100話 無機質な敵は気持ち悪い
カプセルの並ぶ広大な空間。高層ビルもすっぽり入りそうなほどに天井は高く、そして街一つが入りそうなほどに広い部屋だ。その広大な空間に大きな穴が開いており、底から黒い粘体がズルズルと這って出てきていた。不思議な光沢の床を這って、次々とカプセルを飲み込んでいく。黒い粘体は子犬のように小さなものから、小山のように巨大なものがいるが、全ての黒い粘体は等しくカプセルを飲み込んでいっていた。
「オォォオォォ」
一見するとスライムに見えた。しかし、その黒い粘体は不気味の一言であった。ぐねぐねと身体を動かして進むその表面には苦悶の表情の人間の顔がいくつも浮き出ており、怨嗟の声をあげている。人がその姿を見たら、あまりのグロテスクな化け物に精神が壊れるだろうおどろおどろしいオーラを醸し出している。
このまま黒い粘体に全ては呑み込まれていくのかとおもいきや、迎え撃つ者たちがいた。
『ゲキタイシマス』
『ゲキタイシマス』
『ゲキタイシマス』
マネキンのような金属製の人形が何体も黒い粘体を迎え撃っていた。つるりとした肌で目も鼻も口もない簡素な人形は腕が砲になっており、腕の太さほどの光線を撃ち続けている。だが、その光線は黒い粘体に命中しても焦げ一つ作ることができずに散っていく。そうして黒い粘体がズルズルと這っていくと、単なる小石のような障害物だとでもいうように次々と呑み込まれていった。
敵に対して、まったく効果を成さない人形たちが次々と呑み込まれ、止めることはできないと思われた。漆黒の津波に全ては呑み込まれていく。そう見えた。
だが、人形の後ろから火線が奔る。途上にあるカプセルを淡雪のように溶かし、よほどのことがないと壊れない床をもドロリと溶かし、黒い粘体に火線は命中する。その温度は炎といっても、数億度の熱量を持っており、黒い粘体を溶かしていく。
「ガルルル」
「ワンワンっ」
「ワオンッ」
火線の元は、犬であった。その数は数百頭。二メートルほどの体の犬達が口を開けて、その口内から火線を吐いていた。その熱量は凄まじく、先ほどの光線にはびくともしなかった黒い粘体も、その熱量には耐えきれず、ぶくぶくと沸騰すると破裂して消滅していく。
自分を害する事ができる敵だと認識したのだろう。黒い粘体はグネグネと体を凝縮させていくと、数万匹の様々な魔物の姿に変形していった。
ゴブリンから始まり、巨人やキマイラ、大蛇からドラゴンまで様々な形をとるが、影のように真っ黒で、単なる虚像にも見えた。が、その姿は伊達ではなかった。
全てのモンスターはオリジナルと同じ力を見せつけてくる。ゴブリンは数に任せての圧殺を。巨人はその怪力にて剛腕を振るい、キマイラは獅子の頭、竜の頭、山羊の頭が同時に使う多重魔法を。そして、ドラゴンは全てを焼き尽くす闇の息吹を。
それぞれが炎を吐く犬たちに攻撃を始め、お互いにぶつかり合う。数は少なくても犬は引くことをせずに、炎でゴブリンの軍団を焼き、巨人は周囲を走り回り翻弄し、キマイラの魔法は発動される前に、果敢に飛びついて噛み付く。モンスターに比べて、あまりにも数は少ないが臆せず戦い続ける犬たち。
そして犬たちの能力も、ゴブリンどころか、巨人やキマイラとやりあえるくらいに高く、数の差をものともせずに、互角に戦闘を繰り広げていく。激戦のさなかで、床は溶け、カプセルは倒れ、お互いの死骸が増えていった。
しかし短時間での戦闘であれば耐えられた犬たちも、次第に数を減らしていく。たとえ魔物10匹を倒しても、一匹犬が死ねば数の差により相対的に戦力差は広がっていった。
段々と犬たちの傷が増えていき、戦況の天秤が黒き魔物たちに傾きそうな時であった。
再度、炎が戦場を襲う。今度は先ほどのようにか細い火線ではない。逆巻く炎で作られた嵐となり黒き魔物を焼いていく。その膨大な炎は床を舐めガラス状に形質化させ、カプセルを溶かし、戦場を覆い尽くそうとしていた黒き魔物たちを殲滅していく。
