No.50「正退魔師認定試験:後編」
曲がり角を曲がった先には、愛花が片手に銃を携えて待ち受けていた。不運にも遭遇してしまった事に嘆息し、うんざりとした面持ちで薙刀を構える。
「あれ、薙刀を選んだの?」
「……まあね。面倒な拳銃よりはシンプルで朱里にはいいかも」
――あゆみの意思を継いだのね。
愛花が優しい笑顔を浮かべる。朱里は口をへの字にして照れ臭そうに目線を逸らすが、しかけてきたのはそんな彼女からだった。短い掛け声と共に薙刀を振り回す。ホログラムでできた切っ先は愛花の頬を掠り、やがて青白い光の粒子が空中に漏れ出した。
放送用に配慮された血の代わりの表現だったが、それを針裏は何度も食い下がってよりリアリティを求めた。しかし結局却下され、この表現方法に辿り着いたのだった。
「視界に入って邪魔ね、これ」
画面越しに愛花から駄目出しをされた針裏は、言わんこっちゃないといった顔をする。そして煽るような言葉を吐いた。
『さーて、任務の数をこなしてきたのは実子隊。ビッグな敵に当たってきたのは右京隊。場数と慣れか、はたまた圧倒的な強さの敵との対戦の経験か。……勝つのはどっちっスかねぇ?』
銃声がいくつも響く。愛花の弾は掠りはするが、朱里に致命傷を負わせる事がなかなかできない。決め手の一発を狙えば隙ができてしまうため、数撃ちゃ当たる方式に乗っ取りただ乱発した。
「臨兵闘者皆陣列在前」
銃弾の軌道を避ける朱里だったがいい加減息も上がり始め、ここぞとばかりに手刀で宙へ縦横交互に横五本縦四本の直線を網目状に描いた。愛花にとってそれがなんなのかは分からなかったが、銃弾を通さない事から結界なのだと判断した。
「ふーん、そういうのも使えちゃうんだ」
「朱里をなんだと思ってるの。これでも巫女の血を受け継いでいるのよぉ?」
得意げな朱里に、愛花は更に得意げな笑みを浮かべた。
「……でも、それじゃあ背中がガラ空きよ」
その言葉に後ろを振り向いた時には時すでに遅し。背後をとった愛花が放った青白い弾丸が、朱里の心臓を貫通した。衝撃に呻き、地面に膝を着く。
「っクソ……」
「あたしの勝ちね」
しかし勝ちを確信した愛花の背後にも迫る影があった。その気配に気づいた時には右の上腕部が撃ち抜かれ、すぐさま撃ち返そうとするも右手には力が入らない。
外したかという声の次に聞こえたのは、もう一度鳴る銃声だった。今度こそそれは心臓に当たり、皮肉にも先程倒したばかりの敵と同じ敗因を負わせられる。
朱里と愛花の意識が再び戻ったのは、数秒後の控え室での事だった。きょとんとする二人の顔はどことなく似ている。顔を見合わせ目をぱちくりさせ、戦線離脱した事をいまだに信じられないでいた。
「あたし達……」
「死んだんだ……」
顔が真っ青になる二人だったが、右京の
「いや、死んだわけじゃないから」
という声に後方へ振り返る。そこには脱落していった仲間の姿があり、何故こうなったのかをやっと思い出す。
「あたし、誰に殺られたの?」
「さあ? 愛花が撃たれた時にはもう消えかかってたから知らないわよ。ってかよくもこの朱里様を殺してくれたわねぇ?!」
「だから死んでないって……」
ヒートアップしそうな勢いの彼女達を右京がなだめようとするが、二人にとっては馬耳東風。
「何が朱里様よ! あんた何様?!」
「言ってんじゃない朱里様よ! 今度こそぶっ殺す」
「はあ? あたしだって今度もぶっ殺してやるわよ」
「いーや、もう二度と殺されないからぁ!」
――あれ……俺が間違ってるのかな。実はここ死後の世界だったりするの?
