番外編 ロジオンとニーカ
ニーカが青星の村にやって来たらしい。『キタキツネの会』の会合で発覚する。
「今、ロージャの家で働いているんだよな!」
「う、うん」
サーヴァの言葉に、ロジオンがモジモジしつつ照れた様子で頷く。
ロジオンは最近、『キタキツネの会』に入ったのだ。
ニーカはサーヴァの家に住み、毎日『仕立屋 愛しきヴェローニカ』に働きにやって来る。底抜けに明るい少女は、老若男女問わず、瞬く間に青星の村の人気者になってしまった。
「ロジオン、ニーカはどうだ?」
サーヴァは意地悪そうな表情で問いかける。ミハイルは若者をからかってと溜息を吐いていたが、素直なロジオンはしどろもどろな口調で答えていた。
「あ、うん。よく働いてくれるし、人当たりも良いし、いいと思うよ」
「そうか」
実はここだけの話で、と前置きしてから話を続ける。
「もうすでに、ニーカを嫁にって話がいくつかあってな」
「そ、そんな!!」
ニーカが緑星の村から青星の村にやって来てから一週間ほど。あまりにも早すぎる結婚話にロジオンは焦る。
「今日、ニーカに「ロジオンは良い人ね」って言われて、一番ダメなパターンだって、祖母ちゃんに言われたばかりで」
気の毒に思うような視線が集まる。
ロジオンはサーヴァに聞いた。ニーカはどんな男が好きなのかと。
「あ~、いや~、そうだな~……」
ニーカの好みは王子様のような人。ロジオンとは真逆のタイプだった。
ここで、マカールが話しだす。
「女なんて放っておいても近寄って来るもんだろう? 一緒にいて意識されないのならば、諦めろ」
その言葉を聞いたロジオンは、涙目になり、ベリージュースを一気に呷った。彼は酒が飲めないのだ。
サーヴァはすぐにロジオンを慰める。
「安心しろ、ロージャ。村長はミーシャの嫁にこっぴどく振られていたから、言っていることなんか気にするな」
「なっ!」
「それに、嫁さんの尻に敷かれている哀れな男だよ」
全部本当のことで、言い返す言葉がなく、マカールは酒を一気に呷った。途中で気管に引っかけ、激しく咳き込んでいる。なんだか可哀想になったので、ミハイルは背中を撫でてあげた。
「もう、ダメだ。顔も良くないし、特技があるわけじゃないし、狩猟だってヘタクソ。僕は一生結婚なんてできない……」
「諦めるな、ロジオン」
サーヴァはロジオンの肩を叩く。ぐっと顔を寄せ、真面目な顔で話し始めた。
「お前の近くには、見本にできるいい男がいるだろう」
「え、誰? 村長じゃ……ないし……」
ロジオンはさり気なく酷いことを言う。マカールが中身の入っていない酒を飲もうとしていたので、ミハイルはベリージュースを注いであげた。
「ミーシャだ」
「え、ミーシャ?」
「サーヴァ、何言ってんだよ」
ミハイルはサーヴァのカップにも、ベリージュースを注いでいく。酒の飲みすぎはよくないので、こうして積極的にジュースを飲ませようとしているのだ。
「ミーシャはあの、難攻不落の猛虎オリガを陥落させた男だ。言っておくが、顔が良いから伴侶として選ばれたのではない」
もしも、顔が良いだけならば、マカールや遊牧民のラゥ・ハオと結婚していただろうと言う。
「そ、そっか。そうだ。男は、顔じゃない!」
ロジオンの表情がパッと明るくなる。
魅力が顔しかないと言われたようなマカールは、ベリージュースを一気に飲み干した。ミハイルは、二杯目のベリージュースを注いであげる。
「ミーシャはな、生意気に見えるが、とことん優しい男だ。そういうギャップが、女は好きらしい」
「ほうほう」
恥ずかしい話をしだしたので、止めるように言いたかったが、ロジオンが元気になったので、そのまま喋らせておいた。
それよりも、隣にいるマカールが、「なあ、ミーシャ、俺って顔しかいいところない?」とミハイルに絡みだしたのが面倒だった。
「僕のギャップってなんだろう?」
「そうだな……」
ここで、ミハイルが割って入る。
「ロージャはすげえ力持ちじゃねえか。そういうのを、あいつに見せればいいんじゃね?」
「あ、うん! ありがとう、ミーシャ」
マカールが、「俺のほうがロジオンよりも力持ちだ……」と言い出す。ミハイルは「あんたが青星の村で一番の力持ちだよ」と言っておいた。すると、自尊心が満たされたようで、大人しくなる。
「それから、女を魅了するものが、もう一つある」
「そ、それは!?」
サーヴァはシカ肉の塊が入った革袋を、ミハイルに手渡した。
「料理だ」
「たまに料理をしてやると、女は喜ぶ。愛想のない、うちのかーちゃんですら、だ」
「サーヴァの家の鬼ヨ……おばさんも……?」
「ああ、そうだ」
ミハイルに料理でも習えばいいと、サーヴァは話す。
「ほ、本当に、料理で女が喜ぶのか?」
