バビロニア遠征
紀元前731年、アッシリア王ティグラト・ピレセル3世は、バビロニア王国の属州からの要請に応える形で、クーデターによって即位した第9王朝ナブー・ムキン・ゼリ討伐に出撃した。
「バニトゥさん、貴女がバビロニアの情報を集め、属州の総督との関係を持っていたから、王は大義名分をもって出撃する事が出来ましたよ。
王に代わってお礼させて下さい」
赤子をあやすバニトゥの元を訪れ、ヤバは礼を述べた。
「そんな、義母様にそう言って貰えるなんて感激ですわ。
それよりも、聞きましたよ。
義父様はバビロニアの王を目指されるとか?」
「そうです。
だから今度の出撃は、征服の征旅ではないのです。
誤ったバビロニアの王を廃し、正統な王が立つ為の戦いなのです」
「『バビロニアを傷つける者は必ず滅びる』というアッシリアの畏れ……。
それを『バビロニアを正しい形にする』戦いに位置付けるとは、流石義母様です」
「バニトゥさんが集めていた情報が正確だったからですよ。
都市に住む伝統的なバビロニア人は、彼等の伝統さえ守ってくれるならカルデア人よりもアッシリアを選ぶ。
カルデア人は反アッシリアでは一致するも、基本的には自部族第一で、自分たちが攻められない限りは、援軍を出したりはしない。
王はこれを踏まえて動きました」
「私が知りたいのは、義母様のなさった事です。
やったんですよね?
義母様がこの情報を見て、手をこまねいているとは思えませんもん」
「まあ、裏でコソコソとね……」
「何をやったんですか?
私には教えて下さいよ」
「いやあ、大した事はしていませんよ。
ただ噂を流しただけです。
『アッシリア王はバビロニアを攻め滅ぼす気はない、滅びるのが怖いらしい』
『今味方をすれば、祭祀は守られるらしい』
『攻撃して来なければ、寛大に振舞うらしい』
とね」
「十分効果がありますね。
で、それだけですか?」
「嫌だわぁ、バニトゥさん鋭いんだから。
ちょっとね、都市の方に外交使節団を送りましてね。
『何故バビロニア人は、カルデア人なんかの為に、我々アッシリアと敵対するのか?』
って市民の前で演説させたんですよ」
「うわあ、露骨ですねえ」
「でも、これは煙幕です。
注目がそっちに行っている間に、バビロン市の長老たちに書状を届けたんです。
市民権や免税特権を保証するっていう、ね」
「分断工作ですね、分かります。
私の大好きな策ですわ」
「悪い人ですね、おほほほほ」
「うふふふふ」
なお、アッシリアの工作については「ニムルド文書」と呼ばれる粘土板記録に残されていた。
アッシリアは力押しではなく、各勢力の分断工作を盛んに行っていた事が分かっている。
下準備を整え、大義名分も得てからティグラト・ピレセル3世はバビロニアに押し寄せる。
一連の政治工作は、ナブー・ムキン・ゼリの恐怖政治もあって、成功してはいない。
だが、
「これは、やったという事実があれば良いのです」
と布石である事をヤバは主張している。
いずれ役に立つ、と。
ナブー・ムキン・ゼリは、押し寄せるアッシリア軍を前に、バビロン市を放棄する事を決める。
カルデア人の一部族長が王位を奪って、それ程時間が経っていない。
都市住民はアッシリア人よりも、むしろ自分たちを嫌っている。
ここで戦っても、いつ後ろから撃たれるか分かったものではない。
ナブー・ムキン・ゼリは、出身部族であるビト・アムカーニの本拠地に撤退した。
「アッシリアは、この地では自慢の戦車戦力を活かせない。
奴等を泥濘に沈めてやるのだ!」
ナブー・ムキン・ゼリはそう嘯いていた。
ビト・アムカーニの勢力圏はニップルの南東からウルク周辺にかけての地域である。
ここはユーフラテス川の左岸で、下流へ進むにつれて広大な湿地や沼沢地が増える。
