12話 『絶望(警察)がお前のゴール(免停)だ』
巨大スパイシアを撃退し、歓喜に満ち溢れた人々の群を何とか切り抜け、マスクド・シャイニングはようやく落ち着いてスーツを解くタイミングを作れた。普通なら難敵に勝利し、余韻に浸るものだろう。しかし、陽輔は嬉しそうな顔を浮かべてはいない。寧ろ、険しい顔を浮かべていた。煉瓦造りの壁にパンチを一発。しかし、殴られた方はビクともせずに彼の拳だけに痛みが走った。
「……くそっ、何がスパイシアと戦う為だ。何がそれだけの為に戦い続ける、だ」
この偽善野郎。陽輔は自分に対してそう罵った。共闘していたカスタイド・プリンセスは自分の答えを見つけた。それは嘘でも何でも無い、英雄に相応しい台詞と覚悟である。今までの甘ったれな彼女が一皮剥け、成長していたのだ。それが益々マスクド・シャイニングを自嘲させるものとなる。
「陽輔君。御苦労様。今日は難敵だったろう。トレーニングは明日でもいいから今日はゆっくり休みなさい」
いつの間にか、目の前に軽く微笑む民人の姿が。悟られただろうか、と陽輔は慌てていつもと変わらない表情と通る声で返事をした。いつも男の眼は淀んで渇いている。真意や意思は此方から見れなかったが、いつもの愛想笑いの様な笑い声を上げて、背を向けた。
※
毎日欠かさずこなしているマスクド・シャイニングとしての戦闘シミュレーションを終わらせても、陽輔の気分は晴れる事は無かった。大抵の事はいつもなら身体を動かせば忘れて夢中になれるというのに、どうも上手くいかない。どうやら相当らしい、と少年は悩んでいた。
「どうしたんだい陽輔君。あまり気分が良くないみたいだね?」
「樫原さん。……まぁ、そう、ですね」
そんな事無いですよ、と言っても彼が気を遣って黙っている筈が無いので陽輔は不本意ながらに肯定する。気分は悪い方なので嘘は言っていない。
「ふむ、まぁ確かにこれまで戦い続きでストレスも溜まるだろうね。君は高校生なんだしね。よし、じゃあ昨日完成した取って置きを君に先行公開しよう。いわばフラゲならぬフラオープンって奴かな?」
民人は無茶苦茶な造語を口走りながら陽輔を引き連れ、別の部屋へと移動する。一階へ降りて、風通しが良く広い部屋に案内されると、その中央に白い布で覆い被さる何かが。陽輔が注目していると、民人はその反応を待ってましたと言わんばかりに軽い足取りで例の物体に近付くと、勢いよくヴェールを舞い飛ばした。其処には黒のボディーと、剥き出しの巨大エンジンを持つ大型バイクであった。
「見てくれ、僕が開発したマスクド・シャイニング専用の自動二輪『ヒートヘイズ』だ。ZRXを改造して最高時速700km/hまで速度が上がる。勿論、これはスーツに装着しないと身体は壊れるだろうね。君だけのバイクだ」
時速七〇〇キロ毎時とは、音速を超え、更に二倍強のスピードと言う事である。確かに生身剥き出しのままでは危険と言う事は考えてみても分かる事だろう。しかし、陽輔には走る以前の問題が有った。
「あの、俺って原付の免許すら持って無いんですけど」
「知ってる。だから教習所で運転の仕方を習ってない君でも走れる様に改造しているよ。後、これを見せれば大抵許してくれるから。それと装着してなくても身元がばれない様にする為のヘルメット。あ、その時はちゃんと法定速度を守ってね?」
次に差し出されたのは、黒いカードに白い文字で入力された何かのカード。免許証代わりという事だろうが怪しい物に変わりは無い。そして外側からは顔が見える事の出来ない濃い黒色のシールドが備えられたフルフェイスヘルメット。本当に抜かりないな、と陽輔は感心していた。
「これで遠い地域にスパイシアが出現しても楽に出撃出来るし、暇な時はツーリングも楽しめるよ。まさにお値段お買い得で一石二鳥! どうかな?」
通信販売番組の売り子みたいなテンションで民人は陽輔にバイクの鍵を渡した。一応、どういう感じでバイクがタイヤを回らせるのかは大体分かっているが、バイクに跨るのは初めてな上にで無免許運転なので不安は募るばかりである。
