No.10「夜斗の親友」
――――水面に全身を打ち付ける音が聞こえた。
女子がパニック状態に陥る中、珍しくアルも声を荒らげている。視界の端でそれを捉えただけで、夜斗はずっとティアが落ちた先の海を見つめている。彼女が海に落ちた音を聞いてからは、水中にいる様に耳をいくら澄まそうがはっきりとは聞こえない。
悪夢でも見ているんじゃないだろうか。彼女はさっきまでニコニコと隣で笑っていたはずだ。俺達は、今日という日をさっきまで満喫していたじゃないか。
そう思い込もうとすればするほどに混乱が起こる。
――早く助けないと死んでしまう。もう死んでいるなんて事はないよな。そんな話、ないよな……?
体が震えて歩けない。すぐにでも助けに行きたいのに、全く体が動かなかった。息が上がり、乱れた脈拍により立っている事すら辛くなる。
そんな間にもアル、バル、新、銀、信太が走って行くのが見えた。佐久兎は何かを叫んでから、浮き輪を持って同じく走って行く。片手にはスマホが握られていて、どこかへ電話をかけているようだ。それにつられてやっと動き出す直樹。愛花と朱里は腰を抜かしていた。
――俺は……何をやっているんだ?
砂浜に根でも張ったように足が微動だにしない。何もできず、ただ役立たずでいろという事だろうか。
やがて最初に助けに行った四人がティアを海から引き上げるのが見えた。騒ぎを聞きつけた海の家のおばさんも走って行く。
その頃には雨が降り始め、砂浜に模様を描いていく。あの日の自分が流した涙のようだと思った。どうやら意識はないが息はあるようで、生きている事に心底安堵した。
そのままアルがティアをおぶり、海の家の中へと運んだ。それからすぐに救急車が到着し、ティアは担架ごと車内に入れられる。それにアルも乗り込み病院へと向かった。これまでの事が本当に一瞬の出来事であったように感じる。しかし実際はそうではない。
かなりの時間が経った後で、やっと自分の意思で体を動かす事ができた。時間感覚が狂い、様々な感覚も鈍くなっていた。酷く現実味がなくて、これを離人感というのだろうか。雨の冷たさにやっと気づいた。
親友が落ちる姿と、ティアが落ちる姿が交互にフラッシュバックする。それは激しい頭痛も伴い、きっと酷い顔をしていただろう。冷静に現実を受け入れようとしていると足の違和感に気づく。
「ティアお姉ちゃんが……ティアお姉ちゃんがっ……!」
天が足にしがみつき必死に夜斗の体を揺らし、すがるような目で泣いていた。いつからだったのだろう。いつからずっとこんな悲痛な表情を浮かべて、泣きじゃくっていたのだろう。大粒の涙はとめどなく頬を撫でている。
「天……」
天にとって大切な存在であるティアが目の前で崖から落ち、死にかけていた。今は生きていても、この先病院で目を覚ますかすらも分からない。天にとっても二度目の大切な人の死になるかもしれなかったのだ。
――それなのに俺は自分の事で精一杯で、「大丈夫だよ」って声をかける事すらできなかった。それに、一番に助けに行くべきだった俺は、結局何もできていない。……情けねぇ。あれから、成長も何もできてない。
腰を抜かした朱里と愛花に、救急車を見送り終わった新が声をかける。なんとか立ち上がり、ふらふらと歩みだす二人の背中を目で追った。まるで自分に関係ない映像を見ているようで、他人事のように思えてしまうのは人間の防衛本能だ。それがあまりにも残酷で、実感できない怖さがある。気を抜けば不謹慎な事を唐突に言ってしまいそうだった。
「夜斗もほら、天君も行こう。風邪を引いてしまうよ」
「……ああ。天、店に入ろう」
優しく頭を撫でると、天は少し安心したのか黙って頷いた。しかし手を引くが、天は決して動こうとはしなかった。仕方なくそのまま抱きかかえ、海の家へと向かう。まだ手が震えているのは、きっと天にも伝わってしまっただろう。天がぎゅっと夜斗のTシャツを握りしめた。
頼りない自分を頼ってくれる小さな手。その手の力みを緩和させる言葉や方法を、あいにく持ち合わせてはいなかった。
――どうすりゃいいんだよ。笑う事も、声をかける事も得意じゃないくせに。
*
