94話 高い蟹は本当に美味しいのかな
キャンサーを倒す術はない。今は。
しかし、悪役令息ルックスYには現状を打破する方法がある。それがガチャだ!
なので、ガチャをやりたいのだが……できないでいた。
「ぬほほほ。その戦意溢れるぱっちりおめめ。怪しい。妖しい。幼しい! 麿の勘が囁いています。こやつを放置すれば、きっと後悔することになると。正直、なぜ幼女と戦うことになってるかさっぱり分かりませんが、ここで見逃すと平家千年の栄華が砂上の楼閣のように崩れ去ると!」
「ちっ、あたちは反省して降伏の舞を踊るから、少し攻撃をやめてくれない?」
「そんな好戦的な瞳で降伏とか信じると思っておるのでごじゃるか!」
キャンサーが油断なく間合いを詰めてきて攻撃を繰り出してくるのだ。どうやら空間障壁を展開中は他の魔法は使えないか、使えても威力のある魔法は使えないのだろう。単なる物理攻撃に徹している。
岩山のような鋏が振り下ろされて、時には横薙ぎに、それらの攻撃をフェイントにして、体当たりをしてくる。その息を切らせぬ連続攻撃は幼女がガチャをする隙を与えさせてくれない。
「それにしてもお名前はなんというのです? 麿はなにと戦っている?」
「知らない人に名前教えてはいけないとおとーさまたちからは教えられてるんだけど、教えてあげるよ!」
頭上から振り下ろされる鋏を横ステップで回避しながら、アキはむふんと笑い、名乗ってあげる。
「あたちの名前はカストール・ジェミニ! 星座の力を悪用する者たちを滅ぼすものなり!」
ビシッと告げて、後ろへと大きく下がる。
「うぇぇぇ! なんで俺っちの——」
「このカストール・ジェミニの名を冥途の土産に滅ぶがにょい! 源氏に滅ぼされし、平家のぼーれーよ!」
主人公たるカストールの名前を告げて名声を上げてあげようという良い子の幼女。それはアキ・アスクレピオス! カストールはその行動に喜びの悲鳴を上げて、キャンサーは最後のセリフに注視した。
「源氏と平氏の名を知ってるとは、麿と同じなのか!? これは最優先に殺さなくてはならなくなったでおじゃる!」
余裕のあった先程までと違い、険しい顔となるキャンサー。いや、清盛。恐らくは平清盛だ。だってあからさまに怪しかった。平家蟹と繋がっているんじゃね? 全然笑えないけどさ。
「それはこちらのセリフ。平清盛公、いったい誰に唆されて、この地に来た?」
繰り出される即死の攻撃を、複雑なステップを踏み幻惑し、躱し続けながらアキは尋ねる。
「それを聞いてなんとする? 星の光を集めれば、願いが叶うとだけ教えてやるでおじゃる!」
空間を削り、石床を消失させながら、その顔を狂気へと変えて、なぜこんなことをしたのかだけ清盛は告げてくる。
「そっか。正直に答えてくれるとは思わなかったよ。でも時間稼ぎは充分だ。今だよ、本当のカストールさん。真の星座の力を解放して!」
アキは清盛の後ろへと叫ぶ。
「なにっ!? まさか星座の力を使える者がいるのでごじゃるか?」
慌てて振り向く清盛だけど、もう遅い。倒れ伏したカストールの横にはシャドウマーモットがいて、カストールに囁いていた。その囁きの内容は全て伝え終わっており、カストールは強き意志を瞳に宿して咆哮する。
「わかったっす。俺っちの真の力が! これが俺っちの星座の力どぁぁぁ!」
『ジェミニ』
咆哮すると同時に目を焼くほどに強い光がカストールから生み出される。辺り一帯を照らし、その眩しさに目を眇める清盛。
「くっ、油断したか。いったいなにを——人? 戦士? どこから現れた?」
呻く清盛の瞳に、一人の戦士が映る。意匠の凝った白金の鎧を着込む金髪の戦士だ。剣を腰に下げており、静かな水面のごとき瞳をしていた。
それはカストールでありカストールでなかった。軽薄な笑みは欠片も見えず、背筋はピンと伸ばし、筋肉がはち切れんばかりで、よく鍛えられていた。そこには強者の風格があった。
「ふっ、ついに俺を呼び出したか、本体よ。まさかこんなにも早く覚醒するとは、本体は天才だな」
自我を持つ分身は本体のカストールを褒めながらも、剣を引き抜く。その剣は漆黒の剣身に星の光が散りばめられた幻想的な剣であった。
「人では持てぬ亜空剣ヴォイド。この剣は亜空を切り裂く。終わりだ、キャンサーとやら」