そして、炎を放った者が後方から姿を現す。ズシンズシンと床を震動させ、燃える魔物を踏み潰し現れたのは三つ首の犬であった。体長十メートルはある巨体で、獰猛なる牙を剥き、口内から炎が漏れ出している。いわゆるケルベロスと呼ばれる地獄の門を守る番犬だ。
ケルベロスの頭の上には幼女が仁王立ちでふんすふんすと鼻息荒く怒っていた。
「あ~ちゃんさんじょー! もんすたーはここにきたらだめ! ここはあ~ちゃんのおうちでしゅ。でていってくだしゃい。わんちゃん!」
『サーベラス』
「わぉーん!」
あ~ちゃんの指示に従い、ケルベロスは炎を吹き、或いは踏み潰し、残りの魔物たちを駆逐していく。
ケルベロスの前には、巨人もキマイラも無力であり、蹂躙が始まった。だが、圧倒的なケルベロスの強さを見ても、制止する声があ~ちゃんにかけられる。
「あ~ちゃん、ここは駄目だよ。この区画はブロックごと放棄しよう!」
うーちゃんであった。戦場から離れた後方におり、タブレットを抱えている。その口元は悔しげに引き締められている。
「むー、だいじょーぶ! あ~ちゃんかてるから! これまでみたいにほーきしないの。おいだすんだもん!」
うーちゃんの言葉に唇を突き出すと、お怒りモードでペチンペチンと地団駄を踏むあ~ちゃん。
「その気持ちは分かる。でも以前とは違い、撃退が徐々にできてるんだ。小物なら星座の人形が。中型もケルベロスとヘルハウンドたちで駆逐できている。でも大型の魔物には敵わないんだ。しかもあれは竜のはずだ。歯が立たない。竜が現れるなんて運が悪かった」
うーちゃんの言う通りであった。小物の魔物も巨人やキマイラたちも倒していたが、魔物たちの王気取りなのか、竜は戦いに加わらずに戦場を見ている。トカゲの顔であるのにその口元の歪みは醜悪に感じられ、人のような邪悪さを見せていた。
「ブロックの切り離し準備はOKだ。さぁ、早く戻っておいで」
手元にあるタブレットを操作しつつうーちゃんは叫ぶが、あ~ちゃんは言うことを聞くつもりはなかった。
「だいじょーぶ! わんちゃん、ドラゴンをたおちて!」
「ワン!」
あらかた敵を倒したケルベロスは一声あげると四肢を踏ん張り、3つの頭は口を広げて口内に燃え盛る炎を生み出していく。ブレスを吹こうとするケルベロスの構えに気づき、ドラゴンも頭を持ち上げると口を開く。
巨体の2頭が睨み合い、お互いに力を溜め終わると、その膨大なエネルギーを解き放つ。
『ヘルブレス』
ケルベロスは3つの口が放つブレスを一つに融合させ、その超高熱のエネルギーは床を一瞬で蒸発させ、空気を炎に変えて、全てを燃やして突き進む。
そのブレスは冥府の犬に相応しいブレスだった。その一撃はドラゴンの放ったブレスとぶつかり合う。
『ドラゴンブレス』
だが、ドラゴンブレスはケルベロスのブレスをあっさりと打ち消し、空中を切り裂き、ケルベロスの上半身を吹き飛ばしてしまうのであった。ケルベロスを倒し、ドラゴンがニヤリと笑う。
「やられた!? あ~ちゃん!」
下半身のみとなったケルベロスが靄のように消えていく中で、焦ったうーちゃんが悲鳴を上げるが━━。
「だいじょーぶ! あ~ちゃんはよけまちた!」
『幻歩』
あ~ちゃんはドラゴンブレスの射線から離れた場所に回避していた。むふーと息を吐くとすぐにドラゴンへと向き直り前傾姿勢で、すてててと駆ける。
漆黒のドラゴンは先ほど倒したケルベロス等とは比べ物にならない蟻のような存在に、フッと小馬鹿にしたように笑うと、腕を持ち上げる。と、持ち上げたと思った次の瞬間にはあ~ちゃんへと振り下ろされていた。
巨体であり、鈍重に見えたドラゴンだが、その動作は鷹が獲物を掴もうとするように速かった。その一撃により幼女はぺしゃんことなり、死んだはずとドラゴンは確信するが、振り下ろした腕の横に幼女が走る姿を目にして、驚きで目を剥く。
「わんちゃんつめー!」
『冥府連殺拳』
あ~ちゃんの腕に、あ~ちゃんの背丈よりも遥かに長い爪が装備されており、その鋭さを示すようにギラリと光ると、空間に光条の軌跡が奔る。