『もしもし、佐久兎?』
「アル! ティアは大丈夫なの?!」
あれから丸一日が経ち、ようやくアルからの電話があった。
『意識は戻らないけど、息はしてる。幸いにも骨は折れてはいなかったんだけど、全身を打ちつけたから痣だらけでね。時々うなされていて、どんどん衰弱していってるみたいなんだ。それで……皆はどう?』
「愛花と夜斗はだいぶ落ち込んでて、あれからはまともに言葉を交わしてないかな。信太は二人を気遣って空元気で頑張ってるけど、あんま寝れてないみたいだし、天もその事を察して信太を元気付けようとしてる。なんだか見てられないな……」
『そっかぁ。まあ、だからこそ佐久兎に電話したんだけどね』
「なんで僕?」
『この状況でだったら、一番冷静な判断ができる人だからかな。必要以上に頑張りすぎる事もないし、特別にティアに固執している事もないからね。そんじゃ今日はもう遅いから、明日お見舞いに来ない? 一応皆に来ないか聞いてみてよ。あと、来るかどうかは別で愛花に着替えの準備を頼んで欲しいんだ。……天には申し訳ないけど、絶対にお留守番しててもらってね。この状態を見せちゃうと、結構ショックが大きいと思うんだ。皆にも言っておいて。ショックを受けて、更に落ち込むようなら来るなって』
「分かった。今から訊いてみるよ」
彼の声は疲れている。当たり前だ。昨日から丸一日つきっきりで、眠れてもいないだろう。
『来る人と時間が分かったらメールよろしくね。先に場所送っとくから!』
「了解。アル、ちゃんと寝てね」
『佐久兎ったら優しい〜!』
いつも通りのふざけた口調。彼らしいのだが、それが逆に心配だった。
『じゃあおやすみ!』
「おやすみなさい」
そこで電話は切れた。黒くなった液晶画面に映る自分の顔は暗いものだった。これではいけないと気を取り直す。
アルは誰よりもはやく状況を判断し、即座に行動に移せる人だ。けれど、見え過ぎてしまう事が逆にネックなのも事実。ふざけているようで本当は心配性の過保護であり、皆を気遣いすぎているのだ。
ティアの状況をいかにショックを減らし、どう説明しようかと思案していると、自室からリビングまではあっという間だった。夜九時を回っている事もあり、天はテレビを観ながら寝てしまったようだ。他の三人はほぼ放心状態でテレビ画面をぼうっと眺めていた。
「……今、アルから電話があったんだ」
開口一言目でそう告げると、少しやつれて目つきが鋭くなっている愛花と夜斗が、真っ先に食いつくように見てきた。特に夜斗は、今から人でも殺すのではないかと思ってしまうくらいに虚ろな目をしている。
「あれから意識は戻らないけれど、呼吸はしているって。ただ、落ちた時の衝撃で全身を強く打って痣だらけらしい。それで目を覚ました時のために、ティアの着替えとか持ってきてほしいって。だから愛花、荷物の準備をお願い」
「……うん、分かったわ」
「それからお見舞いの事なんだけど……」
「おい、来るななんて言わないよな? ティアが生きってるって事を、この目で確かめたいんだ」
すがるような目をした後、しりすぼみに急に勢いが無くなる。こんな夜斗を初めて見た。
「夜斗……皆も聞いて。もし衰弱してるティアを見て、これ以上ショックを受けて落ち込むようなら来ないでって。もちろん天は絶対に連れて来るなって、アルはそう言ってたんだ」
「そ、それって、相当ヤバイ状態だって事じゃないのか?!」
信太の疑問に佐久兎はすぐに答えられない自分がいる。恐らく信太の見当は間違いではない。十中八九そうなのだ。
けれど、知らないふりをした方が楽だった。現実から目を逸らしていた方が、自分には都合が良いのだ。辛い気持ちを紛らわせる事ができる気がしたから。悲劇を気取っている間だけは、不幸面をしていられたからだ。
「それは、僕もよく知らされていないんだ」
――悲劇に酔える特権を、全ての免罪符になるような出来事を、仲間が死にかける事で僕は手に入れたんだ。だからこそ、弱い良心に負けて特権を使用する。
だって僕は、何も知らない。この言葉が佐久兎の逃避を肯定させる。
「どういう事だよ来るなって……。そんなんどうしたって、ショック受けるに決まってんだろ!」
