No.42「嘘吐き:白+黒」
「いらっしゃいませー!」
扉を開ければ、カランカランと扉に取り付けられた鐘が鳴った。そして突然の有名人の登場に店内が騒がしくなる。
「え、あれって人外対策局の……」
「でもティアちゃんがいないね?」
「わあ、実物初めて見た」
衆目を集めつつも一つの席に案内された。同年代くらいの店員にメニューをどうぞと渡されるが、佐久兎が声をかける。
「……あの、お久しぶりです」
「お久しぶりです。今度は皆さんで来てくれたんですね」
嬉しそうに笑みを浮かべるが、その顔が曇るのもすぐだった。その訳は、この五人が一番知っている。
「あの、ティアちゃんは……?」
一応仕事中という事で、親しさを前面に出さないようにし声を潜めた。彼女は退魔師事情を少しでも知っている人で助かったと内心思う。
「ティアの事で訊きたい事があって来ました。まずは、お名前とティアとの関係性を教えてください」
「えぇと、清水綾花と申します。ティアさんとは同級生で、中学からの友人です。転校しちゃう前までは、中学の頃から同じ学校に通っていました。親しい間柄です……」
――あいかとあやかって、なんか似てるわね。あたしより、ティアと綾花ちゃんの方が仲良いのかしら。
愛花からの問いかけに綾花は簡潔に答えた。おさげ髪がよく似合い、落ち着いているがどこかぬけていそうな印象だった。愛花は自分と名前が一文字違いだという事に気づき、自分にとってティアは初めてできた本当に大切な友人だからか、少々彼女にジェラシーを感じた。
「じゃあ最近ティアを見なかった?」
「その質問はどういう事ですか? あの、もしかして人外にっ……!」
アルの質問に、綾花の顔には分かり易く戸惑いの色がさす。しかしこの反応で、ティアを見かけてはいない事は伝わった。更なる手がかりを求め、アルは質問を続ける。
「綾花ちゃんは、人外を信じているんだね?」
「……はい。中学一年生の時に、うちが人外の事件に巻き込まれたんです。その時に助けてくれて……その後も、人外が視えるようになってしまったうちを助けてくれました」
「ティアって、人外対策局に入る前からすごかったんだね……。今、ティアが行方不明でボク達が捜索中なんだ」
「そんな……」
感心と悲しみが含まれたアルの声音に、綾花の心の中では動揺の波紋が広がっていく。生存すら危ういという状況だと判断した彼女にとって、昔の彼女を賞賛する言葉は「惜しい人を亡くした」と言っているように聞こえたのだ。しかしその思考を止めたのは夜斗だった。
「ああ、そういえば。口は悪いけど頭のキレる探偵と、物騒な事をよく口にする八雲さんの元上司の弟と、中高一緒だった女子と仲が良かったって言ってたな。いつまでの交友関係かは分からねぇけど、もしかしてその女子ってお前の事なのか?」
「多分そうだと思います。探偵さんはきっと神無さんの事で、よく物騒な事を口にしていたのは零先輩の事だと思います」
「知り合いなのか。じゃあ連絡先を教えてくれ」
「あ、あの、うちも最近会ってなくて、神無さんの連絡先は多分もう変わってると思います。零先輩のなら大丈夫だと思うんですけど……」
「じゃあその零って人のを教えてくれ。探偵の方は直接事務所に電話するなり出向くなりすれば良いだけだ」
「分かりました。では書いてくるので少々お待ちください!」
本気で探している姿勢が伺え、生存している確率は高いのだと汲み取った。STAFF ONLYと書かれた扉を押し、慌ただしく入って行く。
「なんだか、ティアに近づいてきた気がするな!」
信太は白い歯を見せ満面の笑みを浮かべた。それに同意した意思を首を縦に振る事で伝える。そして愛花はそれに付け足し、今の状況を冷静に客観視する。
「にしても二つのテーブルをまるまる占領しといて、何も頼まないなんて嫌な客よね」
「あはは〜、ボク達普通に迷惑な客だね。頼みたいけど、そんな時間ないし、だからって注文したのに残すのもなんだか失礼だし、考え物だよね」
軽く会話をしている内に綾花が戻って来た。その手に握られたメモ用紙には、
神有神無:神有探偵事務所
零崎零:080-XXXX-XXXX
と書かれていた。そして夜斗が更に目を丸めた。
「零崎……? 八雲さんの元上司って、八雲さんと右京さんと実子さんが所属してたって言っていた、零崎隊の隊長の事だったのか! て事は、この零崎零って人も退魔師の可能性があるんじゃねぇか?!」
「だったら話は早いじゃんよ! 早く行こうぜ、その人のところに!」
夜斗と信太の息が珍しく合っていた。一つの目的のために協力するというのは、こういう事なのだと佐久兎は見ていて感じた。
「あ、あの! お二人は退……」
しかし、それを止める綾花の声は届かない。
「ありがとうね、綾花ちゃん!」
