No.23「軽く重い」
人外対策局の本部へ向かえば向かうほどに、すれ違う人影は減っていく。それもそうだ。本部周辺は人外対策局管轄の建物ばかりで、関係者ならば夜に人外の動きが活発になる事を知っている。用がなければ、わざわざ危険な事をしないのが普通だ。
そしてドーナツ化現象により、夜に建物の灯りは少なかった。見かけるのは駅に向かう帰宅途中の大人ばかりだ。
「天は保育園の合宿でここ最近ずっといないし寂しいなぁ。佐久兎のお父さんも、早く目を覚ましてくれるといいな……」
花屋の店員と仲良くなり、話し込んでいたら帰りが遅くなってしまったのだ。日が長い夏だというのに、すっかり空は藍色に染まっている。街灯が照らし出す道は薄暗く、視界は悪かった。
――学校帰りにお見舞いのお花持って行こうと思ってたけど、もうこんな時間だし明日にしよう。……でも、迷惑じゃないかな?
佐久兎の友達であり仲間でもあるが、彼の父とは全く面識がない。迷惑ではないだろうかと迷いながらも、花を購入したのだ。時間が経てば経つほどに迷う心は肥大していく。
「うーん……」
立ち止まって空を見上げると、満天の星空がそこにはある。街灯よりも弱々しいが、柔らかい光を放つ月には温かさがあった。寂しくもすがりたくなるような風景に、人知れず顔を綻ばせる。
しかしそんな雰囲気を壊すように携帯の着信音が鳴った。三コール目にその電話に出ると、もしもしと言う前に怒鳴る声が聞こえてくる。
『おいティア! 今どこにいやがる?!』
「や、夜斗さん……」
電話越しでも分かるくらいに不機嫌だ。不機嫌というよりも、むしろ怒っている。
『今何時だと思ってんだ!』
「二十時ですね!」
『ですね、じゃねぇ! 何かあったらどうすんだ!』
『あはは、条令では二十二時までならオッケーじゃん! 夜斗ってばすっかり口うるさいお父さんみたーい!』
『アルもうるせぇ』
電話の向こうからは、いつも通りの会話が聞こえてきた。夜道の心細さが安心感で薄れる。
「ごめんね。お花屋さんで話し込んでました!」
『ったく、早く帰って来いよ? それと今日の夕飯は俺が作ったんだ。だから――』
何気無しにふと足元に目線を落とすと、足音もなく背後から影が伸びてくるのに気がついた。とっさに振り返ると、暗闇に紛れた人影が夜闇よりも濃く存在を主張していた。その右手には月明かりを反射する銀色の長細い物も確認でき、それが何かは思考するほどのものではなかった。
「刀……」
「ティアちゃんだよね? キメラの悟原と言います。どうぞよろしく」
およそ二十代の男性が怪しい笑みを浮かべて近づいてくる。街灯に照らされその容姿がはっきりと目視できた瞬間、突然姿が見えなくなる。そして次の瞬間にはゼロ距離であの気味の悪い笑みを浮かべていた。
「何、今の……」
悟原は警戒の視線を送るティアの顔に手を添え、親指で唇に触れる。動じる事なく睨めつけるが、悟原にとってそれは可愛らしいものに思えて仕方がなかった。
「まあまあ、そんなに敵視しないで仲良くしよ?」
『…………ティア? おい、ティア返事しろ! 大丈夫か?!』
手に持ったスマホからは、呼びかける夜斗の声が今尚漏れている。この状況を知られていいものかまだ判断がつかなかった彼女は、通話を切りスマホをポケットにしまう。
片手だけでも空いた今はどんな攻撃にでも対処できる。こんな至近距離で顔に触れられているが、振り払う事は可能なはずなのだ。それにもかかわらずそうしないのは、動けば斬ると無言の中で脅されていたからだった。
「……仲良く? 自分に殺意がある人と仲良くするなんて自殺行為ですよ」
「勘が鋭いね。そそるよ、可愛い子の敵意の眼差し」
「……不審者、変態」
敵意の他に軽蔑を混ぜた視線を向けると、より一層口角を釣り上げ楽しそうに笑った。その瞬間に顔から手を離される。
――今だ。
背負っていた刀を抜刀し悟原に斬りかかる。隙がうまれた今この瞬間が攻撃する絶好のチャンスだ。しかしそれは、相手にとっても同じ事だった。
「……心外だなぁ。ただの通りすがりの人外だよ!」
「シンガイとジンガイって、ダジャレですか?」
「あれ、ちょっと寒かったかな?」
