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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第5章:章タイトル未定-1
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No.96「病人の味覚」

「うんめー!」


 個室の病室で、信太はアルがお見舞いに持ってきてくれたケーキを頬張っていた。


「病院食不味くはないんだけど足りねぇんだよな!」


「チラッと見たけど、信太にとってはあれの三倍が普通だもんね」


 いつもなら食べながらも「腹減った」というところなのだが、今日に限ってはそのまましょんぼりとしてフォークを咥えたまま目線を落としてしまった。


「どうしたの?」


「……皆、今学校? アルはないのか?」


「もー、心配しないの。ボクは午後からだから気にしないで」


「そっか……へへ」


 へにゃっと、情けなさがにじむ笑顔を浮かべると、二個目のショートケーキのイチゴを食べた。


「チョコケーキの後だと酸っぺえ!」


「食べる順番考えないとダメだよ」


「最初に言ってくれよ!」


 そんな会話をしていると、ノックが鳴る。訪問者は、右京隊の莉乃だ。彼女もまた入院中なのだ。


「よう!」


 元気よく応えるが、莉乃は暗い表情で深々と会釈する。信太が手招きをすると、アルの隣にあった空いてる椅子に座った。


「信太もうお友達できたの?」


「右京さんとこの隊員! 一緒に戦ったんだ」


「ああ、隊員さんか。こんにちは。傷は癒えたのかな?」


 アルの問いかけに、莉乃はコクリと頷く。


「うちの隊長がケーキ買ってきてくれたんだけどさ、莉乃も食う? まだフルーツタルト残ってんぞ!」


 今度は、かぶりを振った。

 元々口数の少ないシャイな子なのかな、と思っていたのだが、信太の表情が曇った事からそうではないらしいと推察する。アルは何があったのかを知らない。この場に居座っていいのかも迷っていた時、やっと彼女は口を開いた。


「ごめん、なさい……」


 掠れたか細い声で、彼女は信太に謝罪した。信太の顔が悲しみを帯びた笑顔に変わっていくが、再び無理に笑って見せた。


「気にすんなよ! オレがザコかっただけだしさ! さー退院したら訓練バリバリすんぞ!」


 しかし彼女を元気付けるためのそんな言葉は空回りし、水を打ったように病室は静まり返る。


「あーえー……そこはほら、初めて会った時みたいに悪態つくとこじゃん!? 暑苦しいとかさ!」


 しかし莉乃は黙ったままだ。


「オレ生きてんだぜ!? こんなお通夜モードやめねぇ!?」


 言った後で後悔する。家族を殺されたばかりで癒えない心の傷を抱えている彼女に対して、死を連想させるワードは禁句だった。


「た、タルト、オレが食っちまう、ぞ……?」


 反応がなく、信太は大袈裟な動作で食べる。口の周りについているのにも気づかずにモグモグとしていると、アルが吹き出した。


「落ち着いて食べなよ。付いてるよ」


「マジ!?」


 横目でチラリと莉乃を見るが、クスリとも笑っていない。肩を落とす信太の横で、アルは二人を見比べて困った顔をした。


 ――何があったかは分からないけど、ボクお邪魔虫っぽい……。


「あー、そろそろ大学行く準備しようかなぁ。じゃあね信太。無理しない事!」


「お、おう! いってら!」


 莉乃の膝に置かれた拳がより強く握られる。余計なお世話だったろうか、そんな思いを残しながら病室を出た。

「ごめんなさい」そんな彼女の声が、聞こえてきた。昨日も今日も、ひたすら謝っているのだろう。


 彼女は信太と現場で組んだ退魔師らしい。

 自分のせいで人が死にかける事の、なんと恐ろしい事か――そういう類の恐怖に、押し潰されそうな顔だった。もちろん己の非力さに震える事もあるだろうし、それは一概には言えない。


 けれど、自分が死ぬ事を一番恐れるのか、自分のせいで誰かが死ぬ事を一番に恐れるのか。

 彼女は、その両方なのだろう。初々しい雰囲気もあった。初の現場があれだったのなら無理もない。


「信太も、負けた事がなかったからなぁ」


 彼は一人の敵を目の前に、絶対的な力の差で敗北した経験が今までになかった。他の隊員だって、そんなものだ。

 敗北の苦汁を消化しきれてはいなさそうだったあの顔。真剣味を帯びたあの目の奥には、燃え盛る炎が見えた。

 自分のところの隊員は負けに腐るタイプではないらしい。


「ちょっと安心……なような、逆にオーバー訓練しないか心配なような……?」


「あら、お帰りですか?」


 背後から声がかかる。


「八千草さん。誰かのお見舞いですか?」


「ええ。隊長のお見舞いに」


「……八雲さんですか?」


「その帰りです。まだ目覚めなくて」


 初耳だった。それに、日本一の精鋭隊の隊長がそう簡単にやられるなんて、現場はどうなっていたのだろうか。八雲の負傷が知らされるはずの家族(ティア)からも一切聞いていない。彼女はあえて黙って自分だけで抱える節がある。


「ああいえね、やられたわけじゃないの」


 表情が曇るのを見た八千草は慌てて否定する。


「どういう事ですか……?」


「一瞬。ほんの一瞬だけ、人外に呑まれかけたのよ」






 *






 無機質な天井に手をかざす。

 痣の一切が、消えていた。


 鬼喰丸の声も聞こえない。

 遠くに聞こえる人々の存在証明的な話し声だけが、小さく耳に響いていた。


「どうなっているんだろう」


 言うのを見計らっていたようなタイミングで、ノックが鳴る。間髪入れずに開いたところを見ると、返事は期待していなかったようだ。


「ああなんだ、起きてたの。おはよう」


 朝起きた時のようなノリで、右京が入室してきた。その後ろには、櫛を通していないのではないかと思うほどボサボサな長髪の女性が入ってきた。果たして本当に女性なのかすら危ういような容姿への無頓着さで、キャラクターTシャツをワンピースのように着こなし下駄を鳴らしている。


