No.26「花火の花言葉」
美しいものに永遠なんて無い事を、夏に花火が教えてくれる。思い出という鮮やかなものも、いつかきっと色褪せていく。
今日は花火大会。青春の一ページに刻まれるであろう、ビックイベントの一つだ。
「わぁ、ティアお姉ちゃんも愛花お姉ちゃんも綺麗だね!」
ティアは白地に淡いパステルカラーで描かれた梅柄の浴衣で、愛花は黒字に紫の花柄の浴衣を着ていた。信太は灰色地で、アルは赤っぽく、佐久兎は白く、夜斗は黒い浴衣だった。そして天は甚平だ。
「いつも祭りは甚平だったから、オレ、浴衣なんて初めて着た!」
分かりやすく天と信太がいつもより高揚しているのがうかがえる。ティアと愛花と佐久兎はそんな二人を見て微笑み、夜斗はそっぽを向いて「ほら行くぞ」と皆を急かした。
「あれ〜? 夜斗ったら照れ臭くて見れな……」
アルが言葉を言い終える前に、夜斗が口を塞ぐようにして口周りをビンタする。
「うるせぇ」
「夜斗酷い! お父さんにも殴られた事ないのにぃ!」
*
祭り会場に着くと、そこはもう人が溢れかえっていた。はぐれないようにと背の高いアルを目印にし、彼が天と手を繋ぐ事になった。
「わあ、何あれ綺麗!」
「りんご飴っていうんだよ。食べる?」
「食べたい!」
笑顔を浮かべ、屋台へ入って行くアルと天。しかし支払いはカードで。
「それ、使って良いのか?」
「食費もここから出せって言われてるし、これは食費だよ〜!」
「……屁理屈言わせたら一番だな」
確かにこれは食費なのだ。悪く思う必要はない。夜斗はアル的正論を信じ了承した。
まず屋台でカードを使えるのかという疑問が浮上するが、その心配は杞憂に終わる。最近の屋台はハイテクだった。
「わあ〜、綺麗っ! キラキラだね」
「そうだね!」
りんご飴を買ってもらった天は、すぐには食べずに眺めていた。ティアに頭をポンポンと撫でられ、天は彼女を見上げる。
そこには優しい笑顔がある。そこには確かにティアがいる。自分の周りには皆がいた。
それなのに、祭りの雑踏の中、その温かさをかき消されそうで怖くなる。
――また独りになるのではないだろうか。
訳もなく、突然そんな不安が天を襲った。
「……どうしたの?」
たまらずティアに抱きつくと、目線を同じ高さにしてくれる。天の顔を覗き込む彼女の顔は、いつにも増して不安そうだった。天の体調が悪いのかもしれないと思ったからだ。
「皆は……天のお父さんお母さんみたいに、いなくなったりしないよね?」
ティアは少しの間、驚いたように天を見つめる。しかしすぐに笑顔になり、
「大丈夫、皆ずっと天といるよ。……そうでしょ?」
ティアが振り返り皆にそう問いかけると、笑顔で頷き返した。そして天もそんな皆に笑顔を返し、安堵からかりんご飴を食べ始める。
――今の言葉を嘘にしないように、そんな当たり前を作りたい。
ティアはその思いを口にする事はなかった。しかし、それは言葉がなくとも通じ合えるからだ。何を思っているのかは、皆の顔を見れば分かり合える。誰もが笑顔の奥に強い意思を持っていた。
「さあさあ皆は何食べるの〜? 早くしないと売り切れちゃうかもよ」
「うおお、それはやべぇっ! よっしゃ、オレは焼きそばとたこ焼きとクレープとかき氷!」
「あ、俺もそれで」
「信太と夜斗はどんだけ食べるつもりなのよ……」
「こんだけ」
何食わぬ顔で二人揃ってそう答えるが、愛花は男子の食べる量は侮れないなと思う。そしてティアに何を食べるのかを問うた。
「うーん、私は飲み物……」
「食べ物じゃないわね」
「あはは、夏バテ気味かも?」
「熱は下がったから大丈夫って言うけど、やっぱり病み上がりだし……無理しないでよ?」
「しませんぜ愛花お嬢ちゃん! どちらかというとテンション上がってて、自ら発熱発光する灼熱の赤い星になりそうだよ!」
「ああ、太陽系のど真ん中にいるやつね。頼むから地球上に存在しててくれる? あれに接近する前に人間の体なんて簡単に蒸発するわよ」
ティアの発言に突っ込むが、二人共ツッコミどころ満載で、むしろどこからが冗談なのかが判らない。しかしそのスケールは宇宙にまで及ぶという、大規模なものだった。
「アルお兄ちゃん、お好み焼き天も天も!」
「はーい! おじさん、お好み焼き二つお願いします!」
「あいよ! あらら、お兄ちゃんったら随分とイケメンだねぇ!」
「おじさんってば褒め上手! ボクってば照れちゃうなぁ〜」
