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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第2章:あの日をもう一度-1
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No.36「真犯人と容疑者の接触」

「ええええええええっ?!」


 夕方の境内に、綾花の声が響き渡る。参拝に来ていた三十人前後が一斉に振り返り、二人を穴が空きそうなほどに見つめている。


「あっ、ご、ごめんなさい……!」


 綾花の謝罪に、止まっていた時が再び動き出す。いつもの日常がそこには映し出されていた。


「あはは、実は神社なんだよね」


 地元ではかなり有名で大きな神社だ。綾花にとっては初詣といえばここで、そう言えばとここの神社の名前を思い出す。平日なのに人が途切れないのはなかなかに繁盛している証拠である。


「ただいま帰りました」


 玄関に入ると男性がいた。人がいると予想していなかったのでお互いに驚くが、靴を履こうとしていたところだったようだ。ラフに着物を着こなしている様子から、着慣れているのがよく分かる。


「お帰りなさい。……お友達、かな? 初めまして。御祈祷(ごきとう)(はじめ)です。祝うって書いて、はじめね!」


「同じクラスの清水(しみず)綾花(あやか)です! お、お邪魔します!」


 緊張しながらも、縁起の良さそうな名前だなと綾花は思った。物腰が柔らかく人当たりの良さそうな優しい顔は、小心者な綾花にも安心感を与える。


「今までお友達を一人も連れて来た事がないから、心配していたんだ。初めてのお友達の家庭訪問だね」


「あはは、心配いらないよ?」


 ――うちが初めて? ……本当に?


「良かった良かった。応接間が空いてるけど使う?」


「ううん、私の部屋に行く!」


「分かったよ。綾花ちゃん、ゆっくりしていってね」


「はっ、はい。ありがとうございます!」


 にっこりと笑顔を浮かべ、祝は玄関から出て行ってしまった。二人は靴を脱ぎ、靴箱側へ踵部分を向けて並べてからティアの後をついて行く。階段を登り、やがて見えてきたのは廊下だ。ざっと見部屋は五つあり、ティアは一番手前の部屋のドアノブに手をかけた。


 彼女の事だから、きっと可愛い雑貨や綺麗な小物が整頓されて飾られているに違いない。そんな妄想を勝手にした。


 しかし予想は裏切られ、予想外な風景に綾花は目を丸め、きょとんとしたまま扉の前で立ち尽くす。それを見てティアは苦笑した。


「……驚いた? 何もないでしょ」


 寂しそうにそう言う彼女を囲むのは、ベッドや勉強机、椅子、テーブルとクローゼットだけだった。追加して詳しくいえば、教科書やバック、携帯の充電器と時計のみ。たったこれだけだ。


「ここ、本当にティアちゃんの部屋?」


「そうだよ」


 にわかに信じ難い。しかし机の上に置かれていた教科書が、ティアの部屋だと主張していた。お世辞にも生活感があるとはあまり言えない。しかし全くないわけではなく、愛着がないという表現が一番合っている気がする。


「飲み物持ってくるね! ココアか紅茶、ホットとアイスどっちがいい?」


「アイスココアで!」


「了解! ちょっと待っててね」


 パタンと静かに閉められた扉は、主のいなくなった部屋を悲しく思っている気がした。

 ふと机に目を向けると、教科書に紛れてアルバムが置いてある。勝手に見ても良いものかと躊躇したが、良くないと分かっていながらも意を決して表紙をめくった。


 見開きには手紙が挟まっている。送り主は「御祈祷八雲」と書いてあった。流石に手紙を読むのは良くないと思いとどまるが、罪悪感を覚えながらもアルバムのページをめくる手は止まらない。


 次にあった、ページ一枚分の大きな写真には、ティアの他に三人の人が写っていた。眉目秀麗な誠実そうな男性。ティアによく似た柔らかい笑みを浮かべる、美人な外国人の女性。そして、育ちの良さそうな少年だ。家族写真に見えるが、しかし先程会った男性が父親ならば、これは家族写真だとは断定できない。


「……さっきのは叔父さんだよ」


 声に驚き扉へ目をやると、そこにはお盆を持ったティアがいる。気配なく現れ、心臓が口から飛び出すかと思うくらいに吃驚した。


「あ、か、勝手に見てごめん……!」


「んーん、いいよ。綾花ちゃんになら、話してもいいかなって思ってたの」


 困ったように笑うと、テーブルにお盆を置いて机へ向かった。綾花の隣に並ぶと、彼女は視線を写真に落とす。その横顔で初めて見る悲しそうな目は、一体何を思い出しているのだろうか。写真を見ているはずなのに、その奥の何かを見ているような目だった。