「落ち着きなさいよ夜斗。その忠告はアルの優しさでしょうが。……それくらい、馬鹿でも分かりなさいよ」
夜斗は苦虫を潰したような顔をしてから項垂れた。あの夜斗がここまで落ち込む姿なんて、今まで想像ができなかった。アルの言っていた固執という言葉は、これと関係あるのだろうか。
「それくらい覚悟して来いって事でしょ。……あたしは行くわよ」
「何を言われたって、俺だって行くぜ」
「オレも! ……って言いたいんだけどさ、そうなると天は誰がみてるんだ?」
信太の言う事は最もだった。
「そう言うと思った。僕がみてるよ」
「残るなら二人がいいんじゃないかな? 天がいつ起きるか分かんないし、寝るのも交代の方がいいかなって。だからオレも待ってるよ。その代わり、オレと佐久兎の分もティアとアルの事をよろしくな」
ティアの存在は、右京隊にとってはとても大きいものだった。一人一人をしっかり見てくれていて、皆の事を繋いでくれている。
天を救ったのもティアの一言からだ。一番初めに意見をするのはとても勇気がいる。それに共感してくれるかも分からないのに、批判されて孤立してしまうかもしれないのに、彼女は彼女なりの答えを導き出したのだ。
あの一件以来、隊としての絆も深まり方向性が見えてきた。人外を倒すという事が、ただ漠然と退魔師としての目的だと思っていた。しかし、人外と人間の関係の在り方から考えるものだという事に気づかされるきっかになったのだ。
退魔師とは、臨機応変な対応を求められるものだと結論づけ、命を扱う者として常に正しくあり続ける事が必要なのだと思い知った。
――退魔師は人外を殺すのが当たり前。いつからそう錯覚していたのだろう。右京さんは良い人外と悪い人外がいる事を何度も言っていた。けれど恐怖は正しさを消してしまう。とても恐ろしい事だ。僕達はあの場で、今近くで静かに寝息を立てている天を、殺していたかもしれないのだ。
僕は、複雑に物事を考え過ぎていたのかもしれない。命は尊いもの。それは人間のみならず、命あるものは全てが尊いという事だ。
小学校で習うような事を、いつからか人は忘れていく。様々な物を知れば知るほどに見方を複雑化していってしまう。そんな、要領の悪い人間が多い。
物事をシンプルに見る事ができる素直な人こそが、この組織にはきっと必要なのだ。
頭の良さ。それはテストの成績だけでは決まらない。絶望的なテストの点数を叩き出す信太だが、シンプルに正しさを導き出せる彼の方が、僕なんかよりもよっぽど頭が良くて要領が良い。
僕が感じているよりも、世界は案外シンプルで優しかった。――
*
「……ねぇ夜斗、両親がいないのは辛い?」
いつもと変わらない調子で、明日の天気はなんだろうという日常会話のように言った。彼岸花が道端で火花を散らす帰り道。秋口の冷えた風がさらりと頬を撫でる。
「なんだよ、いきなり」
ぶっきらぼうにそう返すと、彼は困ったようにヘラヘラと笑顔を浮かべる。そんな反応の軽さが、悩み事なのかただの愚痴なのか夜斗の判断を惑わした。
「最近さぁ、お父さんとなんだか上手くいかないんだよねー」
「悠は親父が嫌いなのか?」
「あはは、どうだろうね!」
「なんだよ、ハッキリしねぇな。……まあ、家族だとしても一緒にいるのが辛い気持ちは分かるけどな」
「そっかぁ。やっぱ家族でも一緒に暮らすのが辛い事もあるよね」
「まあな」
「ところでさ、今年の冬は寒くなりそうだよね」
彼の中でこの話は自己完結したのか、重い話はすぐに終わり次の話題は他愛のないものに切り替わる。
「また唐突だな。まだ秋だ…………ぞ……?」
白い何かが目の前を浮遊する。それが雪だと認識した瞬間突風が吹き荒れる。視界が白に覆われそしてそれが晴れた時、気づけば中学校の校舎の屋上にいた。現実ではあり得ない事だった。瞬間移動というやつだ。
そして目の前には親友がいる。それだけが先ほどと変わらない。
「ゆ、悠……! 何やってんだよ、危ないだろうが。早く降りてこい!」
しかし、彼は落下防止のために屋上を囲む低いフェンスに腰掛けていた。それは、手を伸ばせば届く距離。けれどこの時はまだ、いつもの高所好きだと思っていた。