人が多く集まる祭り会場にいるというのに、この六人がいても騒ぎが起きない。それは制御装置の便利機能、ホログラムによるものだった。周りから見ると、ホログラムを身にまとった六人は全員別人に見えるのだ。しかし制御装置の設定によりホログラムを見せる範囲が決められるので、仲間内ではホログラムの姿ではなくいつも通りの姿が見えている。
この機能の本来の使い道は、諜報活動や顔を知られた相手への奇襲などに使用されたりするものだ。本来の用途とは違えど、不本意ながらに有名人になってしまった右京隊にとっては、とてもありがたいものだった。
「はい、ティア。あーん」
愛花がティアの口の前にカキ氷を乗せたスプーンを差し出した。突然の事にポカンとするが、間を置いてやっと反応を示した。
「えぇ、そういうの照れるよ」
少し顔を赤らめ、両手で自分の口を塞いだ。しかし愛花は膨れっ面になる。
「ほら、早くしないと溶けちゃうでしょ! それともあたしのかき氷が食べられないって言うの?!」
気迫におされ、渋々小さく口を開ける。照れくさそうに目線だけを逸らし、唇でスプーンを挟むと笑顔になる。
「……美味しい、ピーチ味だね!」
「そうよ、だからティアもなんか食べなさい。入院してから更に痩せたんじゃない?」
「うーん、そうかなぁ?」
「全く、戦いには霊力が関係あるから肉体はどうでもいいとか思ってるんでしょ? いきなり襲われて生身で戦ったらキツイわよ」
思い当たる節があり、ティアの表情は苦渋に満ちた。しかし次の瞬間には大きく頷き、値踏みするように屋台を見回した。
「うん、無理にでも胃に突っ込んだ方がいいよね。よし、何から食べようか。手始めに祭り会場の端から端まで……」
「両極端すぎよ?!」
愛花がティアの襟首を掴む。周りでは皆が食べ物を一心不乱に食べている。それに女子二人とフライドポテトをチビチビ食べている佐久兎がやっと気がついた。大食い大会でも開催中なのかと錯覚してしまう。
「……これぞ夏の花より団子。いや、花火より団子ですね」
「上手いね」
「座布団あげたいくらいだわ」
ティアの発言に激しく同意する佐久兎と愛花。それにアルが気づき、フランクフルトを持ってティアの前で満面の笑みを浮かべた。
「さあティア! 愛花のだけじゃなくて、ボクのも食べて。大きいよ!」
夜斗がアルの胸ぐらを掴み上げた。背の高いアルが相手だというのに、地面からかかとが浮いている。夜斗は握力だけでアルの体重を持ち上げていたのだ。
「……いろいろとアウトだろ」
「いやん、夜斗ったらエッチ! 浴衣がはだけて半裸になっちゃう〜」
「お前の今日のそのテンションはなんなんだ?!」
ふざけていると、背後でヒューという段々と遠くなる音の後に、体にも振動が伝わるほどの音が鳴る。
「――――花火だ」
呟くような信太の声に、音に驚き身を固くしていた天も恐る恐る振り向いた。空にまた新たな花が咲く。
「わぁ……」
言葉にならない感動は目を見れば分かる。キラキラと無垢な瞳には、夜空に光る花火を映していた。宝石を散りばめられたような二つの宝玉は、空を見上げ散りゆく様を見届けていた。
「ほら、見づらいだろ?」
夜斗が天を肩車する。他の人よりも頭二つ分くらい大きくなった天と、花火との間を邪魔するものは一つもなかった。
「ありがと!」
両手を広げれば、ドーム状に夜空は広がっている。星が装飾する空には、今日限りで数秒限りの花が咲く。咲いては枯れ、咲いては枯れの繰り返しだ。
夏が命あるものの儚さを教えてくれる。
花火が美しいものに永遠はないのだと教えてくれる。
しかしそれも、全て心の中に思い出として生き続ける事を同時に教えてくれた。
「ほら、天はボクが肩車するよ」
夜斗の肩からアルの肩に天を移動させると、アルは夜斗に意味深な視線を向ける。
「あっちの河川敷の方に、長蛇の列ができてる有名かき氷店が出店しているみたいだから買って来てくれる?」
「はあ? そんなん自分で……」
「ティアも短気な夜斗のお守りをよろしく」
言い終える前に夜斗の言葉に自分の言葉をかぶせ、断らせなかった。
「うん、分かった。皆、何味がいいの?」
「夜斗が知ってるよ!」
いつの間に注文を聞いていたのかと、ティアは夜斗に視線を向ける。しかし彼はそっぽを向いてしまう。表情が見えないので真偽ははかりかねるが、とりあえず早く行かなければ売り切れてしまうと思い夜斗を急かした。
「早く行こ!」
「おう」
先に歩いて行ってしまったティアの背を追いながら、袖に腕と腕とを通した腕組みのような姿で背後のアルへと舌を出した。すぐに向き直り、はぐれないようにとティアの元へ下駄を鳴らした。
