No.16「皆の成績」
「ちょっと朱里、あたしのシャーペンどこにやったのよ」
「今使ってる〜」
「……はぁ?」
椅子に座った状態で後ろを向くと、前の時間の数学で返された小テストを汗をダラダラと絶え間無く垂らして解き直していた。
「十点中三点……。あんた相当頭悪いのね。てかまぁ、話し方で大体判るけどさ」
「はぁあ? 前の学校じゃ数Bなんて選択式だったのよ。取ってなかったの! なのに分かる訳ないでしょーがぁ」
「あぁ、私も選択式だった。でも流石に取ったわよ?」
「工業高校とかだったのぉ?」
「普通科よ」
「あっそぉ、だいたい数B必須なところあるのぉ?」
「進学校とかそうでしょうね。というか、必須の高校の方が普通に多いでしょうね」
「ありえなぁい…。数字と記号の羅列とか見てるだけで目が回るんだけどぉ」
「あんたねぇ、これくらいできないとこの学校じゃ学年上がれないわよ?」
「あんたあんたって愛花さぁ、人の事は名前で呼びなさいよぉ。だいたい朱里達はぁ、馬鹿でもいいのよー」
「メンツが立たないっていうか……。人外対策局でここに通ってるのは皆馬鹿だって思われたくないから、やめてくれない?」
「何よ、馬鹿なんて朱里以外にもいるでしょぉ」
「実子隊にいるの?」
「銀は英語が絶望的だったのは知ってる。直樹も真面目系の成績クズよぉ」
「こっちでは信太がやばいわね。あたしも頭良い訳じゃないけど。夜斗はあんなんだけど毎日勉強してるし、佐久兎はテスト前だけはやってたかな。アルとティアは、テスト前でも一切勉強してなかったけど……。いや、ティアはサラッと流し読みはしてたかな」
「それで結果はぁ?」
「あたしはギリ平均点。佐久兎は中の上くらいだったかな? 夜斗は二年生で二位。ティアもアルもそれぞれトップ。在校生泣かせよね。前までトップ取ってた人達から睨まれてるわよ、絶対」
「夜斗は粗暴だから普通にトップ争いしてた人達に睨まれてるだろうし、ティアとアルが特に勉強してないって知ったらさぁきっと元トップはショックだろうねぇ。ていうかぁ、あの二人がトップって怪しくなぁい? アルは先の事が分かるんでしょ。テスト問題とか分かるんじゃなぁい?」
「あ、それ聞いた事ある」
「なんだってぇ?」
「アルは『それもボクの能力の内じゃん。使わない手はないよね〜』ですって」
「クソが。ペテン師。成績詐欺だ。ヘラヘラ無害そうな顔しといて、一番質悪りぃじゃねーかよ。というより、普通に胡散臭さ全開よねぇ?!」
突如として口調も雰囲気も一変する朱里。女子の中でもたった一部の事だが、男子の前にいる時の女子と、女子の前にいる時の女子の豹変ぶりはおよそこんなものだろう。
「あんたも突然口調が荒れるわよね。ぶりっ子するか不良するかどっちかにしなさいよ」
「はぁあ、ぶりっ子じゃないしぃ。そんじゃティアは?」
「周りの人の思考は読む事はできるけど、テスト中は人の心の声がうるさすぎて解くのに集中できないから能力は使わないんだって」
「あ〜、あんな紙に皆すっごい形相でかじりつくもんねぇ。確かにあれを声として聞いてたら、うるさくてかなわないわよ。ティアは本物って事かぁ。頭良さそうな顔してるもんねー。あーあ、朱里ももうちょっと頭良かったらなぁ」
机に突っ伏し、自分の能力の低さに地団駄を踏む。
「あんたは努力しなさいよ。……そういえば新って頭良さそうよね」
「それがそうでもないのよぉ。中の中くらいの普通よ。新ってさぁ、仲裁はするけど引っ張っていくタイプでもないしなんか頼りないよねぇ。すば抜けたものがなくて全て平均的ってのはある意味すごいけどぉ」
「縁の下の力持ちだと思うわよ。あんたの気付かないところでいろいろと気を使ってると思うけど?」
「そーお? 今は五人だから朱里しか女子いないし、部屋も一人で使ってるから広くてせいせいするけど……少し広すぎて落ち着かないのよ」
「ふうん、寂しいんだ?」
「別にそういうわけじゃないっつーのぉ。元からあゆみはすかした感じで気に食わなかったのよ。それに右京隊に迷惑かけて、ティアは危うく死にかけたのよ? やっぱ、あいつなんかいなくなってせいせいするてぇーの!」
「落ち着きなさいよ、ツンデレが」
「誰がいつデレたんだよ?!」
