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No.54「北海道支部」

「……北海道?」


「そう。名無隊の初任務は北海道出張。東京にある本部の他に、日本には本州から離れた北海道と沖縄にも支部があるらしい。だけど北海道では最近人外事件が多発していて、人手不足らしいんだ。それでボク達でお手伝いに行ってらっしゃ〜いだってさ」


「なんで人外事件なんて多発してるんだ? 存在や姿を認識できる奴の方が少ないだろうが」


「夜斗の言う事は最もなんだけど、まあ認識できちゃう方法っていうのは視るだけじゃないからね……」


 含みのある彼の言葉に、ティアが「ああ」と声を漏らした。どうやら事件の概要を把握したらしい。


「前にバルと話していた事が本当になっちゃうなんて。定期的に起こりそうな案件だね」


「あはは、たまったもんじゃないよね。とりあえず一週間分くらいの荷造りをしてね〜! 出発は明日。出張だから制服のジャケットを着ていけってさ」






 *






 飛行機はやはり苦手なようで、飛行機から降りたばかりの佐久兎とティアは顔面蒼白だった。しかしゲートを抜けると、そこには黒の団体が道を作るようにして両側で深々と頭を下げている。一体どこのヤクザがお偉いさんを迎え入れるのだろうか。その手の映画ではよく見る光景だった。


「お待ちしておりましたよ!」


 物々しい雰囲気にギョッとしながらも、そう言い近寄ってきたおじさんのジャケットの襟元に目が留まる。それは東京本部でもお馴染みの人外対策局のエンブレムだ。

 しかしジャケット自体は素材も厚さも全くの別物で、気候に対応したデザインだった。膝よりも長いロングジャケットにフードが付いている。裏地がボア素材になっており、おそらくジャケットというよりもベンチコートと言った方が近かった。


 北海道支部の退魔師達は防寒具として厚手の手袋も着用していたようで、ポケットからはみ出しているのがチラホラと確認できた。しかし人生初で北海道に来た名無隊の六人の防寒具は、機能性よりもデザイン性を重視したマフラーのみだ。


「は、初めまして。いやぁ、なんかすごいですね」


「それはもう、本部からの大切な助っ人だからね。私は人外対策局北海道支部長の氷室(ひむろ)兵三(ひょうぞう)。噂は常々うかがってるよ。短い間だけれども、どうぞよろしく」


「し、支部長さん?!」


「ああいやいや、そんなに構えないで!」


「うふふ、局長はフレンドリーが売りなんですよ。馴れ馴れしいと言ったらそれまでですが……」


「稲嶺君のちょいちょい毒舌、実は傷ついていたりするんだよ」


「局長……?」


「ああ、本部勤務の人にとっての局長は(にのまえ)本部長の事だものね。北海道支部勤務の私達にとっての局長は氷室支部長なの。本部長をわざわざ本部長と呼ばないのと一緒よ」


 五十代の氷室の横には、比較的若い二十代半ばの金髪の女性がいた。どちらも温和な印象で、本部とはだいぶ組織自体の雰囲気も違った。


「車を表に用意しております。支部のある札幌までの移動中に、事件の概要や今後の予定などについてお話ししようと思うのですが大丈夫ですか?」


「はい、よろしくお願いします」


 稲嶺に促され、正面からではなくVIP専用の出入り口へ通される。やっと外に出ると、大型人員輸送車一台とその前にリムジンがある。氷室支部長が乗るのだろうと名無隊の六人は輸送車に向かうが、呼び止められる。


「ああちょっとちょっと、こっちだよ」


 乗り込むとコの字に座席が取り付けられており、その真ん中のスペースにはテーブルがある。支部長、稲嶺と呼ばれている女性、名無隊、そして新たに一人の少年も乗り込む。全員が着席すると、予告通り話が始まった。


「申し遅れました。私、副支部長兼秘書の稲嶺(いなみね)純菜(じゅんな)です。そして彼が竹林(たけばやし)弘和(ひろかず)君。彼は今回付き人という形で行動を共にしていただく訓練生退魔師です。至らないところはまだまだあると思いますが、どうぞ酷使してやってください!」


「よろしくお願いします。ちなみに酷使は勘弁してください」


 真面目。そんな言葉が似合いそうな少年だった。しかし何故か不服そうに眉根を寄せていて、気難しそうだという印象の方が強くなる。


「では今回の事件の概要なのですが、ここ一週間で札幌市内の複数の学校で人外の目撃情報や憑かれたという通報があったんです。けれど学校側は受験生もいますし、受験を控えた大切な時期なので大事にしたくないとの事です。なので、夜間に退魔活動をしています。しかし夜は人外の活動が活発になる時間帯ですし、お恥ずかしい話なのですが手こずっているのも事実です。そして件数が多すぎて対応が遅れ、被害者数は増える一方。早急に解決をしなければなりません。ご協力よろしくお願いします」


