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一見花嫁修業のようだけど何か違う

翌日、蝶子は朝早くから明星に叩き起こされた。


「まずは朝餉の支度。それが終わったら洗濯と昼食の準備。午後は薪割りもしてもらう」


明星は本日の予定を一方的に蝶子に伝えた。

昨日死にかけた人間にはなかなかに酷な内容だったが、蝶子はしぶしぶ従うことにした。


「蝶子。なんだその野菜の切り方は」


明星は少女が皮を剥かずに人参をぶつ切りにするのを見逃さなかった。


「ええと……何か間違ってます?」


実は蝶子は料理があまり得意ではない。

学校の授業である程度は習っていたものの、家ではハルさんが家事の全てをまかなってくれていた。

そのため実際に携わる機会は少なかったのだ。


「これは重症だな……」


明星ははあと大きくため息をつくと、一から料理の指南を始めた。


悪戦苦闘の末できあがった雑炊を食べ終わる頃にはすでにお昼も近くなっていた。

明星から昼餉はもういいから洗濯と薪割りをしろと言われ、蝶子はさっそく洗濯に取りかかった。

慣れない手つきで洗濯板に着物をこすりつける。

冷たい水で手はかじかみ、昨日作った傷にしみた。

(皆きっと心配しているに違いないわ。それに、隼人も蹴り飛ばされて怪我をしているかもしれない)

一人で黙々と作業をしていると、そんな考えが頭をよぎる。

少女はここに長居をするつもりはなかった。

ある程度体力が回復したら、すぐにでもここを出よう、そう考えていた。


その後は休む暇もなく、蝶子は初めての薪割りに挑戦することになった。

明星が薪割りの手本を見せる。

彼女が切り株の上に乗せた薪に向かい、斧をまっすぐ振り下ろすと、薪はきれいに二つに割れた。


「自分の足を傷つけないように斧は真下に振り下ろすこと。力を入れず、斧を振り落とすときの重みで割るんだ」


そう説明されて少女は実際にやってみたが、そもそもなかなか斧が薪に当たらない。

やっとひとつ割るのに十分はかかってしまった。


「頃合いを見て声をかけるから、薪割りを続けて覚えなさい。腰を痛めないよう、休憩しながらでいい」


そういうと明星はその場を離れた。

なぜ、彼女は私にこんなことをさせるのだろう。

蝶子の頭の中でそんな疑問が浮かんでいた。

意地悪なのかとも思ったが、処々で配慮はしてくれる。

大体彼女のような美しい女性が、なぜこんな山奥で一人暮らしているのだろう。

少女はそれも気になったが、そのことを聞くのは躊躇われた。

明星の意図が読めず、蝶子は釈然としないまま作業を続けていた。


一、二時間後にやっと明星から終了の言葉をかけられた頃、蝶子はくたくたになっていた。

おかげでだいぶコツを掴め、一度で薪を割れる確率も上がっていたが。


「お疲れ様。お茶を入れたから中に入って少し休みなさい」


明星のその言葉でやっと一息つける……蝶子はそう思った。

しかし。


「少し休憩したら、狩りに行くぞ。お前にも同行してもらう。その後は解体と調理も教える」


さすがの蝶子もその言葉にはすぐに頷けなかった。

疲労のせいではない。

動物を殺したことがないからだ。

そのためらいを明星は敏感に感じ取ったらしく、続けて口を開いた。


「蝶子。お前は他人が殺した肉は食べても、自分ではやらないというのかい。ずいぶん都合がいいな」


彼女の言っていることは正論だった。

その言葉が蝶子の胸に突き刺さる。


「お前は何をしにここへ来た」


明星が核心をついた質問を投げかけてきた。


「それは……」


蝶子が本当のことを言うか迷っていると、明星は言葉を続けた。


「まさか、遊びでこんな奥地まで来るわけがなかろう。鬼が棲むと言われる、この山に」


蝶子ははっとした。

もしかしたらこの人は、自分がなぜここまで来たのかだいたい察しがついているのかもしれない。

そう思った。


「嫌だったらいつでもここを出て行っていい。だが、一人では生活することすらままならないお前が、丸腰のまま生きぬくことができようか?そして、目的を遂げることはできようか?」


明星の言ったことは全くもってその通りだった。

蝶子は仲間に合流しさえすれば、なんとかなると思っていた。

しかし、見つけるまでどのように山中で生きるか、何も考えていなかった。

そもそもいつも彼らに頼りきりで、自分一人で鬼と戦う術を持っていないことに少女は気付く。

蝶子は全てを明星に打ち明けることを決意した。



***



「なるほどな……やはり有栖川を追ってきたのか」


明星は蝶子の話を聞き、納得した様子で茶をすすった。

室内の机の上には茶の他に謎の練り菓子が添えられている。

蝶子はおそるおそるこれを口にしたが、果物が使われているらしく、甘酸っぱくて癖になる味をしていた。

どうやら明星のお手製らしい。


「あの……あの方とは、お知り合いなんですか?」


蝶子は明星の言い方が気になり、尋ねてみた。


「どうもあいつとは馬が合わなくてな。まあ、いわゆる犬猿の仲というやつだ」


明星は眉間に皺をよせて渋い顔をしてみせた。

確かに気丈な明星と、あのひとは仲良くできなそうだ……と蝶子は思った。


「それより、気になっていることがもう一つあるんですが」


なんだ、と明星が返すのを受けて、蝶子はためらいがちに再び質問した。


「もし違っていたら申し訳ないんですが……明星さんはもしかして、鬼ですか……?」



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