初めて刀を交える相手なのに、この一瞬で独特な刀さばきだと分かった。受け止めただけで手が痺れるくらいの重さもある。決して片手で受け止める事ができるとは思ってはいなかったが、もう片方の手も柄を握らなければ受け止めきれない。
仕方がなく花束を手放すと、彼はその花束を地に落ちる前に刀で切り刻んだ。
決して祝福ではない花びらが宙を舞う。
「……命あるものは大事にしなさいって、小学生の時に学校で習わなかったんですか?」
ひらひらと重力と空気の流れに従順な花弁が視界を邪魔した。だがそれに気を取られていてはいけない。すぐに視点を悟原に移した。色とりどりの欠片の先には、似つかわしくはない、くすんだどす黒い色のオーラを放つ人外がいる。
「ティアちゃんこそ、目上の者は敬えって習わなかった?」
「変態と不審者には気をつけろって事は習いましたよ?」
「はははっ。変態不審者呼ばわりか。こりゃいい!」
刀を持ちながら抱腹絶倒する姿は、どうも不釣り合いに思える。いや、彼は笑って人の命を奪えるような人物だ。しかしティアにとっても、眉ひとつ動かさずに人外を殺す事なんて造作もない事だった。
この場において、優しさは弱さだ。それを理解していたからこその冷酷さ。再び斬りかかられ、接し合う刀身からは火花が散る。
「いよいよ変態ですね。SなのかMなのか判断しかねます」
軽口を叩きながらも、相手の力に押し負けそうだった。制御装置を使用せず生身だという事もあり男女の力の差もあるだろう。特に、華奢でお世辞にも身長が高いとはいえない彼女にとって、彼は強敵であるに違いなかった。
制御装置さえ発動できれば、霊力が筋力や体力に反映されるために肉体の力は生身ほどは関係なくなる。つまり男女差がなくなるどころか、霊力の強い者の方が有利になる。しかし発動させてくれる隙は与えてはくれなかった。
「さあどっちだろうね。こんな状況下でも軽口叩く程の子が、嬲り殺しにされる姿ってすっごくいいと思うよ? 苦しそうに顔を歪めて、力尽きた時のあの表情、開いた瞳孔にもう動かない体! 心臓が止まってからも死体の時は止まらない! むしろ死体としてのスタートだ!!」
「わぁー、怖い」
「ティアちゃん、怖いって言うなら恐怖の表情を見せないとね? 棒読みだしあべこべだよ」
「お生憎様です。死ぬ事は怖くないけれど死体になるのは嫌なので、貴方に負けるわけにはいきません。強気でいきます。」
「酷いな、完璧に嫌われちゃったみたい」
両者一度間合いを取る。その間も決して目は離さない。逸らした瞬間に、負けが決まる。
「嫌うも何も、好きでもなんでもないです」
「興味ないって事かぁ。残念、つれないなぁ!」
「不審者に興味を持ってしまったら、自分も不審者と同類か、不審者と関わる職特有の職業病かでしかないでしょ?」
その言葉を聞き、満足気に頷く悟原。そして静かに口を開いた。
「ミイラ取りがミイラになる。……ティアちゃんは、これが刑事にとってどういう意味だか分かるよね?」
「犯人を追って行く内に、先の行動を予測するため思考を理解しようとすればするほどにその人間に似てきてしまい、最後にはその犯人と酷似した思考の持ち主になる……。つまり刑事が犯罪者を追う内に、刑事自身も犯罪者になってしまうリスクが上がる……そういう事ですか?」
「その通り。じゃあ退魔師に当てはめるとどうだろう。その場合はこうなる。退魔師が人外を追う内に、気づけば人間ではなく人外になっていた。そんな事だってありえるって事だよ」
「人間が人外に……」
その方法をいくつか知っていた。ひとつは自分の母の様に人外に憑かれてしまい体を乗っ取られてしまう事。もうひとつは、目の前のキメラの存在が物語っている。
「取り憑かれる事と、キメラのような遺伝子操作以外にも方法はあるんだ。それは意図せず、という場合が多いようだけどね」
「意図せず?」
「そうさ。人の魂自体が穢れに穢れを重ね人外になってしまった場合。これも堕ちると言うね。しかし憑かれるというのは人外という存在あってのものだから、自分が人外そのものになるのとは区別する。憑依と人外化は違うのさ。……だから悩むのは良くない。一見心が強そうなティアちゃんみたいな子が、人外に堕ちていく事が多いんだから。ヘラヘラ笑って去勢を張っていても自分は騙せない。内側から自分の中の魔に蝕まれ、侵食されていってしまう」
