小話2ノ段 『命の灯火と水飛沫』
【カスタイド・スパイラルの燃える命】
椎名乃白はスパイシアだった。裏切り者として抹殺され、一度は命を落としたが、魔法少女の契約を結び、カスタイド・スパイラルとして生まれ変わったのであった。
ペッパーズを離反し、魔法少女として戦う事を決めた彼女は、今まで扶養してくれたネロを失った事で本格的に行く当てが無くなってしまった。
「ホントに遠慮しないでいいんだよ? ウチの所は部屋は空いてるから問題ないし、お金も余裕あるから学校にも行けるんだよ?」
「いや、いいんだ。アタイには家族なんて眩しすぎるからね。今更学校に行こうって気もしないし」
乃白はどんな理由であれ、自分の実の家族を傷付けてしまった事を咎めていた。そして家を捨てた以上、今更家族の温かみを感じる事は許される事ではないと思っているのだ。
「けど、どうすんの? お金も住む所も、簡単には見つからないし、手に入らないんだよ?」
「百も承知だよ。独りで生きる以上、明日が厳しい事はアタイも覚悟しているさね」
「……まさか、本当に盗みをやるって言うの?」
「そんなワケないよ。安心しな。大丈夫。学校には通えなくても、アタイはアンタの近くに居るからさ」
そう言って、乃白は深優姫から去っていく。これでいいんだ、と寂しい気持ちを殺しながら、自分に言い聞かせて。
※
「へい、お待ちどうさん!」
「……私の近くに居るって、こういう事なの?」
覇帝嗣慧高校の学食の厨房にて、割烹着姿の乃白がせっせと働いていた。丁度、バイトを募集していたので、応募したら偶然受かったのである。無論、自分が本来義務教育の終了していない歳だという事を隠匿してであるが。
「学校に居る間にスパイシアが出た時はアタイが行くから、深優姫は授業を受けとくといいさ」
「いや、マスクド・シャイニングも居るから、この事は後で考えた方が良いかもしれないね」
椎名さーん! とベテランの中年女性に呼ばれ、乃白は深優姫から離れて仕事に戻っていったのであった。
※
学食のパートメンバーは、各学年の其々の研修の為の遠征で、臨時休業がある事の話題で持ち切りであった。乃白は町に残ってスパイシアと戦おうとしていた深優姫を説得し、その日だけ一人で殿を務める事で彼女を遠征に行かせたのであった。そして、その日に丁度スパイシアが出現。思った通り、マスクド・シャイニングが加勢する事は無かった。
「さて、町の人達への狼藉。アタイが手討ちにしてくれるよ」
「随分と張り切っているわね、ノシロ」
「当たり前だろ? 深優姫やマスクド・シャイニングの分まで働かなきゃいけないからね。ポイントもしっかり稼がないといけないしね」
「……ノシロ。貴方、どうしてそこまで――」
どうしたよいきなり? 突如顔を曇らせ、謝罪するチェリルに対して彼女は戯けた様子で顔を覗き込んだ。使い魔の言いたい事は分かっていたが、一向に口を噤ませているばかりだったので、痺れを切らしたミルフィーが代わりに答える。
「スパイシアのポイントが切れると、ノシロの命は尽きちゃうってのに、どうしてそこまで気丈に振る舞ってられるのー? いつか戦いが終わった時、直ぐにでも死んじゃうんだよ? 不安じゃないのー?」
「そりゃ死ぬのは怖いに決まってるよ。……けどね、怖いからって逃げるのはもう辞めにしたんだよ。アタイ自身の寿命を弄ったツケがどんな形であれ、それを受け入れるだけさ」
――さ、お喋りは其処までだ。彼女はタブレットのQRコードに携帯を通し、魔法少女カスタイド・スパイラルに変身する。そして、マジカル・ナックルをタイガー・クローに変更。両手に鉤爪を装着し、構え、向かって来るスパイシアを刮目した。
「アタイは今この時を戦い抜くのみ。……スパイシアを全て倒すまで死ぬワケにはいかない!!」
彼女は突進し、襲い掛かるスパイシアへ攻撃を振るっていくのであった。
【深優姫と陽輔のデート?】
「町の事はアタイに任せていいからさ、高校の行事を楽しんできなよ。これっきりしかないんだろ?」
