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No.55「お経系ロックバンド霊」

「さ、さ、さ、寒……寒すぎ、寒すぎる……!」


 佐久兎がガタガタと大きく体を震わせている。あと四時間前後で十一月になる。そんな時期の夜ともなると、冬と何ら遜色のない気温だった。弘和の通う中学校がやっと見えてきた辺りで、名無隊の六人は首に巻いたマフラーに顔をうずめ、目だけを出して人外の気配を探った。


「確かに小さいながらに気配があるね……わあ寒い」


「人外の気配なんてオレ分んねぇよ……てかマジ(さみ)ぃ!」


「あたしも分からないんだけど……ちょー寒い」


「ボクはなんとなく分かるかな〜もう寒い」


「俺も分からん。とりあえず寒すぎんだろ」


 寒いしか言わない六人に、弘和は呆れて白い息を吐き出した。


「寒い寒いうるさいよ。軟弱ですね」


「夏に東京来てみろ! 絶対暑い暑い言うから!」


「君の指図は受けない」


「指図してねぇし!」


「ほら早く……ってああっ!」


 突如弘和の上げる叫び声に、視線の先を目で追った。すると二階にある教室の窓際に、人影がスッと通って行ったではないか。


「あれか。ただの霊だな。話の通じる相手でよかったじゃねぇか。さ、ちゃっちゃと成仏してもらって極寒地獄から帰るぞ」


 帰りたい一心で夜斗は足早に校舎へ向かう。


「成仏? 祓うんじゃないんですか?」


「除霊と浄霊は違う。成仏させずに強制的にどっかに追いやるのが除霊だ。平和的な解決は後者。納得してもらって成仏してもらった方がそいつのためにもなるだろ。俺達よりも先輩だって言う割りに、そんな事も分からないのか」


 夜斗の解説に弘和は反論する。


「わ、分かってますよ! ただそんな面倒な事しないで、効率を優先させるのが普通だって言ってるんです!」


「はあ? こっちの都合なんかあっちには関係ないだろ」


 口を挟み首を傾げ、さも当たり前だとでも言うような信太に絶句した。


 ――なんなんだよこの人達。ただの変人集団じゃんかさ!


「おーい、置いてくぞ弘和!」


「よ、呼び捨てにすんな信太!」


 慌てて六人を追う。調子を崩されまくり、どうも息の合わない異彩集団に翻弄されかけていた。


「ちなみに学校にいた時は二体の人外の気配がありました。一応気をつけてくださいね。誰かに何かあると報告が面倒なので」


「弘和も気をつけろよ! 足手まといになりそうだしな!」


 純粋さ故に素直な言葉のチョイスが鋭利な刃物になる。それを痛く周りは感じとるが、当の発言者の信太は本当にただ心配をして言った言葉だったらしい。悪意など微塵も感じさせない面持ちで、やっと追いついた弘和の横を過ぎて先頭に出て行く。


「同情するわね」


 過去の自分の経験からか、愛花は菩薩のような顔つきで頷いた。しかし弘和はといえば顔を赤くして地団駄を踏んでいる。

 校門前に着くが、何の手違いか鍵が閉まっている。びくともせずにガシャンガシャンと鳴るだけだ。


「何の嫌がらせよ」


「人外の気配が微かに残ってる……」


「霊が閉めたって言うの?」


「おそらくは」


 ティアは難問を難なく解き明かした。まさしく快刀乱麻である。しかし身長以上にある門をどのようにして突破しようというのか。妙に落ち着き払った六人へ弘和は問う。しかしこれも、さも当然の事だろうと言いたげに信太が解決策を提示した。


「こんなん登って越えりゃいいだけだろ」


 何を言っているんだと反論しかけたが、信太のみならず自分以外は言葉通りに越えて行くではないか。あっという間に彼らとの間は障害物で阻まれ、置いてけぼり感を味わう。自分よりも背の小さいティアでさえ、軽々と二メートルの壁をクリアしている。


「は、ははは……」


 あの身体能力の高さは、「趣味はパルクールです」と言われても納得できそうなくらいのものだ。退魔師ではなくても、長身であったり跳躍力や腕力などがあれば越える事は難しい事ではない。

 しかし弘和はといえば、一六一センチの身長とひ弱な体。お世辞にも運動神経がいいとは言えないが、霊感を持ち合わせているために危険への察知能力は高かった。


 戦闘には向かないと自覚しながらも、意地と志しのみで戦闘技術の向上にこだわってきたのだ。頑固で負けず嫌いな彼は意を決し、気合を入れてからジャンプし門の頂上を掴んだ。しかし腕力で自分の体を引き上げる事ができず、宙ぶらりんになってしまう。なんとかよじ登り乗り越え、門の上から飛び降りた。


 着地に失敗し無様にも転んでしまうが、手を差し伸べてくれたのは信太だった。その後ろで友情の成立を微笑ましく思い、高校生組が笑顔になる。しかし弘和はその手を手の甲で弾き、ズボンについてしまった雪と土を払う。