「言葉の節々に寂しいって思いしか感じないんだけど」
「変な事言わないでよねぇ〜」
「はいはい、素直じゃないのー。…………いや、それはお互い様かぁ」
「はあ? ……まあいいや。そんでさぁ、今日街の方案内しなさいよ。任務ばっかであんま行かないのよねぇ」
「はあ? なんであたしが」
「はあ? 別にいいじゃない」
ツンケンする朱里に、愛花は謎解き完了とでも言いたげに「ほほう」としたり顔で笑った。
「さては朱里、友達がいないのね」
「愛花にだけは言われたくなぁい。それに、朱里は二日目にして友達は五十人よ」
「え、い、いつの間に……?!」
「ふん、ちょろいわよ」
愛花が自分と朱里とのコミュニケーション能力の差に愕然とする。
「ほら、わざわざ友達が可哀想な愛花を誘ってあげてるんだから早く来なさいよ!」
「はあ? 意味分んない。指図しないでよね。……まあ、案内はしてあげないでもないけど」
友達という響きに気を良くした愛花は、確かに朱里にとっては単純かった。
*
「ここがよくティアと来るカフェ。まあまあ美味しいわよ。で、その隣が服とかアクセサリーの店が入ってるファッションビル」
「ここ入りたぁい!」
放課後、二人は肩を並べて街中を歩いていた。
「好きなブランドでも入ってるの?」
「ブランドってか、気に入ったのがあったら買うだけ! あ、あの靴いいねぇ!」
「ギャルってるわぁ……。そういえば朱里はどこ出身よ?」
「神奈川。愛花は?」
「愛媛よ」
「愛媛? みかんのイメージはあるけど何処それ。ああ、だから愛花の髪はピンクなの?」
「みかん食べて育ったからって、なんで髪がピンクになるのよ。だいたいみかんに近い色はあんたの方でしょ。オレンジ色じゃない」
恐るべし馬鹿。
愛すべき馬鹿。
そして正すべき知識。
「オレンジとみかんは違うって……。何で愛媛出身が間違ってんのよ」
「あれ、違うんだっけ?」
「あ、この服いい感じぃ! 試着してくる〜。店員さぁん!」
「唐突すぎよ……」
朱里に振り回される愛花だが、打ち解けていく様子は友達そのものだ。
そしてあれからかれこれ二時間が経った。
「二十個以上の紙袋持ってる人、あまり見ないわ……」
「そりゃあんた、愛媛だからじゃない?」
「愛媛をなんだと思ってるのよ。あ、あのお店可愛い」
「本当だぁ。気品と可愛さって感じがティアみたい」
「そう、ティアに買うのよ。この前これ、プレゼントされたからお返ししようと思って」
「そうなんだぁ、普通に似合ってるよ? ティアってセンス良いんだね」
「何でも持ってるわよね。少し、羨ましい」
「なぁんだ。あんたなら『優等生ぶりやがって』とか言うかと思った」
「前思ってたわよ。本人にぶつけちゃった事もあるわ。でもやっぱり、ティアには敵いっこなかった。そんなあたしにまでありがとうって言ってきて。あの時は意味分んないって思いながらも、だいぶ心が救われたものよ。今じゃ、ティアなら命懸けで自分を嫌いだと言った人も助けるんだろうなって……いろいろ分かるようになったけどね」
「不思議よね。拒否してディスってやろうと思ってもできなくなるのよ」
「朱里……あんた性格悪……」
「はあ? 朱里は皆へ平等にそうしてるからいいのよ」
「何がいいのかよく分からないんだけど。……このワンピース可愛い!」
「あんたも大概唐突だな。へぇ、背中がレースアップになってるのねぇ。なんかこのリボン天使の羽みたい。白とかちょー可愛いじゃん! でもこれじゃあいよいよ本当に天使だね」
「いいじゃない、天使! これ買ってくる!!」
「いってらぁ」
買い物が終わり気づいた時には随分と時間が経ってしまっていたようで、辺りはもう薄暗かった。それでも夕飯の時間までに間に合えばいいかと、二人は帰り道を談笑しながら帰る。そしてやっと寮に着く頃には、荷物の重さでクタクタだった。
「じゃあねぇ、おやすみぃ」
「また明日」
放課後のショッピングが終わり、両手にショップバックを持った状態で扉に手をかける。部屋が隣なので、約二十メートルの距離で挨拶をし、別れた。
「ただいま!」
「おっかえりー愛ちゃん! ……って夜斗、それ花瓶だよ、コップじゃないよ?!」
リビングから玄関までティアの慌てた声が響いてくる。何事かと少し早足で向かった。
「な、何やってんのよ……」
