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エピローグ

 日本庭園のある立派な屋敷の客間で、天は目的の人を待っていた。襖が開くと、使用人に押され車椅子に乗った老婆が現れる。


「これはこれは。随分と可愛いお客様だこと」


「こんにちは。はじめまして、天です」


 ペコリと頭を下げると、老婆は笑顔で手招きをした。軽い足音を鳴らしながら老婆の元へ駆け寄ると、天自ら手を握った。


「よろしくおねがいします」


「まあまあ。小さなおててだわ。ふふ、足音もまるで座敷童子みたい」


 優しい手、穏やかな声、和むような笑顔。その全てがこの老婆から滲み出る慈悲深さを彷彿とさせる。


「さて、右京に頼まれてきたのね? うちに全然顔を見せないんだから、とても忙しいのでしょうね。寂しいけれど、職務を全うするのは大切な事ね。人を救っているんだもの」


 ここは右京の実家、実盛家だ。老婆は右京の祖母にあたる人物である。


「私は美代子(みよこ)。今は実盛家の女当主をしているわ」


 ――あれ、会いにきたのって、たしか、トワさんって名前だったような気がする……。


 天が首を傾げていると、美代子は話を進めた。


「うちの孫と天君は、どういうご関係なのかしら」


「え、えっと……」


 言っていいのか躊躇していると、彼女は察して頷いた。


「大丈夫よ。孫の仕事の事は知っているの。人外対策局さんとも、現在関わりがあるのよ。刀のお稽古をつけに、師範代がたまに出向くの」


 しかし、人外だと明かしたら、どんな反応をされるか判らない。過去に妖刀で大変な事になったと聞いた事もあったので、尚更迷ってしまう。


「貴方、もしかして人間ではないのかしら」


 驚きに固まっていると、美代子は大丈夫よ、と言った。


「右京がね、たまに帰ってきたと思ったら、その度にいい人外もいるんだって言うの。恐ろしさも体験したけれど、その反面、沢山優しい人外のお話も聞かせてもらったわ。天君は、悪さなんてしない子だって見ればわかるもの」


天邪鬼(あまのじゃく)です。右京さんとけいやくをしていて、隊員でもあります」


「あらあら、随分と可愛い天邪鬼さんね。小さいのに立派だわ」


 照れ笑いを浮かべると、およそこの景観には似つかわしくもないハードな音楽が爆音で流れた。すぐにおさまるが、疑問符は浮かんだままだ。


「今の、なあに……?」


 聞かれて美代子が困った顔をすると、代わりに使用人が答える。


「パソコンに繋いでいたヘッドホンの線が、何らかの拍子に抜けてしまったのだと思われます」


「ああそう! へっどほん、だわ!」


「誰か他にいるの……?」


「ええ。右京の従妹に当たる人よ」


「お名前は?」


永環(とわ)。もしかして、永環に会いに来たのかしら?」


「うんっ!」


「そう……でも大変ねぇ。あの子、部屋から出たがらないのよ。こちらから行っても、部屋に人を入れたがらないし……。どうしましょう」


 使用人も困り顔で思案する。


「そうですね……。永環様は右京様の事をとても慕っておられましたから、家からいなくなられてからは元気を無くし、遂に高校時代からはあんな調子になられてしまって」


 要は引きこもりだ。そしておそらく本来は社会人になる年齢なのだろう。引きこもりに加えニートという肩書きが加わった。


「右京様が帰省なされたとなれば、あるいは出てくる可能性がありますが……」


「そうねぇ。右京はいないものねぇ」


 成す術なく頭を悩ませていると、天が手を挙げた。


「天、できるよ!」


 気配を消し、天と使用人の二人で彼女の部屋へ忍び寄る。しかし鶯張りの廊下はその役割を果たし、どうしても音を立てる。使用人が力なく首を振り、小声でその理由を囁く。


「やはり気づかれてしまいます」


「あの……足音、ならしたほうがいいんじゃないんですか?」


「何故です?」


「なんでも! 右京さんみたいに歩って!」






「くそ……くそっ……クソッ!! ったくありえねーだろ……あともう少しでクリアできたのに!」


 長髪を振り乱しながらキーボードを乱暴に叩き、倒れるようにして畳に寝そべる。スルメを怒りに任せ咀嚼しながら、固まったままのパソコン画面を唾棄する。


「このどポンコツが!」


 苛立ちに唸っていると、廊下から一人分の足音が近寄ってきた。気配を殺し動向を伺う。


 ――ここか? それとも奥に用があるのか?


 すると、部屋の目の前で停止した。誰だろうと話しかけられるのを待っていると、信じられない人物の声が聞こえてきた。


「永環、入っていい?」


「え……あ……ウッス」


 咄嗟にそう返してしまったが、自分の姿を思い出し襖に手をかけた従兄を止める。


「ち、ちょっと待って! いろいろとコレはヤヴァイから!」


「コレって?」


「格好とか髪とかさ! す、すすす、スッピンだし!」


「気にしないよ。家でなんて、女の人はスッピンでしょ?」


 お風呂に入ったのは二日前。美容院で髪を切ったのは五年前が最後で、ここ最近は数年単位で伸ばしっぱなしである。クセ毛も酷くボサボサだ。格好は着古したヨレヨレのTシャツにとうに卒業した学校指定の短パンという、およそ好意を抱いてる人に見せていい女子の実情ではない。