「――人外の言葉を聞きすぎるのも、どうやらあまり良くないらしい」
文字通り眉ひとつ動かさず、刀でキメラの左胸を突く。ティアの斬撃が見事に悟原の心臓に刺さるが、一瞬顔を歪めただけでその後は特に変わった様子はない。
「……なんで、生きてるの?」
そしてティアの少しの動揺を見逃さずに彼は反撃してくる。反応が遅れるが、避けようと体をひねった隙に左手首を浅く斬られてしまった。彼は己に刺さったままの彼女の刀を乱暴に引き抜き、アスファルトでできた地面に落とした。血はとめどなく溢れているのに、傷口からは血液だけではなく白い水蒸気も出てきていた。
「なーんと、びっくり死なないんでーす! 人外と言えどキメラだから元は人だし、容赦くらいしてくれると思ってたんだけどなぁ」
「……キメラって皆、刺したくらいじゃ死なないんですか?」
「ははは、どうだろうね!」
貫通したはずの傷口から出る水蒸気は、だんだんと傷を修復していく。人間ではありえないほどの治癒力だった。
「ティアちゃんがテレビで言ってたけど、人と俺とじゃ命の軽さは俺の方が上なのかな? ヘリウムガスで膨らませた風船くらいに、ふわふわ浮いてたりして」
「実際、綺麗事抜きで言ってしまえば……命の重さは人間よりも貴方の方が下かもしれない。けれど、どちらにしても私にとっては――」
ティアが銃を手に取り、悟原に構える。
「命の重さは、軽く重いよ」
軽く重い。それがどんな意味かは分からない。しかし分かった気で悟原は彼女に言葉を返す。
「……そっか。俺にとって命は軽く軽いけどね」
「重いか軽いか考えている時点で、命なんて総じて重いものなんです」
ティアの返しに閉じていた糸目を興味深そうに開いた。
「……うーん、ティアちゃんったら思った以上に面白いね。今日は小手調べに来ただけだから、また今度殺しに来るよ! ……それまで死なないで待っていてね?」
「……さあね」
花が咲くように笑うティアは、散りゆく姿を連想させどこか儚げだっった。花は比喩されたものなのだとしたら、比喩された対象は彼女そのものだ。
「ねぇ、ティアちゃんってやっぱり自殺志願者なんじゃない?」
「嫌だなぁ、そんな物騒な」
しかし次の瞬間にはいつもの笑顔になる。
「不思議な子。笑って誤魔化しても無駄だよ。ティアちゃんからは死の匂いがする。血生臭いんだ」
「それは、他人の大切な人の死の臭い。血生臭さは……私の血の臭いじゃない?」
自嘲気味に笑って見せると、悟原は恍惚の笑みを浮かべた。不気味に光る瞳が闇に浮かび上がる。
「はは、ははははは!! 大好きだよティアちゃん! 楽しみに待っててね!」
彼女に背を向け片足で地面を蹴り、軽々と屋根の上に飛び乗った。跳躍力も人並外れたものだ。そのまま屋根を渡り遠ざかって行く。
「……何故キメラは私達を殺す前に去って行くんだろう」
この調子では殺る前に殺られるだろうと思い、追うのはやめておく。そしてキメラは暗闇に溶けるように気配と姿を消した。やっと緊張が解けた時、目の前の惨状に目を覆いたくなった。
「あーあ、お花……可哀想」
切り刻まれ無残に散った花束を掌に集めた。それから立ち上がり、辺りに花吹雪を降らせる。高く振り上げた腕を静かにおろすと、冷めた視線で刀を拾い上げ、そっと鞘におさめた。
「血生臭い……か」
*
「俺、探してくる」
「あたしも行くわ」
「オレも!」
「待ってよ、一旦落ち着いて。帰ってくるかも知れないから一人は残らないと……」
アルが他の三人をなだめている間に、玄関から扉の開く音がする。
「ただいま〜!」
元気な声に玄関へと一斉に皆が走っていく。
「ティア……! もう、心配したよ。おかえりなさい」
アルが安堵の表情を浮かべ、そして笑顔になる。
「何してたんだ今まで!」
「たまたま友達と会ってお話ししてた……です!」
「こんな時間まで?! もう夜の十時よ?!」
「あはは、話し込んじゃう日なのかも?」
夜斗と愛花は質問責めをしている。しかし信太がそれに割って入り、ティアの両肩に手を置いた。
「ティアッ……!」
