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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第2章:あの日をもう一度-1
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No.38「俺を誰だと思っている」

 次の日は通常通りに綾花もティアも登校し、そこで二日ぶりに顔を合わせる事になった。暗い表情の綾花を気遣うように、ティアがおはようと声をかける。


「……ティアちゃん」


「寝れてないみたいだけど、大丈夫?」


「うちは大丈夫。だけどティアちゃんを巻き込んでごめんね」


「気にしてないで! 必ず、私が綾花ちゃんの無実を証明するから」


「ありがとう……! 今学校に来れているのも昨日の神有(かみあり)さんのおかげだし、落ち込んでちゃダメだよね!」


「神有さん?」


「うん、確か神有さん! その人が、早くうちを返すように言ってくれたの」


「……もしかして、神有神無(かんな)って人?」


「そう、その人! もしかして知り合い?!」


「……えぇ、まあ」


 関係性は奇妙な知り合い以上、友達未満といった微妙なものなので、これ以上問い詰められても困る。だからこそあえて濁し話を進める。


「それで……綾花ちゃんはあの日の帰り、何か気になる事とかあった?」


「言っても信じてもらえなかったんだけど……」


 その言葉にティアの直感が、これが犯人の正体のヒントに繋がると確信した。


「帰りに足音が前からしてきて、普通なら街灯に照らされるはずなんだけど、そこには誰もいなかったの。でも影は確かにあって! なのに姿は無くて……。びっくりして振り返ったら、そこにはうちにそっくりな人がいたの」


 あの瞬間を思い出し、身震いをする綾花。


「ね、信じないでしょ? だって、自分でさえ信じられないもん」


 しかし、突然彼女の手を握るティア。目を閉じて少々険しい顔をした。


「あの……ティアちゃん?」


 何をしているのか理解できずに、されるがままにティアの反応を待った。そして一分後、ようやく口を開く。


「すれ違った後に見た時には姿があって、その前まではなかった……」


「う、うん……!」


「私も、信じてもらえないかもしれない事を言うね」


 綾花が何を言い出すのかと不安そうな顔をした。至極真剣にティアは彼女の目を見てこう言った。


「私、人の過去が視えるの」






 *






「助けた? いや、夜道なのに大声で歌って歩く中学生の目撃情報があったんだよ。それを見たのは一人二人じゃなかった。だからそいつのアリバイが証明されつつあるぞ。でもまあ、防犯カメラ映像の方が証拠として価値があるからな。あんま意味もないか?」


「う、う、う、うち、怖さ紛らわすために、あの日は怖くて大声で歌って帰ってたから……」


 神無は助けたわけではないと否定するが、希望の光がさしてきた事に違いはない。

 そして、ティアも自分の能力について打ち明けた。


「……ほう。じゃあお前の言う通りに過去が見える能力とやらを鵜呑みにすると、ティアから見ても本当にすれ違うまでは透明だったんだな」


「はい、しかし足音や影はしっかりとありました」


「……だったら、俺が出した更なる仮定はこうだ。考えられるのは透明人間。初めの事件はカメラに影しか映らなかった事から、シャドーマンかとも思った。もっと可能性を考えた。そいつと同じ姿になったという事から、ドッペルゲンガーの正体が明かされるかもしれないという楽しい状況だ。そしてこれを聞いてのお前の意見が聞きたい。ティア、お前はどう思う」


「ドッペルゲンガーだと思います」


 不謹慎にも楽しいと言ったドッペルゲンガー説を、ティアは選択した。満足気に神無が頷くと、その線でいこうと言った。


「いやいや待ってよ。俺も綾花ちゃんもついていけてないって。ティアは元から知っていて、そういうのも視えてるからって理由は分かるけど、あんたは無縁そうな顔をしてたでしょ? 何いきなり詳しくなっちゃったりしてんの」


「たまに探偵社にくるんだよ。そういうオカルトな事に関する依頼がな。ただ人外と呼ばれている事は知らなかった。せいぜい知っていたのは都市伝説だとか、有名なドッペルゲンガーだとか、霊くらいだ」


 零の疑問に淡々と答える神無だったが突然笑い出す。何に笑い出したのかも分からずに首を傾げる中学生三人だったが、彼の口から飛び出してきたのは関係なくはないがどうでもいい事だった。


「霊……? (れい)(れい)って何の冗談だ。読みが同じかと思えば漢字も似てるぞ!」


 次第に笑い声が大きくなる神無に、冷ややかな視線を注ぐ三人。笑いのツボがずれている彼との温度差に、たまらずティアが零をフォローする。


「人の名前を馬鹿にするなんて酷いですよ」


「だって零崎零だぞ? しかも今気づいた、漢字を後ろ前取り替えても零崎零だな。 最っ高だな、お前!」


「あんたのツボが理解できないよ。それに俺の名前を散々馬鹿にしてるけどさ、あんたの名前も大概だと思うよ。神有神無って、神がいるんだかいないんだか分かんないし、かんななんて名前は女子の名前でしょ?」


