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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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都にて その三

 ミハイルとオリガは喫茶店に行ってひと休みする。どうやら貴族御用達の店だったようで、店内には客がいない。ミハイルは紅茶と、珍しい異国菓子を注文した。

 紅茶と共に出されたのは、砂糖で固めたスミレ。紅茶を飲んで、一口。


「うわっ、硬ぇ!!」


 優雅な見た目のスミレの砂糖漬けであったが、噛んだら口の中でゴリッという音がした。

 続いて、注文した菓子がやって来る。それは、生地を薄く焼いたものに、リンゴの甘露煮をかけたものであった。端に、アイスクリームが添えてある。


「ガレットでございます。こちら、異国の王女様と共に伝えられたものでして、見た目はブリヌイに似ておりますが、小麦粉ではなくそば粉で作られております」


 ミハイルは思わず、ハッとなる。ガレットは、この国へオリガと共にやって来た菓子のようだ。


「オーリ、これ……」

「ああ」


 オリガの瞳にはなんの感情も浮かんでいない。ただ、相槌を打つばかりであった。


「アイスクリームが溶けるな。早く食べよう」


 ポツリと呟いたミハイルの言葉に、オリガは反応を示す。


「これは、アイスクリームなのか?」

「ああ、そうだが」


 オリガは頬を緩ませ、金のスプーンを手に取る。アイスクリームを掬って嬉しそうに食べていた。どうやら、駅で初めて食べたアイスクリームを大変気に入っていたようだ。


「オーリ、これ、生地とリンゴの甘露煮と、アイスクリーム、一緒に食ったら美味いから試してみろよ」


 オリガはコクコクと頷き、すぐに試みる。カリカリに焼かれた熱い生地と、リンゴの甘露煮、アイスクリームは一体となって、素晴らしい味わいとなる。オリガは幸せそうに食べていた。


「こんな素晴らしいお菓子と共に、私はやって来たのだな」


 誇らしいと呟く。なんとなく、オリガの出生について気まずく思っているミハイルであったが、本人はさほど気にしていないようだった。ミハイルも気にしないことにする。


「そういえばミーシャ、父の手紙にあった謎だが」

「ああ、あれな」


 シャルロッテ王女宛て――養父アンドレイからオリガへ遺された手紙には、謎の言葉が綴られていた。

 ・時計塔の影、九時の方向

 ・宝石商の曲がり角 

 ・女神の涙

 ・噴水の嘆き


「これな」


 時計塔、宝石商、噴水は王都にある。ミハイルは手帳を取り出し、簡単な王都の地図を描くと、それぞれの場所を書き込んでいく。


「女神の涙は、公園の女神像のことだろうなと」


 四カ所書き込むと、それぞれ東西南北に位置していることが判明した。


「これ、なんなんだろう?」

「どうして、このようにわかりにくく書いてくれたのか」


 地図と謎を見ていても、何も思いつかない。よって、二人は実際に見に行くことにした。

 喫茶店を出て、まずは時計塔に向かう。


「馬車があってよかった。ぜってぇ一日じゃ回りきれないから」

「本当に」


 あっという間に、時計塔のある広場に到着する。

 都には広い川が横断しており、広場と公園に挟まれた位置に数々の宮殿と共に時計塔はある。


「ここはかつて、貴族しか来ることができなかったんだ」


 公式行事が行われる宮殿に、皇帝ツァーリの御所、夜会が行われる大宮殿に国内最大の武器庫など。現在は解放され、観光名所のようになっている。

 その敷地内の中心にあるのが、赤くそびえる煉瓦建ての時計塔である。塔の先端にはルビーで作られた赤い星が輝いていた。


「九時を示す方向は、あっちか」

「だな」


 時計の針が指し示す方向は、川しかない。ミハイルは眉間に皺を寄せて、わからないと呟く。


「恐らく、四つの謎は一つに繋がるのだろう」

「じゃあ、他の場所も見に行くか」


 宝石商の曲がり角は見事に何もない。女神像は泣いていないし、噴水も嘆いていない。

 すべて回り切ったあとには、どっぷりと日が落ちていた。宿に向かうことにする。

 辿り着いたのは都の一等地にあり、巨大な水晶のシャンデリアが吊るされた華やかなエントランスホールでは、目がチカチカしてしまう。薄暗い森の生活に慣れていたので、余計に眩しく感じてしまった。

 吹き抜けになっているクラシカルな休憩所ラウンジに、薬師の姿があった。猫背の中年男性と一緒にいる。


「ミーシャさん、オーリ、お待ちしておりました」

「悪い、遅くなった」

「いいえ、今来たところです」


 話があるので、部屋に移動しようと言われた。辿り着いたのは黒と赤で纏めたシックな部屋だった。


「すごいな、ここ。豪華過ぎて落ち着かねえ」

「貴族達が逃げてしまったので、安価で借りられたのですが」


 給仕がやって来て、茶の用意をしてくれる。世話をされて当然といった薬師の堂々たる態度を見ていたら、本当に貴族だったのだなとミハイルは思う。


「それで、そのおっさんは?」

「私の愛弟子です」


 年頃は四十代半ばだろうか。髭面で恰幅が良く、どこか胡散臭い雰囲気があった。


「闇医者をしていたようで、捕まっていたんで、お迎えに行ってきました」

「ローベルト・キーロヴィチ・エルモレンコだ」

「俺はミハイル・イヴァーノヴィチ・リューリク」


 闇医者という言葉が引っかかったが、とりあえず名乗って握手を交わした。


「ローベルトも私と同じく、帝政に不信感を抱き、市民相手に医療活動をしていたそうです」


 医師免許は、一度皇帝の側近に反抗した際に奪われてしまったらしい。よって、闇医者と一部の医療関係者から呼ばれていたようだ。


「彼を針葉樹林タイガの森へと連れて行って、私の跡を継がせようと思いましてね」


 引継ぎをして、引退後はミハイルやオリガと同居することを決意したようだ。


「爺さん、本当か!?」

「ええ」


 ミハイルとオリガは、手と手を握って喜び合った。


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