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No.45「八雲隊」

 あれからも目撃情報は常に流れた。通信情報専門部(C I S)のSNS対策室全面協力の元で、仮編成右京隊はおそらくこの隊で最後になるであろう任務に当たっていた。

 しかしドッペルゲンガーは他の人間の姿にも容姿を変えられるせいか、なかなか見つからなかった。霊感が鋭くても見つけられない程に、よく人に溶け込めていたのだ。


 幸いにも死者は出ていないが、姿だけでなく声や能力までも真似る事ができるようで、それはつまりドッペルゲンガーと戦えば互角になるかもしれないという事だった。


「……やっぱり分からないわね。あの時、右京さんはなんで『約束は守られた』なんて言ったのかしら? ティアが生きてる確証なんてあの場になかったと思うけど……」


「どうだろうね。僕達には気づけない何かがあったんじゃないかな」


 ここは人外対策局内の射撃練習場。主に中長距離戦闘員の退魔師が使用しているところだが、刀剣類と並行して銃を使う場合は短距離戦闘員の退魔師も利用している。

 佐久兎は見事的に命中させ、ど真ん中を放った弾丸が撃ち抜いた。スコアが的の真上の画面に出る。そこに表示されたのは10.9。つまり最高点を叩き出していたのだ。


「すごいわね。どうやったらそんなに正確に撃てるの?」


「心を鎮める事……かな?」


 佐久兎のアドバイス通りに心を鎮め、自分の呼吸に合わせて狙いを定め、呼吸を止めて拳銃の引き金を引く。愛花の放った弾丸も見事にど真ん中を撃ち抜いた。


「……やった! 初めて10.9が出た!」


 歓喜に包まれる二人だったが、直後に連射する銃声が鳴り響く。間髪入れずに十発ほどを打ち終えて腕を下ろしたその人物は、紛れもなくあの探偵事務所にいたあの人物だった。鋭い眼光の先には、スコアが表示されている画面がある。そこにはなんと驚異の数字が表示されていた。


「ぜ、全部最高点……」


 愛花の驚く声に神無は鼻を鳴らしてせせら笑った。


「当たり前だろ。ただど真ん中に撃ち込めばいいだけの話だ」


 ――それが難しいんですけど……。


 尊敬しかけた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた愛花だが、腕だけは確かだった。八雲隊というのは、性格に難ありな人が多い気がする。


「……それで、見つかったのか? あいつの亡霊は」


 からかうような口調だったが、顔はやけに真剣だった。もっとしっかり探せと言わんばかりのその表情に、二人は疑問を覚えた。


「見つけてほしいんですか?」


「……見つけてやってほしいとは思っているさ。このままだとあいつは、本当に一生お前達との縁が切れそうだからな」


「神無さん……本当は良い人だったりします?」


「失礼な奴だな。俺はバリバリの良い奴じゃないか。違う要素がどこにある」


 ――ほとんど全部です。


 半笑いで愛花は彼を見た。すると神無はこう付け足す。


「組織という縦社会にいる以上、上の命令は絶対だ。つまり守秘義務が俺には課せられている。……ここまで言えば馬鹿でも分かるな?」


 返事も聞かずに出て行ってしまう神無の背中を、愛花と佐久兎は見送った。パタンと扉が閉まってから、二人は顔を見合わせ微笑んだ。


「良い人……だね」


「そうね」






 *






「……入るよ」


 ノックをしても返事がなかった事から、勝手に八雲は扉を開ける。いないのかもしれないと思っていたが、夕日に照らされたベッドの上で丸まる少女の姿があった。


 ――寝てるのかな?