ついには間違っているのは自分ではないのかと思い始める始末だったが、大画面から流れる実況の織原の声を合図にその部屋は静まり返った。
『銀隊員、本日三度目の射撃は愛花隊員を仕留めました! これで残るは銀隊員、バル隊員、アル隊員、夜斗隊員、ティア隊員、信太隊員の六名です。女子は現在残り一人。射撃技術のみならば、互角かそれ以上で戦う事も可能です! しかしティア隊員、霊力の高さから男性隊員に引けを取りません。制御装置を使った戦いのフェアなところは、男女差がほとんどと言っていいほどに無いというところです!』
「銀だったのね……くそッ。ティア、銀を伸しちゃって!」
幸か不幸か、愛花の願い通りに銀とティアが街中で遭遇してしまった。銀の手にはクナイ、ティアの手には刀が握られている。どちらもただ睨み合い、硬直状態が続いていた。
自然現象も起こるこの空間で風が木の葉を揺らした瞬間から、二人の戦いは始まる――
「どぅおりゃぁあああっ!!」
――――はずだった。
突如男性二人の声が重なって響く。ルール違反になるような協力体制をとったわけではない。ただ目的を同じとしていた二人は銀を襲ったのだ。二人の刀を両手のクナイで受け止め、なんとか弾き返してから一旦身を引く。
「夜斗……バル……」
ティアが呆気にとられるながらも、二人の名前を口にする。
『おおっと! これは三つ巴ってやつかな?!』
広報部の室がいきいきとしながら画面に食いつく。今日初めて目を輝かせていた。
『いやぁ〜、ここにはティア隊員もいますからねぇ。四つ巴じゃないっスか?』
的確な針裏の言葉に素直に感心し大袈裟に拍手もしつつ、この先の展開を予想してワクワクしていた。それはまるで少年漫画を読んでいる時の少年のような目の輝きようだ。
「くっ……他者との協力は禁止事項のはずだ。退け」
「そうはいかないね! それにこれは協力なんてしていない。夜斗とは敵同士、しかし銀とも敵同士だ」
「その通り! こいつと組むなんざ死んでもごめんだぜ」
「遠慮しないで。夜斗の事は俺が死んでも殺してあげるよ」
「いや、どうやってだよ」
「まず夜斗を幽霊として召喚します」
「おい」
「でもって俺の飼っている悪魔に食わせます」
「おい銀、いつからこいつは凶悪になった。悪趣味は元からだとして」
「二人共口ばかり達者なようだが、精々舌を噛まなぬように……なッ!」
刀を弾き返してから険悪な二人の周りにマキビシがまかれ、銀へ迫る事は愚か、身動きすら取れない状況に陥った。銀はそれに満足せず、何の反応も見せないまま拳銃を握る姿を見せた。
「おいおい、マキビシは反則じゃねぇのか?! これホロじゃなくてマジのじゃん」
「直接的な殺傷能力はないからと許可が降りた」
「ああそうかよ」
夜斗が舌打ちをする。その隣で、バルがここぞとばかりに隣で肩をすくめる彼に銃口を向けた。それと同時に、突きつけられた夜斗もバルの胸部へ突きつける。鳴り響く二つの銃声。お互いに止めを刺し、罵倒し合った。
「クソが」
「この不良が」
二人の同時退場を目の当たりにした銀と、今までほぼ空気になっていたティアが何かの気配を察知する。野良猫のようなその勘の鋭さと素早さの先にいるのは、赤髪の少年。
「あちゃあ、見つかっちゃったか〜!」
近くのビルの屋上から二人を見下ろし、引きつった笑みで手を振っている。
「まだ早いんだよね。最後の一人か二人になったら出て行こうと思ったんだけどなぁ」
「サボりか」
「えぇ、人聞き悪い言い方しないでよ。ボクはただ楽をしたかっただ〜け!」
語尾と同時に、笑顔のままで閉じられている目をスッと開く。口角は上がったままだが、目は全く笑ってはいない。目は口ほどに物を言うという言葉通り、目の方が彼の心中に忠実だった。そして手は口ほどに物をいう。彼の手にはライフル銃が握られていた。
