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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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32/85

じっくり煮込んだロールキャベツ

 帰ろうとしていた男衆に、ミハイルは声をかける。


「なあ、腹減っただろう?」


 朝から仕込んでいた料理を食べていかないかと提案する。わざわざ来てくれた『キタキツネの会』の組合員へのささやかな礼であった。


「なんだ、ミーシャ。お前が作ったみたいな物言いだな」

「そうだが、悪いか?」


 オリガは朝食後、狩猟に出かける。そうすると、ミハイルは当たり前のように家事を担当するしかない。


「そうか、そうだよなあ」

「いやはや、立派だ」

「頑張っているんだな」


 主夫をするミハイルを、男衆は褒めたたえた。それから、相伴にあずかるとも。

 オリガの許可は得ているので、家の中へと案内した。


 ドカドカと、村の男衆がオリガとミハイルの家に足を踏み入れる。

 居間は棚に飾っていた皿などが割れたせいで、いささか殺風景な部屋になっていた。

 そこで待っておくように言い、台所へと向かう。

 まず、今朝焼いた大きな丸パンを調理台に置き、切りわけていく。それを三つ分、籠に入れ、塩と共に居間に持って行った。

 これは『丸いパンフレープ・と塩ソーリ』、客を歓迎する印だ。

 男衆は空腹だったようで、次々とパンを手に取り、塩を振って食べる。


 このパンは白星の村で売っているパンを模して作ったもの。

 表面に入った十字の切込みや、焼き色など、ミハイルは完璧に模倣した。

 しかし――。


「ん、このパン、美味いな」

「いつものパンだろ? あ、本当だ」

「まさか。そんなわけ――う、美味い!」


 口々にパンを絶賛する反応を見て、聞いて、額に汗がじわりと浮かんだ。

 ミハイルはすぐに踵を返し、台所へ逃げようとしたが、居間から出て行く前に質問責めにされてしまう。


「おい、ミーシャ、このパンは、白星の村のどこのパン屋だ?」

「こんな美味いパン、初めてだ。店を教えてくれ」

「頼む」


 ミハイルは顔を引き締め、ゆっくりと振り返る。

 そして、質問に答えた。


「いや、パンはオリガが買ったものだから、よく知らねえ。腹が減っているから、そう思うだけだろう」


 空腹は最高の香辛料である。

 以前、薬師の言っていた言葉を、そのまま伝えた。


「なるほどなあ」

「そういや、朝から働きっぱなしだったもんな」

「腹が減るわけだ」


 納得してくれたようで、心から安堵する。

 それにしてもと、ミハイルは額の汗を拭いながら思う。パンの味に違いがあったことなど、知らなかった。以前食べた白星の村のパンは、普通に美味しいと思っていた。

 本当に、空腹だったために余計に美味しく思った可能性もある。

 しかし、用心は必要だと思った。


 台所で、朝作った料理を温める。

 本日は挽肉状にしたイノシシ肉とタマネギを練ったものを、キャベツで包んだトマトの煮込みスープ『ガルプツィ』を作った。

 拳くらいの大きさの挽き肉のキャベツ包みを、皿に三つずつ装う。

 パンも追加で切った。

 他に、ビーツの甘酢漬け、赤と黒のイクラ、キノコの塩漬け、イワシのオイル漬けなどもテーブルに並べる。


 食卓に並んだ料理を見て、男衆は目を丸くしていた。


「これ、本当にミーシャが作ったのか?」


 頷くと、さらに驚かれる。


「うちの母ちゃんの料理より、美味そうだ」

「確かに」

「うちは、食べてみないとわからん」

「いいから食えよ」


 その一言をきっかけに、皆、食前の祈りを捧げる。

 森の神に感謝をしたあと、ベルトのナイフを引き抜いて、食事を始める。


 じっくり煮込んだイノシシ肉のキャベツ包みは、ナイフに力を入れずとも、さっと刃が沈んでいく。

 スープが中までしみ込んでおり、肉汁が溢れていた。

 一口大に切りわけて、食べる。


「美味い!」

「なんだこれは!」

「こんなの、初めてだ!」


 ただただ、大絶賛である。

 キャベツはしっかり煮ているのでやわらかく、口の中でとろける。

 中の具は噛むと肉の旨みと、野菜の甘さが合わさって、極上の味わいとなった。


「この肉は、なんでこんなにジューシーなんだ?」

「家で食べるのは、いつもモソモソしているというか」

「イノシシ肉とは思えん」


