16話 『ようこそ、動物園へ』
昼食を済ませたカスタイド・プリンセスは早速一丁目にある民人の研究所へ向かう。一緒に肩を並べて歩いているマスクド・シャイニングの様に、ゴチャゴチャしていてややこしそうな機具があちらこちらに設置されており、如何にも怪しげな雰囲気を生み出していた。
「よく集まってくれた。君達をここに集合させたのは他でも無い。君達が互いに連係を取り合う為の訓練を行う」
「訓練?」
「そう。チームワークの強化を主に二人の絆を深める為に色々とやってみようと思っている」
「私がコイツとぉ?」
「オレがコイツと?」
思わず台詞が被った。同じ事を考えていたらしい。確かに多少のマスクド・シャイニングへの見解が変わってギスギスした関係は払拭したものの、まだ完全に仲良くなった訳では無い。寧ろ、何処か気に入らない根本的な部分は残ったままである。微妙な関係は続いていくものだと思っていたからこそ、絆を深めるだの仲良くするだのは、考えても見なかった事であった。
「そうだよ。力を合わせて戦えばいいと言ったよね。それでそんな友達にすらなってないってのに実戦で連係なんて取れるワケないだろう?」
「けどそれってどういう事やったりするの?」
「よく聞いてくれたね。それはね……ダンスだ」
はぁ? とマスクド・シャイニング共々思わず気の抜けた声が出てしまった。
「何でよりによってダンス?」
「エヴァン●リオンもダンスの特訓があったでしょ? それだよ」
「ダンスは……苦手だな」
「兎に角習うより慣れよっていう事もあるんだし、ミュージック、スタート!!!」
何処からか民人がラジカセを取り出し、床に置くと再生ボタンを押す。軽快なリズムと、トレンディーな歌が流れ始める。二人が部屋中を包み込む音楽に戸惑っていると、男は力強く手を叩いて注目させた。
「ほら! 早く! スタート!」
言われるがまま、二人は取り敢えずとばかりに踊り始める。しかし、動きは小さく躍動感も無い。お互い、気恥ずかしそうにステップを踏むだけであった。
「何やってるの! そんなんじゃ駄目だよ! ワン、ツー! ワン、ツー!」
「振り付けも教わってないのに出来るワケ無いでしょ!!」
「そうじゃないよ。二人で考えて二人で動きを決めて、二人で息を合わせる事こそが大事なんだよ」
民人が放った無理難題にカスタイド・プリンセスは困り果てていた。それはマスクド・シャイニングも同じ様である。このままでは永久に帰れそうにも無かったので、少しの間だけ打ち合わせをし、渋々動きを合わせて踊ってみた。しかし……。
「違うだろ!! 何遍間違えてんだ!! お前ミスし過ぎなんだよ!!」
「アンタこそ人の事ばっかり言って!! 真面目にやってよ!!」
「オレはこのスーツでやってんだから仕方ないだろ!!」
「言い訳乙!! 私だってこのヒラヒラの着てやってるんだよ!!」
最初こそは遠慮しがちに合わせようとしていたが、次第にお互いが悪い所をズケズケと指摘し合って険悪なムードになり、二人は子供染みた口喧嘩を始めてしまった。
そしてお互い変身したパワーと耐久性をそのままに、全力の取っ組み合いの喧嘩となって、部屋中を暴れ回り始める始末となった。ハァ、と呆れて頭を抱えながら溜息を吐く民人をそっちのけで、暫く喧嘩は続いた。
やっぱりコイツと仲良くなんて、絶対無理!!! 深優姫はこの時間を通して、改めてマスクド・シャイニングへの嫌悪感を確かめさせられたのであった。
※
結局、ダンス特訓は中止となり憎まれ口を叩き合いながら二人は解散した。変身を解除し、衣笠深優姫へと戻った彼女は、まだ彼の事で青筋を立てて苛立っていた。
「全く口を開けばエラソーに! どんなツラしてる奴なのか見てみたいよ!」
「少しは仲良くなってると思ったのに。君達ってどうしてそんな無駄な争いばっかり続けるんだい?」
「仕方ないでしょ!! アイツ、気に入らないんだもん!」
「君は全然変わってないね。向こうも向こうだけど」
ヴァニラは少し呆れた様子で鞄の中で呟いていた。一緒にするな、と言う意味も込めて深優姫は思いっ切り抓り上げて黙らせた。
「あぁ、イライラする!!」
丁度通りかかった行きつけのゲームセンターを見かけた深優姫は、眉間に皺を寄せながら条件反射で入店。そして一直線にやり込んでいる大人気ロボットアニメの対戦ゲームの椅子に座って硬貨を投入した。
このゲームは二対二でチームを分けて戦うゲームであり、見ず知らずの人や知り合いの人と組んだりするシステムである。上から数えた方が早いランクを持つ深優姫は、下から数えた方が早いランクを持った人とのチームになった。
「アンタがこの『大佐』の人かい? ま、『曹長』のアタイだけど頑張るから宜しくねぇ?」
「あ、ど、どうも」
味方は隣の、焼けて浅黒い肌をした活発そうな女子だった。女子らしからぬフランクな態度で話しかけられて、少々人見知りをする深優姫は思わず吃りながら返した。そして対戦相手二人の機体が登場し、戦闘開始した。
結果としては完勝。お互い初対面だというのに何故か息が合い、華麗なチームワークで圧倒していた。
まぁ、私が強過ぎるから当然の結果だね。と深優姫が自惚れていると、隣の味方が凄い嬉しそうな笑顔を浮かべて手を握り始めた。