「分かりました。ボク達が今回受け持つ任務の内容はなんですか?」


「札幌市内の中学校ではこっくりさん……つまり降霊術が流行っているんです。憑かれた人については優先的に霊を祓ったのですが、それでも校内での霊の目撃証言が絶えないみたいで……。名無隊の皆さんには弘和君の通う中学校を担当していただきます。彼は中学校では最上級生になるので、校内の案内も完璧ですよ!」


 弘和に視線が集まる。信太は同い年だったのかと驚きを隠せず、およそ自分とは一八〇度反対側にいる彼を大人びているなと思う。親しみを込めてよろしくと言おうとするが、そこで車が停止する。


「ああ、もう着いたんだね。忘れ物がないように注意してね。さあ弘和君、彼らを部屋に案内して」


「はい」


 支部長はそう言い残し、車を降りて行った。副支部長の稲嶺も一礼して去って行く。次に名無隊も降車すると、後ろから弘和が「こっちです」と案内を始める。目の前の建物がきっと基地で、その隣が寮代わりとなるマンションだ。


 東京本部はテーマパークのように広く、寮以外の様々な施設が敷地内にある。だが北海道支部では、敷地内に基地と寮以外の建物は見当たらなかった。二つの高層建築物は連絡通路で繋がっており、出勤には便利そうだ。


「訓練施設とかないの?」


「道場と仮想空間を出力できる施設は別にあるんです」


「へえそうなんだ。ところでオレも中三なんだ! 同い年だな!」


「知ってますけど、それが何か?」


 先を歩く彼から返ってきたのは突き放すような言葉だった。信太が一瞬にして灰色に染まり、アルがそんな彼に向けて手を合わせた。


「南無阿弥陀仏……」


「拝むな!」


「人外対策局への所属歴は俺の方が長い。立場は下だけど一応先輩。あんたらには年功序列的なもんで敬語使ってますけど、俺は名無隊なんていうお飾り隊を認めてませんから」


「どういう事だ? 所属歴長いのに立場は下…………あっ」


 信太は一つの結論に辿り着く。


「お前、もしかして認定試験落ち――」


「ちげぇよっ、このウスラトンカチ!」


「ウスラトンカツゥ?! じゃあそれ以外に何があるんだよ!」


「トンカツじゃない! トンカチだ! ……四ヶ月前までは訓練期間が一年だったんだよ。去年の十二月に入ったから、俺は今年の十二月まで訓練生なんだ」


「三ヶ月に短縮になったんだし、それは撤廃になんないのか?」


「カリキュラムってもんがあるんだから当たり前だろ」


「へえ、よく分んないけどややこしいな」


 同い年の信太に容赦のない弘和は、こんな馬鹿と同じにして欲しくはないと心底思っていた。


「全く、変化の節目に当たるなんてとんだ不運だよ。顔が良いだけの隊なんて、どうせ人外にすぐやられるだろうさ」


 弘和の言葉に愛花が舌打ちをし、負けず嫌いな彼女は説教モードに入った。眉間にはいつもの倍以上の深さのシワが寄っている。


「なんなのよあんた。あたし達の何を知ってそんな口の聞き方しているわけ? いい加減にしないと捻り潰すわよ」


「ふん。できるもんならしてみたら?」


 煽る弘和に夜斗が額にデコピンを食らわす。意外にも夜斗は怒りもせずに、


「早く案内してくれ。寒い」


 と、赤いマフラーに顔をうずめながら言って終わった。彼をよく知る名無隊の他の五人は拍子抜けをし、唖然とただ歩き出した二人の背中を目で追う。いつもの彼ならば一言二言言い返しそうなものなのだが、立ち止まったままの五人へ怪訝そうな顔をして「早く来いよ」とジェスチャーで促した。