走って行く四人の背中を追いつつ、アルは感謝の気持ちを伝える。ティアのために力になれたかもしれないと感じた綾花は、まあいいかと口を閉じる。
――後はあの人達に任せれば、きっとティアちゃんは大丈夫。
何故か安心感も得られた。彼女が今できる事は、ティアの無事を祈る事だけだった。
*
その日の内に待ち合わせに指定されたのは、人外対策局近くのファミリーレストランだった。予定時刻から十分くらい過ぎた頃、迷いもせずにまっすぐこちらにやって来た少年が何食わぬ顔で座った。
どうやらこの人が零崎零らしい。垂れ目がちな目につり上がった眉がどこか冷めたような性格の悪さを感じさせる。男性の顔で魅力的だといわれている、所謂フェロモン顔というものだ。かなり殺気だった雰囲気だが、制服を着ている事から高校生だと分かる。
「……で? 話って何。君達と違って暇じゃないんだけど」
嫌味たっぷりに悪態をつく零に威圧感をあたえられながら、右京や八雲、実子が目の前の人物の兄の隊に属していた事に失望しかけていた。
だが兄弟という繋がりだけで、人柄も全く違うのかもしれないと自分に言い聞かせる事で落ち着く。しかも憎まれっ子世に憚るという言葉などがあるように、こういう人物が案外ものすごく強かったりするのである。
手短に一人一人が自己紹介をし終えたところで、本題に移る。
「別に言われなくたって知ってるよ。顔だけで選ばれた客寄せパンダでしょ? 客寄せというよりは、信頼寄せか人気寄せだと思うけどね。話題性持たせるために売られたとかカワイソー」
「……は、はあ。ボク達はお聞きしたい事があって来ました」
「じゃなきゃ普通に考えて呼び出さないでしょ。集団リンチされる覚えもないし」
ティアの言っていた通り、物騒な事を口にする零に調子を崩される。噛み合わないテンポに、相性の悪さを感じた。率直に訊こうと、アルは次の言葉を紡ぐ。
「ティアを、最近見かけませんでしたか?」
「知らないね。でも死人に何の用なの?」
はっきりと生存を否定する言葉に、五人は顔をしかめた。夜斗は相手が誰だろうが反発する。
「ティアは死んでねぇ」
「……ふうん? どう思おうが勝手だけどさ、君達が追っているのは亡霊だよ」
「てめぇっ……!」
「夜斗!」
夜斗が零の胸ぐらを掴むが、彼の名を呼びアルがそれを制す。しかし両者睨んだまま、テーブルを挟んで立っている。その騒ぎに気づいた周りの客が騒然としている。
「……いいの? 有名人の人外対策局員さんが一般市民に手を上げちゃって」
「あんただって退魔師だろうが。制御装置付けてんのが見えてんだよ。嘘をつくならもっと上手につきやがれ」
「そんな事実はどうだっていいんだ。周りからどう見えるのかが重要だと思わない?」
舌打ちをして手を離し、夜斗は乱暴にソファに座る。
「あと、俺にタメ口聞いていいのはそこの赤髪だけだから。俺高三だし」
やはり悪態をつきながら、零は乱れた服を直した。しかし座る事なく五人を見下ろし、嘲笑を浮かべて鼻を鳴らした。
「能力はまあまあだって聞いてたから少しは期待してたけど、一番強いのはティアだったんだね。そりゃあもう経験値が違うのはもちろんだけど、簡単に情に絆されちゃうようなあんたらと彼女は違う。見るべきモノをしっかりと見て正しい判断をするのと、ただ目の前の敵を可哀想に思うだけの君達とでは天と地ほどの差だよ。……戦いに優しさは不要だって言ってるんじゃない。戦いに間違いは不要だって言ってるんだよ。そんなんじゃ君達、何人仲間を殺す事になるのか分んないよね。まあ、俺は白砂派だからそんな事にはならないだろうけど。人外の肩を持つなら、自分やその仲間を殺し、殺される覚悟くらい持ち合わせていないとねぇ?」
冷たい目を向けながら、財布から取り出した一万円札をテーブルの上に置いた。
「俺は、馬鹿兄貴の二の前になるなるのだけはごめんだから」
その後は目を合わせる事もなく出口へ歩いて行ってしまう。アルが呼び止めたが、無反応で店を後にした。店員の「ありがとうございました」という声がやけに間抜けなのは、きっとこれを見ていたからだろう。
嫌味から始まり不機嫌に後輩を叱ったと思えば、人外との共存の仕方を警告され、最後は自分は何も頼んでいないのに五人分の飲食料をスマートに置いていった。
「良い人なんだか悪い人なんだか……」
佐久兎のその言葉は、次の来客へと向けられた「いらっしゃいませ」という声でかき消されてしまった。
「本当にあいつ、ティアの友達なのかよ」
「ティアの友達だからって、ティアみたいに良い子ばかりがそばに集まるわけじゃないでしょ? ほら、例えば悪い人……夜斗とか夜斗とか夜斗みたいに〜!」
「俺しか言ってねぇじゃねぇか」
「え〜、ウソ〜?! ボクってば正直者」
「……喧嘩売ってんのか?」