次の時に、警告音が研究所内で鳴り響いた。これはいつも聞き飽きる程流れた、スパイシア発生の警告音なのである。女声のアナウンスが発生場所を放送し、標的の数、発生時刻を次々と報告する。
「さぁ、早速僕の自信作を乗ってみてよ」
はい、と陽輔はマスクド・シャイニングに変身。ゆっくりと座席に座り、鍵を回しエンジンを点火させる。ドッドッドッと重いアイドリングの音と振動が、このバイクの高馬力を証明している。
ゆっくりと前方のシャッターが開き、陽射が完全に射し込んできたと同時に、右手に握っていたスロットルを捻る。爆音と共にホイールは急速回転し、地面を擦らせ、そのまま車体は高速で走り出して道路に滑り出していく。
『どうかな? ヒートヘイズのスピードは』
民人が誇らしそうに通信を開いて自慢する。丁度赤信号であったのでスロットルをゆっくりと戻して停止させながら、左耳のボタンを押してマイク機能を起動させた。
「凄い速いです。ロードレースの人達はこんな世界を見ているんですね」
『にしても陽輔君、何律儀に信号を守っているんだい。今は一刻を争うんだし、止まっている場合じゃないだろう?』
「信号は守らないと危ないですよ?」
『パトカーや救急車が許されて君が許されないワケないじゃないか。ホラ、加速して! 誰よりも疾く!』
民人に急かされ、陽輔は止むを得ずにスロットルを回した。青信号に突っ込んでくる横の車のクラクションがけたたましく鳴り響く。やっちゃったよ、と陽輔は罪悪感に苛まれながらも、せめて当たらない様にとジグザグに動いて他の車達を躱しながら車道を猛スピードで駆け抜けていく。
それにしても凄いのはこの風もぶっち切る速度に身体と反応が追い付いている事だ。このスーツの御蔭なのだろう、と陽輔は前方の車を牛蒡抜きにしていると、後ろから心臓が止まりそうになるサイレンが鳴り響いた。サイドミラーで確認してみると、後ろには群青色の制服を身に纏った白バイ隊員が追跡していた。拡声器でマスクド・シャイニングに警告を促した。
「前方の暴走車両、停まりなさい。ナンバープレート1528、停まりなさい」
「樫原さん!! 警察ですよ!? しかもナンバープレートを控えられた!!」
『ふむ、しかし今はそんな奴等の相手をしている場合じゃない事は君も知っているだろう? 僕が責任を取る。今は振り切ろう』
無茶言ってくれる、と陽輔は少し戸惑ったが更にスロットルを捻る。全力でエンジン全開にしたヒートヘイズは車体が勝手に変形していく。すると耳を劈く様な音と共に加速を始める。
メーターの針は二五〇、三〇〇と着々と右へ傾いていき、三五〇と音速を越えた。いつの間にか、白バイのサイレンも掻き消え、あっという間に追跡を振り切ったのであった。
『流石は僕が作っただけあるね。このスピードに目や身体が順応しているだろう?』
「マスクド・シャイニングの御陰なのですか?」
『その通り。スーツに流れるコロナストリームは人間の脳波を活性化させ、脳からの電気信号を速める事が出来る特性を持っている。つまり三割にしか満たない脳の稼働率を増やしているって事さ』
如何せん危ない気もするが、これまで普通に動いている事を考えてみると、自分がこの猛毒に適応している為なのだろう。だからそれ以外の人間がコロナストリームを浴びると脳の動きについて行けず、死ぬという事になるだろう。
超特急で現場に辿り着く。しかし、もう手遅れで透明化した遺体が横たわって置き去りになっていた。それの近くに居た、鳥のようなスパイシアの仕業に違いない。陽輔は、そのままアクセルを全開にし、エキゾーストノイズを轟かせるヒートヘイズで突進を仕掛ける。後ろを向いていたスパイシアが気付いたが、手遅れ。タイヤに激突し、そのまま吹き飛ばされた。
「覚悟しろ!」
バイクから降りたマスクド・シャイニングは蹌踉めく鳥、それも梟に似たスパイシアへ走り出し、蹴りを入れる。そのまま、パンチを連続で浴びせ、最後に回し蹴りを打ち込ませた。
そのまま吹き飛び、近くの土管に衝突。追い討ちを掛けるべく、マスクド・シャイニングが駆けるが、梟はそのまま跳躍。そして腕の部分だった筈の翼で羽ばたいた。
