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No.48「二つのさよなら」

 岩波家之墓と刻まれた墓石の前で、六人は手を合わせていた。線香の香りが風に乗って伝わってくる。天に昇る煙は死者への道標らしい。それを目で追いつつ、お寺を後にした。そして歩きながら、ティアが静かに語り出す。


「……あの日、私が生きて帰って来れたのはあゆみちゃんと悟原のおかげ。学校を休んだ日、あの日にあゆみちゃんと会ったの。そこで、誰かが本当に危なくなった時は助けてほしいって頼みに行った。その時は渋ってたけれど助けに来てくれた。でも私以外のあの場にいた人には、蜃気楼が見えていた事になる。殺される事を覚悟したけれど、呼斗の放った銃弾は空間を歪めていた蜃気楼の中にいた私には当たらなかった。その時やっと、理解した。あゆみちゃんが来てくれたんだって。彼女の事を目視できたのは、意識を失う少し前の事だった。その後に悟原と一緒に対策局まで運んでくれたの」


 あの日の真実を知った五人は二人に感謝した。そして揃って深く息を吐き出す。脱力し、毒キノコでも生えてきそうなくらいにジメジメとした空気を放っていた。


「えっ……ど、どうしたの?」


「はあぁ、あたしもういろいろどうしようかと……」


「オレもどうなる事かと……。特に愛花と夜斗はいつ発狂するかと思うと夜も眠れなかったし、アルなんてもう知らされた時に白砂派に移るんじゃないかってくらいに怖ぇしさ。もーマジで勘弁……」


「珍しく本当に信太は眠れてなかったよ。枕に顔を埋めてバタバタしてた」


「そっ、それは言わなくていいだろ?! それに佐久兎だって、溜息しかついてなかったじゃねーか!」


「それは僕だけじゃなくて皆もだったじゃん……!」


「俺はため息なんてついてなかった。一緒にすんな」


「あれれ、ティアを探そうって言い出したのは誰だったっけなぁ〜?」


「アルじゃね?」


「いや言い出しっぺは夜斗だから。なにナニ何、照れてるの〜?」


「うるせぇ」


 いつもの右京隊に戻り、ティアは微笑んだ。しかし夜斗の怒りの矛先はそんな彼女に向かった。


「なんですぐ実は生きてましたって出てこなかったんだよ?!」


「じ、実は病室から一ヶ月は出してもらえなくて、それからはもう死んだって事になってから私……!」


「その一ヶ月から今までのその空白は何なんだよ?!」


「え、えぇー?」


 理由を話せば火に油を注ぐようなものだとしらばっくれるが、アルの能力の前にだんまりは通用しなかった。


「読める、読めちゃうよ! ふむふむ……」


「や、やめてぇぇええええっ!!」


 アルが口を開くのを全力で止める。訝しむようにティアを見るが、五人の視線から逃れるようにそそくさと歩いて行ってしまう。


「ほらほらぁ、早く帰らないと日が落ちちゃう……よ?」


 背後に恐ろしいオーラを感じ、ついには走り出す。それを追いかける五人からは、容赦無く怒りの言葉が飛んでくる。


「何よ、一体なんなのよ?!」


「おいこら逃げんなティア!」


「集団で追いかけられるとめちゃくちゃ怖いです! ご、ごめんって! 落ち着いてよっ!」


「あはは〜、追いかけっこだね〜!」


「うわ、うわああ?!」


「おわ?! 佐久兎が転んだ! 大丈夫か?!」


 皆の声が秋の緋色に残響した。






 *






 夜、右京隊の部屋のインターホンが鳴る。ティアが扉を開くと、そこにいたのは天だった。一ヶ月以上も会っていなかった天は、心なしか少し大きくなっていた。背丈もだが、それ以上に何かが変わっていたのだ。