サーヴァの話に、想定外の人物マカールも食い付いた。
シカ肉を受け取ったミハイルは、ロジオンとマカールに囲まれるという、非常にむさ苦しい状態で料理をすることになった。
まず、鍋に油を敷いて、ニンニクとタマネギ、ビーツ、細切りにしたシカ肉を炒める。途中で、塩胡椒を振った。
「わっ、ミーシャ、これだけで美味しそうだね」
「今からもっと美味くなる」
「楽しみだな~」
マカールはお喋りをせずに、真剣な表情で調理する様子を眺めていた。
材料に火が通ったら、水、香草、トマト、ヒヨコ豆を入れてぐらつかせる。
水分がなくなるまで煮込んだら、『シカ肉とヒヨコ豆の煮物』の完成だ。
「簡単だろ?」
「うん、なんか、作れそう!」
「おい、ミハイル。もう一回、材料と作り方をザックリでいいから教えてくれ」
「あ、僕も知りたい」
こうして、ミハイルはロジオンとマカールに料理を伝授することになった。
◇◇◇
あれから三週間経った。
按摩の仕事をしていると、食材が手に入るので、前ほど『仕立屋 愛しきヴェローニカ』に行かなくなった。
ロジオンは一週間か二週間に一回は遊びにやって来る。毎回、畑の手入れをしたり、物置の整理をしたりなど、作業をしながら近況を語り合うのが、お決まりになっていた。
ミハイルも、ロジオンの家に遊びに行った時は、店の整理や掃除をしながら話をしている。
教えた料理は家族やニーカに好評だったようで、新たなレシピを求めて来たのが十日前。
二人の仲は進展したのか。
気になったので、『仕立屋 愛しきヴェローニカ』に向かうことにした。
愛馬ルゥナに乗って店に向かう。
店の前では、ニーカが箒を握って掃き掃除をしているところだった。
「よう、ニーカ」
「わっ、ミハイルさん。久しぶりね」
家族と離れて暮らすことになったニーカであったが、緑星の村で見かけたままの元気な少女だった。
店の扉を開き、店内にいるロジオンにミハイルが来たことを大声で告げる。
「あんた、相変わらず元気だな」
「取り柄だから!」
ここで、ミハイルはニーカに探りを入れる。
「結婚相手探しはどうだ?」
「う~ん、微妙かな~。サーヴァ叔父さんは、誰からも結婚の申し出がないって言うし」
「ふうん。大変だな」
サーヴァは『キタキツネの会』の会合で、ニーカと結婚したいという申し出が来ていると言っていた。
あれは、ロジオンに発破をかけるための嘘だったのか。どちらが本当なのか、わからない。
ミハイルはさらに問いかけた。
「いいなって思う相手はいないのか?」
「王子様はいないかな~」
「こんな田舎にいるわけねえよ」
「だよね~」
でもと、ニーカは付け加える。
「ここの村の男の人は優しいね」
重たい荷物を運んでくれたり、店番について教えてくれたり、料理を作ってくれたり。
ニーカが語る優しい男の人とは、すべてロジオンのことのようだった。
これは脈ありかと思ったが――。
「これで、王子様みたいだったら、最高だったのになあ」
「ニーカ、どうしたの?」
「きゃっ!」
突然店からロジオンが顔を出したので、ニーカは驚く。
「なんでもねえよ」
ミハイルはそう言って、店内に入ろうとしたが、馬が走って来ていることに気付いた。
「ん、誰だ?」
小柄な栗毛の馬だった。ここで、ニーカがハッとなる。
「弟の馬だわ!」
言葉の通り、ニーカの弟がやって来た。
その表情は強張っていて、切羽詰まった状況であることがわかった。
「姉さん!」
「キシュ、どうしたの?」
「父さんと兄さんが!!」
ニーカの父と二十になる兄が、野菜を出荷するために馬車で移動していたところ、車輪が壊れ、事故を起こしてしまったらしい。二人共、足と腰に怪我を負い、一ヶ月ほど安静にしていなければならない。
「え、やだ、今が一番忙しいのに……」
大黒柱が怪我を負い、ニーカの家は大変な騒動となっている。
どうすればいいのか。ニーカは肩を震わせている。
そこに、ロジオンが話しかけた。
「ニーカ、僕が手伝いに行こう」
「え?」
「二人分、働くから!」
力持ちなんだと、ロジオンは言う。
「い、いいの?」
「あ、ちょっと待って、祖母ちゃんと母さんに聞いてからだけど」
「う、うん」
ロジオンは店に戻る。五分後、大丈夫だという返事を貰って帰って来た。
「一ヶ月くらいなら、大丈夫だって。ニーカ、行こう」
急いで容態を確認したいだろうからと、ミハイルはロジオンとニーカに馬を貸してやることにした。
「ごめん、ミーシャ。明日、返しに来るから」
「まあ、無理すんな」
「ありがとう」
ニーカを乗せ、馬に跨るロジオンは、姫君の窮地に馳せ参じる白馬の王子様のようだった。
案外、上手くいきそうな気がする。
二人の様子を見たミハイルは、そんなことを考えていた。




