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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第5章:章タイトル未定-1
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No.93「仲間の救出」

 青々としていた空に浮かぶ雲が突然増え、鼠色に染まっている。

 今にも泣き出しそうな表情で、いつ堰を切るかもわからない涙を堪えているようだった。

 今日の空は、濁っている。


「信太、信太ぁ……!」


 近くで莉乃が泣いていた。


「信太、信太……起きて、信太っ!!」


 うわ言のように永遠と名前を繰り返す。彼は、莉乃の腕の中で血を流していた。

 近寄ってくる気配がある。殺意が近づいてくる。けれど、信太は悔しそうに顔を歪めた。


 ――うごか、ねぇ……。


 指先すらも微動だにしない。血を流しすぎ、目も霞んでいる。大きな自然災害にでも襲われたように、無力さを突きつけられていた。


「こんな時、名無隊の皆とか、右京さんがいてくれたらなって思うんだけど、さ。情けねぇって、笑われるかな……」


 呼吸は苦しいが、声は出た。それなのに体は鉛のように重怠い。

 空に向けて笑いかける信太の姿を見て、まるで死ぬ前みたいだと莉乃は思った。


「きっと右京さんが来るって信太が言ったんでしょ、だから……だから死なないで……!」


制御装置(リミッター)、解除した方がいいかな……。反応消えたら、応援が来るかもしんねぇしさ」


「ダメ!! 霊体からまず治療しないと、解除した時に体にダメージが残るから……ここまで酷いと危険だよッ!」


「でもこのままじゃ……どうにも、なんね、え……」


 そんな二人の視界が暗くなる。


「話は終わったか?」


 二人に影を落としたのは、敵だ。そしてその敵とは、人外ではなく人間だ。

 刀を抜こうとした莉乃を蹴り飛ばし、信太の首を掴みあげる。手甲鉤がヒヤリと首筋を撫でた。


「お、まえ……莉乃を……ッ!」


「お前は人間が相手だと手が出せないのか」


 相手自身が弱味なのだと見破られ、信太は返す言葉もない。


「そんな腰抜けがよく退魔師をやってられるな? ブールは獣型からその下を捨て駒として使うが、主要な人物のそのほとんどが、人型だぞ(・・・・)


「ははっ、マジかよ」


「安心しろ。その辛さも今に終わる」


 抵抗しようとはするが、やはり思うように体が動かない。これではサンドバッグ同然だ。


「…………てよ」


 背後の声に、振り返る。


「あ?」


「信太を離してよ!!」


 莉乃が起き上がり刀で斬りかかるが、敵は空いている方の腕を振り下ろす。鋼を打つような音がした。腕にかかる重さが軽減し、初めて折られたのだと気づく。


「……刀が」


「刃は鈍るものだ。それは物質界のものも、お前らの精神界と融合したものも同一に。そんな半端な覚悟で何が為せる」


 手甲鉤が莉乃の首も捉える。


「た、たすけ……て……」


「やめろ! 莉乃には手を出すなッ!」


 絞り出すような懇願に、虚勢じみた叫び声。

 そんな二人を見て思う事がある。それは、


「嗚呼、なんて憐れなんだろう」


 枯れるほどの同情を顔に流し込むと、哀しそうにも嘲るような表情になる。それはまるで、善悪の分別がつくようになってから、あえて小動物を虐待する時のそれに似ていた。


「助けてぇ……お母さん、お父さん……お姉ちゃん……やだ、死にたくない、やだぁ……!!」


「莉乃を離せ!!」


 一方は自分の保身を、もう一方は他人の命を想っている。

 醜態と美麗さ。

 どちらか一方は、必ず他人を見捨てる。

 これがどちらもだったのなら、目も当てられないほどに醜悪だ。

 どちらかが醜く、どちらかが綺麗である事で、その物事はより引き立つ。

 例えばそれは、人間性であり、命そのものだ。


「離してよぉッ! 殺さないで!!」


「僕は君を、」


 優しく微笑みかけると、必死に懇願する彼女の顔に光が差し込んだ。それを見て、更に笑みが深まった。


「――――殺してあげる」


 すると、彼女の表情は希望を失う。

 弱い者いじめは、これだからやめられない。 そう思い舌なめずりをした。


 震えながら必死に助けを乞う姿が、絶対的な力に次第に屈していく姿が、どうしようもできずにただただ絶望感を味わい弱っていく姿が、死を悟るその姿が、あの死に姿が、すべて、すべて――――


