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No.17「あゆみのいない実子隊」


「朱里も直樹もご飯食べないの? そんなんじゃあ身がもたないよ」


 新に促されるが、二人は三人掛けソファを一つずつ占領し、無反応で横になっていた。バルと銀が横目でため息を吐きつつ、今はもうこの隊にはいない、あゆみの姿を思い浮かべた。


「新の言う通りだよ。転校もしたばかりだし疲れているだろう。睡眠と食事は大切だよ」


「バルの言う通りだ。ただでさえあゆみが一人欠けたというのに、体調崩されたらかなわない。訓練とはいえ任務は任務だ。退魔師としての自覚を……」


 銀の言葉の中には、朱里の地雷が含まれていた。


「うるさいっつーの。そんなん分かってんのよ朱里だって! 馬鹿にしないでッ!」


 叫ぶような彼女の言葉。目尻を釣り上げものすごい形相で銀を睨みつけ、そのまま立ち上がり寝室へ戻ってしまった。その姿はまるで反抗期の高校生だったが、そんなシンプルなものではなかった。


「……俺、何か気に障る事を言ったか?」


「あゆみに関する事を口にするのは……ちょっとね」


 直樹が鉛のように重い体を持ち上げ、皮肉混じりの親切で問いに対する答えを提示してやる。後半は濁したが、後は察しろという事らしい。


「女心というやつは難しいな」


「俺は女じゃないけどね」


 そう言い残し、直樹も自分の部屋へ戻って行った。朱里が怒るのも当然で、自分も不快に思った事を遠回しに伝える。


「……直樹に対しても失言してしまったようだ」


 表情を崩す事の少ない彼だが、流石に申し訳なさそうに眉をハの字にする。残されたバルと新も難しそうな顔をして、やれやれと大げさに肩を持ち上げた。


「全く、思春期の子を持つ親は大変だよ」


「あはは、子じゃないけどね」


 気にする彼へのフォローを入れる二人。銀は、同じ隊に二人がいてよかったと心底思った。出て行った二人と自分だけの三人の隊だったらと考えると、遠距離恋愛中のカップルのように関係性の縛りそのものが自然消滅してしまうに違いない。


「……仲間、か。誰か一人が欠けてしまって機能不全を起こすようになってしまうのなら、仲間でいる意味があるのか?」


「仕事として、退魔師としてなら問題だけれど、長い目で見れば機能不全になってしまう事はあまり悪いとは思わないよ。意味もあるんじゃないか? ……でも、自分が一番強くて他が自分よりも弱いのなら、仲間というものはただの足枷にしかならないだろうね」


 銀はバルの言葉に重く頷いた。


「強い者にとって仲間は足手まといで、守らなくてはいけないものだから足枷か。強者は弱者を守らなければいけない義務がある。しかし強者一人だったのなら、自分すらも守らない戦い方だって許されるはずだ」


「孤高でいられる強さを持った時、俺達は退魔師でいられるのかな。自分以外の誰の事も必要としなくなった時、人のために何かをしようなんて思えないと思うんだよ」


 二人の会話に新はただ耳を傾けた。そして次は、銀がバルの疑問に答える。


「強さは孤独(どく)だ。弱さは依存(つみ)だ。そして強いも弱いも、自分次第だ。強ければ己以外の他の誰も必要としなくなり、弱ければ仲間がいないと犬死にするだけだ。最初から誰も彼も独りなんだ。なのに、歳を取る度に人は弱くなっていく」


 銀は言葉を紡ぎ続ける。遠い目をした彼が見ているのは、きっと彼の暗い過去だった。


「周りに人がいるのがあたりまえで、人に依存する事を覚え、集団に属する事を生まれた時から肯定されている。人なのだからという理由を無償で与えられ、人と共存するのが当たり前だと錯覚もする。普通、初めに属する集団は家族だ。しかしその普通から漏れた奴は、孤独でいたがる独りよがりな奴ばかりだ。他人に依存しない強さの欠点は、副作用のように自分に固執する意思が強い事。狼のような鋭い目で牙をむき出しにし威嚇して。怖いんだ、きっと。自分の弱さを知っているから怖がるんだ。だから強くなりたいと思う。頼れるのは自分しかいないから。努力する事を続けるそいつらが強くなるのは、とても必然的な事だ」


 それっきり口を噤む。彼はバルの言葉を待っていた。


「狼みたいに孤高な人間を、まるで知っているような口ぶりだね」


「……よく知っている。誰とも馴れ合わない奴を」


「ふうん、どこにいるんだい」


「俺達の近くで、今は(しがらみ)の中で飼われている。そいつを見ていて分かったのは、どうやら集団の中でも人は孤独でいられるらしいという事だ」


「……よく分からないけど、その人は銀のなんなんだい?」


「何でもない。以前、気になって勝手に調べただけだ」


 それきり二人の間に会話はない。タイミングを見て、新は二人に問う。


「あゆみさ、これからどうなるんだろう」


「さあな。不可解な点が多く、刑事課の捜査も難航していると聞く。量刑が争点になるのはまだまだ先の事だろうな」


「あはは、事務的な返しだなぁ。そうじゃなくてさ、なんていうか……ただ気休めでもいいから、大丈夫だって言葉が聞きたかったのかも」


「女々しいな。だいたい、何に対しての安心を欲したんだ」


「うーん……。なんか、かな」


「更に意味が分からん」


 そう言い切る銀だが、新の心中を察していないわけではなかった。そんな二人を横目に、バルはフォークを置いて手を合わせた。


「ごちそうさまでした。二人の分はどうする?」


「お粗末様でした。俺がラップかけておくから、そのままでいいよ」


「そうかい? じゃあお風呂に入ってくるよ」


「うん、いってらっしゃい」


 バルを見送り、リビングには新と銀の二人だけの空間になった。夜七時を回った事を確認し、新はテレビをつける。


「あれ、今日ドッキリ番組があるって聞いたんだけどな。……お、始まった。CMだったんだね」


「……新、お前は右京隊をどう思う?」


「どうしたのさ、突然」


 心地よく響いてきていたテレビの音が、銀の声によって遠くに感じられた。テレビの中では呑気な笑い声が満ちていて、娯楽のため、愛らしい愚かさでただ笑わせるためだけに道化師じみた事をしていた。それなのに、笑声が満ちるこの部屋では言い知れぬ緊張感が支配していた。