「降りて来い。戦いにならん」
「え〜ヤダよ。ここが一番良いスナイプポイントだと思って、ずっと狙ってたんだから!」
彼の笑顔はとても冷たい。そう感じているのは目が冷え切っているからだろう。ティアは、一時的にでもアルから向けられる敵意に満ちた視線に苦笑した。
――普段は味方で良かった。けど、
「夏の合宿の時に教えてくれた、小学生の頃怖いって言われてた理由が、今、分かったかも」
「何て言ったのー? ここじゃ離れてて聞こえないよお!」
耳に手を当てる姿は子供らしいが、もう片方の手に握られているライフル銃がなんとも不釣り合いだった。
『緊迫した状況ですね。銀隊員、アル隊員、ティア隊員の今度こそ三つ巴になります! ……しかしお忘れではないでしょうか。もう一人まだ残っている人物をっ!』
織原の言葉通り、木の幹に身を隠し、遠くから三人の戦況を見守る者がいる。どんよりとした空気をまとい、出て行くタイミングと殺気だったあの場に混ざる勇気を完全に失っていた。
――怖えぇええよっ! そうそうたるメンツだよ。恐怖でしかねぇってこれ。絶対に完璧勘付かれた瞬間に殺される! しかも瞬殺される……!! なんでよりによって銀とアルとティアなんだ……! 勝てっこねぇよ!!
信太は身震いし、ガタガタと震える体をなんとかおさえつける事に必死だった。
「勝てたら奇跡だ。天変地異起きるレベル……いや、オレがテストで一〇〇点取るレベル……?!」
『そりゃ天変地異よりもすげぇわ』
途中から頭の中で収まりきらずに口に出た絶体絶命の彼の思考に、夜斗は画面越しに同意した。会場に届くわけではないので信太からの反応は返ってこないが、珍しくネガティブな信太を内心励ました。
――多分俺でもこの状況はキツイ。いろんな意味で戦力的にも……精神的にも。
夜斗もその他の隊員達も、哀れみの視線を信太に向けた。きっとテレビの向こうの視聴者の多くは、この絶望的状況を理解していない。
彼らを知らない者は、信太が隠れている状況を面白くないと不満に思っているだろう。だが出て行くとなると、それは単なる自殺行為にしかなり得ない事を二つの隊の誰もが知っていた。
しかし信太の存在をあぶり出されるのに、不運にも時間はかからなかった。
「そういえば信太がまだ……」
戦線にいる銀の言葉にギクリと肩をすくめ、生唾を呑み込む。居場所がバレないようにと息を殺すが、体が当たってしまい隠れていた木の葉が微かに擦れた。
次の瞬間には空を切り裂く音が耳元を掠り、首元に刀を突きつけられていた。身動きの取れなくなった信太は、目の前にいる銀の鋭い視線からだけでも逃れようとする。しかし指一本でも動かせば問答無用で斬られそうだった。
「あ、あの、銀……サン?」
信太が機嫌を伺うかのように銀の目を見る。その瞬間口にしたのは、あまりにも無情で必然的な言葉だった。
「斬り捨て御免」
心臓を一突き。確実に仕留める事を目的としたその斬撃は、信太の体を光の粒子へと分解していく。意識が途切れてからすぐに回復すると、ただ控え室に立っていた。
『……うん。あの三人に混じって残れたのは、単なる運だと思ってる』
先程殺されたばかりの信太は、虚ろな目で笑みを浮かべた。同じ過程を辿りここに戻ってきた仲間達からは、労いの視線が向けられる。
『よく頑張ったよ』
珍しく直樹にも讃えられ、信太はありがとうとだけ返した。
『夜斗とバルが当たってくれたおかげで、いくらか助かったよ。二人のどっちかが生き残ってたら、オレきっとやられたもん』
『その時からあそこにいたのかよ?!』
夜斗の声をかき消すくらいの衝撃音が響く。それはテレビから聞こえてきたのだと理解するのに、画面を確認するまでできなかった。
