43話 他人の評価って、自己評価と全然違うよね
宵闇が訪れて、王都は段々とランプや魔道具の明かりが灯り、昼間とは違った明かりが星空のような美しい光景を映し出す。
「王都だけだと思わない、こんな光景が見れるのなんて、ね? とっても綺麗」
「うん、そうだね。こんな光景は地元では見られない。あの無数の光の一つ一つに人がいるんだと思うと不思議」
春の暖かい風を肌で感じつつ、スピカが瞳に映る星空のような家々の明かりを感動しながら眺めていると、後ろでクスリとパートナーのカストールが感慨深い声音で答えてくれる。
試験を終えてスピカとカストールは寮に入っていた。試験は特待生として合格したため、学費無しで入れることが確定している。2人とも魔法を使えるのが功を奏したらしい。魔法使いはどこでも大人気だ。
「明日からは学校生活かぁ〜。大変だろうけど頑張らなきゃ。目指せ貴族復興!」
スピカは空に向かって拳を突き出すと、ムンと気合を入れる。スピカの家は元子爵家だ。しかしながら、以前に寄親のジェミニ伯爵家のいざこざに巻き込まれて家門は滅びた。とは言え、既に50年は経過しており、復興復興とうるさく言うのは、長老たちだが。
魔法使いの才を持つスピカに必要以上に期待をしているのがわかる。その期待に応えたいとも思う。
「スピカはそんなに復興をしようと頑張ってたっけ? 以前はそんなにやる気はなかったでしょ」
「うん、全然家門復興なんてする気はなかったよ。でも、アスクレピオス侯爵家の華麗な復興を目の当たりにしたら、ワンチャン私も……って、思うじゃない? うちの祖父たちも必要以上に奮起しているのはアスクレピオス侯爵家の話を聞いたからよ」
「アスクレピオス侯爵家か………そのせいでうちも伯爵家を復興するんだって気運が凄い。その熱気だけで冬を暖かく暮らしていたくらいに」
「薪のお金を節約できて良かったね」
冗談を口にしつつ、カストールは疲れた顔で椅子に座る。実際、アスクレピオス侯爵家の復興話は鮮烈で爽快だった。騙した寄り子たちが犯した反乱を制し、見事に領地を栄えさせている。その家臣の活躍も詩人がこぞって歌っているし、劇もやっているらしい。
没落貴族たちはその話を聞いて、希望を持ってしまったのだ。その希望は重しとなって、スピカやカストールの肩にズシリと乗っている。
特にカストールは伯爵家の者として、アスクレピオス侯爵家と同じように復興をと、親戚の数だけ重かったため、カストールはその重圧に苛立ち、疲れてしまったのだ。
「正直、伯爵家を復興なんてできるわけない。類稀なる才覚と機会が必要だけど、僕にはそんなものはない」
「………あまり気負わない方が良いと思う。気軽に口だけは復興復興って口にしていれば良いのだよ、カストール君?」
「はぁ、そううまく切り替えられるのはスピカだけ。僕には無理。正直言うと試験に落ちていたほうが良かったもん。それで冒険者になってお金を稼いで自由に暮らすんだ」
「それを両親の前で言えればこんなことにはならなかったのにね?」
希望を口にするカストールに、嘆息交じりにスピカはジト目を送る。
「言えるわけない。そんな勇気ない」
憮然として頬をふくらませるカストールにスピカは苦笑へと変えて、また外を眺める。春になったので、もう夜も寒くない。薄っぺらいな毛布に包まれて、凍死するかもと歯の根をカチカチと震わせる夜も終わりだ。
ふと外を見ながら、昼のことを思い出し悲しげな顔になる。
「そういえば、アスクレピオス侯爵家の息子可哀想だったね」
「うん………噂は正しかった。アスクレピオス侯爵は娘を寵愛し、息子は浜辺の町に放置というのは本当だった。どうも自分のことのようで可哀想」
カストールが暗い顔になる。アキのことを考えて落ち込んでいるのだろう。
スピカたちはアスクレピオス侯爵家の噂をかなり詳しく知っていた。没落した貴族が、しかも侯爵家が復興するなんて、聞いたことがない快挙であり、それ故田舎にて燻っているスピカたちの家は、その噂を集めれば自分たちの家門も復興できる手がかりになるのではと、無駄に張り切っていたのだ。
その中で聞いたのが、アキ・アスクレピオスのことだ。彼はアスクレピオス侯爵家の嫡男であるのに領都に呼ばれることもなく、ひっそりと引きこもっており、両親は娘のアムネジア・アスクレピオスを寵愛しているとの噂だ。アムネジアは天才的な音楽家で、奏でる音はどんな音楽家よりも腕が良いとの噂だった。才覚のある幼い娘と、なにもできない息子では注がれる愛情も違うということだろう。
その噂は果たして本当であった。半信半疑であったのだが、アカデミーの正門前で出会った時に本当だと分かった。
従者の一人もつけないで、たった一人で平民たちと同じ正門から歩きで入る姿。それでも侯爵家であることを示したいのだろう、わざとスピカたちに絡んできて、自分がアスクレピオス侯爵家の子息だと、周りに聞こえるようにアピールしてきたのだ。
でなければ、受験前にナンパをする人間などいない。平民たちは皆この試験に人生をかけているのだ。それにセリフもどもっていたし、わざとらしく胸を見つめるふりをしていたが、顔は赤面しており、まったく嫌な感じはしなかった。
「服装も私たちとほとんど変わらない安い物だったし、受験費用もなかったみたい。勉強もしたことはなかったんじゃないかな。実技に入る前に足切りされるのは本当に試験結果が論外の人だけだもんね」