「狂おしい」


 酷く歪んだ笑顔に背筋が凍る。本気だと裏付けるに充分だ。


 死を予感すると、どうしてこんなに恐怖が湧き上がってくるのだろう。莉乃の奥歯は噛み合わずにガタガタと鳴っていた。

 信太は生きる事も放棄せず、死にも抗おうとしていた。


「……んの、イカれ野郎が」


「最後の言葉が罵倒文句だなんて、悲しいものだね」


 ジワジワと首を絞めていく。一周回って気道付近に鋭い爪が埋まっていった。


「や、だ……よぉ」


 ポロポロと大粒の涙を流しながら、父や母、姉を突然亡くしたあの日以前の記憶が走馬灯のように頭の中を駆け抜けた。和やかで平穏な日々だった。


「おと……さ……おかあ、さん、おね……ちゃ……」


 嗚咽が止まらない。


「大丈夫だよ。もうすぐ、あのうるさい三人と会えるから」


「…………え?」


 その言葉に、目を見開く。


「今、なんて……」


「いやぁ、やっぱり家族なんだね。水谷家の人間はどいつもこいつも助けてくれってうるさかったよ。まるで子犬みたいで可愛くって……」


 そして、彼女が最後に見た家族団欒は。


「思わず、手間をかけて斬り刻んじゃった」


「ッ――――ああああああああああああああああああああああああッッッ……!!」


「傑作だったでしょ? 人間の舟盛り。三人分テーブルに飾るの大変だったんだから」


「お前が……おまえが莉乃の家族を……お父さんを、お、かあ、さんを、おね、ちゃんを……っ死ねえェええエエえええあアアアあああッ! …………ああ……はは、ははは、ハハハハハハ……あははははははッ!! ああああアァぁあアアアああァぁぁあアあァアア……!」


 壊れたように泣きじゃくりながら目を剥いて、泣いて、叫んで、叫んでは嗤って、痛みも自分の置かれた状況も忘れ、自身の髪を掻き毟りながら暴れている。彼の腕の中で宙ぶらりんになりながら、正気を失っていった。


「そんなに壊れるくらい、僕特製の人間お刺身を気に入ってくれたの?」


 厭な笑みを浮かべからかう彼を、信太は腹の底から湧き上がる熱い感情をせり上がらせ、悲鳴をあげている体を、どこに残されていたのか最後の力を振り絞る。


「テンメェッ……!」


 今まで動かなかった体が、怒りを原動力に動き出す。首を絞められている腕を、へし折れさえしそうなくらいの握力で握る。


「おっと。まだ動けるんじゃないか」


 しかしそれは文字どおり、更に自分の首を絞めるだけだった。手甲鉤が首へ確かに刺さった感覚がある。


「ガ……ァ……」


 莉乃にも同様、気道を狙って五本の刃を突き立て、仕上げにかかる。

 硬いものを貫くような確かな感覚の後、血が噴き出す音を得て服から顔までに血飛沫を浴び、恍惚の笑みを浮かべた。


「血の匂い」


 ゆっくりと引き抜き、ドサリと二人を地面に投げ捨てた。


「肉を切り裂く感触」


 どれもが彼を高揚させる。

 流れてくる鉄の匂いも、内臓の酸っぱいような匂いも、彼にしてみれば全てがスパイスだった。


「傑作だよ。君達をどうやって調理してあげようか。ビーフシチューなんてどうかな。ホロホロして美味そうだ」


 武器を投げ捨て、懐から手頃なナイフを取り出した。


「さあ、調理調理っ」


 楽しそうに弾んだ声音で呟いたその刹那、背中側に衝撃を感じる。


「あ……れ…………?」


 遅れて銃声が耳に届く。射撃されたのだと気づくのに、胸に手を当てるまでの数秒を費やした。生温かい鮮血がドクドクと鼓動に合わせて溢れ出ている。


「チッ。数センチズレたわ」


 硝煙を上げているライフル銃を空に向け、ビルの屋上のふちに足を乗せる。


「……にしたって、もう死ぬよ。そ、それより信太達を早く治療しないと」


「分かってるけど、誰が医療班連れてこの戦禍くぐり抜けるのよ!」


 時間との勝負なのに、離れたビルからこのどうしようもない状況に愛花と佐久兎は地団駄を踏んでいた。


「信太達をこの場から離脱させられれば……」


「人を背負って抜けられるほど甘くないわ。入っていくのは簡単でも、出るのは敵と対面する事になる」


「じゃあ内部から! ま、まだビルのそばに救急車がある。あそこまでたどり着ければ、救急車両の護衛もついてるみたいだし、信太達がいるのは一番内側の第三包囲網だから医療班へ引き渡しができれば……」


「人員もいない今、そっちを頼るしかないわね……」


『じゃあ、彼らを内部に連れて行くのは誰が担うんスか? みーんなただでさえ自分のとこだけで手一杯だし、死にかけの人間に構ってられないっしょ。それに君ら、最後の砦を守るための援護に回ってきたんでしょ? それをほっぽり出して公私混同の職務放棄はいけないっスねぇ』


 目の前にあるホログラムで見ると、やや前方に声の主の反応がある。従ってそちらを見ると、戦場にもかかわらず真っ白な白衣にくたびれた服、ラフなサンダルを履いている人物がいた。相も変わらずのボサボサの髪が風を受け、その表情はうかがい知れない。


