太、それと泉ティナ起きろー」
信太の名前はへんてこりんな名前から更にへんてこりん、読み方によっては本名そのままの名前に変更した。そして転校生の半数が初日の一時間目から居眠りという、前代未聞の大事件が今まさに起きている。
信太は盛大にいびきをかいていて起きる様子はない。泉 ティナ――ティアは、マカロンのクッションから顔を上げる。
「転校生さんは疲れているので寝ます!」
転校生という言葉に敬称を付け、そして無茶苦茶な言い訳を繰り出す。
「そっか、なら今日は僕の音読にしましょう。子守唄だと思って、心置きなく寝てくれてかまわない!」
こんな教師がかつていただろうか。一緒になって寝る教師の噂を耳にする事はあったが、まさか職務を全うしつつ教室内の囚人達の居眠りを黙認するなど、それこそ前代未聞である。佐久兎は眠れる事に喜びつつも、最近の日本はおかしいな、と苦笑する。
「……ってなるわけあるか! 起きろ転校生!!」
「ええっ、見直したのにぃ!」
ですよね、と内心呟きつつも、口に反射的に出てしまうこれまた本音。普段大人しい佐久兎が、教室中に響き渡るほどの声を張っている事に驚いた。それに信太もティアも顔を上げ、アルは片目だけを開けた。
「……あ、す、すみません」
先程とは一変、とても頼りない声で語尾が萎んでいく。するとスースーという音が佐久兎の隣から聞こえてきた。愛花だ。愛花も眠っている。
「……うん、もういいよ。僕の授業なんか皆好きじゃないんだ。いいもんいいもん、朗読会にするもん。今日もなまらしばれるべよ。けど、この睡眠時間で放課後まで頑張れ」
「なまらしばれるべよって何?」
「すっげー寒いって事だよ、しのだ君」
方言も交えつつ、拗ねた教師は教壇の椅子に座る。そして弘和が解説をしている間に、教師は小説を革製のカバンの中から取り出し、表紙をめくった。
「それでは聞いてください。『愛の飴と鞭』です」
「いやいやいやそれ、中学の国語の時間に読んでも大丈夫な内容ですか? そっち系の匂いがプンプンするのは気のせいですか」
弘和の真顔のツッコミに教師は可愛く舌を出す。
「あら、間違えちゃった。これは趣味で夜に読んでいる本だったべさ。えっと、通勤の時に読んでいるのはこれ! それではお聞きください。『大氷河期時代で、じっちゃんの名を借りて入社王に、真実は俺が一つ!』です」
「ちょっと待って先生、駄目だよ。いろいろといろいろなところが、様々なものと複雑に絡まり合って、なんとか的にも滅茶苦茶アウトですよ。題名も葉茶滅茶だし……」
「いろいろ、様々、なんとか、滅茶苦茶、葉茶滅茶って、全く容量を得てないですよ」
「あえてぼかしてんです」
「なん……だと……! 挽、回!」
「お寺マークの方が解せなくて良かったよ。うん、名誉挽回してください。少年漫画が好きなのは分かりましたから」
「弘和君、いつもとキャラ違くないかい?」
「先生は平常運転ですね」
――マジかよ、これが常なのかよ。ただの変人中学教師だよ。
夜斗は、冷静に目の前で繰り広げられるカオスに感想を付けていく。そして馬鹿代表の信太は放っておき、ティアの真の目的に感づく。
――もしかして、人外の気配を探ってんのか……?