「オンナにはいろいろあるの! そっ、それよりどうしたんだし。帰ってくるなんていつぶりなんだし」


「いやぁ、ちょっと用があってね。用意ができたらで良いから、出てきてくれないかな。話があるんだ」


「は、話……?」


 見当もつかずに訝しむ。しかし右京はそのまま去っていってしまった。襖越しじゃだめなのかとも訊けぬ間に去っていく。返事を聞くという配慮のないテキトーな性格は、健在のようだった。


「そこがまた、好き。……はあっ、惚れてまうやろォォオオオ!」


 近くの抱き枕を抱いて床を転がる。しばらくして勢いよく立ち上がり、風呂場へ向かった。


 髪も生乾きのまま、化粧はやはり面倒に思い代わりに比較的新しいTシャツを引っ張り出し、下は外出用のガウチョパンツを履いた。普段と比較すれば、少しはまともに見えるだろう。オタクっ気はないはずだ。一つ息を吐き出し気合いを入れる。


「よしっ!」


 彼が待機しているだろう客間へとスキップしながら向かう。目の前に着き襖に手を伸ばす間、心臓が高鳴った。


 ――こ、この向こうにいる……。


 そう思うと反射的に生唾を呑み込んでしまう。ついに開こうと力を込めると、上から落ちてきた何かに視界を奪われた。


「うぐゅおああ!?」


 頭に捕まっている小さな生物に驚き奇声を発しながら、振り払おうとヘッドバンキングをするがなかなか離れない。やがて聞こえてきた人語にやっと人だと認識し、一旦動作を止めた。


「デカイネズミじゃないのか」


「ち、違う……うっ……よ、よったかも」


「永環もなかなか個性的な振り払い方を試みるわねぇ……。天君は大丈夫かしら」


 美代子が車椅子で近寄ると、天は膝の上にちょこんと乗って口元を押さえた。顔色は悪いが平気だと言い張っている。


「だっ、誰の子供…………ハッ!? まさか兄さんの!?」


「え?」


「誰だ。相手の女は誰!? あたいのウルトラキュートなファースト恋愛の邪魔してきた輩の名はなんダァァアアア!!」


「ひぃっ……!?」


「永環様落ち着いてください。右京様はご結婚なされておりませんし、この方は御子息様でもございません」


「……そうだな。よく見るとどこも似てねぇ」


 興味が無くなり客間へと視線を移すが、中にはこの三人以外見当たらない。


「あれ? 兄さんどこ?」


 永環が問いかけた美代子は笑顔になる。


(かわや)?」


 次に使用人へ質問するが、黙したまま普段通りに瞬きをする。


「ねえ君、和服姿のお兄さん見なかった?」


 もう訊けるのは天しかいないが、彼もまた困ったように笑った。

 意味のわからないこの空間に神経を研ぎ澄ませる。しかし他に人の気配はない。

 代わりに、近くの子供が人じゃない事に気がついた。


「お前……人じゃないな?」


 軽い口調で訊かれ、天は戸惑いながらも首を縦に振った。


「もしかしてだけど、さっきの兄さんの声、お前がやったのか」


 確かめるようにゆっくりと言う。渋々頷いた天を見て永環は愕然とした。


「騙したのかよ!?」


「こうでもしなくちゃ、永環ちゃん出てきてくれないでしょう」


「純情乙女の熱々ハート弄ぶなんて非道いよばっちゃん!」


「何が純情乙女の熱々ハートですか。日の光を浴びれてよかったじゃないの。ずっと真っ暗な部屋の中にいると、精神を病みますよ」


「あたしゃ太陽浴びると灰になるんよ! 外に出て人らしい営みをしろってその方がメンタル病むわ!」


「あら? 背中に受けているのは日光じゃないの? 灰になる体質は改善したようね」


 振り返ると、暗闇にしか慣れていなかった目に強力な光が差し込んできた。


「うぐあああっ目があああああッ!」


 太陽の残像が緑の光として視界に蔓延っている。なんと見づらい事か。太陽はやはり敵だ。背中を日光に焦がされているだけでも具合が悪くなってきた。


「あたいもう寝るよ……」


 一気に興が削がれ活力を失う。しかしそれを天は止めた。


「一緒に来てください。右京さんが、こまってるの」


「……兄さんが?」


 永環の顔つきが突然真剣になる。


「任務中か?」


「天が出てきたあとで、任務についたらしいの。でも、それとはべつなことで、永環さんの能力が必要で、呼びに来たの。来てくれる……?」


「う……」


 縋るような目で見上げてくる天に対し、盛大に溜息を吐き出した。


「これだからガキゃあ嫌いなんだよ。断ったらこっちが悪いみたいじゃねぇか。……まあ兄さんのためなら愚問だけどぉ」


「ありがとう、ございます」


 ぺこりと頭を下げると、クマ耳付きのパーカーのフードが落ちてくる。天が顔を上げると、被った状態になり愛らしい格好になった。短い腕をフードに伸ばす姿も可愛いときて、思わず撫でてしまう。


「人外だとは言え、こんな子供もいるなんてな。……なあ兄さん、あたしを呼ぶって事は――」


 久方ぶりに見た外の景色は、どれも眩しかった。


「あの時の事、許してくれたん?」


 それぞれの過去の罪。それぞれの思惑。

 過去は現在に、現在は未来へ繋がっている。


 再び動き出した灰の月委員会ブールニダアウトメーゼと退魔師達。

 死者と生者の過去の清算戦が、今、ここから始まる。

次回、第5章突入です。

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