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No.41「嘘吐き:白」

「ボク達に会う前のティアは、どんなだったんだろう。どんな人とどんな日常を送って、何を思っていたんだろう」


 右京隊の部屋のリビングには、ティアを除く五人がいた。そんな重い空気の中でアルがついに切り出したのだ。


「いきなり何を言い出すのよ。ティアはもう……」


「だって、ティアの遺体を誰か見た?」


 愛花がアルを責めるようにそう言ったが、次の瞬間には驚きの言葉を返された。


「ティアが学校を休んだあの日に、あの時の未来をね。あの場にボク達以外の誰かがいたんだ。その見えない誰かの目を通して、ボクは未来を視た。解毒剤を打とうとしてくれていたし、ティアの横たわる空間は偽物だったのかもしれない」


「それってどういう事? 誰かは分からないけど、僕達の味方がティアを救ってくれたのかもしれないの?」


「そう。その誰かが手を伸ばした先の蜃気楼が晴れると、そこには違う景色があった」


「まさか、まさか本当に生きてるの? でも誰が救ってくれたの? 何のために……」


「そこまでは分からない。でも、誰が救ってくれたのかは、想像がつくよね」


岩波(いわなみ)あゆみ……」


 佐久兎の導き出した答えに、アルと夜斗が頷いた。そしてアルは解説を始める。


「そう、蜃気楼といえばあゆみちゃんだよね。夜斗や悟原は、偽の映像を見せられていたんじゃないのかな? 毒のせいで動けなくなってはいたけど、本当は呼斗に撃たれる事は回避できていたのかもしれない。呼斗はあゆみちゃんが操る幻術を撃っただけかもしれない。幻術がなければきっとそこは、ただの床でしかなかったんじゃないかな」


「でも生きているんだとしたら、どうしてティア自身も死んだ事にしてるんだよ?!」


 信太がたまらず声を上げた。


「何も分からないんだ、ボク達は。何も知らないだけなんだ、ボク達は。知ろうとしなきゃ分からないんだよ、ボク達は。……だから知ろうとしようよ。現実から目を背けてちゃだめだ。悲観して可能性を踏みにじっちゃうのは、ボク達らしくないと思うよ。もしここにティアがいて、ボクがティアの立場だったとしたら、少しでもボクが生きている可能性があったのならきっと捜そうって言うと思うんだ」


「ああ。……捜すぞ、あの馬鹿を」


 夜斗は立ち上がった。それを合図に、次々と立ち上がる。皆の顔には強い意志が宿っていた。


「あの馬鹿、死んでも見つけてやるわよ……!」


「オレ、ぜってーティアを見つけるかんな!」


「そうだね、僕もティアを捜したい!」


 ――あの日をもう一度。ボク達が出会ったあの時のように、六人で背中合わせで戦いたいんだ。


「さあて、まずは情報収集からだね!」






 *






「……はい?」


 インターホンを鳴らしてから数秒後、静かに扉が開かれる。そこにはティアの兄、八雲がいた。五人を優しい笑顔で出迎えてくれる。


「何か用かな?」


「お話ししたい事があって……」


 夜斗が気まずそうにそう告げると、八雲は客人を部屋に招き入れた。失礼しますとそれぞれが口にし、八雲隊の部屋に入っていく。玄関で靴を脱ぎ、彼に続いた。リビングに通され、指示通りソファに座る。それから五人は真剣な面持ちで手元に視線を落とした。