「ねぇ夜斗、君はヒーローの中でレッドだよ。いつも友達に囲まれていて、リーダーシップもあって、頭も良くって努力家で正義感も強い。いじめられてた子を助けていたのも知っている。俺の事だって小学生の時に助けてくれたよね。とってもカッコイイヒーローだ。あれから夜斗のおかげでいじめられる事もなくなった。でも中学に入ってからは手荒な助け方をするから、本当の君を知らない人達は不良だの問題児だのって言うね。でも、本当はいじめられている人を救っているのを知っている。……夜斗は不器用なだもんね。誤解をされやすいんだ」
自分の首に巻いていた赤色のマフラーがふわりと風に揺れた。呼応するかのように悠の青いマフラーも風になびいている。
「お前さえ分かっていてくれれば他の奴にどう思われたっていいんだ。一人でも理解してくれる奴がいればそれでいい。……そんな話はいいから、まずはそこから早く降りろって」
夜斗は嫌な予感を感じた。彼の笑顔が妙に優しくて、どうしてそんな優しい目でいられるのかが解らない。まるで何かを悟っているような、そんな目だ。虚ろだとも表現ができる。どちらかなんて焦る夜斗には分からなかった。
「よくないよ。夜斗はもっと理解者を増やすべきだ」
「おい、聞いてんのか! 早く降りてこい!」
「俺、弱いんだ……。人一人に立ち向かう事もできなくて、言いたい事も何も言えなかった。だからこれが、精一杯の抗議なんだよ」
段々と悠の声が震えてくる。なんで震えているのだろう。泣きそうだからか、高所が怖いからか。いや、もっと絶対的な、この世の理に恐怖しているような気がした。
「これでしか立ち向かえなくて、逃げられなくて……。だからごめんね、夜斗。小学生の時から手を差し伸べ続けてくれて、仲良くしてくれて、笑顔をくれて……本当にありがとう。夜斗と親友でいられる事がとても嬉しくて、とても心強かった」
「話しならいくらでも聞いてやるから、まずはそこから降りろって……!」
そう言いながら近づこうとすると、彼は声を荒らげた。
「来ないで!! ……それ以上、近づかないで。ごめん、本当にありがとう。俺、夜斗の親友になれてとても誇らしかった。沢山の思い出をありがとう。それと、去年、寒い寒いって言っていた俺にマフラーをプレゼントしてくれた事も、とても嬉しかったよ」
泣きながら笑う彼の沈痛な面持ちは、夜斗へ「もう救えない」と思わせた。
――そんな顔で、こんなお別れみたいな事言うなよ。俺はお前としか親友でいたくない。俺の親友は、お前しかいないんだ。
「夜斗はいつまでも俺のヒーローだ。本当に今まで生きてこられたのは、夜斗のおかげだよ。……ありがとう」
「なあ、声も体も震えてるじゃねぇか。怖いんだろ、早く降りろよ! そんな、これが最後みたいな事言うな。どうしたんだよ、悠……」
状況を飲み込む前に、悠は涙を目に溜めたまま今まで以上に無理に笑ってみせた。痛々しいまでの笑顔で、それはとても美しい表情だった。
「――――悠、」
ふわりと彼の体が後ろへ傾いた。頭から落ちる彼にとっさに手を伸ばしたが、既にその手はもう届かなかった。数秒前までは掴めた距離だったというのに。
降り続ける雪が、地に落ちる体の風圧で舞い上がった。
それは純白で穢れのない羽根のようで――皮肉にも俺は、それを綺麗だと思ったんだ。
ドシャリ。耳にした事もない音が下から聞こえた。耳に残る厭な音。地に体を打ち付ける鈍い音と、骨が砕け皮膚が割れ、肉体が崩れる粘着質な音。
「きゃああああああっ!!」
女子生徒の金切り声が彼の死を告げた。この高さから、頭から落ちたんだ。助かるはずもなかった。
「悠……ゆ、う…………う……うわあああああッ!!」
膝から崩れ落ち、フェンスにしがみついて泣き叫んだ。降り積もったばかりの雪の上に涙の雫が歪な水玉模様を作る。なんとか上体を支えるために着いた手が、小刻みに関節を軋ませ震えていた。
雪から雨へと変わった天気は、夜斗の心情を表してくれているのだろうか。冬近くの雨が手に冷たさを伝えてくる。