そう乃白に説得され、深優姫は予定通りに遊園地への遠足に参加した。夕方までは各自自由行動可能、それぞれの遊具は遊び放題。けれど、どれもこれも高校生が楽しむにはショボい物ばかりであった。
「杏子、蜜希。これやってみる?」
「……まぁ、一回だけなら」
「これ懐かしいね~」
冗談のつもりで言ったのに。何の疑問を抱く事無く、二人がコーヒーカップを模った乗り物に乗るので、深優姫は思わず困惑した。ある程度、人が乗り込み、サークルの入り口を塞ぎ、スタートする。
「それそれそれ~!!」
「ちょっ!? 深優姫!! やめなさい!!」
「め、目が、目が~!!」
乗った事を後悔させてやると言わんばかりに深優姫がハンドルを回し続ける。それに連動して、コーヒーカップも高速回転を始める。回している張本人は平気そうな顔をしているが、二人は回転性の眩暈をモロに食らい、顔を蒼褪めさせていた。
「二人共だらしがないなぁ。こんな子供のヤツで酔うなんてねぇ?」
「このガキ、いつか死なす……!」
「深優姫ちゃん、酷いよぅ~……」
二人は遊具から降りてもふらつきながら次のアトラクションに移動する。被害を食らっていなかった深優姫は調子に乗って、杏子と蜜希を煽り立てていた。
「……じゃあアレに乗ってみる?」
杏子が提案したのは、小規模ながらも、本格的なフリーフォールであった。指差されたマシンを見て、深優姫は少し身震いをした。
「……深優姫ちゃん、もしかして、怖いの?」
「なっ!? んん、んなワケないし!! 怖がらない以外有り得ない!」
「よしじゃあ乗るわよー」
やっぱ待ってぇ!! という叫びも届かず、杏子と蜜希は深優姫の両腕を掴んで列に並んでいく。頑丈にシートベルトと安全バーの準備は完了、いよいよ上昇するのを待つのみ。強がっている事がバレバレな少女は落ち着きが無さそうに周囲を見渡していた。
「……ねぇ、事故ったらどうしよう? 私の所だけ安全バーがすっぽ抜けて、落下したらどうしよう? ねぇ」
「その時はその時、だよ~☆」
「絶対安全って保障ないじゃん! アンタ達何の躊躇いも無く乗るの!? 頭おかしいよ!」
「あーもう、うるさいわね。いいから少し黙ってて」
喧しい彼女を黙らせるべく、ブザー音と共に、機械がレールを辿りながら、塔の天辺目掛けて昇っていく。二人は到って冷静であった。
「友里恵さん!! 友里恵さん!! 友里恵さぁん!! 降ろしてくれ!! 降ろしてくれよぉ!! 私は帰らなくちゃいけないんだ元の世界に!! いやだ、嫌だァ!! 降ろしてくれ!! 降ろしてぇぇぇー!!」
友人に裏切られて、凶悪殺人犯に止めを刺されそうな幸せになりたい男の台詞を口走りながら、深優姫は叫び続ける。深優姫ちゃん煩いよ、といつもは穏やかな蜜希にまで鬱陶しがられる程に、彼女は大袈裟なまでにビビっていた。
天辺まで辿り着き、カウントダウンが始まる。ゼロが聞こえてから、数秒後。ほっと一息吐いたと同時に急降下は始まった。
「ぎゃああああ!!!」
※
「アンタの弱点は知ってるのよ~? 高い所が苦手なんだってねぇ?」
「良い事聞いちゃったかも~!」
「アンタら人間じゃねぇ……」
顔色を悪くし覚束無い足取りの深優姫は、少しトイレに行って落ち着かない気分を鎮めてから次のアトラクションを楽しもうと思っていた。しかし、待っていた筈の杏子の蜜希の姿が見つからない。電話しても繋がらず、ラインを送っても既読にはならず。
完全に迷子になってしまった。どうしよう、と焦って探しに行こうとしていると、自分と同じく携帯電話を眺めて困った顔を浮かべている陽輔の姿を発見した。
「春日君。どうしたの?」
「ああ、衣笠。実はツレとはぐれてしまってな……。携帯も繋がらないし、どうしようかと思ってたところだ」
私と同じだ。深優姫は彼が自分と同じ状況下に置かれたという親近感に安堵した。お互い、離れてしまった。けれど、見つかる気配はない。そこで彼女は一つ案を出した。
「……ねぇ、春日君。その内連絡も入るだろうし、その時まで一緒に回らない? どうせ暇でしょ?」
「俺と? ――まぁ、いいけど」
一人でアトラクションを楽しんでも虚しいだけだし、かといって探し回って時間を潰すのも何となく嫌だと感じた彼女の采配である。陽輔もあっさり快諾し、二人は遊園地を回る事に。