「うん………受験がこんなに難しいなんてとか、驚いてたから、周りに教える人もいなかったと思われるよ。項垂れてトボトボと帰っていった姿は痛々しかった」
沈痛な面持ちで語るカストールもアキを哀れに思って哀しんでいた。スピカも可哀想すぎて、受験前に出会えていたら、受験対策を一緒にできていたのにと、深くため息をつくのだった。
━━━実際は違う。知力1の幼女は単にコブターンに変身する際に、最初に見た記憶通りにしただけだ。なので服装は安っぽかった。そして服は綺麗で着れればいいだろと、ブランド物を買うのはもったいないと嘯くお洒落度ゼロの言葉を口にするセンスのなさなので、そのことにまったく気づかなかった。
正門で降りたのも、従者をつけなかったのも、情報を集めなかったアキの自業自得である。そして浜辺の町に引きこもって、愛されていない云々はあ~ちゃんが城で幸せに暮らしているので、まったく気にしなかった。両親も娘が目の前にいるのだから、そんな噂を一顧だにしなかったのだ。
勘違いが勘違いを誘い、アキ・アスクレピオスは侯爵家の鼻つまみ者として無能な子豚として周りに認識されることとなっていたのだった。
ならば、本来のストーリーであったならどうだったかというと、噂にも昇らない没落貴族だった。アカデミーの入学金をなんとか両親が工面をして、初めて訪れた王都に興奮し、自分が高位貴族であると自負と、貴族なら平民の恋人も作り放題だと考えてスピカが可愛いからナンパをしたのだ。
まさに小物の悪役令息であった。カストールたちもそのためアキのことを知らず、アスクレピオス侯爵家の情報もないことから、単に暇つぶしに来た侯爵家のボンボンに絡まれたと思い、失礼な奴と殴ったのだ。
没落貴族の侯爵家であったから、その後、カストールは報復を受けなかったし、それ以降もアキを倒しても誰にも文句は言われなかったのである。そうでなくては、アカデミー内で身分の格差は無いといいながらも貴族を優遇するアカデミーで、カストールは退学になっていたか、下手をすれば暗殺されていただろう。
即ち、幼女は頑張って借金を返済してはいけなかったのだ。幼女がパタパタと蝶々のフリをしてしまった結果、ストーリーは大幅に変わっていた。
即ち、だいたい幼女のせいであった。
しかしながら、そんな事はスピカたちは知りようもない。アキが可哀想にと同情するのだった。
「あ~、これ以上考えても仕方ないっ! ねーねーアカデミーを見て回らない?」
だが落ちた人のことをいつまでも同情しても仕方ない。スピカは気を取り直すとニカリと悪戯そうに笑う。
「もう夜になるよ。危なくない?」
「夜のアカデミーは魔道具の明かりとか、防御結界が学園に張られていたりして、その光がとてもきれいなんだって。興味わかないかな?」
「ウ~ン、たしかに興味ある………それじゃ念の為、杖だけはもっていこ」
「カストールは話が分かって、私嬉しい! それじゃ学園の夜の散歩にしゅっぱーつ!」
「おー!」
そうして、寮から出るとスピカたちは夜の学園を散歩するという少し悪いことをしているかのように、ワクワクとした顔で、夜道を進むのであった。
それがストーリー通りの歩みだとは思わずに。
◇
アカデミーはとても広大だ。将来の騎士や文官、魔法使いたちを育成するために、学舎から始まり、訓練所や図書館なども立派な施設がある。
だが、夜になると防御結界が働き、3メートル程度の高さの薄いガラスのような壁で施設は囲まれる。別段城壁のように強固でもないが、剣の数撃なら耐えられるし、その間に魔法の警報が鳴り響き警備員がすっ飛んでくる。
だが、この結界は外から見ると美しく一見の価値はあった。幾何学模様の壁は複雑に彫られた意匠のようで、その表面はツルツルしている。
「うわぁ、みてみて、ほら、ツルツルしてるよ」
「あまり触って壊さないように。壊したら僕たちは入学初日に退学」
「これ、普通に叩いたくらいじゃ壊れないよ。ほら、見かけは硝子っぽいけど、かなり硬くて石みたい。こんな結界が作れるなんて、アカデミーってすごいよねぇ」
はしゃぐスピカに、カストールが注意をするが、元来お転婆娘と呼ばれていたスピカはどこ吹く風だ。スピカは指をつつっと結界に滑らせて、その感触を楽しみ、先に進むので、カストールもため息混じりについていく。
━━━最初に気づいたのはカストールだった。草木が生い茂って、一見すると森にも見える道を散策している途中で足を止めると、鋭い目つきで周りを見渡す。
「おかしい………。ここは学園の内部にならない? もう結界内だと思うんだけど」
「え? 嘘だぁ。気の所為じゃない?」
「ううん、おかしい。草木が生い茂っているから、外に見えるけど、ほらあそこの扉。建物に続く道。ここまで近づけば結界が見えるはず」
「え!? でも………結界はないよ?」
困惑した顔でイマイチ信用していなさそうな顔のスピカとは違い、カストールは微かな剣撃の音に気付く。
「誰かこの先で戦ってる! なにかある、逃げないと!」
「そこは行ってみようでしょ! ほら、ゴーゴー!」
「え!? ちょ、ちょっと危ないんじゃない? あー、もう、少しは言うことを聞いてー!」
こんなときにカストールが冗談を言わないことを知っているスピカは猛然と走り出し、カストールも後を追う。通用門らしき扉を潜り抜けて、先に進むと━━━━。
「う、うぉぉ、な、なんで盗賊がこんなにいるんだよ。俺様の華麗な活躍がゲームオーバーになっちまう!」
マヨネーズ王と呼ばれていた男が悲鳴を上げながら、黒尽くめの男たちと戦っているのであった。