項垂れて視線を屋上の床に落とした。それからすぐだった。雨に混じり赤い液体も滴り落ちてくる。驚きに上を見上げると、首をあらぬ方向に曲げ、片目は潰れ、顔は陥没し、頭や額から血を流す彼の顔が至近距離にあった。
「あ、あ……」
恐ろしい姿に体の芯から震え上がった。奥歯が鳴る合間に、言葉にならない声が自然と漏れる。
「あーあ、俺の青いマフラーがこれじゃあ真っ赤だね……」
上から垂れ、ベタリと頬に張り付く血塗られたマフラー。経験した事のない程の恐怖心が体を支配し、身動き一つとれなくなる。そんな夜斗を見て、彼は歪な形の顔で笑った。
「これで、夜斗と同じ色だね」
元々夜斗の首に巻いてあった赤いマフラーは不自然に折れ曲がり所々から骨が肉を突き破って見えている指で、丁寧に外された。そして、ねっとりとした生温かい感触が首に伝わる。悠の血で赤く染まった青いマフラーが巻かれようとしているのだ。不快感よりも、恐怖が夜斗の冷静さを蝕む。
「や、やめろっ……。ッぃやめろぉおおおおおおお!!」
――叫び目を開いた時、そこはいつもの部屋だった。
「くそ。……夢、か」
上がった息を整える。どうやら自分の叫び声で起きたようだった。幾度となくあの日を夢で繰り返しては、その度に自分への怒りが腹の底から湧き上がる。不甲斐なさや遣る瀬なさ、罪悪感にも苛まれていた。
「何回も何回も……。随分と悪趣味な夢だよな」
自嘲気味に笑いながら、水を飲もうとキッチンに向かう。その途中、雨が降っている事に気がついた。
――だから見たんだな。
この夢は純粋な記憶だけではない。ただの夢も混ざっている。帰り道から中学校の屋上に数秒で移動できるわけもなく、親友である悠が飛び降りた後はどうしようもなくその場で泣き続けた。騒ぎの声が段々と大きくなってきた頃、屋上にかけつけた教師につれられて家に帰されのだ。
悠の死体は目にしていない。それなのに、夢ではグチャグチャになった彼が夜斗の前に現れる。これは夜斗の悠への罪意識からなのか、悠の恨みの感情なのかは判らない。
ティア達と会ってからは一度も見ていなかったあの夢。それをこのタイミングで見てしまったのは、かなり精神的に追い詰められるものがある。しかしアルがいなかったのが救いだった。この部屋で寝ていたとしたら、深入りはしてこないだろうが心配をかけていただろう。
「ティアも悠と同じように、落ちて……」
ティアが崖から落ちた時の映像が脳内で再生された。人が落ちる瞬間というのは、案外呆気のないものだ。落ちた本人も、それを見届ける側も、何もできずに為す術もなく、次の瞬間には――――
「……否、ティアは死んでねぇ」
そう自分に言い聞かせると、今度こそキッチンへと向かう。そこであの雨の日の夜を思い出した。右京隊の隊員達と出会って間もなく、悠によく似ているティアを気にかけるようになった頃の事だ。
いつも気丈に振る舞う彼女が、足元がおぼつかない状態で現れた。息も荒く泣きそうな顔をし、そのままその場に崩れるように倒れ込んでしまったのだ。ティアが人前ではけっして見せなかった弱さ。しかし彼女は夜斗を見つけた途端にすぐに平気なフリをする。
――アイツも誰もいないところでは、こんなだったのかな。
そう考えた。あれから時間が経った昨日まで、悠の事を忘れかけていた。
沢山の仲間ができて、毎日が少しずつ楽しくなった。危険な事が多く疲労困憊で体が動かなくなる日もあったが、とても充実していたのだ。近くには慕う仲間達がいて、そして自分を慕ってくれる仲間がいる。それがとてもありがたい事だと思っていた。
だからこれは、罪から目を背けた罰じゃないだろうか。
そう思ってしまった。悠を忘れ、自分だけが楽しんで充実した日々をすごし、信頼できる仲間達に囲まれている。だからこそ、悠は怒っているのではないだろうか。
あれから友達を作らなかったのは贖罪のつもりだった。親友を作らなかったのもそうだ。一人で日々を過ごしてきたのだって、彼の死後に変わったものは全て、贖罪のつもりだった。
「……なあ、俺はどうやってお前に罪滅ぼしをすればいいんだろうな」
誰もいない部屋に問いかける。雨音が何かを囁く声に聞こえてきた時、その幻聴は呪詛を吐いて夜斗を責めた。