「私が小学校に上がった年、女の子は七五三があるよね」


 最後の一ページまでめくると、そこには両親と三人で写った立派な写真があった。着物姿は彼女の利発さをより強調させ、今と変わらぬ大人びた雰囲気を纏っていた。しかし、今の彼女にはない無邪気さがある。


「あの日は写真を撮って、父の弟である叔父さんが神主を務めている、この御祈祷神社に来た」


 静かに語る口調は、嵐の前の静けさに似ていた。伏し目がちな目には長いまつ毛が被り、その奥の瞳が揺れるのをカモフラージュしている。


「予定があった兄がここで合流する前に、事件は起こった。そこで私を庇った父は死に、母も死んでしまったの」


「じゃ、じゃあティアちゃんは……」


「――――独りじゃないよ。……独りじゃない」


 語気の強いティアのその言葉は嘘か真か。自分に言い聞かせているように綾花には聞こえた。


「じゃあ手紙の八雲って人は、ティアちゃんのお兄さん?」


「……うん。兄は高校生だけど、もう一人暮らしをしているよ」


「そう、なんだ」


 かける言葉が見つからず、話題を逸らした訳ではないが、ずらす程度に手紙の話に持っていく。しかしそれも失敗し、三言交わして会話が終わってしまう。次の話題を探していると、彼女の方が先に口を開いた。


「あ、冷たいうちにココア飲もうよ! ぬるくなっちゃう」


「そ、そうだね。いただきます……!」


 温かいものを冷めないうちにと勧めるのはまだしも、おかしな事を言うティア。少しの動揺がうかがえる。それをきっかけに勉強へと移るのだった。






 *






 帰り道。すっかり日が落ちてしまい、道路に沿って並ぶ街灯はあまりにも心細かった。電気が切れかかっているのか、個々の明るさがまるで違う。普段ならば街灯の下ははっきりと自分の足まで見えるはずだが、古い街灯の光は薄暗く、靴下とローファーの境界も曖昧だった。そして二つ先の街灯は明滅を繰り返している。


 ――こんな事なら、お言葉に甘えて近くまで送ってもらうんだった。


 後悔が心の隅に生まれるが、心の大半を占めていたのは暗闇に対する恐怖だ。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 硬い靴底の音が前方から聞こえる。人の存在が心に余裕を与えた。しかし、同時に根拠のない不安もよぎる。


 ――幽霊だったらどうしよう。


 今まで霊を一度も見た事のない綾花だったが、無条件にその存在を信じている。暗闇の中で心細い時にはよくしがちな妄想だが、中学生にもなってここまで恐怖するとは思わなかった。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 近づいてくる音は次第に大きくなり、心拍数もそれに呼応するかのように大きく打った。明滅する街灯の下に、一瞬だけその人影が現れる。しかしどんな人物かを確認する前に明かりは消えてしまった。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 近づいてくるそれは、綾花の一つ先の街灯に黒い影を作った。しかし、その実体はない(・・・・・)


「えっ……」


 あり得ない状況に息が詰まった。影はあるが、それを作るための肉体がないのだ。得体の知れない透明人間は、尚も距離を詰めてくる。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


「ひ、ひっ……」


 近くに迫り来る得体の知れない何か。無意識に悲鳴にもならない声が漏れた。


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 姿があればもう二、三歩先に見えているはずの足音は、風を作り綾花の横を通過した。恐怖や緊張から荒れていた息づかいは最大の緊張点に達し、瞬間的な条件反射のように空気を吸い込む事によって一時的に収まる。

 息を止めたそのまま、恐怖を振り払うかのように勢い良く後ろを振り返る。


 そこには、セーラー服を着たおさげ髪の少女が歩いて行く姿があった。

 振り返ってしまった事で、綾花は更なる恐怖に襲われる事になる。先程まで、足音だけだった何か(・・)が、突然セーラー服を着た少女になったのだ。


 しかもそれは、


「……うち?」


 理解におえない状況で、綾花はただただ自分の背中を目で追った。やがて見えなくなった彼女の姿を思い浮かべ、ただの幻覚だと思い込むようになる。信じられないものに遭遇した時、人間は自分に都合の良い解釈をするものだ。