 彼女の顔を覗き込めば、愛らしい寝顔が見れた。自然と顔が綻び、ついつい見入ってしまう。


「……ねぇ、本当にこれでいいの? 強くあろうとして孤独になるのは、とても辛いと思うよ」


 八雲は寝ている妹のベッドに腰を下ろす。


「確かに希望通りに諜報部には向いているかもしれない。でもね、必要とされているのは退魔師のところなんじゃないかな。怖がらないで彼らを……仲間を、信じてみたら? 距離なんて取らないで、弱さをさらけ出してもいいと思う。僕は妹に悲しい顔も、苦しい顔もしてほしくない。だから右京隊最後の時を、一緒に過ごすという選択肢を考えてみてね」


 彼女の頭を撫で、八雲は立ち上がり退室する。パタンという扉の閉まる音があった後、部屋に残された彼女は静かに目を開いた。


「……正解か不正解。たったそれだけの結果なのに」


 そして短く息を吐く。


「難しいよ……」


 憂いに満ちたその瞳を再び閉じると、意識が深く沈んでいった。

 扉越しに彼女の言葉を聞いていた八雲は、なんとも言えない顔をした。


「何やってるんですか、隊長」


 零が彼女の部屋の扉にもたれかかる八雲を呼んだ。


「任務入りましたよ。また制御装置(リミッター)つけてないでしょ。必要ないからって余裕かましてると……死にますよ?」


「あはは、また物騒な事言っちゃって。ちょっとだけ機械の調子が悪いんだよ。また針裏さんのところに行くのを忘れてた」


「なんかあったらあれだし、今回は俺達に任せとけば?」


「そんな事言っちゃって。僕が行かないと零も神無もうるさいでしょ?」


「まあそうですね。じゃあ早く行きましょうよ。場所はCブロックの立ち入り禁止区域だってさ」


「僕も準備してくるよ。玄関で待ってて」


「了解ー」


 八雲は自室に戻り制御装置(リミッター)を左手にはめた。ウィーンという機械音が鳴った後、手首にフィットする。液晶画面を手首に固定するための、金属ともプラスチックともつかないものに迷路のように入り組んだ回路に光が走った。


『声紋認証設定のため、フルネームをリミッターに向けてはっきりと発音してください』


「ごきとうやくも」


『……本人認証完了。人外対策局日本本部所属退魔師部退魔師、八雲隊隊長、御祈祷八雲。適正使用者(ユーザー)です。以下のプログラムは音声ガイドシステムにより――』


 認証をする間にジャケットを着ながら玄関に向かう。時折音声にノイズが入る。耳に引っかかる音に苦笑するが、明日こそ修理に出そうと思った。


「お待たせ。じゃあ行こうか」


 玄関を出てすぐ、同時に二人は同じ言葉を口にする。


制御装置(リミッター)……発動(オン)


 四角い鱗のような光が服を這い、それが消え、再び形成されたのは軍服のような形で、黒を貴重とした戦闘時専用の服だった。ホルスターは腰に装着され、刀は同じく腰の器具に鞘が固定されている。短距離戦闘員の零の武器は二刀流で、左右に刀をさしてある。八雲は全距離戦闘員という、一番人数の少ないタイプの多才な退魔師だった。


「八千草ちゃん、神無には現場で合流しようって伝えといて。後は通信範囲設定は八雲隊の四人で」


『了解です!』


 耳元の無線機からは、本部にいる八千草の声がする。本来は現場に着いてから発動するのだが、隊員が揃っていない事から現場に着く前に制御装置(リミッター)を発動したのだ。


「これじゃあ目立っちゃうから、今日の移動は屋根の上ね」


 八雲がにこやかに零にそう言うと、


「何気高所苦手なんだけど」


 と笑って返した。屋根を伝い五分で現着すると、立ち入り禁止区域と記された看板のあるフェンスを軽々と乗り越えた。


『その先に廃ビルがあると思うんですけど、こっちでは立体で見れているわけではないので何階かは分かりません。慎重にお願いしますね。ちなみに神無さんは後三十秒弱で合流できそうです』