涙が零れ落ちそうになり、顔を誰にも見られないよう伏せる。項垂れる様子は、彼らしくはなかった。
「信太……?」
「よかった。……バカ、アホ。もっと早く帰って来いよな! もう、頼むからさぁ……!」
今にも消え入りそうな声で、そう懇願する信太。自然とティアの肩を握る手にも力がこもる。
「……ごめん」
佐久兎がいなくなって寂しいのだろう。更にティアがいなくなると考えると辛くなったのだ。皆もそれは同じ気持ちだった。彼の心中を察し、皆で信太の頭を乱暴に撫でた。
「痛ぇよ!」
やっと上げた信太の顔を見つめる目は、四人ともとても優しかった。
*
「お、ティアじゃねぇか」
学校の購買でティアを見かけ、声をかける。
「お昼買いにきたの?」
「買い終わったとこ。なぁ、昨日から気になってたんだけどさ、なんでカーディガン着てんだ?」
「夜斗ったら女子の制服事情が知りたいの……?!」
相変わらずふざけた調子を崩さない。
「なわけねぇだろ! 今まで着てなかっただろうが」
「うーん、風邪気味なのかな? 少し寒いんだよ。あーもー寒くて死にそう!」
そのまま、本当の答えらしいものは訊けずに去って行った。
なんとなく不審に思った。隠し事でもあるのではないだろうか。やはり昨日の夜に何かあったのかもしれない。実際に昨日の説明では納得がいかなかった。夜斗は誰にも言っていないが、電話越しに男の声が聞こえ、その直後に突然切れたのだ。
――大体、
「真夏にカーディガンの方が死にそうだろ」
疑念を消化できないまま、放課後は寄り道もせずに帰宅した。彼が帰って来た時には、寮にアルとティアが帰って来ていた。
「おいティア、なんで帰ってきても長袖なんだ」
「言ったでしょ? 風邪気味なんです!」
「病院は?」
「嫌い」
「嫌いとかじゃなくて、自分の事は大切にしろ」
「してますー」
「してねぇよ」
今日は愛花と信太がテストの補習で帰りが遅く、佐久兎は歩くのが遅いために帰宅はまだだ。アルは帰ってすぐに昼寝をする癖があり、今現在ベッドルームで仮眠をとっていた。元から暇さえあれば寝ていたらしいが、それでも夜にもぐっすり眠れている。彼の背が高いのは、どうやら外国人の血が混ざってる以外にも睡眠に鍵がありそうだった。
「何か飲み物飲む?」
「風邪なら休んでろよ」
「風邪気味なの!」
屁理屈をこね、そのままキッチンへと向かって行った。そんな彼女に何気ない日常的な話を振る。
「そういえば今日、新ドラマスタートらしいぞ」
「へー、何やるの?」
「スポーツの青春系だったっけな」
「青春系かぁ、いいねぇ青春!」
少し遠くから聞こえる彼女の声。それと同時にガシャンという、何かが割れる音も聞こえてきた。コップでも割ってしまったのだろうか。
「おい、大丈夫か?」
キッチンを覗き込むと、ティアが雑巾を持って床を拭いていた。やはりその中心にはコップの欠片が散らばっていた。
「うん、手が滑った! ごめんごめん」
床を拭く時にはもう片方の手で体を支えるものだが、彼女はそうはしていない。態度といい服装といい、やはりどことなく不自然だ。
「危ねぇから俺がするよ。お前は休んでろ」
「大丈夫だよ。破片入れる新聞紙取ってくるね〜!」
「……ちょっと待て」
ティアは夜斗から逃げるように立ち上がる。とっさに手首を掴むと、彼女は鋭く顔を歪めた。
「痛っ……つ…………」
そんなに強く握っただろうか。疑問に思った時、一つの可能性が浮上した。
――もしかして、怪我してるんじゃ……。
それでバレないように学校ではカーディガンを着て、ここでも長袖を着ているのかもしれない。夜斗はそう考えた。
「……どうしたの?」
しかし何事もなかったかのように、今はヘラヘラと笑っている。
「どうしたのって、こっちのセリフだ」
その笑顔が、何かを隠していると確信させた。もう片方の手で袖をめくろうとするが、ティアももう片方の手でそれを止めた。
「……怪我、してんじゃねぇの」
「そんな事ないよ、本当に風邪!」
尚も笑顔のままだ。言ってもきかないなら、無理矢理にでも袖をまくるしかない。力を込めて引っ張る。
「あ、ちょっと!」
「なっ……?!」