「……そのような力を持つ分身を作り出すとはしくじった!」
涼やかな声で告げる分身に、清盛は悔しそうに歯噛みをする。なぜ幼女が時間稼ぎをしていたのか理解したのだ。
「うひょ~、かっけー。これが俺っち……今までの努力、苦難の経験の結果っすね! ゆけ、真のカストール!」
「ふっ、任せておけ。奴など、この亜空剣ヴォイドで切り裂いてくれよう」
床に突っ伏している本体のカストールが得意満面の表情で真のカストールへと指示を出し、真のカストールが剣を構えるとドテドテと摺り足らしき動きで清盛と対峙する。その剣の構えもスポーツチャンバラを初めてやった子供のように見事なものだ。
「くっ、そんな力を持っていたとは……。だが、その剣に当たらなければ良いだけの話でおじゃる!」
警戒し、清盛はジリジリと真のカストールの周囲を周り、隙を見つけようとする。隙だらけに見えるが、ただ腕を振り回りしていれば勝てた魔法使いは剣を向けられただけでビクリと後退りしていた。
「ふっ、かかってこなければ私から行くぞ! 亜空剣ヴォイドアタック!」
「ひいっ」
薄笑いを見せて、真のカストールが斬りかかる。その一撃は力任せで剣術のセンスゼロの脅威の一撃だ。対する清盛も本来は魔法使いである戦いのセンスを見せて腕を上げて受け止めようとしてしまう。
そうして、蝿でも止まりそうな真のカストールのヒョロヒョロの一撃が清盛の腕に命中し——そのまま透過した。透過したというか、触れた箇所が消えていた。
「?」
「??」
真のカストールがなぜ剣が消えたのかなと首を傾げて、同じく腕を切られたと思っていた清盛も首を傾げて——軽く腕を振るうと、真のカストールは上半身が消失してしまうのだった。残った下半身が霧のように消えて、戦闘終了。
「えぇぇぇぇっ! マーモット先輩騙したんっすか? 俺っちの考えた最強の戦士が具現化されるって言ってたじゃないですか!」
「姿形は具現化してたまきゅよ」
「それって詐欺じゃないっすか! 見た目だけなんて意味がないっすよ」
「詐欺と書いて、幼女という意味になることを覚えた方がいいまきゅね」
哀しげに叫ぶカストールに、ケロリとした顔でシャドウマーモットが応える。そのアホなやりとりを見て唖然としていた清盛だが、ハッと気づき振り向く。
「しまった。これこそが時間稼ぎ!」
「そのとおりだ、清盛。そしてもう準備は終わっているでしゅ」
振り向いた先にいたアキは呼気を整えて拳を構えていた。
充分に時間はとれた。心は落ち着き、波紋一つない水面のようだ。即ち、明鏡止水なり。
これまでの戦いの記憶が蘇る。給料全額つぎ込んだのに、コンプガチャで最後の1ピースだけ出なかった記憶。天井が決められても、結局天井付近まで課金しないと欲しい物がでない記憶。レア以上確定イベントなのに何度やってもレアしか出なかった記憶。排出率を絶対に弄ってるだろと怒りに燃えた戦闘の経験だ。
これまでの戦いの記憶が、アキ・アスクレピオスの覚醒を呼び起こす。
カッとぱっちりお目目を見開くと、アキは小さなお手々を振り上げる。
「この一撃。たった一撃で勝負を決める!」
『ガチャ夢想幼女拳』
絶対の一撃。全てを決める一撃。幼女の力が全て込められた一撃。
『N:魔力弾:使い切り』
練習は終わりだ。そろそろ本気を出そう。
「あたっ!」
『N:魔力弾:使い切り』
野球投手は試合前に練習球を3球までできるんだ。
「えいっ」
『N:魔力弾:使い切り』
よし、肩は暖まった。10連ガチャでも、ワンタップはワンタップだよね。10連ガチャボタンが無いから、手動で押そう。
「あたたててて」
『N:火炎弾:使い切り』
『N:氷結弾:使い切り』
『N:魔力弾:使い切り』
『C:エンチャントマジック:使い切り』
『C:火球:使い切り』
『C:ヒール:使い切り』
『SR:融合魔法:使い切り:他のカードと組み合わせて使う』
『N:魔力弾:使い切り』
『N:魔力弾:使い切り』
『C:プロテクション:使い切り』
『N:毒弾:使い切り』
よし、これで真の力を呼び覚ます生贄は終えた。
『スペシャルオール!』
「おあちゃ~! 出なかったら泣く、ギャン泣きするからね!」
真の力が覚醒し、半泣き状態の幼女はペチリペチリとスペシャルオールを2回押す。左手で一回。右手で一回。片手ずつだから一撃には変わりないもん!