「うざいし馴れ合うつもりもないから」


 信太は溜息をつき、行き場のなくなった手を下ろした。歩み寄ろうとする人を拒んでしまう。そんな弘和を悲しく思った。


 ――敵じゃないのにな。


 しかしその気持ちが分からないでもなかったのだ。怯えた小動物のような彼を仕方が無いとも思う。きっと彼も大切な人を失った者なのだ。しかしあのままでは、いつか心の中の負の感情が爆発してしまいそうな気がして信太は一瞬悲しそうな顔をする。


 教室前に着き扉を開くと、シンとした異様な静けさがある。人外の位置を探るように感覚を研ぎ澄ませるが、一番に察知できたのはやはりティアだった。


「教卓の中だね」


 真っ先に向かったのは弘和。覗き込むと、中にはチャラチャラとした風貌の男性が隠れていた。


「チーッス! 俺は工藤。よろしくね〜」


 と、観念したように出てきながら想像通りの口調でそう言った。


「……はっ、ただのチャラ男の幽霊じゃない。手こずらせたら容赦しないわよ」


 強気に打って出る愛花を見つけるや否や、工藤という幽霊は物理的な法則を無視し、宙を飛びながら彼女の目の前で満面の笑みを浮かべている。


「俺、バンドのギターやってたんだよね〜! そういう強気な子嫌いじゃないよ。一緒に歌おうよ。歌声聞かせてよ!」


「は、はあ……?」


「いいじゃん歌おうよ〜。あ、まさかナンパ初めてとか? 緊張しちゃってたりする〜?」


 図星だった愛花は浄霊を諦め、除霊に切り替えようと銃を突きつけた。


「ひ、ひぃいいいっ!」


 分かり易くヘタレ具合が露見した工藤だが、愛花へのアプローチは続く。


「ねぇ、そんな物騒な物しまって歌おうよぉ!」


「歌だぁ? こちとら任務中だっての! 悠長に歌なんて歌う馬鹿がどこにいるのよ!」


 そう怒鳴り返すが、後方を指さされる。投げやりに指し示される先を見ると、アルとティアと信太が歌っていた。


「いた。……じゃなくて! 何を楽しそうに歌ってんのよあんた達っ!」


「愛ちゃんも歌おうよ! 体あったまるよ」


「すっげーあったけーの!」


「本当にポカポカだよ。佐久兎も夜斗もやったら〜?」


「ほ、本当に? じゃあ僕も……」


「ノリで流されるな」


 夜斗の制止で思いとどまる佐久兎だが、寒さにも我慢の限界をむかえていた。マフラーから漏れる息が上へ登っていき、それはまつ毛や髪に水蒸気として付着する。やがて凍り始め、薄い氷でコーティングされていってしまう。それほどまでに寒かったのだ。

 ついに佐久兎もたまらず歌い出し、馬鹿は四人に増えた。工藤も混ぜれば五人だ。そんな中愛花をはじめとし、夜斗と弘和は彼らに冷ややかな視線を送っていた。きっと三人の心の中での呟きは同じだった。


 ――北海道に任務に来てまで何やってんだこいつら。


「何その冷めた目〜。体も心も冷え切ってるでしょ〜、歌おうよ! さあさあ愛ちゃん!」


「愛ちゃんって呼んでいいのはティアだけよ。気安く呼ぶなこのチャラ男! あんたになんかお経がお似合いよ! そのまま成仏しなさい!」


「な、なんで分かるの愛ちゃんー!」


「だから愛ちゃんって……は? 何が分かるって?」


「そうなんだよ! そのバンドでは三味線を掻き鳴らして、木魚でビートを刻んでるんだよ!」


「はぁ?!」


 愛花のみならずその場にいた全員が絶句する。ちなみに合唱は続いていた。


「ロックにお経を唱えながら熱くなるんすよ!」


「それは……ええと、どうなのよ。仏具の使用法的にとかいろいろアウトじゃないの?」


「何気人気だったんだよ!」


「でもあんた、さっきギターやってるって言ってたじゃないの」


「うん、三味線って言うよりイメージしやすいでしょ!」


「まあそうね」


「尺八やら琴やら和太鼓なんかもあったりして! 結構本格的に和を……」


「ロックにすんな!」


 まともなアドバイスを返すが、それももう過去の事。彼の背には哀愁が漂う。


「そうなんだよ〜。俺が交通事故で死んじゃってからは、もうロックが感じられないくらいに和のテイストでさぁ……」


「良かったじゃない。まともになって」


 ピシャリとそう言い退ける。しかし工藤は納得しない様子で熱く語り出す。五分くらい経った時、やっとそれは収まった。その間にもずっとBGMのように歌い続ける四人。


「うっさいわよあんた達。……ってぇ! なんで夜斗まで混ざってんのよ?!」


「騙されたと思って歌ってみ。マジあったけぇ」


「あんたの頭があったまってるわよ! ハワイ観光気分かゴルァアアッ!」


 愛花は突っ込みながら肩で息をする。防寒着を着ている彼らには似つかわしくはない、ハワイの南国の背景が見える気がした。呆れた素振りを見せたが、次の瞬間には愛花もその合唱に加わる。もちろん工藤も加わり、残るは弘和だけだった。