「人の名前を馬鹿にするなんて酷いじゃないか。それに偏見はよくない。れいって名前も、女の方が多いだろ」


 苛立ちを露わにする零に、あたりまえに動じる事なく神無は言い返す。今はいつもの冷めた表情が戻り、すっかり面倒だとでも言いたげな目をしている。熱しにくく冷めやすいようだ。


「さっき零先輩の名前を馬鹿にしたのはどこの誰ですか……」


「そんな奴いたのか? 随分と真っ当な意見を言う奴だな。心から尊敬するよ」


 白を切ったかと思えば、自分を自分で尊敬すると言い出し自画自賛する始末には、更に注がれる視線の温度が下がる。氷点下だ。しかし神無は他人からの評価を真に受け気にする性格でもなく、ココアを一気に飲み干してから更にココアを頼んだ。


「あ、あのう……うちはここにいてもいいんでしょうか?」


「何を言ってるんだ。いていいも何も、三分の一くらいはお前のために謎解き中だ」


 気が強い訳ではない綾花は、威圧的というよりも今はとことん口が悪く、何にでも毒突く神無に警戒をしていた。ハートを粉砕されないようにと盾を構えるのがやっとだ。


「しかし事務所の力を使っても、人外対策局についての情報は一切出ない。どういう事だ? まあこれは昨日言いかけた事だが、この中で一番その組織に近いのは……ティア、お前だと思うぞ」


「私……? 何故ですか」


 小首を傾げる時のその表情は少女そのもので、年相応である。小さな口をへの字にするのは彼女の癖だろうか。


「自分で言ってただろうが。昨日の事も覚えてないのか」


「人外対策局についてですか? 何も……言ってないと思いますよ」


「お前がいなかったら、人外対策局という組織に辿り着けなかっただろうな。霊とかのオカルトな存在を『人外』と呼ぶ事は世間では浸透していない。いわば、組織内の専門用語みたいなものだろう。隠語とも言うな。警察では汚職事件を『さんずい』と言ったり、私服巡査を『アヒル』と言ったりする。タクシー業界では『お化け』は遠距離運転。『大きな忘れ物』は犯罪者が乗車中だという事を示す。まあとにかく、面倒で人外という言葉でひっくるめているにしろ何にしろ、とにかく組織単位での専門用語だろうな」


 流石探偵と言うべきか、様々な業界に精通していて物知りだった。神無の博識さに素直に感心し、ティアと綾花は何度も頷いた。


「とりあえずイメージとしてはそんな感じだろう。まあ、それを組織名に付けたのが謎だけどな。秘密組織として活動内容を隠すには頭が弱いと思うが、助けを求める者にとってはその単語にさえ辿り着けさえすれば分かり易い。別に隠しているのかは知らんが。そのおかげでこうして俺達も光が見えてきたところだ。まあ対策局という程だし、人外関連の事件をどうにかしてくれるんじゃないか?」


「はあ……! たった一つの言葉でここまで導き出すなんてすごいですね。流石有名進学校の人!」


「当然だろ。てか有名進学校って言ったら、お前達の通うとこもそうだろうが。そんな頭じゃ進学校の名が廃れるぞ」


 素直に賞賛していた綾花が、神無のたった三言で撃沈される。硝子のハートを粉砕された音が体内から聞こえてきた。


「進学校云々よりも、探偵という職に触れているかどうかだと思いますよ?」


「へえ、探偵なんですか?!」


 浮き沈みの激しい綾花に、神無は忙しい奴だなと言い放つが、気にした様子もなくただ目を輝かせている。


「う……」


 羨望の眼差しに慣れていないのか、不快感を顔に出し身を引く。蕁麻疹が首に現れ、ガリガリと掻きむしっていた。


「へえ、こういうのに弱いんだ? まあそっか。いつも口悪いから、素直に褒めてくれる人なんてそうそういないよね?」


「なわけないだろ」


 零を一言で黙らせると、追加のココアも一気に飲み干した。


「あはは、動揺してますね」


「してない」


 ティアの言葉にも一言で返すが、彼女は黙らない。ふふんと笑い、立てた親指と人差し指を顎にくっつけた。シャキーンという効果音が今にも聞こえてきそうなその見事なポーズは、謎解きをする探偵のようだった。


「今、腕を組みましたね? それは拒否のポーズです」


「は……?」


「図星をつかれた時には足を組んだ。これはストレスを感じた時にする仕草です」


「え、いや、ちょっと待て」


「そして手です。零先輩の言葉を否定した時から、ストローをいじってますね。これは落ち着かない時にしてしまうんです。よって、貴方は嘘をついているという事になります!」


