一条時雨という男
四人は再び汽車に乗った。
汽車は更に北上し、外気はかなり冷たく感じた。
車窓から見える景色は山か田畑がほとんどで、ときおり遠くに民家がぽつりぽつりと建っている程度だ。
東京の景色とはずいぶん違うのだな…と蝶子は思った。
蝶子の隣に座る時雨は柔らかな日の光に照らされながら、こくりこくりしている。
そのたびにさらさらとした黒髪が揺れていた。
「時雨殿はいつもこうなの?」
蝶子は蛍に向かって疑問を投げかけてみた。
「うん、そうだね……暇なときは仕事中でも隠れて寝てるね。でも、上も彼が結果を出すからあまり文句は言えないんだ」
と蛍は蝶子に向かって笑ってみせた。
「昨日蝶子ちゃんを早めに見つけられたのも、時雨さんが指揮を執ったからだよ。蝶子ちゃんは知らないだろうけど」
蝶子は時雨が寝ている印象が強かったが、そう聞くと実は優秀な警察官なのかもしれない……と少しだけ考えを改めた。
「でも蛍さんは強かったわ。私驚いたもの。やっぱり日頃の訓練かしら」
蛍はあはは、と笑った。
「褒めてくれてありがとう。ただ、僕でも時雨さんには勝てたことがないんだよ。残念ながらね」
あれだけ強かった蛍の上を行く時雨とは、どれほどなのだろう。
蝶子は興味が湧いたが、聞こうにも本人は夢の中だった。
「僕に警察官になれと言ってくれたのも時雨さんなんだ。僕にとっては恩人であり師でもあるのさ」
蛍はそういうと眩しそうに時雨を見た。
この寝てばかりいる青年のどこにそんなに惹かれるのか、蝶子はわからなかった。
確かに見た目も育ちも申し分ない。
けれど蝶子にとっては本心も見えず、どこか遠くにいるような、そんな気がする人だった。
それを察知したのか蛍はくすり、と微笑む。
「よくわからない、って顔してるね」
蝶子は言い当てられた気恥ずかしさで、思わず頬を染めた。
「え、あ……はい。そんなに顔に出てましたか?」
「うん、ばっちり。まあ時雨さんはちょっと不器用なところがあるからね。いつか、わかってくれる人ができるといいんだけどな……」
(時雨殿が不器用?今までの話だと、なんでも軽くできちゃいそうだけど……)
と蝶子は思ったが、あえて深く追求しなかった。
「時雨殿が蛍さんを誘ったのは、やっぱり蛍さんの才能を見抜いたからじゃないかしら?」
「そうだね、それもあると思うけど」
と一度言葉を切ったあと、蛍は車窓から見える景色をぼんやりと眺めながら話を続けた。
「……僕達は似ていたからかもしれないね」
(似ている……?どこがだろう)
蝶子はまたしても疑問に思ったが、ここまで二人の話を黙って聞いていた隼人が割って入った。
「次が最終目的の駅です。皆さんお忘れ物なきようお願いします」
蝶子は隼人の方を見て言った。
「ああ……やっと着くのね。長かったわ」
少女は急に現実に引き戻された気がしたが、そろそろ汽車の旅にも飽きてきた頃だった。
「残念だが、目的地まではまだまだあるぞ」
いつから起きていたのか、時雨の深い色をした瞳がこちらを見ていた。
「ここからは歩きだ。山中に入れば最悪野宿。それでもいいか、蝶子君」
蝶子の気持ちを試すように、時雨は問いを投げかけた。
弘西山までまだここからだいぶある。
お嬢様育ちの少女が野宿と聞いてひるまなかったわけではない。
ただ、もうあとには引けなかった。
「私の決意は変わりません。ここまで来て成果なしでは帰れませんから」
蝶子ははっきりとそう答えた。