「……疲れてるんだよね。うん、きっとそう!」


 自己完結した恐怖体験を、頭から振り払うかのように大声で歌を歌った。すれ違う人すれ違う人に妙なものを見るような目でチラ見されるが、その時だけは気にせずにいられた。






 *






「……あれ?」


 次の日の放課後、学校に現れた神無を見てティアは首を傾げた。彼のいる校門まで駆けると、その途中で神無が気づき背中を門から引き剥がす。


「遅い。校門に根っこが生えそうだ」


 アポイントもなく勝手に待っていたのに、神無は最低な態度をとる。普通の人ならば「できものならばタンポポのようなド根性で、アスファルトにでもコンクリートにでも根を生やしてみろ」と思っても不思議ではない。しかしティアは気分を害した様子もなく、「どうしたんですか」と問いかけた。


 周りでは神無を見て騒ぎが起こっている。有名な進学校の制服だ。頭も良ければルックスも良いとくれば、女子は放っておくはずもない。またかと神無は面倒くさそうにし、一切触れる事はなかった。


「今日もスーツではなく制服なんですね」


「事件があったって、今日の十時に知らされたからな。それからなんだかんだでもう夕方だ」


「また事件ですか?」


「ああ。お前、清水綾花と同じクラスだろ?」


「はい。でも今日は欠席しましたよ」


「当たり前だ。捕まっているんだからな」


「……はい?」


 言葉の意味は分からないはずもない。信じ難いから訊き返したのだ。


「詳しく言えば、殺人容疑で事情聴取中だ。防犯カメラに映っていたからほぼクロ。確定だな。しかしこの前に捕まった男と同じで無罪を主張している。報道規制されていて殺しの手口は公開していないはずなのに、透明人間のやつも含めて全て同じ手口だ。……どうしてこんな偶然が起きる?」


「綾花ちゃんが捕まったって……」


 神無の言葉など入ってこず、信じられずに呟くティア。神無は白々しいと言いたそうにしている。


「清水綾花の犯行時刻三十分前まで、お前の家で勉強をしていたって言うじゃないか。お前の行く先々で事件は起こるのか? これじゃあ死神同然だな。それとも、体は子供頭脳は大人な某探偵みたいに、運良くか悪くかは知らんが事件に巻き込まれる体質なのか? 死神だか疫病神だかどちらの神様だかは知らんが、お前は充分疑われる要素を持っているんだぞ」


 一段と饒舌な神無に、ティアは何も答えられずにいた。名前通りにその心に神も有ったもんじゃない無慈悲な男だ。


「おいどうなんだ。中学生は長く拘束してはいられない。もうすぐ清水綾花は帰される。そしたらお前の元にも警察が話を聞きに来るぞ。防犯カメラ映像がどうであれ、連続殺人だと睨む奴は警察内部にもいるから事は大きくなっている。もしも監視がつけられたら面倒だ。今の内に知っている事は勿体ぶらずに洗いざらい言え」


「……綾花ちゃんは、犯人ではありません」


 唯一彼女が口にしたのはこれだけだった。


「それはお前の願望だ。もしその願望が現実になり得るかもしれない可能性があるのなら、それはお前にかかっているんじゃないのか? それとも大事な友達を見捨てる気か」


 無情な人間に無情だと遠回しに避難され、ティアは眉根を寄せた。


「綾花ちゃんは大切な友達です。でもこの世の中には、私みたいな子供一人ではどうしようもない事が沢山あります。真実を言ったところで、受け入れてもらえない事の方が多いです」


「それを言うのなら今のお前だってそうだ。考えたって結論の出ない事の方が多い。ならば言え。行動しろ。そうすれば何も言わずしないより、受け入れてもらえる可能性が上がるだろうが。……それに、誰がお前一人でどうにかしろと言った。今は俺もいるだろうが」


 神無の言葉は、いつもの何倍も説得力があった。渋々知っている事柄について話す事を決意し、口を開こうとしたところに零も現れる。


「なーんだ。イケメンがいるって皆が騒いでるから、どんなにレベルの高い眉目秀麗な顔を拝めるのかと思ってたのに。随分と辛気臭い顔だったよ」


「ちょうど良い、お前も来い。場所を移すぞ」


 時間が無いと言いたげにそう言い残し、さっさと猫背で歩き出す神無。そして複雑な表情のティアを見て、何やらただ事ではない様子を零は察した。

 そして行き着くのはいつものカフェだった。


「ココアをアイスで三つ。領収証は神有探偵事務所で。時間が惜しいから先に書いておいてくれ」


「かしこまりました」


 すっかり顔馴染みになった三人と店員が、緊張の面持ちでその空間にいた。店員は何事かと尋ねてくる事はないが、ただならぬ緊張感に内心心配をしていた。


「へえ、お前探偵だったのか!」


「言わなかったか?」


 なんとか場を和ませようという零の気遣いは、神無のたった一言で一蹴されてしまう。次にどんな言葉をかけられるのかとハラハラしながらココアを一口飲み、神無がティアに問いかけた。


