24話 『黒タイツは人類の至宝』
ここは? 心臓を貫かれ、ショックによって意識が途切れた乃白が目が覚めた時に見えたのは、何も無い真っ暗な世界だった。その中で、自分の姿だけが彩られ、其処にポツリと存在していた。
だとしたら、此処は死の世界か。乃白は不思議と落ち着いていた。自分の突然の死は必然だと思っていたし、思った以上にあっさり死んでしまったからであった。後悔する暇も無く。
「アタイが行きつく先は、何処なんだろうかねぇ? 等活? 黒縄? 衆合? 叫喚?」
『まだよ。貴方はまだ死ぬべきでは無いわ』
誰? 声のする方へ振り返ると、其処には奇妙な形をした、動物の様な、何か。喋り方や装飾からして牝二匹だろうか。そいつらが足下に近付いていた。
「アンタ達、何者だい?」
『あたしはチェリル。ヨロシクね』
『私はミルフィーだよー』
「あ、御丁寧にどうも。アタイは――」
『貴方の事は知ってるよ、ノシロ』
どういう意味? 知っているとは言っているものの、自分はこんなヘンテコ生物に会った覚えなんて無い。と言うより、実際に地球上で存在している生物なのだろうか、という疑問が最初に浮かび上がった。
『あのカスタイド・プリンセスが使役している使い魔から連絡があってね、魔法少女の素質が有るかもって言われたからコッチに来たの』
『確かに貴方は素質はあったけど、スパイシアの力が邪魔をして、魔法少女の契約が出来なかったの』
「あ、アタイが魔法少女!?」
乃白は驚いた。死んだ世界で、こんな突拍子な事を言われるとは思いもしなかったからである。これはきっと夢なんだ、そう悲観し、彼女は苦笑を浮かべた。
「……気持ちは有り難いんだけどさ、アタイはもう死んじゃったみたいだし、もう無理だよ」
『だから生まれ変わるのよ。スパイシアじゃない椎名乃白、"カスタイド・スパイラル"に!』
「そんな都合の良い事、出来るワケ無いよ」
『出来るよ。……それとも、カスタイド・プリンセスを見殺しにするの?』
突然、景色がガランと変わる。自分と使い魔二匹は上空に浮いていて、世界を見降ろしていた。
その下で、自分の遺体、そしてスパイシアと戦う、カスタイド・プリンセスとマスクド・シャイニングの姿が。けれど、カスタイド・プリンセスは先程の傷口が響いていて、戦える身体では無かった。マスクド・シャイニングが健闘しているが、苦戦続きであった。
「深優姫!! ……大変だ!! アタイ、行かなくっちゃ!!」
『その前に。説明不足で申し訳ないけれど、魔法少女として蘇るのは過酷な道。死んでいた方がマシかもしれない、戦わなければ生きれない茨の道。……それでも、契約する? あたし達は強制しないわ』
明らかに契約させる気なのだろう。強制しないなんて、良く言うよ、と乃白は若干呆れていた。けれど、乃白の答えは既に決まっていた。
「……アタイはもう、迷ってる暇なんて無い。それにアタイは二回死んだ身だし、いつ死んだってへっちゃらさ。だから、契約するよ」
決まりだね。使い魔は深優姫が持っていた様なタブレットを渡した。そして、手渡し終えると、チェリルは瞬時にスマートフォンの様な端末機器に変身する。
「このマークの所に、アンタを翳せばいいんだね?」
『案外、呑み込みが早いのね』
乃白がタブレットのQRコードをスキャンする。すると、凄まじい光が彼女を包み込んでいくのであった。そして、彼女は変身する。魔法少女、カスタイド・スパイラルに。
※
「ぐわあっ!!」
「フン、他愛ないな。マスクド・シャイニング、カスタイド・プリンセス」
蜂の槍がマスクド・シャイニングを滅多突きにして吹き飛ばす。もう、二人には戦う気力が殆ど残っていなかった。事実上の、敗北。今度こそ、死ぬ。深優姫がそう思った瞬間、乃白の方から凄まじい光が放出される。スパイシアも思わず振り向き、突き刺そうとした槍の手を止めた。
さっきまでの死体と化した乃白の姿は居ない。代わりに、奇抜な格好をした少女が凜とした足取りで向かっていく。白と赤を基調とした、リボンとフリルのタイトなチューブトップは胸を強調し、腹部を露出していた。肘から下を包む真っ赤な手甲、太腿を大幅に露出するホットパンツとデニールの濃い黒タイツは、少女のワイルドさを強調させるものであった。
「貴様……、まさか……!」
「……そう。アタイはもうスパイシアじゃない。生まれ変わった魔法少女、『カスタイド・スパイラル』だ!!」
「……スパイシア、だって!?」
「乃白!!」
「死にぞこない裏切り者が!! 今度こそ息の根を止めてやる!!」
蜂が槍を構えて突撃する。彼女は手に着けていたグローブを、鉤爪に変更。振り落された槍を弾き返し、そのまま切り裂く。よろめいたスパイシアに追討ちを掛けるべく、カスタイド・スパイラルは鉤爪から鞭に変更。勢いよく振り払い、相手を痛めつけていく。
「調子に、乗るなぁッ!!!」
槍を投げ捨て、スパイシアは手首から極太の針を展開する。先端から垂れる奇妙な色をした謎の液体はきっと毒なのだろう。深優姫は注意したが、カスタイド・スパイラルはサムズアップを見せつけ、余裕のポーズを取る。
そのまま、肉弾戦へと持込み、毒針で追い詰めようとする。けれど、彼女はそのまま手首を捻り上げ、そのまま後ろへ回り込むと、瞬時に腰を抱えて後ろへ反り、ブリッジをしながら投げ飛ばした。原爆投げを食らい、脳天を地面に叩き付けられ、でんぐり返しの状態からスパイシアは倒れ込んで動かなくなった。
カスタイド・スパイラルはグローブに戻し、拳に力を込めて腰を捻る。そして一気に、掌から魔法のビームを放出。その光に飲まれたスパイシアは消滅。
「ま、ざっと、こんなもんかね?」
「……乃白?」
「うん? どうしたよ? ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔をしてさ?」
乃白ーーーー!!! カスタイド・プリンセスは勢いよく飛びつき、抱き着いた。流石によろけていたが、カスタイド・スパイラルは彼女を受け止める。
「何泣いてんだい、みっともないね」
「死んだ筈なのに生きてるからだよ!!」
「言ったろ? アタイは生まれ変わったのさ。スパイシアから、魔法少女へ。だから――」
スパイラルはプリンセスの持っていたシザースの刃を撫で、指に切り込みを入れる。その切創部分には真っ赤な血が垂れていた。
「もう、アタイはスパイシアにはなれない。けど、人間で沢山だ。アタイは、戦い続ける。アンタを、皆を守る為に」
泣きじゃくる深優姫をそっと撫で、乃白は魔法少女として、スパイシアを倒す事を誓ったのであった。
※
「……スパイシアから魔法少女に生まれ変わる。……そんな事もあるものなのか。カスタイド・スパイラル、とか言ったな。いくら良い奴に変わったって、お前がスパイシアだった事実は覆る事は無い。いずれ、お前も殺す。スパイシアは、全員俺の敵だ」
マスクド・シャイニングこと、陽輔はカスタイド・スパイラルを遠くの蔭から見ながら、忌々しげに舌打ちをし、そのまま去っていったのであった。