「皆がここに来たのは、きっとティアの事だよね? 僕の居場所は右京に訊いたってところかな」


「……はい。あの、八雲さん。ティアを守れなくて……すみませんでした…………」


 夜斗が頭を深く下げる。他の四人も頭を下げた。視界が滲む。涙が零れそうになるのをどうにかこらえるが、耐え難い罪悪感と不甲斐なさが彼らを襲う。


「夜斗君や君達が悩む事じゃない。ティアの力不足が生んだ結果なんだから」


 妹の事だというのに、八雲はとてもドライだった。何食わぬ顔をしているが、それがむしろ不自然だ。無理に感情を抑えているような、あるいは何かへの安心感かもしれない。

 例えばティアが生存していると知っているかのような、そんな何かしらの違和感があった。それをアルが率直に訊く。


「八雲さん。ティアは、本当は生きているんじゃないですか?」


 しかし八雲は優しく微笑んだ。そして諭すよう、五人に一人ずつ目を合わせていく。


「ティアが生きていたらどんなに良いか。それは僕も思うよ。……けどね、いつまでも亡霊を追いかけていちゃいけない。死者はしっかりと弔われなきゃ(・・・・・・)いけないからね。僕達も皆、彼女に花を手向けるべきなんだよ」


 八雲がそう言い終えたところで、ちょうど扉が開いた。そこにはボブヘアの女性がいて、八雲に手招きをしている。


「お話の途中すみません。今すぐ任務に向かえとの事です。他の隊員にはもう連絡がいっているはずです。もう、隊長ったら制御装置(リミッター)外してるでしょう?」


「ああ、ありがとう。ちょっと不具合があってね。針裏(しんり)さんのところに持って行こうと思ってたんだ」


「そうでしたか。じゃあ二人に任せましょうか? ちょっとした不具合でも、大事になり兼ねませんから」


「まあ僕なんかいなくても、あの二人は強いからちゃちゃっと片付けちゃいそうだけど……。僕がいないとうるさいからね、あはは。現場までここから何分?」


「ここからは二十分程度なので、転送システムを使った方が早いです」


「分かった。じゃあ僕は本部に行ってくるよ。八千草(やちぐさ)ちゃん、情報指示とかはいいからお留守番してて」


 その言葉で八千草(ひいらぎ)は何かを察して頷いた。それを見て八雲も頷き、五人へ向き直った。


「という事でごめんね。僕はもう行かなくちゃ」


 そして慌ただしく八雲は出て行ってしまった。人外対策局日本本部所属退魔師の中で、一番の精鋭隊と呼ばれているだけはあり、担当任務数も解決率も群を抜いてトップなのだ。休みはあるのかと心配になるくらいに多忙を極めていた。


「もう、隊長ったらお茶もお出ししてなかったのね。ごめんね、忙しくって気が回らなかったんだと思う」


 八千草柊という女性は、一見(・・)優しそうな女性だった。しかし八雲隊に属するという事は、通信情報専門部――通CIS(Communication Information Specialist)の中でも、トップクラスの腕前の持ち主だという事だ。おっとりしている彼女がものすごいスピードでキーボードを叩く姿は全く想像つかないが、それが事実なのである。