『食ったばっかで走らされて吐きそうなんだが……休んでいいか?』


『何言ってるんですか。人外は複数いるとレーダーに出ています。サボらないで下さい。スピードが落ちてますよ、神無さん歩いてますね?!』


『その高精度なGPSをどうにか誤魔化す方法はないのか?』


『あってもさせません。走ってください』


 八千草と神無の会話が無線機越しに聞こえてくる。


「早く来てよ。こっちが体動かしてる間、休んでるとかムカつくからさ」


『もう――『着いた』」


 ダブって神無の声が聞こえる。振り返るとそこに姿はあった。二人と同じ黒い戦闘服に身を包んだ彼の両手には拳銃が握られている。二刀流ならぬ二丁拳銃だ。よっぽどの事がないと両手に持つ事はないが、人外の数が多いという理由で彼の両手は埋まっていた。


「揃ったね」


「早く片付けましょうよ。寒いし」


「珍しく零に同意だ。今日はかなり冷え込むな」


「はいはい、じゃあ早急に掃除しよう」


 廃ビルへと駆け出す三人。二階、三階には何もないが、霊感を研ぎ澄ました三人は気配を察知する。


 ――次の階だ。


 四階に着くと、ハイエナの姿をした食屍鬼(グール)が階を埋め尽くしていた。


「うえー、見た目がグロい。てかハイエナって日本にいないでしょ。人外って海も渡ってきちゃうものなの? 輸入でもしてんのかね〜」


 腐蝕した体内からは緑や紫の液体が流れ出し、ポタポタと床に滴り落ちている。痩せ細ったグールは飢えたように鋭い目つきで三人を見る。獲物を狙うその眼光は、日の沈んだ闇の中でゆらりと動き一斉に襲いかかってくる。


 腐敗した肉の匂いに顔をしかめつつ、八雲は前衛に出て飛びかかってくるグールを斬る。こぼれた個体を神無は的確にグールの脳天を撃ち抜き、零は華麗な刀さばきで首を刎ねる。両側から挟み撃ちにされようとも、彼らにとっては痛くも痒くもない。それほどの実力の持ち主だ。


 およそ五十体のグールが床に横たわるまでに三分もかからなかった。八雲隊で無なければこうはいかないだろう。

 しかし一息つこうとした時、八雲に異変が現れる。制御装置(リミッター)を解除したわけでもないのに、戦闘服から私服に戻ってしまったのだ。手に残った刀以外は、いつも通りの姿になる。


「あちゃあ、ついに使えなくなったか」


『八雲さんっ、後ろ!』


 困ったなと笑いを漏らした刹那、八千草の切羽詰まった声が聞こえた。


「――――分かってる」


 八雲は振り返り際、体ごと回転させ宙へ刀で自分の周りに弧を描く。半径二メートル弱の円の中で、見事刀でグールの喉をかっさばいた。ドシャリと床に崩れ落ちた肉体はついに動かなくなった。遅れて、周りに空を斬って起きた風が静かに吹く。


「もう、刀が妖刀じゃなかったらやられてましたよ」


「不便だよね。肉体を持たない人外に物質の物は効かないなんて。人間は制御装置(リミッター)が壊れると無力同然だよ。いやぁ、妖刀でよかったよかった」


 対人外用武器として古代から使われている物は、破魔(はま)の矢や妖怪が宿った刀等だ。これらは物質界レベルの物だが、人外にも通用する。


『……はぁ、本当に良かった。もう、八雲さんも零さんも喋ってないで本部に来てください。隊長は制御装置(リミッター)を修理に出して、零さんと神無さんは点検してもらってください。こんな事が何度もあったら、私の心臓が持ちません!』


「あーあ、また始まった心配性(おせっきょう)。面倒だから俺はパスでお願いしまーす」


『……あ? 先輩の真心だろうが。受け取れよ』


「はーい」


 言う事を聞かない零は八千草の言葉一つで素直になった。神無は厄介事が増えたと言わんばかりに舌打ちをする。


『聞こえてんぞ神無』


「……スンマセン」


「わあ、僕の隊がギスギスしてる。皆仲良くしてね」


 八雲の毒気のない笑顔が何よりも怖かった。冷や汗を浮かべ何度も頷く二人と、おそらく本部のパソコンの前でも二人と同じく頷いている八千草。三人が思う事は一つ。


 ――こいつらなんかと仲良くしたくはない。けど、隊長怖い。

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