アルに目配せをすると、笑顔で返される。
「やっと気づいた? 学校は人数が多いから、かなり感覚を研ぎ澄ませないと探り当てられないんだよ。そして霊感を研ぎ澄ませるためには、静かな場所かリラックスが大事だからね」
「ティアのレーダーはすごいな」
「本当にね。でも夜斗だって前よりは鋭くなってきたんじゃない? 人外と接触すればするほどに霊力は備わっていくんだから。皆も霊感はとっくに開いたようだしね。手っ取り早く強くなるには、人外と戦えばいいんだよ」
「ああ、だから精鋭はずっと精鋭のままなのか」
夜斗の言動が解せず、アルは説明を求めた。
「必然的に任務は精鋭隊に集まりやすいだろ? て事は人外との接触も多くなって、どんどん強くなってく。好循環だな」
「……いいや、悪循環だよ。リスクを背負わずに強くなれるとは思えない。何かしらの――――」
「いた。窓際の一番前の席のあの子」
アルが夜斗の言葉を否定した時だった。ティアが唐突に起き上がる。そして後方の夜斗とアルの席へさりげなく振り返った。彼女の言葉通りに目線をやると、真面目に朗読を聞いている女子生徒が座っていた。白い肌に、腰まである銀色の髪。雪を連想させられる風貌だった。
「……予想通り、姿はまんま人間だな」
「なんだかこの教室には人外の気配が満ちていて、私はあの子意外にも人外がいるんじゃないかって思ったんだけどなぁ。探っても探っても辿り着けない。昨日のロックバンド霊の気配が残ってるのかなぁ……?」
「ボク、何気あの工藤さん好きだったよ。是非とも生前のお経ロック聞きたかったなぁ。……じゃなくて、まずはあの子か。ねえ、弘和君?」
潜めた声でアルが呼びかけるが返事はない。二度も名前を読んでも反応を示さない。不思議に思い、近くにいたティアが肩を突つくと、大きく体をビクンと震わせた。
「は、はぃいっ! ね、寝てませんからね?!」
突如立ち上がり、弁解し始める弘和。冷めた視線がただただ注がれ、静まり返る教室の異変に気づく。
「……あれ? 先生、今肩に触りませんでした?」
「僕は天使の実の能力者じゃないから、この距離のたった数メートルでも腕は伸びないよ」
それもそうだ。他の可能性を考えれば、後ろの列の席に座る誰かだろう。恐る恐る振り返ると、ティアが困ったように苦笑している。
――やっちまったぁああっ!
「まあ座りなさい。違う本の朗読を始めるからさ。それではお聞きください。『ザッピングしてたらたまたま朝子』です」
――こりゃまた意味の分からない題名だ。
着席しつつも突っ込みは欠かさない。朗読が始まってから、ティアに何の用かを問うた。
「窓際の最前列の女の子、あの子が人外だと思う。何か心当たりとか確証できるものはある?」
「え……? 話した事ないからかもしれないけど、全然そんな気はしなかったよ。本当にあの子なの?」
「うん、微かながらに気配を感じる。人の姿をしているせいで、気配はとても薄いけど……」
「名前は白松雪子。二週間前に転校してきたばっかだよ。試験明けで席替えしたばっかだから、席は後ろじゃないけどね」
「二週間前って事は、札幌市内で事件が多発し始めた頃か」
夜斗の言う通りであり、事件との関連性が疑われる。
「じゃあ、次の休み時間で私と愛ちゃんで話しかけに行くよ! 愛ちゃん、それでい……い……?」
愛花はぐっすり眠っている。黒板の方を向きながらも話を聞いていた佐久兎が揺すって起こすと、寝ぼけ眼をこすりながらあくびをした。
「何よ……授業終わったの?」
「い、いや終わってないよ。絶賛授業中だよ……」
「何よ、その絶賛発売中みたいな言い方。別にいいじゃない。成績には響かないんだし」
「やっぱりそこなんだね」
「通ってる学校で居眠りしないのは、それだけの事よ」
佐久兎と話し終えたところで、ティアから報告を受ける。
「愛ちゃん、窓際の一番前の席の女の子が人外だよ。休み時間にお話してみよ」
「はあ?! あたしそういうの得意じゃないわよ」
「仕事仕事ー!」
いつもより楽しそうなティアだが、自分達に付き纏う人外の気配の正体を常に捜し続けていた。次に動くタイミングは、一時間目終了の合図が鳴った時だ。