陽輔も負けじと高く跳んで闇雲に拳を振るったが、自由が効く敵に届く筈が無く、カウンターの足蹴りを食らわせ墜落させると、そのまま八の字を描く様にマスクド・シャイニングに連続攻撃を食らわせていくのであった。
「くそっ、こっちの攻撃が届かない」
『陽輔君、君が今巻いているマフラーを使うんだ』
民人の言われるがまま、陽輔は首の白いマフラーを解き、両手で持ってピンと張った。飛んでくる敵に対して、振り落とす様に叩きつけると、その打点から火花を散らす小規模の爆発が。思わぬ攻撃にスパイシアは地面に叩き落されて、悶えていた。
『シャイニング・クロス。スパイシアの皮膚に反応して発火させる防火性の高い特殊な布だよ。これにはコロナストリームが流れていないから、撃破は出来ないけどね』
「何か色々とこの作品が危なくなってきた気がするけど、凄いですね! コレならいける!」
マスクド・シャイニングは再び構え、鞭の様に振り回し、スパイシアの身体へ打ちつけ、それを何度も繰り返し徐々に爆発のダメージを蓄積させていく。
逃げようと背を向け羽ばたこうとした時、陽輔がシャイニング・クロスを足首目掛けて振付けると、意思を持ったかのように巻きつき、梟は地面に無理矢理キスをさせられた。
胴部分に締めなおしていたマフラーをそのまま持ちながら腕時計のボタンを押し、リミッター解除。コロナストリームを放出させながら、勢い良く引っ張り、スパイシアを引き寄せると同時に上段蹴りを一発。そのまま倒れてシャイニング・クロスとは比べ物にならない爆発を起こした。
ふぅ、と一息つくとマスクド・シャイニングは気がつく。何と、透明化していた遺体が勝手に動き始め、青白い炎に包まれていたのであった。生前着ていた服がそのままずり落ち、人型に化ける炎が徐に歩を進めていく。
ハァッ!!! と気合の入った声と同時に蒼炎が掻き消されると、そこには人間でない、独特の肌の色と質感を持った、紛う事なきスパイシアが目の前に立っていたのだ。
「な、何だ、一体、何が……!?」
マスクド・シャイニングが考える間も無く、蛙のスパイシアが襲い掛かる。水掻きを持った両腕で掴み掛かり、口から高水圧の水鉄砲を打ち込まれ、思わずダウンを取ってしまう。そのまま高い跳躍で飛び掛ってきた所を、駆け付けて来たカスタイド・プリンセスの一閃で逆に叩き付けられていた。
「まさか、本当にスパイシアがスパイシアを産むなんてね……!」
「お、おいちょっと待て、スパイシアがスパイシアを産む!?」
「アンタ知らないの!? スパイシアに殺された人間はスパイシアになってしまう時があるんだよ!」
カスタイド・プリンセスのその言葉に心が揺れ動く。あの、違和感はその為だったのか。陽輔が納得している間に、彼女の鋏とステッキであっさりと蛙を消滅させられてしまったのであった。
「……大丈夫? らしくないね。アンタがあんな雑魚に背中を着けるってのは」
「――いや、すまん。少しばかり、油断してしまった。もう大丈夫」
歯切れの悪い返答にカスタイド・プリンセスが調子狂った様に、別にいいって、と謙遜していた。
「それアンタのバイク?」
「まぁな」
「うぐぐ、カッコいい。私もそんなのに乗りたかった……」
そろそろ帰ろうか、とカスタイド・プリンセスが羨ましがるのを尻目にバイクに近付いた途端、サイレン音が再び鳴り始める。さっきの白バイが、今度は複数人率いて追い掛けてきたのだ。ヒートヘイズのエンジンを切ってしまった上に囲まれた以上、もう逃げられなくなってしまった。
「スピード違反及び、警察官現場指示違反だね。君、免許持ってるの?」
締まらないね、切符を切られるヒーローなんて。カスタイド・プリンセスは他人事みたいに呆れた様子で溜息をついた。自覚はある、とマスクド・シャイニングは早速民人から渡されたカードを手にとって見せ付けたのであった。
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