「……ティアお姉ちゃん」


 名前を呼ばれた瞬間、急に喉がしまり何かがつっかえている感覚に襲われる。胸が苦しくなり、目頭が熱くなった。崩れるようにそのまま小さな体に抱きつき「ごめん」と震える声で言うと、天はティアの頭に手を乗せた。


「おかえりなさい!」


 目に溜まった涙を天に気づかれないように拭き、天から手を離し微笑んだ。


「ただいま!」


 するとつられて天も笑い、今度は天からティアにしがみついた。確かな温もりを感じ、生きている事に感謝した。


「ほとんど人外保育園に預けられてたんだけど、右京お兄ちゃんがやっと全てが片付いたんだって迎えに来てくれたの」


「最後に会ったのは花火大会だよね。なかなか事件が片付かなくって、随分間が空いちゃった……。ごめんね」


 元々天と契約を交わしたのは右京で、右京隊と右京個人の部屋を行き来していた天だったが、多忙な退魔師が人外を預けられる施設が人外対策局にはある。それを利用しながら任務に就くため、契約した退魔師によっては年単位で預ける事もザラなのだ。しかし天にとって今回が初めてだったために、様々な不安が心を満たしていた。


「皆生きていてよかった。ちゃんと迎えに来てくれてよかった。また独りになるんじゃないかって、不安になった。……えへへ、ティアお姉ちゃん大好き」


「私だって、天の事が大好きだよ」


 来客に対応していたティアがなかなか戻って来ないために、他の五人は様子を伺いに玄関まで来る。ティアに隠れて見えなかった来訪者の姿を目視できた時、それがやっと天だという事を知った。言葉もなく、笑顔で会話をする。


「それで今日はね、お礼を言いに来たんだ」


 しかしその言葉にティアの表情が強張る。他の五人は何の事かと首を傾げ、次の言葉を待った。


「もうすぐ右京隊は仮編成隊だからなくなっちゃうでしょ? だから天はもうほとんど皆と会えなくなっちゃう。たまには会いに来てほしいけど、きっと忙しいだろうから無理はしないでね。あのね、今まで楽しかった! 本当にありがとう」


 子供ながらに、大人な対応ができる天に感心した。先の事を考え、そして相手を気遣った言葉を偽りなく言うのだ。お互いにお別れは辛いが、生きている以上出会いと別れは必ず同数ある。それを実際に経験して、人は様々な事を学ぶ。しかしやはり分かっていてもそれは辛かった。


「同じ人外対策局内にいるんだから、もう会えないわけじゃない。変な気ぃ回さないで会いたい時は会いたいって言え」


 夜斗の言葉はしっかりと天の心の中に届いた。嬉しそうに破顔し、


「夜斗お兄ちゃんも大好き!」


 と元気良く言った。そのまま走って出て行く。誰かが「待って」と言いかけたが、それは途中でやめてしまった。それでいい。これでよかったのだ。


「あいつ、絶対会いたいとか言わないな」


「いいもん、私が会いたいから会いに行く」


 夜斗の言葉に頷き、ティアが拗ねて頬を膨らましている。尖らせた口で喋る姿は、天よりも子供っぽさがあった。


「天に貢ぎそうだね〜」


「破産の予感がするわ……」


 アルと愛花が苦笑する中、後ろで佐久兎は笑い、信太は泣いていた。それに気づき佐久兎はギョッとする。


「しっ、信太……どうしたの?」


「天とお別れかと思うと辛えよ……。しかも右京隊ももうすぐ無くなるんだぜ。どうなるの、オレ?!」


「どうにでもなれよ」


「オレにも天に言ったみたいな言葉で感動シーンくれよ! 天との扱いは天と地ほどの差だよな?!」


「当たり前だろ。天は大事な仲間だ」


「オレは違うのぉ?!」


 夜斗から雑な扱いを受ける信太に笑いが起こる。


「さあ、休んでる暇はないよ。もうすぐ正退魔師になれるかどうかの認定試験なんだから」


 アルの言葉に頷き、誰からともなくリビングに戻った。

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