「右京隊と俺達、どっちが強いと思う」


「……それは隊として? それとも、個々の能力的に?」


「どちらもだ」


「あはは、欲張りだなぁ……」


 唸りながらも顎に手を当て、自分の隊と同期の彼ら右京隊を比較した。そして一つ提案する。


「じゃあそれは置いといてさ、誰が誰と似ているか考えない?」


「それは、話を逸らそうという魂胆が丸わかりでだな……」


「はい、じゃあ俺、佐渡新は!」


 有無を言わせずに強引に話を進める。銀は諦め、彼の話に付き合う事にした。


「劣化版アルじゃないか」


「れ、劣化版……。じゃあバルは!」


「いないな」


「直樹!」


「うーん?」


「朱里!」


「愛花だな」


「銀は夜斗?」


「そうでもないと思うが」


「あはは、案外合わないのかもね」


「肩書きが濃いのは俺らの隊だがな。忍者に巫女に神父の息子。新と直樹以外はキャラ的に薄いながらも肩書きは濃厚(クセ)がある」


「あれ、その内にあゆみは入らないんだ?」


「……あいつが仲間だったのは、もう過去の事だ」


 冷たいなと笑い飛ばすと、もう一度だけあゆみの事を訊いた。


「あゆみは、誰と似ているのかな」


 答えなんて、返ってこないと思っていた。しかし、銀の口からは予想だにしない返答がふいにこぼれた。


「ティアと……似ている気もするな」


「そう? 俺には真反対に見えるけどなぁ」


「いや、近い。表裏一体という意味で近い二人だと思う。たまに目が……似ているんだ」


「目が?」


 銀は静かに頷く。


「日常的な場面の集団で揃って歩く時、あの二人はよく人よりも少し後ろを歩いている。その時の目が、優しくて、何かを憂いていて、どこか冷めている」


「あゆみは分かるけど……ティアちゃんも? いつも元気いっぱいで、皆の輪の中心にいると思っていたけれど。佐久兎君の間違いじゃないの?」


「それは先入観だ。よく見ろ。そしてあの二人もいつも最後尾なわけじゃない。皆が楽しそうにしていればしている時ほど、彼女達は後ろを歩いている。まるで距離をとっているみたいだ」


「距離を……。でも、ティアちゃん無しじゃあの隊はここまでもっていなかったと思うよ。何に対してもバランスが良くて、人と人を繋いでくれる子。あんな強い子がどうしたっていうんだ」


「去勢とまでは言わないが、その強さは諸刃の剣のように思える。戦うために握った刀が、自分を傷つける刃物にもなり得るって事だ。……人のためにする事でも、自分を傷つけている事の方が多い。人を助ける度に人と近づいていってしまうが、まるでそれを望んでいないように見える。あゆみはその逆だ。遠ざけて遠ざけて、遠ざけてしまう事に結局苦しんでいる。過程と結果につきまとう心情に矛盾が生じて苦しむのは、あゆみ自身だ」


 彼は他人にあまり興味がないものだと思っていた。しかし自分以上によく見ている事が分かり、新は驚きを隠せないように顔の力を抜いた。阿呆面にいちいち突っ込む事はせず、銀は口を止めない。


「二人共、ヤマアラシのジレンマみたいだな。ティアのように自分も傷ついて針をくらうか、あゆみのように寒いまま孤独を選ぶか。一人の人間に二つ共存在して然るべきなのに、あの二人は両極端だ」


「……よく見てるんだね」


「鍛えられた俺の観察眼は伊達じゃない」


 銀らしくもなくふざけた調子で真顔の横にピースをするが、新は微笑みながらも同意した。


「そうみたいだね」


「結局、新はどちらが強いと思う?」


 逸らす前の話題をもう忘れてくれていると思っていたが、どうやらそうそう簡単に無かった事にはしてくれないらしい。


「あくまで俺的には願望交じりに実子隊かな。右京さんと違って、実子さんはどんどん任務入れてくれるしね」


「実践あるのみ、能力不足を経験で補おうって事かもしれんな。純粋に、個人的な強さなら右京隊の方が強いはずだ」


「あれ、結局俺達じゃないの?!」


「俺とバル以外は弱い。右京隊は、アルもティアも夜斗も強い」


「うわあ、はっきり言っちゃうんだぁ〜。まあ、俺は訓練期間終わったら人外対策局研究所に志望するし!」


「だからと言って、強くなくていいわけではないぞ。人外対策局にいる以上、研究所勤務だろうがいついかなる時も人外との戦闘になるかも分からない。どこに配属されようが、退魔師である事には変わらないのだからな」


「人外対策局内のどこにいようが戦いからは遠ざかっている部署だろうが、雑魚くらいは倒せないといけないか。退魔師部の人が減れば他から部署移動があるとも聞くしね」


「どこに行っても逃れられずに退魔師だ。所属なんて関係ない」


「どうしようもなく、退魔師なんだね」


 誰もが当たり前に悩んでいた。誰もが当たり前に生きるように、死なないだけで生きていた。

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