『LR:威力向上:使い切り:次の攻撃を効果時間、射程距離、威力を全て3倍にする』
『GR:反転:使い切り:任意の効果を全て反転できる』
「きたー! これで終わりだ、清盛!」
出現したカードを素早く取ると、アキは清盛へと向ける。清盛はなにが起こったのかは分からないが、それでも幼女が対抗できる術を手に入れたと悟ったのだろう。地面を蹴って空に飛び上がると、武技を使う。
「何を手にしたかはわからぬが、無駄な足掻きでごじゃるよ!」
『キャンサープレス』
空間障壁を使っての一撃だ。幼女がカードを発動させるべく動きを止めているので、回避されることもなく押し潰す。
「勝った! 勝ったでごじゃるよ!」
存在ごと消失させたと、勝利の雄叫びをあげる清盛だが——
「ファントムマスターは最初に命中する攻撃を絶対に回避できる」
「ぬっ! 躱されたでごじゃる!?」
ファントムマスターの能力にて、アキは清盛の頭上へと転移していた。そして、その手には数枚のカードがあり、その力を発動させるべく光り輝く。
『悪逆非道が発動しました』
「全てのカードを融合!」
『C:エンチャントマジック:使い切り』
『C:ヒール:使い切り』
『N:カウンターマジック:使い切り』
『SR:融合魔法:使い切り:他のカードと組み合わせて使う』
『LR:威力向上:使い切り:次の攻撃を効果時間、射程距離、威力を全て3倍にする』
『GR:反転:使い切り:任意の効果を全て反転できる』
『融合及び効果を反転しました』
『生命消失』
清盛の身体が仄かに光り、融合した魔法が付与される。途端に清盛の身体が水分を失ったかのように色褪せて灰色へと変わっていった。
「魔法を防げない!? な、なぜだ?」
驚く清盛にカラクリを告げてやる。
「エンチャントは隙間さえあれば付与できる。そして、この魔法は反転したカウンターマジックにより魔法耐性大幅ダウン。さらに反転したヒールにより、その生命力を削っていく。効果時間も延びたから、清盛の体力を削るのには充分だろ!」
「ぬ、おぉぉぉぉ、こんな、こんなことが、貴様はいったい……話が、話が違うぞ、——よ! 平家を復活させてくれると、うぉぉぉぉ!」
無敵の装甲を持つはずの清盛の蟹の身体が灰色となり内部から崩れていく。悔しげに天に手を伸ばして——その腕すらも崩れ去り、灰の山へと変わっていった。
「清盛、お前の敗因はたった一つ。あたちにたった一回、ガチャを許したことでしゅ」
冷酷なる視線にて灰の山を見て、ぷにぷにほっぺを得意げに膨らませると、アキは息を吐いて髪をかき上げるのであった。
『クエスト:黄道十二星座の一人、キャンサーを殺した。経験点10000取得』