「ど、どうしたんだよ夜斗。熱でもあんのか?」


 駆け寄った信太が嫌味なしに心配し、そう声を掛けるが否定する。そして質問を返された。


「なんでそう思ったんだよ」


「だってオレがあんなだったら絶対に怒んじゃん!」


「別に」


「うっそっくっせぇぇえええっ!」


 そう後ろから反論する信太に、夜斗は顔面に裏拳を食らわせた。くぐもった呻き声をあげながら、鼻辺りを手でおさえる。


「やっぱオレには怒んじゃん! 痛いってマジで……!」


「ってねぇよ。ちょっと蚊が止まってたから潰してやったんだろうが」


「蚊ぁ?! 冬にか?!」


「明日から十一月だけど、今日はまだ十月だから秋だ。てか暦の上では冬は十二月からだぞ、ウスラトンカチ」


「んなぁ! 夜斗まで……!」


「夜斗も信太も北海道でも仲良いね〜!」


 アルがもめる二人を追い越す。佐久兎、愛花、ティアもそれに続いた。


「んなっ、こいつとなんか……!」


 指を差し合い、一言一句揃う夜斗と信太の声。真似をするなとそれにまたいがみ合っている。


「なんだか冬先取りって感じだね! でも暦の上ではやっぱりまだ秋だし、なんだか不思議」


「北海道では、秋中盤なんてもう冬ですから」


 ティアは、その回答に日本が北と南に伸びている面白い形をしている事に気がついた。当たり前の事すぎて素通りしていたが、横に長い大陸では時差がある。縦に長い国は気候が違い、寒暖差があるのだ。

 小さい島国といえど、「たかが」には必ずセットで「されど」が付属してくる。たかが島国、されど島国。島国だからこそ独自の文化が栄え、魅力的な国として世界中にファンがいるのだ。


「好き……」


 結論部分だけを口にした事により周りは疑問符を浮かべるが、夜斗に限ってはその二文字へ過剰に反応する。信太との言い争いを止め、驚きに愕然とし赤面する彼の肩からはバッグが落ちる。


「いや、ティアは夜斗に言ったわけじゃないからね!」


 アルの言葉に夜斗が拗ねた顔をする。落としてしまった荷物を持ち、アルの元へと走っていく。そして声を潜めた。


「そんな事思ってねぇよ」


「嘘つき。想ってるくせに」


 字に起こさなければ分からない、二人にしか通じない会話。しかし夜斗は無愛想に返した。


「意味分んねぇ」


「嘘ばっかだと、嘘に取り()かれちゃうよ?」


「……なんじゃそりゃ」


「人外堕ちしないようにって言ってるの」


「なんで嘘()いたくらいで堕ちるんだよ」


「嘘を吐くうちはいいよ? 嘘に憑かれたら危ないんだよ」


「俺は正直者だから大丈夫ですー」


「だといいんだけど……ね?」


 そんな事を話している内に、ある部屋の扉の前で先を歩いていた弘和が立ち止まる。


「ここです。ベッドルームは三つでベッドは二つずつあります。これは社交辞令として言っておきますが、俺は隣の隣の部屋なのでなんかあったらなんでも聞いてください。任務は二十時からです。せいぜい役立たずだなんて言われないように、それまで体を休めていてください。そんじゃ」


 案内役の弘和はそう言い残し、名無隊の六人は彼が部屋に入っていくのをただ見送った。扉が閉まる音がし、やっと佐久兎が口を開く。


「ものっすごい強気だね」


「生意気も度が過ぎれば自信家ね。あたしあいつダメなタイプだわ……」


「僕にはなれないタイプだよ」


 褒めているのか(けな)しているのか乾いた笑みを浮かべている。ティアとアルはそんな佐久兎を見て、寒さと飛行機酔いで機嫌が悪いのだなと苦笑する。


「ねぇ……アルは実質名無隊の隊長だけど、体の調子とか大丈夫?」


「んー? どうしたの急に」


「うーん、なんか匂いが変わった気がする……」


 ティアの言葉に彼は笑って返す。


「あはは、香水変えたせいかもね!」


「そう? ならいいけど、どこかでこの匂い嗅いだ事がある気がするの」


「心配しなくて大丈夫だよ。ボクってばこんなに元気元気〜!」


 アルは全身を使って元気である事を表現しているが、彼女の思案顔は一向に晴れそうにもない。しかし名無隊の部屋に入って行った信太が二人を呼ぶ声が聞こえ、思考をやめたようだ。


「……そっか! でも無理はしないでね。ストレスは退魔師の大敵ですし!」


 笑顔で部屋へ入室し、次の瞬間には北海道支部にある寮の暖炉に食いついている。安全管理上火はホログラムだが、物珍しさに目を輝かせつつ、パチパチと音を立てる火に興味津々だった。他の四人も似たり寄ったりのリアクションをとっている。


 そんな彼らを眺めるアルの表情には薄暗い影がさす。冷ややかな視線の先には、誰かがいた。

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