「――それは、俺がやりますよ」


 愛花と佐久兎の上に影を落とし、名乗り出た人物は二人を飛び越えてビルの下に落ちていく。


「右京さん……!」


 二人が名前を呼ぶと、右京は応えた。


「遅れたね。……二人は必ず助けるから、引き続き、援護を頼むよ」


「はい!!」


 元隊長の登場に涙ぐむ。こんなにも心強いものはないと思った。


「ヒュー。かぁ〜っこいいねぇ。……じゃあ僕ちゃんも、手薄なところに助っ人しに行こうかな」


 右京の後を追い、針裏も屋上から飛び降りた。第三包囲網八時方向に新たに二人が加わる。


「二人背負っていけるんスか? 見た感じ、あんまり揺すらない方がいいっスよ」


『こちら葛西! 八時方向のみ結界を拡大し近づけるところまで行きます! 医療班も待機中!』


「助かる。すぐに二人を連れて行きます。針裏さん、少しの間、ここを頼みます」


 無線を受け、右京は二人を背負い立ち上がる。


『葛西隊長! 医療班行かせてください!』


『しかし……標的が多くなってしまうとそれほど人外に狙われやすくなります。今手薄なここへ集中攻撃されては被害が広がってしまうし、安全を保障する事はできなくなります』


『それでも行かせてください! 私達しか霊体は治療できません。見えないんですか! 体から空気に粒子が溶け出している! 一刻を争う状況なんです!』


 本来、医療班は結界の外へ出る事が許されていない。特別な力を使える特性上、希少さを考慮し決められたルールなのだ。これを違反するとなると、処罰の対象になる。

 しかし葛西は、首を縦に振った。


『……分かりました。責任は私が取ります。そして貴方達の護衛に回りますが、ストレッチャーに乗せた後はなるべく早く結界に戻ってくださいね!』


 前方から、葛西を先頭にストレッチャー二台を引いてくる医療班六人が近づいてくる。


「信太君、莉乃ちゃん、もう少しだ。もう少しだから耐えてくれ」


 自身の背で二つの命の火が消えかかっているのを実感しながら、どうか助かってくれと祈る。

 失血量、傷の深さ、特に信太は腹部にも深手を負っている。どちらも、助かれば奇跡だった。


「二人を、どうかよろしくお願いします」


 医療班に渡し、右京は深く頭を下げた。


「はい、必ず助けてみせます」


 ストレッチャーに乗せ、一人はストレッチャーを押し結界内部を目指す。もう一人は応急処置を、最後の一人は手をかざしながら魂の再生を試みていた。稀にいる霊力過多の人しか使えない、自身の霊力を注ぎ込む事で相手の回復を試みる治療法だ。


 制御装置(リミッター)発動時は魂と肉体半々で存在している事から、魂の回復と並行し、制御装置(リミッター)解除後のために肉体の治療も行う。

 どちらかの治療を怠ると、ショック死もありえるのだ。魂を回復させられればあとは一般の救急隊員にも協力してもらえる。いち早く制御装置(リミッター)発動中の肉体を治さなければならなかった。


 結界に戻る直前、葛西が右京と針裏に声をかけた。


「緊急車両がしっかりとここを抜けられるように、全力でサポートします。安心してください」


 右京が手を上げて感謝を示す。任せた、そんな風にも見える。葛西は頷き返し、結界の中に消えていった。


 ――助けに行くなんて大口叩いたのに、何もできなかったな、俺。


 二人の傷ついた姿を思い出し、奥歯を噛みしめる。


「君がいなければあの二人は地べたでのたれ死んで、隊の人員の募集枠空いただろうに。いやぁ、申入局者泣かせだねぇ、右京クンは」


 思考を読んだかのように、針裏が意地の悪い笑みを浮かべた。見透かされているようで苛立たしい。彼に慰められるのだけは、どうも生理的に受け付けられない。


「あーああ。僕ちゃん三体倒してもう疲れちゃったなぁ」


 彼の前には、獣型の人外が倒れている。腕は悪くないようだが、厳しい言葉を投げかける。


「引きこもってたから体が鈍ってるとか、冗談じゃないですからね」


「これでも退魔師の端くれっスよ? 鈍ってはないから期待してちょーだい?」


「減らず口閉じないと、舌噛みますよ」


「確かに、右京クンについて行くにはちとキツイかもなぁ。精鋭だったんだもんね、元は」


「一言余計ですよ。とにかく、最後の砦にいるんだからそれを自覚してくださいよ」


「相変わらず厳しいなぁ。右京クンは」


 針裏が小型ナイフを取り出す。


「ああ、これ当たらないようにね」


 それは、白衣の内側にびっしりと並んでいた。


「針裏さんのコントロール次第でしょう」


「信頼してるっスよ?」


「気持ち悪いです」


「あははっひどーい」


 奇妙な即席の二人組の戦闘が始まった。

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