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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第3章:北海道支部編-1
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プロローグ

 味気ない歩道の上を様々な色が賑わす秋。黄、橙、朱、赤と、それはそれは見事なもので、自然のグラデーションは写真を撮るだけで一つの芸術になる。


 しかしここは某テレビ局の会議室。風情を感じさせるものなど一つもなく、人工物に囲まれているこの状況の方が、大多数の現代人にとっては身近なのだ。


「本日はお忙しい中、このような場を設けて頂きありがとうございます」


 調子の良さそうな優男がスーツに身を包み、爽やかな営業スマイルで挨拶から始める。


「いやいや、あの人外対策局さんからの交渉とあらば当然の事ですよ!」


「恐縮です! 申し遅れました。(わたくし)、人外対策局日本本部所属、広報部部長の(むろ)貞春(さだはる)です。この度はよろしくお願いいたします!」


「担当ディレクターをさせていただきます、村井(むらい)春太(しゅんた)です。よろしくお願いしますね!」


 卓上で名刺を交換する。


 ――あちゃあ、俺の名前にもディレクターさんの名前にも春が入ってる。名前に季節の漢字が入っていると、四季のように運気も移ろいやすいからって縁起が悪いらしいんだよなぁ……。今回の企画大丈夫かなぁ。


 そんな一抹の不安を感じていた。


「それでは企画内容の確認なのですが、正退魔師(せいたいまし)? の認定試験を全国に中継する、という形でいいんですよね」


「はい。局長からの許可も得て、取材も受け付けております」


「いやあ、視聴率期待できますね!」


 ディレクターが某悪代官ばりの笑声を上げている。ご機嫌な彼に広報部(メディア)室長の室も同調し、同じく笑い声を交えた。同じリアクションや行動を効果的にする事で、相手に親近感を持たせる事ができるのだ。


「これで私達出世コースですね、あはは! 実は広報部って最近できたばかりの部署なんです。最近まではある会社の営業マンをしていたのですが、なんと偶然にも幹部のお宅に訪問しちゃったんですよ! そしたら気に入ったってヘッドハンティングされちゃって。とてもラッキーでした!」


「おお室さん、さては結構なやり手なんですね?」


「いえいえそんな。私なんて村井さんの足元にも及びませんよ」


 ――ええ、営業成績トップでしたとも。もっと褒めてくれてもいいんですよ。……にしても龍崎(りゅうざき)副局長、俺の才能を見抜けるなんて見る目ある人だなぁ。


 自画自賛は自己暗示のようなもので、彼のモチベーションはハングリー精神によって保たれている。しかし既に一部署の部長なのに、退魔師ではない自分にこれ以上上なんて目指せるものなのかと考え直す。


「ああそれと、もちろんあの六人も出るんですよね?」


「もちろんです! それに加え話題になっている組織自体の構造や基地紹介もやるとなれば、話題性は十二分にあると思います。応募しようか迷っている人達も多いようですしね」


「こちらとしては数字も稼げて企画も大成功!」


「こちらとしては隊員も募る事ができ、企画の成功により私の信用度も上がる!」


「ウィンウィンですね!」


 決して他の人には聞かれない方がいいであろう会話で、二人は大いに盛り上がっていた。どちらも相手のテンションに合わせている内に、利益についての話に絞られてしまっているのだ。

 空気を読もうと必死になる真面目な人間には、読みすぎた結果に悪ノリというものがつきものだった。つまり二人とも調子のいい事を言っているのは、相乗効果というやつだ。


「では今月十月の第二日曜日、夜七時からの放送で! 機材の設置やリハーサル等の時間を含め、二時間前にはお伺いしたいのですが……」


「はい! では基地に十七時に到着予定という事を警備へ伝えておきます」


「よろしくお願いいたします!」





 テレビ局を出た瞬間、秋の冷たい風が身に沁みる。寒さに震え上がりマフラーをきつく巻き直してから、着用しているカーキ色のトレンチコートを抱きかかえた。自分の体を抱いている姿は、縮こまり猫背になってしまい自信のない人間のようだ。しかし今は移動中。そんな時までに気を張っていられるほど、今日の気温の低さは甘くはなかった。


「あー、(ざぶ)い。もう、花粉も飛んでるし鼻炎も治らないし、風が強いから余計に寒さも花粉も酷いよ……」


 愚痴を吐きつつも、人外対策局(かいしゃ)への帰路につく。すれ違う人々は、首を摘ままれた猫のような姿勢で歩いている。向こう側から歩いてくる鼻先を赤くしたサラリーマンが、白い息を漏らしながら電話口で平謝りをしている。室の視線はその先の地面で止まった。


 ――あ、あれはハート型だ。


 足元には赤や黄色が模様を描いている。落ち葉の集まりの形を見て、何に見えるかなんて思考するのは甚だ幼稚だろうか。しかし寒さを紛らわせる方法としては、そんな事しかできなかった。


「はい、すみません。……はい、本当に申し訳ありませんでした……。あっ、ちょっ、待ってくださ――」


 電話を一方的に切られてしまったのか、急に形相を変えて舌打ちをしながらポケットにスマホをしまった。しかし苛立ちが収まらないのか、ハート型の落ち葉達を蹴散らした。それを室は視界の端に捉える。


「ああ……」


 思わず立ち止まって振り返るが、室の気など知らないサラリーマンは不審者を見るような目で見てくる。崩れた形にショックを受けながらも、早くこの寒さから解放されたくて再び歩き出す。