リビングに着いて夜斗を見ると、彼とその周りだけが灰色になっていた。魂の抜け殻のようになった彼の体は、力なくソファの背もたれに預けられている。普段から猫背気味な彼だが、ここまで脱力しているのは初めてだ。
「何? どうしたの」
「小テストで三問外しちゃったらしい」
「はぁ、そんだけ?! 朱里なんて三問しか当たんなかったわよ」
「なんでこんな点数をとっちまったんだ……」
慰める事はなく、愛花は夜斗をそれだけかと切り捨てる。心配しただけ損だったと気持ちも話題も切り替えた。
「ティアに服買ってきたの! 着てきてよ!」
「あ、ありがとう?!」
「夜斗も復活するんじゃない?」
ティアにそう耳打ちすると、怪訝な表情を浮かべたが承諾した。それから一分くらいでベッドルームからリビングに戻ってくる。
「着てみました!」
ワンピースの可愛さに、ティアが恥ずかしそうに顔を紅潮させている。いつもはただ可愛いというよりは、シックで堅めな服を着ているからだ。
「いいよいいよ、たまにはお堅い服じゃなくて可愛いだけの服を着なさいよ! ねえ夜斗、可愛いわよね、お人形さんみたいよね?!」
エロ親父の目でべた褒めする愛花に、ティアは首を激しく横に振り続ける。
「……そうだ、テストがなんだ。あんな紙切れで俺の全てが分かるわけねぇだろ! そうだよなぁ?!」
「う、うん……?」
ティアの白いワンピース姿に、突然元気を取り戻す夜斗。そしてそれに戸惑う女子二人。愛花はそれを鼻で笑った。
――なかなか夜斗って単純ね。
「お、愛花お帰りー。おお、ティアイメチェン?!」
「愛ちゃんからのプレゼントなの!」
「信太あんた、何その服装」
「友達に誘われて放課後バスケ部に顔出してきたんだよ。その練習着。オレ元々バスケ部だし!」
ノースリーブのユニフォームからは、小さな体とは対照的な生意気にもたくましい筋肉が付いている。背が伸び切らない内に筋肉をつけてしまった為に、成長が遅れているのではないかと夜斗はそう考察した。
「こう見えても埼玉県内では結構強よい学校だったんだぜ! しかもオレ、なんとスタメン!」
「へえ、信太がねぇ……」
「何その半信半疑みたいな感じ! マジだって! そういう愛花は何部だったんだよ」
「ふん。中学生のお子ちゃまとは違って、高校に入ってからは生活費稼ぐ為にバイトしかしてなかったわよ」
「……なんか、悪りぃ」
しょぼくれる信太の頭を軽く叩いた。
「マジトーンやめなさいよ。ティアは?」
「うーん、内緒」
「なんで?!」
秘密主義な彼女。そう言われると余計に気になるだけで、愛花が問い詰めるとやっと渋々と口を割った。
「……生徒会役員になれば部活への入部義務免除という事だったので、生徒会に入ってました」
生徒達による自治組織、生徒会。数名しか所属できない狭き門は、彼女の中学では立候補と推薦のどちらかでしか所属できず、多数決による勝者のみが生き残るという大変シビアな世界である。
「でもこれは中学の時の話で、ほとんど先生に騙されて入ったようなものだし、高校に入ってからは迷っている内に転校になっちゃったし……うん!」
ティアの謎は深まるばかりで、少しでも突けば伝説がポロリと出てきそうなものだった。そこへアルと佐久兎が帰宅してくる。アルは下校中アイスを食べてきたようで、ソーダ味のゴリゴリ君はベロンベロンに溶けていた。フローリングの床に雫を垂らしつつも、器用に足で雑巾がけをしていた。
「ははひは〜」
「ただいま、な。食いながら言うな」
「ほー、ほふははっはへー!」
「おー、よく分かったねーじゃねぇよ。早く食え。汚ねぇだろ」
「ふぇー、ふひへふひゃーん」
「拭いてるじゃんって、拭けばいいって問題じゃねぇんだよ。離乳食食ってる子供の方がまだ綺麗だっつーの」
会話になっているアルと夜斗を見て、佐久兎が驚嘆する。
「通じ合っている……。ほぼハ行語を完璧に訳してる……! ぼ、僕なんて分からなくて何回も聞き返したのに!」
「口からアイスを取ればいいだけでしょうが……」
愛花の正論に「盲点だったよ」と佐久兎が苦笑した。そしてアドバイス通りにゴリゴリ君を乱暴に抜き取り、止める声を無視してキッチンに捨てに行った。
「ああっ、ボクのゴリゴリ君がぁ〜!」




