59話 下水道探検はゲームでは鬼門
緊急放水の行われた下水道は溺死した魔物の死骸がそこかしこに転がっており、動くものはおらずにシンと静寂が支配していた。
「これで3箇所目クリアっと。なにもいなくてよかったよかった」
「と、当然。放水でほとんどは死んだ。緊急放水装置って、あんなに簡単に開けて良いの? 大丈夫?」
ニアの顔は真っ青である。幼女ドワーフが緊急放水装置を使用したことの責任を恐れているらしい。
「大丈夫、大丈夫。聞かれても知らんぷりしてれば良いから」
「やっぱりだめだった!? なんで開けたの!」
「いや、気にしなくても大丈夫だよ、そんなに上は重視しないから。というか、たぶんなかったことにすると思う。自分たちの責任問題になるからね」
「そ、そうなんだ。ディーは物知り」
かなりスッキリとした下水道内をポテポテと歩きながら、チェックポイントに印をつけてアキはニアの問いに笑って答える。本来は大雨とかの時に雨水などが下水道に入り込み溢れ出ないようにするシステムだ。開放すると一気に押し流せるため、役所の許可が必要である。
だが、役所が冒険者の下請けを出している時点で、責任を放棄している。バレたら漏れなく管理職は責任問題となるので、実害はないしなかったことにするだろう。というか、ゲームではそうだった。このルートでの攻略は『王都疫病発生』の被害を大幅に減らすんだよね。減らすのであって根絶はできないのだが。共通ルートは敵が増えたり、弱体化していたりと、後々に影響するクエストが多いんだよ。
通路を歩き続け、周りを見ていくが、動くものはいない。静かな通路にタイチの持つ松明の明かりだけが辺りを照らす。
「それにしても、鼠の死骸だらけ。しかもこれ魔物?」
「うん、魔物だね。『病魔鼠』だよ」
水が引いたあとは、下水道特有の臭い匂いも薄れており、魔物も襲ってこなかったが、溺死した鼠だらけで少し気持ち悪い。これだけ倒せば、病魔鼠を根絶できたように見えるが、どうなんだろ。
(さて、根絶できるかなぁ。ゲームの強制力があるっぽいからなぁ)
暴れん幼女力をゲームの強制力だと思いつつ、アキは二人を連れてしばらく進む。ゲーム通りならば、いるはずだが━━━。
「あれ? ここにいるはずだけど………」
下水道の一番奥、貯水地となっている広場で、アキは訝しげに辺りを見渡す。下水道の大きさがゲームよりも遥かに広いが、大体の場所を推測できたので、敵のボスキャラがいるはずの場所に辿り着いたのだが、誰もいない。濡れた床には複雑な魔法陣が描かれているが、誰もなにもない。
(本来は病魔鼠の王と女王、そしてたくさんの病魔鼠と………貴族派が雇った魔物使いがいるはずなんだけど……死体もないな? ストーリーが始まる前の前段階だから、ボスキャラは待機していなかったのか?)
このストーリーは連鎖クエストだ。『下水道の悪夢』にてばら撒かれた病魔鼠たちによるバイオテロ。『王都疫病発生』の真の目的は独立しようとする貴族派による王権の低下だ。国民を病魔に冒させて、王の失政のせいだと噂を流す。ただそれだけのためのバイオテロなのだ。少しずつ少しずつ王権を弱体化させる手段の一つである。
「ディー、どうやらここにいたようですぜ、あの穴がおかしいです」
「ん? な、ななな」
「大っきい穴?」
気づいたタイチが声を上げて、アキとニアは驚く。柱の陰にちょうど隠れて見えなかった壁が大きく崩れて穴が開いていた。慌てて駆け寄ると、水でびしょ濡れの瓦礫があり、上へと穴は続いている。
「地上へと続く穴を開けていたのか? そんな馬鹿な………」
ゲームではそんな展開はなかった。が、積み重なる瓦礫がゲームの展開とは違うことを示していた。
「くっ、二人とも急いで登りましゅよ! きっとここからたくさんの病魔鼠が出ていったはず!」
(失敗した! まさかゲームの攻略法が逆に追い詰める形になるとは!)
放水で追い詰められた敵は密かに掘っていた穴から外に出たのだ。かなりの数の病魔鼠は溺死していたが、それでもここにいた数だけでも脅威だ。焦ってアキは高速幼女よじよじで瓦礫を登る。
穴はなにかが通過したあとのように掘られており、瓦礫がそこかしこに落ちている。木材や石材、机に本? なんか変だな?