「すげぇなアンタ!! アタイ、このゲームで一度も勝った事無かったんだよ。アンタの御蔭で一勝出来たよ! あんがとな!」
突然の行為に少し吃驚していたが、ド直球な褒め言葉に思わず深優姫は少し照れ臭そうに謙遜した。
そう言えば、自分も暫くは勝てなくって悔しい思いしてたっけ、と彼女は昔を思い出して味方の少女と重ね合わせた。
「お前ざけんじゃねぇよ!! 曹長の雑魚に負けてんじゃねぇよ!!」
「あぁ!? 大佐のヤツのタゲ取らせてなかったお前が悪いんだろ!?」
向こう側で、怒鳴り声が響く。対戦相手で負けた方のチームの二人が喧嘩を始めてしまったのであった。初心者に負けたのが相当悔しいらしい。見っともないなぁ、と深優姫は呆れていたが、隣の少女は少し落ち込んで俯いていた。
その顔を見て、居ても立っても居られなくなった深優姫は思い切り立ち上がって向こうの筐体に居た二人に近付いて罵倒した。
「アンタらねぇ、恥ずかしくないの? 男のクセに、つまんない言い訳をグチグチグチグチと。負ける事を認めないのがカッコイイと思ってるワケ?」
「あぁ!? 関係ねぇだろ!!」
「はぁーあ、アンタらだって最初は『曹長』のクラスだったってのにちょぉーっと強くなったら『曹長』を馬鹿にするなんて。器が小さい小さい」
「てめぇ!!」
「ま、どの道アンタら程度の雑魚、私一人でも勝てるから意味の無い喧嘩なんて辞めたら? あー、キモイキモイ」
煽りに煽り立てて、そのまま自分の席に戻ろうとすると、完全にキレた二人が深優姫を挟み撃ちにする形で追い詰めていく。ちょっと言い過ぎた、と呑気にそう考えていると胸倉を掴まれながら連行されていく。そして人気の少ない所に放り投げだされてしまった。
カスタイド・プリンセスに変身して、少し驚かせて逃げようか? いや、正体がバレたら厄介だ。割と大柄な男二人に取り囲まれ、危険な状態だと言うのに、深優姫は冷静にどう逃げるかの作戦を練っていると、後ろから跳び蹴りを食らわす少女が。
「ホント情けないねぇ、女の子に言い負かされて手を出すってのかぃ?」
逆上して、その少女に飛び掛かる。しかし、彼女は物怖じせずに合気道の様な動きで投げ飛ばし、殴り掛かって来る方には軽くいなして手首を捻り上げる。関節の可動域を越えるまで男顔負けの女子とは思えない馬鹿力を込め続け、骨が軋み始める。痛みに涙すら浮かべていたが、彼女にとっては関係無かった。
骨の音が鳴る。肘から下が捩れたまま戻らなくなっていた。情けない醜態を晒しつつ、二人は逃亡。結果としては、深優姫は少女に助けられた。
「あ、有難う。……けどやり過ぎなんじゃ?」
「へっ、あんな奴ら、こン位痛い思いしておかなくっちゃあ治らないよ。それに正当防衛って言えばアタイは大体許してくれるしねぇ」
自分よりも小さい背丈の少女なのに、随分と豪胆な物言い。深優姫は思わず笑いそうになっていた。
「……何が可笑しいんだい? やっぱアタイの喋り方、変かな?」
「ううん。寧ろ可愛いよ。ヤモト=サンみたいで」
「矢本さん? アンタの知り合いかい?」
何でも無い。深優姫はチラッと彼女の胸を見る。その胸は豊満であった。そして、自分の胸を見る。その胸は平坦であった。ナムアミダブツ! 深優姫は一人勝手に落ち込んでしまった。
「あ、ヤバい! そろそろ帰んなきゃ! じゃあまたな!」
「あ、ちょっと待って! 助けてくれたんだし、せめて名前くらい聞かせてよ。もし良かったら電話番号も。私は衣笠深優姫」
「あぁ、そうだったねぇ。ゲームの礼もあるしね。アタイは椎名乃白! 悪いけど、携帯電話持って無いんだ! じゃあな深優姫ー! また遊ぼうなー!」
そう言って、乃白は走り出して、一気に豆粒にまで小さくなって消えてしまった。何か、変なヤツ。深優姫は彼女をそう評価したが、嫌悪感は無かった。それよりか、好意を持った。また会って、ゲームとかしたいとか思いながら、すっかり苛立ちが治まった彼女も家の帰路を辿っていくのであった。
※
「しかし、四天王だと言うのに三人だと恰好がつかないでござるな」
「肯定。速やかに新たな人員を補充するべきだと判断する」
「けれど奴は最弱。奴よりも弱い奴など、拙者達の使い走り位しか役に立たないでござる」
「じゃあアンタよりも強かったらアンタが使い走り役になるって事だねぇ」
彼女の声に二人が振り返る。少し機嫌を悪くした男が、眉間に皺を寄せていた。
「何処行ってたのでござるか。集合時間遅れているでござるよ」
「別に良いだろぉ? アタイが何処に居たってさぁ?」
「否定。時間に間に合う範囲で行動範囲もそれに合わせて活動するべきだと考える」
ケッ、煩い奴等だねぇ。少女は鬱陶しそうに二人の間を横切りドカッと座り込む。それと同時に、ネロも現れたので、瞬時に立ち上がって敬礼を送る。
「全員、揃ってるね。そろそろ本気で動かなくっちゃあいけない様だ。詰めが甘かったとはいえ、元四天王の明石君は負けてしまったしね。……君の出番だよ」
椎名君。漆黒のマントから出された人差し指を凝視し、彼女は敬礼し直して、跪いた。深優姫に見せた笑顔とは違う、不敵な微笑みを浮かべて。