「お、俺は歌いませんよ!?」


 必死に抵抗をするが、夜斗の鋭い目で圧力をかけられやっと嫌々仕方がなく歌い出す。しかし、何故最後の一人になるまで歌う事を渋ったのかが分かった。


 ――音痴だ。


 名無隊の六人は笑顔の裏にそんな感想を忍ばせながらも歌い続ける。八人の合唱が終わると、工藤の目からは涙が零れ落ちた。


「……あはは、ロックじゃなくてもこんなにいいものがあるんだね。歌っていて楽しかったよ」


 彼の体からは、青白い光の粒子が天に登って行く。これは成仏の合図だ。


「ありがとう。素敵な合唱だったよ。感動させられるのはロックだけじゃないんだって、皆さんのおかげで知る事ができた。仲間達にはこれからも頑張ってもらいたいな」


 そう言い残し、教室には跡形も残らずに粒子となって消えていく。そして愛花が最後に感想を一つ。


「……いや、良い話風に終わったけど、全然意味分からないんだけど。てか歌うだけでよかったんかい!」


()()ー……」


 アルを始め、愛花の背後では揃って目を瞑り合掌をしている。


「良しとしてんじゃないわよ! さっさと後一体を探すわよ」


 妙にたくましい愛花の背中。初めて口説かれたのが幽霊だという事に違和感を覚えたが、単純に嬉しかったのも事実だった。それを悟られないようにツンケンするが、不自然になっていないかと周りの反応に過敏になる。


「ねぇ愛ちゃん」


 ティアの呼びかけに、なるべくいつも通りの普段の自分を演じる。しかし振り返る際の動作が、全然スムーズではない事くらいは自覚済みだった。


「何?」


「あの、その……」


 彼女らしくない歯切れの悪さに首を傾げる。体調が悪いだとか、怪我をしたという報告かもしれない。いつもなら隠しそうなティアだが、限界も近くて助けを求めているのかもしれない。そう思うと不安が心で膨れ上がる。しかし彼女は意を決したように頷き、この場にそぐわない言葉を口にする。


「ごちそうさまでした!」


「……何が?」


 訝しむ愛花に満足げなティア。何をごちそうしたのかも分からずに、ただ「お粗末様でした?」と疑問形で返す。


 ――ツンデレ愛ちゃん、かわいい。


 神妙な顔で、口説かれていた時の愛花の反応を思い出す。不機嫌そうな顔をしながらも、優しい彼女は世話好きだった。結局彼に付き合う形で最後は事件を解決に導いたのだ。

 そこに弘和の歌声という不協和音が混じっていたところで、それを帳消しにできるくらい、いつも以上に言葉数の多い愛花は新鮮だった。


「後一体。気配はありますか?」


「……ないなぁ」


 弘和の疑問にティアはキッパリとそう言い切る。それに彼は納得がいかないと反論する。しかし、自分よりも気配を察知するアンテナの感度が高いティアがそう言うのだ。自分と比べ感覚は確かなはずだと冷静に判断する。だが、やはり納得はいかない。


「そんな事言われたって、学校にいる間には確かに気配がしたんですよ」


 気を害してもおかしくないような口調だが、ティアは気にした風もなく目を閉じて思考し始めた。そしてポツリと言葉を漏らす。


「今()いないのかも」


「……どういう事ですか?」


 弘和のみならず、他の五人も目を瞬かせている。


「学校が開いている間にはいるのに、閉じてからいないものはなーんだ!」


 まるでなぞなぞを言うような口調で、人差し指を立てている。それには夜斗が答えた。


「普通に考えりゃ生徒と先生だろ」


「そうなんです!」


 彼の答えを肯定し、そして沈黙が訪れる。その秒数が二桁になろうとした時、六人は首に飽き足らず体ごと傾けた。全身で分からないと主張しているが、その中の佐久兎が声を上げた。


「ああっ! つまり、生徒か先生に紛れ込んでいるかもしれないって言いたいんだね?!」


 まるで一仕事終えた後の顔で、キラキラと光を発しながらドヤ顔をかましている。


「そうなんです!」


「どうするのよそれ。夜しか退魔活動は許されてないんでしょ?」


「こうなったらしょうがないし、上の支持を仰ぐしかないんじゃないかな〜?」


 アルが今のままでは手の打ちようがないと言い切る。弘和が報告と一緒に頼んでみます、と頷いた。

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