「まず、お前は殺人事件の首謀者か?」


「そんな。違いますよ」


「だろうな。じゃあ犯人の目星はついているのか?」


「……はい」


「じゃあ何故黙っている。これから被害者になるかもしれない人も、冤罪であるかもしれない容疑者も、そいつら全員を救える可能性を踏みにじってまで、一体お前は何を隠している?」


「隠しているわけじゃないです。ただ、こんな子供が言ったところで信じてもらえないからです。それにこんな事、大人が言ったとしても途端に正気を疑われますよ」


「じゃあお前はクレイジーって事か」


「視野が狭い人間には、そう思われるでしょうね」


「お前と俺達の何が違う?」


 ティアもココアをストローで一口吸い、ふうっと息を吐き出した。


「……お二人は人外(・・) を知っていますか?」


「人外?」


 見事にハモる素っ頓狂な声に、ティアは予想していたといった風に頷いた。


「お二人共、この類のものを信じるような人には見えませんが、人外とは霊や妖怪や悪魔、妖精や小人や未確認生命体も含む、非現実的な存在だと思われている生き物の総称です」


「……待て、お前はその人外とやらが犯人だと言うのか?」


「はい」


 あまりにも迷いなくあっさりと肯定するもので、二人は度肝を抜かれた直後の表情のまま固まった。


「だから嫌だったんですよ、言うの。どうせ誰も信じてくれやしませんから」


 次に神無が口にするのは、予想通りの小馬鹿にした言葉だった。


「その調子だと、サンタクロースも信じているクチか」


「残念ながら違います。幼稚園の頃にサンタさんに会おうとしてこっそり起きていたら、父がそっとプレゼントを置いて行くのを見てしまったんです」


「父親も気の毒だが、お前はもっと気の毒だな。まだ夢を見ていてよかった歳だ」


「……えぇ。正体暴いたり! ってウキウキで幼稚園でバラしたら、先生に別室に呼ばれました」


「んまあ、夢を見過ぎで高校生になってもサンタを信じてた人もいるけどね〜」


「それは零先輩の友達ですか?」


「いや、兄貴」


「早く教えてやれよ。可哀想だとは思わないのか、悪魔め」


「あんな純粋にクリスマスを楽しそうに待っているのを見ると、なかなか言い出せなかったんだよ。今はもう現実を知ってる」


「時に純粋さは凶器だな」


 どんどん逸れる話題に、ティアが一つ咳払いをする。


「話がずれてます」


「ああそうだった。犯人は化け物だって話だったっけか?」


「そうです」


「なるほど確かに信じられん。警察に助言したところで、オカルト否定派の日本ではなんの意味もないか。お前が渋っていた理由がよく分かった」


「そうだね。これじゃあどうしようもないや」


「……し、信じてくれるんですか?」


 ティアが驚きの表情で二人を見ると、何食わぬ顔で肯定する。次に間抜けな顔をしたのはティアだった。およそ化け物を見た時よりも、驚愕の表情を浮かべて黙している。


「なんで言った本人が一番信じられないって顔してるんだ」


「だって信じてくれるなんて、これっぽっちも思っていませんでしたし……」


「信じてほしいのか否定してほしいのか、どっちなんだお前は」


「もちろん信じてしてほしいです。でも、それだったらこの事件の解決の難しさが分かるはずです」


「そうだな」


 神無はお手上げだと付け加える。零も思考している様子だが、良い解決策は出そうにもない。


「なあ、じゃあこの都市伝説を知っているか?」


 勿体ぶって口調がゆったりとする。ティアと零が次の言葉を待つが、言葉より先に神無はニヤリと笑った。スマホを取り出しテーブルに置き、画面を指で叩いた。どうやら見ろという事らしい。零はそれを読み上げる。


「――――人外対策局じんがいたいさくきょく……?」

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