プロローグ
聞こえてくるはずのない蝉時雨が、秋の緋色に残響した。道に沿って咲く彼岸花は線香花火を連想させ、夏に置いてきた思い出が鮮明に蘇る。
あの日々を思っては、恋い焦がれる少女のようにほんの少し前の夏を愛おしく思う。秋の冷たい夜風が肌を撫で、通り過ぎる見えない願いは青い髪をなびかせた。
「こんなところにいたんだね。秋の夜は冷えるから、早く部屋に入った方がいいんじゃない? 病み上がりには良くないと思うけど」
「……星も月も綺麗で魅入ってました。風情ありますよね、秋って」
ベランダで星を眺めていると、部屋から出てきた茶髪の青年が横に座った。中央で分けられた前髪からは、つまらなさそうな碧眼がのぞいている。
「そう? いつもと変わらなく見えるけど」
「それは、 零さんの感性が乏しいからじゃないか?」
更に加わった銀髪の少年も星を見上げ、零と呼んだ少年の発言を否定した。
「……なんで君がこの隊の部屋にいるの?」
「八雲隊長から、諜報部へ依頼があった。その結果報告に来ただけだ」
「あっそう。だったらまっすぐ帰ればいいじゃん。忍者は空気になれても空気は読めないの?」
「忍者であっても空気にはなれない」
「……冗談って言葉を知らなかったりする?」
嫌味なしに純粋に心配をする零。
「冗談を知っていても、冗談を理解する事はできない」
「銀と零先輩って相性悪いですね……。あはは」
堅物な銀髪の少年と、相変わらずつまらなさそうにする零を見てそう言った。
「なんせ俺は白砂派なんでね」
「……俺も零と同じだな。お前らの代は少し変わってるぞ」
そしてまた新たに現れた黒髪の青年が、白砂派だと主張した。無造作ヘアの彼は気だるそうに窓に背を預け、空を仰いだ。四人もベランダにいると少々窮屈さを感じる。
「まあ同意だけど、俺は神有神無なんていう面白い名前の方がよっぽど変わってると思うけどねー」
「それを言ったら、零崎零なんて名前だって変だ。漢字なんて二種類で済んでいる簡素な名前だと思うがな」
早くも白砂派内でも亀裂が生じている。昔から我が強く、仲が良いとはお世辞にも言えないこの二人を見て、彼らの後輩である少年少女は顔を見合わせ困った顔をした。
「この名前のカッコよさが分からないとか、神無の感性が乏しいじゃない? ねぇー、隊長だってそう思いますよね」
「うーん……。零のお兄さんの零崎隊長はとても感性が豊かだったよ」
「あ、遠回しに否定された」
拗ねた顔をし、室内にいる八雲に心外だと言う。そんなやり取りを聞きつつ、タイミングを見計らい銀は室内へ戻って行った。八雲の前で一礼し、玄関に向かう。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「ああ、ありがとう。実子によろしく言っておいて」
分かりましたと言い残し、彼はもう一度礼をし八雲隊の部屋から去る。落ち着き払ったその雰囲気はベテランの雰囲気を醸し出していた。彼と入れ替わり八雲がベランダに出ると、零が面白くなさそうに口をへの字にしている。
「銀君って、まだ仮編成隊の訓練生だよね。なのになんで諜報部にいるの?」
「先祖から受け継いだ忍者の素質を評価されて、諜報部からスカウトを受けたんだよ。仮編成隊も編成されてから三ヶ月を過ぎたら訓練生期間は終わりだし、そのまま諜報部に行くだろうね」
「ふーん、すごいんだ。でも、この調子じゃあ訓練生の中の何人が退魔師として残るんだか分んないね。退魔師不足は今年もか。最近、安心安全な通信情報専門部に進む人が多いって聞くしね。せっかく退魔師の資格を得たんだから、他の専門知識のいるところに入って一からなんて学ばずに退魔師やればいいのに」
「零みたいな物騒な人が少ないのは、良い事かもしれないけどね。あははは」
「俺のどこが物騒なの? ピースアンドピースじゃん。ウィンウィン」
「何それ……。零はすぐ斬っちゃおう、殺しちゃおうなんて言うんだから、いちいち肝を冷やすよ」
「ほとんど冗談じゃないですか」
「僕としては冗談らしい冗談を言ってほしいところだよ」
しばらく零と隊長の会話が続くと、突然声が上がる。
「……あっ、流れ星!」
少女の指さす先では、次々と星が空を滑り出した。
「あー、本当だね」
「久々に見たな」
「じゃあ何か願っておこうかな。これ以上、八雲隊の仕事が忙しくなりませんように〜……なんちゃって!」
八雲の願いに零と神無が深く頷いた。するとまた一人、五人目が部屋から大慌てで出てきた。ボブヘアの彼女は、突然自分の嘘偽りのない願望を口にする。
「ライブチケット当選当選当選んんんっ!」
あまりの勢いに気圧され四人は押し黙る。微妙な空気を察し、気まずそうに顔を逸らす彼女は、八雲隊専属の通信情報専門部の隊員、八千草柊だ。
「……前から気になってたんですけど、八千草さんの噂って本当なんですか?」
「え、えー? なんの事かなぁ、おほほほほ」
「零、やめておけ。掘り起こしたのが地雷だった場合、とんでもない事になる」
「どういう意味よ。だいたい神無の先輩にたいするその態度はどうなのよ! ねぇ隊長?!」
「えぇ、なんで僕に飛び火してくるの」
――――秋の夜。『再カイ』を告げるかの様に、空一面の星は一斉に流れだした。
年上の四人を微笑みながら視界の端に捉えつつ、少女はもう一度夜空に視線を戻した。
「綺麗……」
掴めそうで掴めない希望をただ眺め、流れ着く先を呆然と見つめる。弧を描くそれは、自分の住む惑星が丸いのだと実感するには確実で、自分の存在は小さなものだと認識するには充分だった。
少女は静かに歌う。星の囁きに届かないように、自分の願いなんて叶わないようにと小さく祈る。宛名のない思いは何処にも届かず、夜の闇へと溶けていった。