竜鱗のいくつかが切り裂かれて竜鱗が守る肉体が浅く傷つく。痛みよりも驚きで思わず前脚を引き下げて、だがすぐに動揺を打ち消して、ドラゴンは今度は全力の攻撃を繰り出すことにする。
自身の竜鱗を傷つける存在。そのような存在は見た目と違い、強大な敵だと理解したのだ。
『竜爪』
竜の爪に黒き闇のような魔力が集まると、その腕を振るう。今度は残像を残すほどに速く、そして一撃ではなく、敵の回避する隙間を残す事がないようにとの連撃だ。
「わんちゃんのちからをみせたげる!」
『冥府の拳』
対するあ~ちゃんもケルベロスの爪が通じないと感じて、爪を収めると腕を包む籠手へと変化させて、拳を握りしめると対抗するべく拳撃を繰り出す。あ~ちゃんも残像を残して、同じ速さでドラゴンの腕に拳を突きつける。
まるで象の踏み足を蟻が持ち上げるようなものだ。しかし——
ドドドッ
と轟音が響くと、ぶつかりあった攻撃で跳ね飛ばされたのはドラゴンであった。何度繰り出しても、反対に弾き飛ばされて、僅かだが傷つく。
打ち合うごとに衝撃波が発生し床がめくれ上がり、カプセルが粉々となって、死骸が塵と化す。その中であ~ちゃんはむふーと頬を膨らませて楽しそうに拳を振るい、竜は負けじと攻撃を続ける。
だが、戦いは徐々にあ~ちゃんへと傾いていく。段々と竜の前脚は内部に奔る衝撃により砕けていくが、あ~ちゃんは傷一つない。
驚愕のドラゴンがここに至り、不利を打破するために、隙をついて横薙ぎに尻尾を振るう。その質量は腕よりも遥かに大きく威力も高い。腕の攻撃を防いでいる幼女は跳ね飛ばされ致命的なダメージを負うはずであった。
事実、幼女は意表をついたドラゴンテイルに跳ね飛ばされてしまうが━━フッとその姿が消えてしまう。
「ざんねんでちた。あれは『幻分身』でちた〜」
「!?」
頭上からの悪戯が成功したような楽しそうな幼女の声にドラゴンが慌てて顔を持ち上げるが、全ては終わったと理解した。
「かにさんのはさみでしゅ」
『キャンサークラブ』
幼女はその手に巨大な鋏を持っていた。たとえ戦いの世界に身を置かない一般人でもわかる強大な力を持つ大鋏。幼女の後ろには揺らいだ空間に巨蟹がうっすらと見える。
『空間断裂斬刑』
大鋏が閉じると、その刃がドラゴンの首を何の抵抗もなく通過して、災害とも呼ばれる魔物は身体を分断されて死ぬのであった。
「あ~ちゃんのかち〜。あ~ちゃんのちからをみせたげるっていったでしょ」
そうして地に足をつけて、むふーと笑うあ~ちゃんの後ろで、ドラゴンの巨体は地に倒れ伏すのであった。
◇
「凄いよ、あ~ちゃん。ドラゴンを倒したことなんかなかったのに、快挙だ! 力を測るに中級ドラゴンだけど、充分さ。この区画も放棄せずに済んだしね」
「あ~ちゃんがんばりまちた! えっへん」
うーちゃんの興奮する様子にあ~ちゃんも大喜びだ。むふふと微笑むあ~ちゃんだ。
見ると黒きモンスターたちは蒸発するように消えていき、侵入してきた闇の穴も塞がり始めている。
「ドラゴンを含むモンスターウェーブを防げたのは初めてだよ。キャンサーの力も素晴らしい」
うーちゃんはスキップしそうになるほど楽しげにドラゴンのいた場所に近づくと、腰を屈めてなにかを拾い上げる。
「見てくれ、あ~ちゃん。ドラゴンの概念だ。これを使えば、次のイベントガチャは楽しいことになるよ。やっとまともな運営会社になるかも。これまでは雑用品で誤魔化していた弱小ガチャ会社だったからね……」
その手には小さな宝石があった。宝石の内部に流体のようになにかが蠢いている。
「アキちゃんおおよろこびしゅるよ! アキちゃん、ガチャだいしゅきだから。あと、おかちとか、おこめとかでなくなったって、ざんねんそうだったよ」
「そうだね。奇跡の蓋然性を信じて……いや、彼女のガチャ欲を信じよう。それに雑貨もまたガチャに増やすよ」
バンザーイと手を挙げると、あ~ちゃんとうーちゃんは喜び——
「そんじゃおそーじしよーね!」
「あ、はい」
あ~ちゃんの言葉にうーちゃんは少し嫌そうな顔になるのであった。