「今から淹れてくるわね、何がいいかしら?」


 八千草が問うが、五人は首を横に振った。そしてアルが意気揚々と立ち上がる。


「ボク達ももう帰ります。お邪魔しました!」


「あらそう? 何もおかまいできなくてごめんなさいね」


 各々お邪魔しましたと言い、玄関へ向かう。もう一度お邪魔しましたと言ってから玄関を出た。その背中を見送りながら、八千草は呟く。


「全く、八雲さんは味方には甘いんだから。まあ、それが八雲さんらしさなんだけど……」


 アルは人外対策局のもう一つの寮である高層マンションから出たところで、後ろの四人へと振り返る。その表情は嬉しさが滲み出ていて、何事かとぎょっとする。


「聞いた……?! 八雲さんもティアは生きてるって言ってくれたんだ! ねぇ聞いたっ?!」


 夜斗の肩を力任せに揺する。しかし他の四人は怪訝な顔をしたままだった。もどかしそうにアルは語る。


「死者はしっかりと弔われなきゃいけないって! 僕達も皆、花を手向けるべきなんだよって言ってたでしょ?!」


 信太以外の三人はやっと理解ができ「ああ!」と声をもらした。しかしまだ理解をしていない信太にアルは話を続ける。


「僕達も皆っていう事は、ボク達もそして八雲さんも、ティアを弔わなきゃいけないはずなのに、花を手向けるべき……つまり弔っていない、弔えないって事なんだよ!」


「……だから?」


 それでも理解ができていないようで、ついに夜斗が口を挟んだ。


「弔えない状況、つまりティアが死んでない事を肯定してんだろうが!」


「ね、ねぇっ!」


 そして佐久兎が手を上げた。


「前に右京さんと行ったカフェで、ティアの知り合いだって女の子がいたんだ。行ってみる価値はあると思う!」


「なんで今まで言わなかったの?! 今すぐ行くわよ。ほらほら、案内してよね!」


 活気の戻った五人の次に向かう先は決まった。


 ――――誰もが彼女の生存を信じ、誰かが彼らの幸せを願った。






 *






「あゆみの事だが、どうやらどこかの家を借りている訳ではないらしい。諜報部の伝手(つて)を使わせてもらいながら捜しているが、みつからなかった。どうやらホテルを利用しているか、または入院……しているのかもしれないな」


 実子隊の部屋では、銀が調査の途中経過を報告していた。朱里は興味なさそうに聞き流しているが、この中で一番心配していたのは彼女だ。耐えきれなくなりそうになると、落胆する男四人にきつく当たった。


「……だいったい、なんで朱里達があゆみを捜してんのよ。あんた達馬鹿なんじゃないの? 犯罪者で、釈放されたと思ったら挨拶も無しにどっかに消えて。こんなんでどうやったら捜す気起きるわけ? 迷惑かけるだけかけといて、ごめんの一言もないって何様なのよ?!」


「朱里……」


 制止する新を無視し、朱里はまくし立てるように不満を吐露した。


「右京隊の真似事なんかやめなさいよね! 絆もクソもない朱里達が、どの面さげて今更仲間ぶってんの? 気色悪い」


「お前、いい加減にしろよ」


 ついに直樹が苛立ちを露わにし、朱里の胸ぐらを掴んだ。しかし彼女は怯む事なく鼻を鳴らした。


「何熱くなってんの。仲間がいないと人外と戦えないよぉ、怖いよぉって? このビビリが」


「ふっざけんな……!」


 直樹が拳を握ると、とっさに朱里は目を瞑った。しかし衝撃はいつまでたっても伝わってこない。恐る恐る目を開けると、バルが直樹の拳を掌で受け止めていた。


「……いくら苛ついているからって、女性に手を出すのは男としてどうなんだい。胸ぐらを掴むのだって、随分と不躾じゃないか。それに朱里も。強がりはそこそこにしないと、自分が苦しいだけだとは思わない?」


「はあ? 朱里はあんたに助けてなんて言ってないんだけど。余計な真似はやめてくれる?!」


 礼も言わずに悪態をつく朱里に、バルはやれやれと溜息をつく。直樹は乱暴にソファに座り、とても気まずい空気になってしまった。取り繕うように新が笑顔で皆をなだめる。


「まあまあ、皆落ち着こうよ。朱里だって本気であんな事言ったわけじゃないでしょ。誰だってあゆみが心配なんだよ。だから余裕がなくなってしまう。こういう時こそ、冷静さを欠くのは望ましくないよ」


 朱里が盛大に舌打ちをし、バルは持ち得る情報を口にした。しかしそれはあまり良い事だとは言えなかった。


「こんな事はあまり言いたくはないんだけど、以前にキメラは短命だと聞いた事がある。だからもしかしたら、もう……」


「ほら見なさいよ。はい、やめやめ、解散! 無駄な希望(こと)をしてる暇があったら、もっと他にする現実(こと)があるでしょ」


 足早に朱里はリビングから自室へと戻っていった。残された男四人は苦悩の色を滲ませながら過去を振り返る。


「俺達って、何も知らないよね。……あゆみの事」


 新が口にしたのは寂しい言葉だった。制御装置(リミッター)が無くとも蜃気楼を使い、容姿すらも変える事のできるあゆみを捜しだす術は、彼らにはもう残されてはいなかった。

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