 今回、肉に背脂を加えた。普通の料理には使わないが、イノシシ肉はじっくり煮込むと味わいが淡泊になり、食感も悪くなるので使ったのだ。


「なんでそんなことを知っているんだ」

「すげえ」

「プロ主夫だ」


 安い肉しか買えなかった都暮らし時代に、肉屋の主人から聞いた話であったが、ミハイルは黙ってパンを食べ進める。


 あっという間に、お皿は空になった。


「ミーシャ、美味かった」

「生意気ミハイルの特技が料理だなんて、驚いたなあ」

「思わず息子の嫁に来ないかと聞きそうになったくらいだ」

「誰が嫁だ!」


 皆、ガハハと楽しそうにしていたが、ミハイルは笑いごとではなかった。


 満腹になった『キタキツネの会』の男衆を見送る。

 手料理は好評でひと安心。

 部屋の修繕費について考えたら、頭が痛くなったが、深く考えないことにした。


 そして、入れ替わりになるように、オリガが帰って来る。


「おかえり、オリガ」

「たたいま、ミーシャ」


 オリガが無事に帰って来たので、ミハイルはホッとする。昨日みたいなことは、二度とあってはならない。

 日々のふるまいに気をつけなければと、改めて思った。


 昼食の支度をする。

 ミハイルは食べたので、オリガの分だけ。

 スープにチーズを載せ、かまどで焼いたものを出す。

 これもまた、オリガは美味しいと絶賛してくれた。


「木は、退けてもらったんだな」

「ああ」


 ここで、『キタキツネの会』の男衆に助けてもらった旨を説明する。

 それから、自分もそこの一員になったことも伝えた。


 活動は昨日みたいな村人に被害が及ぶ災害が起きた際に、『仕立屋 愛しきヴェローニカ』に集合し、助けを求める声があったら現場に同行し、手助けをする。

 それから、月に一度、組合員は集まって近況を報告し合うという名目の飲み会を行う。

 サーヴァ曰く、こちらの活動のほうが多いとのこと。


「自分だけ助けてもらうわけにもいかないからな」

「そうだな」


 ミハイルの話を聞きながら、オリガは目を伏せる。

 少し、落ち込んでいるように見えた。


「どうした?」

「いや、ミーシャはきちんと近所付き合いができているのに、私はできなくて、ふがいないなと」


 村にも、婦人会は存在する。オリガは過去に誘われたこともあったが、忙しいことを理由に断っていた。


「別に、気にすることねえよ。そういうのは、得意なほうがすればいい」


 ミハイルはパン屋での接客経験があるので、そこまで人見知りはしない。

 もちろん、人と話すのは得意ではないが、苦ではなかった。


 それに、オリガは人付き合いのアレコレを父親より習っていなかった。

 なぜ、彼女の父親は、いずれ嫁にやろうとしていた娘に交流の仕方を教えなかったのか。謎である。


 オリガはその辺にいる女性とは、一線を画していた。


 孤高で美しく、気高い。

 貴族の娘とも違う。

 例えるならば――王族。それも、女王のような気高さがあった。


 一度、ミハイルは夜会に参加をした時に、異国の女王を見たことがある。

 厳粛で、昂然と立ち、堂々とした姿は近寄りがたく、紛うことなき王者の風格があった。


 オリガには、その人物に似た性質を感じていた。

 父親が、そうなるように育てたのだろう。


 薬師が何か知っているかもしれない。

 話すかどうかわからないが、問い詰めてみようと思った。


 ミハイルは敢えて、別の話題を振った。


「そういえば、今日、マカール・イサーコヴィチ――村長に会った」


 村長の名を出すと、オリガの表情が険しくなる。


「ミーシャ、何か言われなかったか?」

「や、別に。っていうか、俺が喧嘩を売ってしまった」


 冷静に、低い声で何があったのかと訊ねられる。


「オリガから貰った外套を触られそうになったから、拒否したんだ。それで、怒らせた」


 一触即発の雰囲気になったが、付き合いのあったサーヴァが相手に割って入り、事なきを得た。

 危なかったと振り返る。

 オリガはアイスブルーの目を細め、淡々とした声色で問い詰めた。


「村長には気を付けておくように言っていただろう」

「でも、トラの外套に触れてほしくなくて」


 大切な物だからと、消え入りそうな声で言う。

 ミハイルの言葉を聞いたオリガは、目を伏せ、頬を赤らめる。

 険しい表情は、一瞬にして消えてなくなった。


「できれば、揉め事は、避けてくれると、嬉しい」

「わかった。次からは気を付ける」


 夫婦は新たに誓い合った。


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