左手首に赤い線がある。この切り傷を見て、リストカットを疑うのは当然だった。
「な、何してんだ、命を大切にしろ。辛い事ばっかだろうけど、俺にできる事はなんでもするから話してみろ!」
「いやいやいやいや夜斗さん誤解です! だから嫌だったのに……!」
「何が誤解なんだよ?!」
「ちょっとどうしたの、うるさいよお二人さ、ん……?」
アルだ。騒ぎを聞きつけて起きたのだろうが、なんて間が悪いのだろう。視線は夜斗とティアの手元にある。客観的に見て、嫌がるティアを夜斗が押さえつけている状態だ。既に無茶苦茶な状況なのに、更にそれを引っ掻き回すようは存在の登場だった。
「ア、アル……ち、違う……違うぞ?!」
「あ……うん。ごめんね、お父さんったら空気読まずに」
「おい、ティアもなんか言え!」
「えっと、おはよう……?」
「おはようティアちゃん。息子がお世話になっております!」
「それは初めて息子が彼女を連れて来た時の親父の反応か?」
「さあ、続きをどうぞ! ボクはまたしばらく寝るよ〜」
「誤解だぁぁぁあああああッ!」
近所迷惑な夜斗の叫び声がフロア全体に響き、しばらくの間残響し続けた。
ティアと夜斗はここに至った経緯をアルに説明する。そしてやっと昨日の事を口にするティア。
「……ふむ。つまり、実は昨日キメラに会ったんだ? ……なんで言わなかったの?」
「テヘペロリーヌ三世ですね」
彼女のふざけた調子はやはりこの場でも健在だった。誤魔化そうと必死に笑っているが、それに流される二人ではなかった。
「普通にてへぺろって言え」
「まあまあ、落ち着きなよ夜斗〜!」
言葉と明るい口調とは対照的に、滅多に眉間にシワを寄せないアルが眉間に深いシワを刻み、ティアを責める夜斗を笑顔でなだめる。いつもの仲裁役が今も働いている。しかしオーラには怒りの色が見える。
「……ティア」
そしてティアの方へ笑顔で振り向き、一転、咎めるような視線を向ける。正直怖いという感想を持つ。
「それで、なんで言わなかったの?」
「えーと、なんでだろ。……あはは。癖ですかね!」
「そこ、誤魔化さない」
「……は、はい」
いつも笑顔のアルからは想像ができない威圧的な雰囲気に、ティアの顔には汗が忙しなくダラダラと流れていた。傍観する夜斗は触らぬ神に祟りなしと心で呟いている。
「で、そのキメラは何との合成だったの?」
「えぇとですね……」
――人と、なんだろう。そういえば本人の自己申告だけで、キメラである確証はなかった。見かけ的には特徴がない。
「人と変態……あたりですかね」
「それ結局人だろうが」
やっと夜斗も声に出して突っ込んだ。
「ティアってばふざけてるの? 読むよ? いいのかな、未来読んじゃうよ?」
「わぁぁあああっ! 私の未来なんてきっとろくな事がないから読まないでぇえええっ!!」
「じゃあ答えて?」
「ほっ、本当だよ。本当に多分きっと人と変態のハーフだよ!」
「だんだんと自信がなくなっていくようだよね。本当に、多分、きっと……って」
「アル、ツッコミどころはそこじゃねぇ」
今度は静かに怒るアルを夜斗がなだめる。
「悟原って名乗ってなぁ。……あ、でも私しか知らない事を知っていたから、サトリなのかもしれない」
「ティアの能力もサトリに似てるよね?」
「でもあの場では視れなかった。きっとそれはあっちもだったと思う」
「視れなかったってなんでだろう。心当たりはあるの?」
「私自身が力を抑えていたから……かな? 人の過去とか心を読まないように力を抑えていると、自分の過去や心も読み取らせない事ができるみたい。私が力を使わなければ、相手も未来にしろ過去にしろ、読み取る力を基本的に私には使えない。でも、あの時は探ろうとしたその一瞬で読まれたんだと思う」
「うーん、佐久兎のところには鬼と人のキメラ。ティアのところにはサトリと人のキメラ。学校にもキメラが現れちゃうし、その前には実子隊にもキメラであるあゆみちゃんが潜んでた訳だし……。なんだかキメラだらけだよね。とにかく、愛花と信太が帰ってきたら伝えよう。後はなるべく一人での外出は控えるべきだね?」
アルはティアをチラリと見やる。
「う……」
夜の散歩が趣味であるティアに釘を刺したのだった。