二十メートルも登ると太陽の光が眩しく刺さる。地上に出たのだ。
「きゃー! なにこれ、鼠!」
「こんな大きさの鼠がいるか!」
「魔物だ! 剣をとれ! 魔法で倒すのだ!」
鼠だらけで混乱した人々が遠くで鼠と戦っている。剣や槍で打ち倒し、魔法で対応している。
………どこか見慣れた様子だね?
「こ、ここ、アカデミー! この間、デザートワームが盗賊団と共に襲ってきた! あの穴はきっとデザートワームが通った穴!」
「ナ、ナンダッテー。ソンナコトガアッタンダ」
「オレモオドロイチマッタゼー」
ニアの鬼気迫る叫びに、ドワーフ幼女とヒゲモジャは驚愕を露わにして、空を見上げながらオーマイガーと手を挙げる。そんなことがあったんだ、へー。たしかにアカデミーだ。しかも瓦礫状態の学舎跡だ、ここ。
「きっと前回の襲撃はこの襲撃の事前準備。穴に下水道の通路を繋げるのが目的だった!」
「名探偵ニアだね。凄いね、あたちはその推理力にびっくりして感心してましゅ! ということは盗賊団はテロリストでもあったんだね! にしてもよく知ってるね?」
「入学式の事件は王都に住んでいれば誰でも知ってる!」
なんて狡猾な作戦を敵はしたものだ。うぬぬとちっこい手を握りしめて、敵の頭の良さに舌を巻いてしまうアキ。なればこそ、急いでこのネズミたちを退治していかないとまずい。噛まれたら高確率で病気になるからな!
テテテとアキたちは走り出し、辺りを見渡す。そこかしこで病魔鼠と学生たちが戦闘をしている。どうやら剣術科の訓練にかち合ったのか、全員が武器で武装しており、なんとか戦闘していた。が、全体的に数でも戦力的にも押されている。
「こいつ、手強い! この病魔鼠の群れはまさかの『王都疫病発生』イベントだろ! 仕方ねぇ、このヤタノがお前らを片付けてやるぜ、って、噛むなこら! ゲフッ病気に罹患した……離れろ、こら! このままだと取得されるのが病気耐性スキルになるだろ!」
マヨネーズ王が率先して病魔鼠たちの群れに突撃して、群がられて噛まれていた。このイベントは主人公は絶対にダメージを受けたらダメなんだよ。病気耐性スキルが自動取得されるから、弓矢が良かったのだ。まぁ、病魔鼠のモンスターレベルは1。剣を振るう姿は様になってるし、他の学生たちと共に戦っているから、怪我を負う程度で済むだろうし、金もあるから病気も治せるだろうし放置だ。
なので、鼠を操っている敵を探す。学生たちには雑魚だけど、一般人にとっては危険な敵だ。だが、ゆっくりと探す時間を相手はくれない。病魔鼠たちがアキたちに駆け寄ってくる。
「鼠きた!」
「倒して進むよ!」
鋭い声でニアが注意を促し短剣を構えて、アキも銅の剣を抜く。病魔鼠が5匹、アキたちを餌と見て爛々と赤い目を光らせる。図体は2メートルほど、その毛皮は紫色でドロっとした分泌物が毛皮を濡らして、生理的に気持ち悪い。
「ヒュー!」
「あいよ! ぬぅぅん!」
タイチが一歩先に前に出ると、飛びつく病魔鼠を手斧で頭から押しつけるようにかち割る。続いてアキが二匹目を袈裟斬りに断ち切る。
「す、凄い! ニアも負けてられない!」
二人の様子に感心しながら、三匹目の鼻面をニアが短剣で攻撃して怯ませると、間合いを詰めて二撃、三撃と連撃を入れていく。細かくステップを踏み、体をひねり、軽業師のように軽やかな動きだ。戦いに慣れているのだろう、盗賊レベル1くらいかな?
「せいっ、ていっ」
危なげなく、病魔鼠を倒しながらアキたちは進む。このイベントは最初の共通ルートのクエスト。様々な行動で敵の数や強さが変わり、アプローチの仕方も変わることを教えてくれる。
本来は数万匹の病魔鼠が王都を襲う。防ぐのに成功しても数千匹が徘徊する。だが、放水により見たところ数百匹程度まで減っていた。ゲーム的には新記録だ。現実では敵はたまったものではないだろう。
魔法による爆発、炎や魔法弾が空を飛んでいき、学生たちの剣撃が響き渡る戦場。病魔鼠が駆け回り、倒された鼠の死骸で血なまぐさい。
『雷矢』
『光矢』
奥に進むと、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あなたが元凶なんでしょ! その笛を捨てなさい!」
「明らかに怪しいんです、アカデミーの先生ではないですよね?」
スピカとカストールが杖をかざして、5メートルはある図体の病魔鼠二匹に守られている男へと険しい顔で問い詰めていた。さすがは主人公たち、自然とボスを見つけたらしい。ゲームの強制力かな?