「河川敷のどこに出店があるのかな?」
キョロキョロと前後左右、終いには上下も見回し困った顔をする。どこを探しても屋台すら見つからないのだ。
「ねぇ夜斗、見つかった?」
人に埋まって見えないだけかもしれないと夜斗に助けを求めるが、返ってきた答えは拍子抜けするものだった。
「出店なんて、無いんだよ」
それはアルの「夜斗が知っている」という嘘から、その場で夜斗本人は気づいていた。
「無いの?! じゃあどうしてアルは……」
「さあな。……でも、まあいいじゃん」
なかなか伝えたい一言が言えずに、いつもよりも不機嫌そうな顔になってしまう。黙り込んでしまう夜斗を見て、ティアはただただ次の言葉を待っていた。
「……なあ、二人で花火見ようぜ。こっちの方が綺麗に見えるし」
眉間にシワを寄せる彼からそんな言葉が出るとは思っていなかったティアは、更に拍子抜けした。しかしすぐにいつもの笑顔になる。いや、いつもよりも嬉しそうに笑っていた。
「そうだね」
人混みの中、河川敷で肩を並べ空を見上げた。地上を照らす色とりどりの光は、二人の顔をその色に染める。夜斗がチラリとティアを見やるが、すぐに夜空に視線を向け直した。
それにティアが気づき、ティアも夜斗を見上げる。その横顔は微笑んでいて、知り合った当初の夜斗からは想像がつかないような柔らかなものだった。笑顔になってくれる事が嬉しくてつい見入ってしまっていると、夜斗が怪訝そうにティアを見る。
「どうかしたか?」
それには言葉では答えずに、ティアは笑顔で応えた。笑顔というより、照れ笑いだったかもしれない。つられて意識的に抑えていた照れ笑いをする。自然と表情が綻んでしまったのだ。そのせいで更に照れ臭くなった夜斗は、後頭部に手を当て顔を背けた。休憩が入ったのか、一旦花火が止む。それを狙って夜斗は振り返った。
「……俺、ティアの事――――」
その後の言葉は届かなかった。一際大きな花火の音にかき消されてしまったのだ。最も重要な二文字を口にする事は、ついに叶わなかった。
「ん? ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」
届くはずもない。好きという気持ちは、好きだという言葉は、発する事なく花火になってしまったのだ。首を傾げるティアの髪飾りが揺れた。チリンと小さく鈴の音が鳴る。キョトンとした顔が愛らしく、直視する事さえも躊躇われてしまう。
「……あーあ、タイミング悪りーの」
不貞腐れた夜斗が溜息をついた。しかし困った笑顔を浮かべ、まあいいやと笑い飛ばし先送りする事にする。
「じゃあ戻るか」
「えぇっ、さっきなんて言ったの?!」
「内緒」
ティアが拗ねた顔をする。体を揺すられるが、笑って誤魔化す事にした。
――いつかまた、気持ちを伝えられる日がくるだろ。口実なんてなくたって、俺はこの想いを伝えられる。
「あの二人遅いなー。売り切れてたりして」
「それはないよ〜。だってそんなかき氷屋さん、最初っから実在しないんだもん」
「……は? それってどういう……え、ないの? 結構楽しみにしてたんだけど?!」
買ったばかりのアイスを落とした時のような顔をする信太。佐久兎も愛花も怪訝な顔をするが、信太のショックの受けようから口を挟まない事にした。その数秒後に愛花は合点がいったように、掌の上でポンっと握った手を弾ませた。
「ああ、そういう事ね!」
やっと気づいた愛花へ微笑みかける。
「ねぇ、皆は花火にも花言葉があるって知ってた?」
アルが佐久兎、信太、愛花、天に問いかけると、それぞれが箸やスプーンを咥えたままアルを見る。
「花火の花言葉は、『口実』だよ」
絶え間無く咲き続ける花火は、アルの声さえも無音にしようとしていた。
「夜斗、うまくいったかなぁ。二人で抜け出す口実はボクが勝手にでしゃばって作っちゃったけど、そこから二人で花火を見ようって、告白するための口実として使うかは夜斗次第だから……」
一層大きな花が咲く。人々の声をかき消すくらいの大きな花だ。誰もがそれに注目していた。視線が別にあった人はきっと、もっと綺麗な花を見つけたからだろう。
「……『ボク達はただいま青春中です』っと」
スマホでつぶやきサイトのアプリを開き、そう打ち込んで送信した。しかしそこに添付した写真に映っているのは本人達だった。カメラ越しではホログラムが見えない仕様になっているのだ。
祭り会場に、全く同じ浴衣を着ていた人達がいたと後日話題になったのは、また別の話。