「チッス!」


「永環、チッスじゃなくてこんにちはでしょ。それよりも八雲記憶ある? 有る無しによっちゃあ初めましても付け加えないとなんだけど」


「あはは……全然ないや」


「こちら実盛永環。僕の従妹なんだ」


「初めまして。ヨロ! スク!」


 敬礼ポーズでドヤ顔をかましている彼女に、右京の従妹の気がなく少し疑いながらも挨拶を交わす。


「よろしくお願いします……?」


「挨拶終わったし自宅警備の仕事あるから帰る」


「待って永環。話に来たんだからいてもらわないと困るよ」


「え〜? そんなにあたしが必要〜? しょうがない兄さんだなぁもう。いてやんよ!」


 ――なんかすごく嬉しそう……。


「八雲」


 微笑ましく眺めていると、鋭い右京の声が横から届いた。


「妖刀に侵食されてるんだって?」


「あはは。まあ、ね」


「だからあの時やめとけって言ったんだッ!」


 らしくもなく声を荒らげ胸ぐらを掴みあげると、八雲は気まずそうに目を逸らして「ごめん」とだけ言った。

 それが気に入らず、右京はすぐに手を離す。力無く乱暴に椅子へ座ると、永環も足を広げたまま粗暴な所作で座った。


「……永環は、否定する能力を持っている」


 突然何を言い出すのか、要領を得ない右京の言葉に疑問符が浮かぶ。


「否定って?」


「肯定されている事を否定する能力さ。わかりやすく言うと、例えば存在している人や物を、永環は無に還せる。物理的な干渉、つまり物を壊してしまったりしてしまった出来事を、なかった事にする事もできる。しかし正しくは、時間を逆流させる能力なんだ」


「時間を逆流? もしかして僕の痣が引いたのも……」


「そうさ。永環のおかげだよ」


「ま、あたしって有能だからさ!」


「ありがとう……ございました」


 深々と頭を下げる。鬼に乗っ取られかけていたのは覚えている。彼女がいなければ、きっと今頃人外に堕ちていただろう。感謝してもしきれない。


「まあまあ、面を上げよ青年。あくまで時間を逆流させただけで、鬼喰丸の侵食は完全に消せてないんだから。あれは何百年も生き続けている魂なもんで、それまでを無に還すなんて大技はできないわけっすわぁ。時間を戻すのにも代償がいるから、便利なものでもないんでね」


「代償とは……?」


「能力を使うにあたっては霊力を消費するわけ。不思議なもんで、その消費量を取り返すまでは一時的に体が後退化する。要は容姿が若返ってくんだね。一年につき一歳マイナス。あたしの存在がなくなるほど頑張ったって、戻すには二十年とちょっとまでが限度」


「霊力を消費した分が元のゲージまでに戻ると、現年齢の容姿に戻るって事ですか?」


「そゆこと。ちなみに皆と同じで霊力量の回復は体力回復と同じ原理。休養と時間と栄養補給。つまり霊力の補給してくれれば一瞬で戻れるっちゅーことこっこー!」


 手でトサカとクチバシを表現し、鶏の真似をしだす。変人の奇行は突然すぎてついていけないが、あまりにもすごい能力に驚きの方が勝った。しかし代償はあまりにも大きいように思える。

 戻す時間が多ければ多いほどに、体への反動が大きくなる。


「まあ体が伸び縮みするわけだから、到底無事で済むとは思えないね。元通りになっているように見えて、実は見えない何かがダメージを受けてるんだと思うんだけど!」


 明るく言ってのけるが、聞いている男二人からすれば笑えるようなものではなかった。


「まあまあ、気にしなさんな。それより、今の内にあの妖刀は手放すこった。離れられるところまで戻してやったんだからね」


「……はい」


「んじゃあ次実子チャンのところに行きましょうかねぇ!」


「彼女は今俺の部屋にいるから、寮に来てもらうね」


「……あ? 今なんつった? 彼女? 兄さんの部屋にいる?」


 永環の機嫌が目に見えて悪くなる。


「実子がどうかしたの?」


「どうやら誰かに何かをされたらしいんだ」


「全くわかんないんだけど……」


「自分の心配だけしろっていう遠回しの気遣いじゃんさ。とにかく今は刀をどうするかだけを考えなよ」


「……うん」


「じゃ、戻ってきたら退院祝いでも開くからさ。声かけてね?」


「僕のために退院祝いなんて、珍しい事もあるものだね」


「祝うためだけなわけないでしょ。ちょっと数人で集まるの。八雲待ちなんだ」


「それは申し訳ない。早めに頑張るよ」


「よろしく。じゃあね」


「うん、じゃあ」


 静かにしまった扉の向こうで、永環が右京を問いただしているのが聞こえてきた。実子にも何かあったようだが、把握できていない。


「とりあえず退院する事を一番に……」


 言いかけ、ふと横のテーブルに目が止まる。


「八千草ちゃん……零も神無も……来てくれたんだ」


 三人がそれぞれ持ってきてくれたらしいお見舞いの品があった。花は八千草、果物は零、本は神無だろう。


「隊長になってから初めての入院だなぁ。情けないや」


 苺を手に取り、一口かじる。


「……ん、酸っぱい」

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