21話 『ゲームオーバー?』
深優姫こと、カスタイド・プリンセスはスケートを滑らせ、超特急で現場に到着し、難なくスパイシアを撃破する。魔力も温存していて、連戦へのコンディションは万全に備えていた。彼女は現状確認の為、事前に連絡先を交換していた民人の電話番号をタブレットの通話アプリのダイヤルに打ち込んだ。
「――あ、もしもし、樫原さん? そっちはどうなって――」
『カスプリちゃん!? そっちは終わったのかい!? 悪いんだけど、マスクド・シャイニングの援軍に向かってくれないかな!?』
「は、はい、無論そのつもりなんだけど……」
『ごめんよ! ありがとう! じゃあ頼んだよ!』
随分と切羽詰った様子で民人は電話を切った。使い魔の言っていた。嫌な予感が的中してしまったのか。これから現れるであろう、脅威に深優姫は緊張と焦燥に駆られ、思わず汗を零す。取り敢えず、彼女はマジカル・スケートで公園方面へと戻っていく。
※
カスタイド・プリンセスが到着すると、以前二人掛かりでも倒せなかった、蛇のスパイシアがマスクド・シャイニングを追い込んでいた。お互い戦闘を積み、強くなったと思っていたが、やはり強敵であって、太刀打ち出来ずに居たのである。
彼女はスケートで滑りながら、靴底の刃で斬り付けようとする。案の定、余裕綽々で回避されたが、マスクド・シャイニングとの距離を遠ざける為の攻撃であったので、魔法少女の思惑通りに動いてくれた事になる。
「大丈夫?」
「ああ、すまん……」
「アンタ、動けるのなら樫原さんの所へ戻った方がいいよ」
「……ああ、頼んだ、ぞ」
マスクド・シャイニングはよろけながらも、ヒートヘイズへと向かっていき撤退を開始した。スパイシアはそれを目の当たりにしても、妨害しようと動く事は無かった。逃がしてやると言わんばかりの立ち振る舞いに深優姫は思わず苛立った。
「アンタ、わざと逃がしてやったとでも言いたいの?」
「…………」
「だんまりってワケ? マジムカつくったらありゃしないわ」
魔法少女はシザースの二つ刃を、スパイシアは背中の両手剣を手に取り構える。徐々に間合いを詰め、お互いの攻撃領域に侵入したと同時に二人が大きく一歩を踏み出し、それぞれの武器を振る。三本の鈍く光る刃が鎬を削り、火花を散らした。
この剣、オーラ・アームズによって強化されたマジカル・シザースの切れ味を以ってしても、切断出来ない硬度を持っていた。鍔迫り合いの末、スパイシアに力負けしたカスタイド・プリンセスは数メートル程弾き飛ばされ、尻餅をついてしまった。追撃しようと迫ってくる蛇に対して、彼女は瞬時に体勢を整えながらオーラ・アームズの光の刃を二つ飛ばして、迎撃する。
「!!?」
飛ばされた衝撃波を剣で叩き付け、相殺させた隙を突き、カスタイド・プリンセスは一本の刃を投げつけ、動きを止めて避けた所をもう一本の刃で斬り付けようとする。しかし、擦れ擦れの所で攻撃を外してしまい、チャンスを潰してしまった。
地面に突き刺さった刃を抜き取り、魔法少女はマジカル・シザースから、マジカル・ブラストに変更。両肩から発生させる二つの突風で、突進する蛇を制止させる。
「今だッ!!」
彼女は瞬時にマジカル・チェーンソーに変更し、怯んだスパイシアの左肩に袈裟斬りを仕掛けた。上半身ごとぶった切るつもりであったが、今一歩の所で剣で防がれ、肩に深い傷を与える程度にしかならなかった。
蛇が大きな咆哮と共に、チェーンソーを押し上げ、よろけるカスタイド・プリンセスに右薙ぎの一閃を左腹部に斬り付ける。寸での所で身体を捻ったので、重傷は免れたが、深手を負ってしまった。
お互い、切創部分から液が噴出する。スパイシアからは、漆黒の肌を白濁色の血で染め、魔法少女からは、紅い血が垂れていく。
痛い。痛いイタイいたいイタイ痛い痛イいたい。魔法で保護された身だとしても限度はある。普通の人間なら気絶するであろう激痛を初めて経験し、彼女は顔を歪ませながらも堪えて、チェーンソーからステッキに変えて、ありったけの魔力を込めて、仕留めようとしたが、上手く集中できない。それどころか、力が入らない。
彼女の何処か考えている、『もう戦いたくない』という、本来の闘志が衰弱している事に反映したのか、コスチュームが純白の光に包まれ、いつもの制服姿の衣笠深優姫と、動物らしき姿のヴァニラとラメイルの姿に戻ってしまった。
彼女が傷を抑えながら、逃げようとするも、人間時では抑えきれない激痛に足が上手く動かない。このままでは、やられる。その意思とは反して、左肩の傷を抑えているスパイシアは、そのまま背を向け、覚束無い足取りで撤退を開始した。そして姿が完全に消え去ろうとしている際に彼女は確信した。自分は完璧に負けてしまったのだ、と。深優姫はうつ伏せに倒れる。視界も虚ろげに、霞んで行く。
「あはは……、カッコ悪いね、私。マスクド・シャイニングに見栄を切ったってのに、敵に情けを掛けられて、死んじゃうなんて……」
『ミユキ、死んじゃあ駄目だ、君が死んだら誰が僕達の食い扶持を入れるって言うんだい』
「……アンタ達は相変わらず腹立つ事しか言わないんだね……。まぁ、そんなもんか……」
『君らしくもない。いつもなら僕達にパンチなりキックなりが飛んでいた筈だろう。さぁ、早く立ち上がって!』
「……ごめん、もう、そんな元気も、無いみたい……」
『何で謝るんだい! いつもの傲慢不遜で我侭な君は何処に行ったんだい! ミユキ! ミユキ!!』
使い魔二人の声も徐々に小さくなっていき、深優姫はそっと目を閉じた。