「此処行ってみる? 結構怖いらしいよ?」
「わ、分かった……!」
深優姫達は、子供向けの遊園地にしてはかなり本格的で怖いとされているお化け屋敷の中に入り込んだ。沈んだ空気、不快な送風、微妙に聞こえる呻き声。本格的だなぁ、と彼女が関心している中、男は身を縮ませ、歩幅を小さくしてついて来ていた。
「……春日君、もしかしてお化け苦手とか?」
「……スマン」
「先に言ってくれればいいのに」
「カッコつかねぇだろそれじゃあ」
男の子って意地っ張りなんだね。別に怖い物が一つあってもいいじゃない、と考える深優姫にしてみれば、男子の在り方はイマイチ理解できないものであった。
先に進んでいくと、倒れている死体役の人を発見。どうせ急に起き上って驚かせるネタなんだろうなぁ、と冷めた様子で通り過ぎていくと、思惑通りに跳ね起きて襲い掛かる素振りを見せる。既に構えていた深優姫はあんまり驚いていなかったが、陽輔だけが凄く驚いていて、彼女にしがみ付いてきた。
「そんなにビックリする事無いじゃない」
「いや、急に起き上って来たらビックリするだろ!」
「不意を突いて驚かせるなんて、お化け屋敷では在り来たりなネタだよ?」
身も蓋も無い彼女の言葉に、死体役の人も少し困っていた様子で、懸命に驚かせようとしていた。男女の立ち位置が逆転し、オーバーに驚いてビビる陽輔に、深優姫は一つ一つドッキリのネタばらしを明かして落ち着かせていく、という反応を繰り返していくのであった。
※
「あー楽しかったなぁ。じゃあ次は何処行こうか?」
「じゃあ、アレなんてどうだ?」
そう言って、陽輔はジェットコースターと思わしき看板を指差した。これも一見ショボそうには見えるが、この遊園地にしては面白そうと感じた深優姫は早速男を連れて列に並んでいく。係員に荷物を預け、シートの安全バーを降ろして、後はコースターが動き出すのを待つだけ。
「……ありがとね、春日君。私、春日君が居なかったら、絶対時間を無駄にしてたと思う」
「何言ってるんだ。お互い様だ。俺も衣笠が居なかったら、って思ってるよ」
結構良い奴じゃん。深優姫が改めて陽輔の優しさに感心していると、ブザー音と共にコースターが発進する。徐々に勾配が大きくなり、高い所へ登っていくのが分かる。高所は苦手だが、極端に高くなければ平気なのである。そして天辺に昇り、下へ傾くと一気に加速し降りていく。この吹き飛んでいく疾走感に、二人は叫ぶ。恐怖からではなく、痛快からである。
右へ左へカーブを越え、そして一気に大きく昇り、最後の大きな山場だと呑気に思っていると、何と目の前には透き通ったプールが。嘘ォ!? と深優姫が水に入るという展開を知っている筈も無く、高速で走るコースターは水面に突っ込み、大きな水飛沫を上げ、豪雨に直撃するのであった。
「何でこんなの隠すのかなぁ、もう!」
「まさか水に突っ込むなんて思わなかった……」
先程のジェットコースターでずぶ濡れになった制服のまま二人は後にしていた。歩いていると、陽輔は此方を見ては少し気恥ずかしそうにそっぽ向いてを繰り返していた。その視線を辿ってみると、シャツが水で透けて、見える胸元であった。下着を見られて、此方も少し恥ずかしくなっていたが、深優姫は意地を張って平常心を保った素振りを見せて余裕を示す事にした。
「……春日君って、えっちだね」
「す、スマン……、別に見たいってワケじゃあ……」
顔を赤くして、陽輔は明後日の方向を見て誤魔化していた。初心で可愛いな、とは思ったが、見たくないと捉える事も出来る彼の言葉に少し複雑な気持ちになっていた。やっぱり、自分は女の子っぽくないんだな、と今着けている地味な下着を見て改めて認識した。
「ま、いいけどね。……あ、杏子からライン来てた。――うわっ、めっちゃ来てるし」
「俺も来てるみたいだ。――じゃあ、お互い此処までって事で」
「そうだね、楽しかったよ。――じゃあ、また」
そう言って、深優姫は少し暑い昼下がりに、衣替えでお役御免となった筈の冬のブレザーを羽織り、陽輔と別れたのであった。