「っ……!」
空から降り注ぐ銃弾が砂埃を巻き上げ、ティアの周りは何も見えなくなっていた。普通の銃弾ならばこんな事にはならないだろうが、どうやら何かしらの細工をしているらしい。
圧倒的有利なアルに手も足も出ないティアと銀。どうしたものかと思考を巡らすが、屋上に登り直接攻撃をしようにも辿り着ける確率の方が低く、だからといって彼を引きずりおろす手立てもない。
――銀はどこに潜んでいるんだろう。
近くにいる事は分かっているが、目を開ける事すらままならないこの状況で探し出す事は不可能だ。諦めてこの場からの脱出を試みる。その際に彼と鉢合わせしない事を願いながら、建物の壁を探し歩いた。
手っ取り早い方法は砂埃の届いていない高さまで脱し、逃げ道を探せばいいのだ。結界を応用すれば空中に立てない事もない。
しかしそれでは「的です。どうぞ撃ってください」と言っているようなもので、すぐにアルに撃たれてしまうだろう。もどかしさを感じながらも、焦らず冷静に壁を伝い脱出する事を優先した。
「あった!」
次第に薄くなる茶色のベールから脱したティアは、すぐさま居場所の情報を得るべく辺りを見回した。
「…………あれ?」
笑顔のまま固まるティア。何事なのか、まだ状況が把握しきれていないようだ。
『おおっと……? ティア隊員を追っていたドローンの位置情報が、場外になっております。場外は失格……! ティア隊員の戦闘体は控え室へ送られます』
控え室に転送された彼女は目を瞬かせた。何が起きたかのか、まだ状況を飲み込めていないティアは、目の前にいる人達をポカンと眺めている。
「え、えぇと……?」
「……ごめんティア。各所に、空間を歪めて、通ると場外に出るように結界を張っていたんだ。でもあそこに張ったっけかなぁ……」
バルが申し訳なさそうにティアの手を握りながら必死に謝ってくる。その近くで朱里は目を逸らす。
――それを模倣して増やしたのは朱里だけどねぇ。
『残るは仮編成右京隊のアル隊員と、仮編成実子隊の銀隊員の二名です。両隊一名ずつ残るという結果になりましたが、有終の美を飾るのはどちらでしょうか!』
「あれぇ、何でティアがいきなり失格になったんだろ。銀にやられちゃったのかな?」
土煙の中に刃が光る。それに気づいた時には頬を掠め、一つの線が刻まれていた。痛まない傷にそっと触れ、飛んで来た方向に銃を向ける。放った弾丸は現れた銀の頭を貫通する。
「いえ〜い、ボクの勝利!」
そう確信した時だった。歓喜の声を上げたアルの背後で銃声が響く。胸に衝撃が伝わり、思わずよろめいた。
「な……」
振り返れば、そこにはさっき倒したはずの銀が立っているではないか。そして彼は、こう告げる。
「あれは俺の分身だ」
粒子化は時間を追う度に加速し、みるみるうちに体が分解されていく。アルが再び声をあげたのは、控え室で体が生成されてからだった。
「そんなのアリィ?!」
不意を突かれたアルは大袈裟に落ち込んで見せた。程なくして控え室の扉を開けて入室してきた銀は、無表情で変身を解く。
「制御装置解除」
そして何食わぬ顔で空いていた椅子に座る。実子隊が歓喜に包まれる中、右京隊は忍者がフィクション上の存在では無い事を再認識し、元々隊で戦っているわけではないのだが甘んじて隊としての敗北を認めた。
「あはは、実戦経験の数は実子隊の方が上だしね」
「ふん、質より量だったようだな」
右京の慰めと実子の勝ち誇った一言に、戦いとは能力だけではなく戦術も重要なのだと思い知る仮編成右京隊だった。
「大丈夫、君達は強い! 最終的に残ったのは実子隊でも、倒した数なら俺の隊の方が多い! ……多分」
最後の自信なさげな声は、慰めにはならなかった。