 心に余裕がないと、ハートの形もただのゴミにしか見えないのだろう。嘆くべき事だ。しかしハートの形を粉砕していった彼は、きっと彼自身の(ハート)が電話相手に粉砕されかけていたのだ。そう思うと気の毒にも思えてきた。


「今日は一段と冷えるなぁ」


 今朝のニュースでは、例年よりも何週間か早く北海道で初雪が観測されたと報道されていた。寒さも暑さも苦手な室だが、花粉の舞う春も秋も嫌いだった。


「日本の気候があってないのかな。名前には季節の漢字が入っているのに、皮肉だよなっ……ハァックションッ!」


 手で口を覆う事なく豪快なくしゃみをしたので、近くにいたOLが顔をしかめた。エチケットとしてはマナー違反だが、くしゃみをする寸前は筋肉が萎縮してしまう。体を抱いている手は、口元をおさえられずに胴体を力強く握っただけに終わってしまったのだ。申し訳ないと思いながらも、過ぎ去った事だとあまり気にしない事にする。


「そういや昼食どうしようかなぁ。食べてなかったよ」


 空腹感に気づき辺りを見回す。今日の仕事が終わったところで、遅れて昼休みをとっても咎められはしないだろう。


 しかし現在十七時。どこのカフェもレストランも、定期試験前の学生達が勉強をするために占領している。

 回転率の滞るこの時間帯に順番を待つのも効率が悪いと思いコンビニを見つけるが、これもまた学生が入口付近にたむろしていた。


 自然と溜息が漏れる。やはり一旦基地に帰り、資料を整理してから早々に帰宅しようと考えを改める。


「家の近くのコンビニで買えばいいや……。グラタンが食べたいかな」


 結局いつもと変わらない今日という日を、酷く退屈だと感じる。三十も半ばになるが、少年の心は健在だった。


 ――秘密組織だった人外対策局に入れば、少年漫画のような展開が待ち受けていると思っていたのになぁ。なんだかあまり以前と変化ないかも。まあ、関係者になれただけ特別かな……?


 思考しながら歩いていると、少し遠くの道が騒がしいのに遅れて気がつく。人集りの中から姿を現したのは、有名人である六人六色の学生達だった。人が道の両側に寄り、その中央を申し訳なさそうに歩いている。紅葉やイチョウはさながら花吹雪のようだった。


「ぼ、僕、端を歩きたい……」


「でもこれ嫌いじゃな……っあぁ! ボクあれ食べたい、激辛担々麺味クレープ!」


「なんつーもん食うんだよ。流石ゲテモノ料理国の血が混ざってるだけはあるな」


「ゲテモノ料理国じゃないよ〜! 原色系のスイーツが多いだけ。夜斗酷い嫌い」


「別に好かれたくねぇよ」


「そんな事言って〜、本当はショックなくせに!」


「ちょっとあんた達、キモいからやめてくんない? あたしは苺クレープ」


「じゃあ私はアイスー!」


「こんなに寒いのに?! とかいいながらオレもー!」


「ティアも信太もその元気はどこからくるの……。僕はポテト食べたいなぁ」


 楽しそうに青春の放課後風景を展開させている。他の中高生達となんら変わらないように見えるが、あの六人は人の営みの平和を守るヒーローなのだ。


 ――青春短し、謳歌せよ少年少女……ってね。


 真っ直ぐ歩いて行くと彼らにぶつかってしまう。(わき)に避けて歩き、面識がなかったため目は一切合わせなかった。彼らはプライベートなのに、わざわざ仕事の話をするのも申し訳ないからだ。


 しかし空色の髪をした少女から、すれ違いざまに視線を感じる。ほんの些細な動きだったが、室はそれを見逃すような人間ではなかった。


 仕事の場面でも人間観察というものはとても役立ち、目は口ほどに物を言うというが、手は目ほどに物を言うものである。つまり、普段から些細な動作も見逃さない事を心がけていた。

 私生活でもそれが抜け切らないというのは、職業病というやつだろうか。


 そして恐らくあの一瞬の視線は、襟元のバッジにあった。切れ者だとは風の噂で耳にしていたが、まさかこれほどまでに鋭いとは思っていなかった。


 組織の人間だとバレる事に抵抗はなかったが、下手な行動はできないなと気を引き締める。元より睨まれるような行動をとろうなどとは企てていないのだが、彼女の前で嘘をついたところで無意味なのだと思い知らされる。

 彼女の目の届く範囲で誰かに害を加えようという気持ちを持ち、指一本でも動かそうものならば、コンマ数秒で動きを封じられ王手をかけられてしまう自信がある。


「へぇ、いいビジネスパートナーになりそうだなぁ」


 しかし彼女を追う視線に気づいた黒髪の少年に睨めつけられる。目が合っている内に大人の余裕を見せ微笑んで返すと、本日何度目かの負の感情のこもった視線を向けられてしまう。彼の眼光はまるで野生動物が天敵に向けるもののようだった。おそらく人外対策局に勤務している事は知らないのだろうが、何かしらの察知能力の高さがうかがえる。


「……あはは、ガードマンがいるんじゃ駄目かぁ。部下はパシリにできそうな人を選ぶと誓おう」


 そんなくだらない事を誓われては、いくら神様でも反吐が出るというものだった。新設の広報部――通称メディアの部署の人員はまだ室一人。それは、今まで秘密組織に広報活動というものが必要ではなかったためだ。


 ――変わりゆく組織の荒波に翻弄されないためには、逆らわず流れに乗るのが一番だ。遭難してしまえば辿り着く先はきっと、それは絶海の孤島だけなのだから。

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