「うるさい、うるさい! まさかこんなことになろうとは思わなかったが、アカデミーが真上にあるとは幸運であった。このまま混乱を巻き起こしてくれる!」
なぜかびしょ濡れのローブ姿の男は破れかぶれになったかのように哄笑すると、フルートを吹き始める。小さな音が鳴り、後ろにいる巨大な病魔鼠たちがのそりと動き始めた。
「このハーメルンの力を思い知れ!」
巨大な病魔鼠は『病魔鼠王』と『病魔鼠女王』だ。モンスターレベルは3。体力多し。噛みつきによる病気付与を持つだけのモンスターだ。実に最初の共通ルートのボスとしてお手頃だ。
ただ、問題が一つあり━━━。
『病魔鼠呼び』
男が笛を吹くと、周辺から他の病魔鼠が集まってくる。このボス戦、1ターンで二匹病魔鼠が追加される。なので、さっさと鼠使いを倒さないと無限湧きになるのだ。
「そこのがくせーさんたち、あたちたちも救援します。あの男の持つ笛は病魔鼠を操り」
「きいしゃぁぁ」
「鼠は駆逐まきゅー! 近寄るなまきゅよ!」
遠くでデザートワームが地中から現れて、地上を破壊していった。ついでに混乱するマモの悲鳴も聞こえてきた。
「あの男の持つ笛は病魔鼠とデザートワームを操るんだ! さっさと倒そう!」
なんて恐ろしい。病魔鼠とデザートワームの重ね技だったのだ。たぶんそう、そうに決まった。ネズミとミミズ、語呂も似てるから間違いない。
「死んでくだしゃい!」
『旋風剣』
「ヒャッハー! 久しぶりに大暴れしてやるぜ」
『ソニックウェーブ』
アキとタイチは迷わずに、ローブの男へと遠距離武技を使う。
「な、お前ら」
鋭利なる風の刃を持つ竜巻と衝撃波が男へと命中し、あっさりと倒す。こいつは笛を吹くだけの雑魚なんだよ。名乗りを上げることすら許さずに倒された男に駆け寄ると、幼女ドワーフはジャンプして、勢いよく落ちた笛を踏みつける。パリンと音がして粉々となるハーメルンの笛。
「これで病魔鼠とデザートワームを操る悪魔の魔道具は壊したよ! もう安心だね!」
「おぉ、あっという間に。二人とも強い」
「え~と、助けてくれてありがとうございます」
「どこから来たんですか?」
証拠隠滅終了。じゃない、敵を倒した姿を見て、ニアたちが感心してくれる。
「ディー、笛の支配が終わったから、病魔鼠たちが逃げ出しましたぜ! あ」
正気に戻った病魔鼠王たちが逃げようとするが、頭上からデザートワームがボディプレスで押し潰す。プチッと潰れてボス戦は終了した。
「マモの花壇を襲う鼠は駆逐まきゅー!」
どこからかマモの混乱した声が聞こえてきて、そしてデザートワームは止まらずに学舎を破壊し訓練場を叩き潰し、魔法塔をへし折っていく。
混乱の中で、デザートワームが炎に包まれる。魔法の炎だ。強力な炎魔法なのだろう、デザートワームは燃えて苦しむと、地面を転がって延焼させていった。前回みたいに周りに被害を出さないように、エナジーボルトを使えばよいのにと思ったけど、使い手は冥土カフェに行ったんだった。
炎魔法が幾つも放たれて、ますます周囲は燃えていく。火力が高いからと、炎魔法偏重の世を問う光景だね。
ここまで来るとアキたちにできることはない。転がってきた焦げ焦げのマーモットをさりげなく拾うと、にこりと微笑む。
「………帰ろっか。下水道の探索は終わったしね」
「そうですな。俺たちは部外者だし」
「う、うん。下水道にはなにもなかったって、報告する」
燃え盛る地獄絵図となったアカデミーを前に、アキたちは帰るのであった。
━━━アキがアカデミーに通い始めて一ヶ月と少し。実質の時間にして数日。
アカデミーは崩壊した。現実の敵は幼女らしい。違った非情らしい。
『クエスト:アカデミーを破壊した。経験点5万取得』
『クエスト:下水道の悪夢の幼女。経験点三千取得』
たぶん、このログは壊れてると思うんだ。表記がとてもおかしいと思うんだ。まるで幼女のせいに見えるよね?