 涼しい顔でずっと観察されていたのかと思うと、神無はゾッとした。謎を解き終わったティアは、初めて神無に勝ち誇った顔をした。


「お前……それはなんだ。心理学か」


「はい、趣味で」


「へぇー、それすごい。んじゃ神無の性格は?」


「何で零が楽しそうに俺の心理分析を求めているんだ。あと、先輩かさんくらいつけろ」


「見ての通りの性格だと思いますが、うーん……。口癖が『まあ』ですよね。これを多用する人は、他人は他人、自分は自分と割り切っている人です」


「あぁ、確かにそうだよね?」


「……当たってるな」


 恐るべし心理学。片手に収まる程度しか会った事がないのに、ここまで分かられてしまうのだ。普通、嘘をついている時の仕草やトーンはしばらく一緒にいないと分からないものだ。それなのに、全てを丸裸にされてしまいそうな程だった。相手を攻略するには、必須にしてもいいくらいに有益だと神無は思う。


「心理学を学ぶのも悪くないかもしれんな」


「神無さんには必要ないと思いますよ」


「何でだ?」


「一〇〇パーセントのものではありません。心理学よりも、神無さんの洞察力の方が上だと思います」


 再び椅子の上で後退りをし、隣の零のココアをひったくって飲んだ。


「ちょっと! 俺一口も飲んでないんだけど」


「なら早く飲んでもらえてココアも嬉しいはずだ。良かったな、ココア。それにティア。お前こそ心理学は必要ないんじゃないのか? 過去視とかいう能力は、一秒前の心中を知る事もできるんだろ?」


「……能力を使うのが、嫌なんです」


「便利なのにか?」


「メリットばかりではないという事です。この三人だけだったら、別に能力を使わないようにする事もないんですけどね……」


「ふーん、スイッチのオンオフも可能なんだ。すごいね。それで、俺達と他の人とは何が違うの?」


 零が興味深そうに身を乗り出す。


「零先輩も神無さんも思った事はすぐ言う分、内に溜めるストレスが少ないです。綾花ちゃんも純粋な心の人なので……。私は負の感情に当てられすぎると、体調を崩すんです」


「こいつは純粋というか単純なんだろうな。確かに、単細胞みたいな奴だもんな」


「た、単細胞……。確かに神無さんと比べたら、うちはミジンコかもしれません」


「単細胞の意味が分かってて頭の良し悪しを比喩しているのか、それとも単細胞生物だと思っているのかどっちだ?」


「単細胞生物の事じゃないんですか……?」


「違う。そしてミジンコは多細胞生物だ」


「え、あれ……?」


 本当に単細胞だな、と神無は溜息を吐いた。裏表のない人柄は長所だが、この話題を掘り下げるよりも重要な事がある。


「このメンバーになるといつも話題がずれる。今話さなければならないのは、人外対策局についてだ」


「ああ、そうでした!」


「お前、殺人犯に仕立て上げられそうだという事を忘れてないか? 真剣に取り組め」


「は、はい……」


 しょぼくれる綾花はみるみる表情を暗くした。構う事なく神無は話を続ける。


「この事件の犯人が人外なら、人外対策局とやらに協力してもらえれば無実が証明できるんじゃないか? まあ、小規模な組織だったら期待はできないが」


「でもどうやってコンタクトを取ればいいんでしょう? 私が人外という用語を知っていても、連絡先までは知りません」


 ティアの不安気な顔に、神無は鼻を鳴らした。


「お前は、人外という言葉を誰から教わった?」


「父です」


「だったら父親に聞けば何かまた分かるだろ。実はその組織に属している人間だったりしてな。まあ後者である方が楽だがどちらでもいい。今から行くぞ」


 立ち上がる神無と零とは対照的に、ティアと綾花は立とうともしない。綾花にいたっては、うつむいたままスカートの裾をぎゅっと握っている。二人から目を逸らすティアが、力なく顔を横に振った。

 普通ならば親子喧嘩や出張中、離婚して疎遠になっているのではないかと想像を巡らせるところだが、神無は違った。視線を落とし、目を伏せる。


「……そうか」


 ドカッと乱暴に椅子に座ると、まだ残っている氷が溶けていくのをじっと見つめる。零は訳が分からないという顔で戸惑いながらも再び腰を下ろすと、単刀直入にどうしたのかとティアに問う。


「父はもう……」


 その先の言葉なんて、聞かずとも察した。零は酷な事を聞いてしまった事への後悔と、あまりにも身近な出来事に、あまり覚えたくない類の親近感を覚えた。


「知っていそうな母も、もういません。兄は現在高校生ですが、一人暮らしをしていて今では連絡先も知りません」


「天涯孤独だな」


 神無はティアをそう比喩した。


「いえ、兄には何か考えがあるんです。それに孤独でもないです。父の弟である叔父が引き取ってくれました」


「今日参拝してきた。人当たりの良さそうな人じゃないか。でも、お前の友達だと言ったら、酷く驚かれたぞ」


「そりゃあ、こんな偏屈そうな高校生とどこで知り合ったのかとか心配に思うでしょ」


「いや、叔父とろくに会話をしていないんだろ。違うか?」


 それよりも、とティアが口を開く。


「どうして私の家を知っているんですか? 名字言いませんでしたよね」


「ふん、俺を誰だと思っている。探偵だぞ? ……さあ、お前には仕事ができた。大仕事だ」

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