ビト・アムカーニの居住地は、しばしば葦が生い茂る沼地の中に形成され、外敵が容易に近づけない「水の城」となっていた。
ナブー・ムキン・ゼリはこの地の利を生かし、アッシリア軍を迎え撃つつもりである。
バビロンを無血開城したティグラト・ピレセル3世は、約束通り長老たちの特権を保証した。
そして、この地から各民族、各部族に使者を送る。
ナブー・ムキン・ゼリは首都を棄てて逃げた、今帰順するなら寛大に扱う、というものである。
この特赦勧告に対し、カルデア人とは対立関係にあったアラム人は無視を決め込む。
彼等はアッシリアとの対決姿勢を崩さない。
事前に得ていた情報通りであろう。
だがティグラト・ピレセル3世はこれを笑って許すような事はせず、部隊を派遣して叩き潰し、族長を見せしめとして串刺し刑とした。
一方、こちらは少し事前情報と違っていたかもしれない。
カルデア人は外敵を前に部族間の対立を乗り越えて団結……ではなく、自部族の利害を第一とした。
カルデア最大部族ビト・ヤキンの族長メロダク・バルアダンは、莫大な金銀を持って降伏をして来た。
第2勢力のビト・ダックリも、アッシリア軍が近づくと、待っていたとばかりにすぐに降伏し、貢ぎ物を差し出す。
「カルデアの各部族は、協力はし合わないが、かと言って敵に加担もしないだろう」と分析していただけに、こうもあっさりと降伏するとはティグラト・ピレセル3世には意外だった。
それでも、戦いが楽になった事に変わりない。
「残忍」と恐れられるアッシリア王は、寛大な態度で彼等に接し、今後も相互不可侵とするよう取り決めた。
カルデア人は、次の時代への生き残りに成功する。
然る後に、アッシリア軍はナブー・ムキン・ゼリが籠るシャピアに向かった。
シャピアの戦いも、3年かかる長期戦となる。
ビト・アムカーニの部隊は、沼地や葦の茂みに潜伏し、アッシリア軍が通りかかったら一撃離脱のゲリラ戦を展開した。
数も装備も劣る彼等は、補給路を断ったり、手薄な地点を急襲してひたすら遅滞戦術に徹する。
戦車のみならず、騎兵たちもこの戦法には辟易した。
この戦場情報を駅伝によって伝え聞いた後方のヤバは、早速手を打つ。
自分が再建しているフェニキア諸都市に布告を出し、船大工を派遣させたのだ。
ビト・アムカーニは、小型の船を使っての奇襲を仕掛けて来る。
これに対抗すべく、湿地用の船を建造し、それに乗って反撃したのだ。
こうして抵抗を排除しつつシャピア市に迫り、これを包囲した。
アッシリア軍はヤシの木を切り倒し、果樹園を破壊しながら、包囲陣を敷く。
ティグラト・ピレセル3世には苦い思い出があった。
ダマスコ包囲戦では果樹園に本陣を置いたのだが、そこを奇襲されて義弟を失っている。
同じ轍を踏まぬよう、見晴らしがよくなるようにし、背後にも気をつけて戦うものだ。
そして、これまでの小競り合いで得たビト・アムカーニの捕虜を、城門の前で一斉に処刑して晒す。
だが、長期戦となった理由は、湿地帯に手間取ったからではない。
湿地帯を克服する工事を行ったからである。
ヤバの活躍が目立つが、ティグラト・ピレセル3世も負けず劣らず有能な人物である。
彼は工兵に命じ、湿地に土を運び込んで固め、重量物が通る事が出来る道を作り上げた。
次に彼は、攻城塔の作成を命じた。
攻城塔そのものは、それこそバビロニア第1王朝ハンムラビ王の時代から存在していた兵器である。
アッシリア中王国時代のアッシュール・ナツィルパル1世の記録には、車輪がついた移動式攻城塔が記されていた。
ティグラト・ピレセル3世が改良した攻城塔は、それらを進化させたものでる。
上部には弓兵を配置して、壁の上の敵を射殺す。
塔の中には破城槌を備え、門や城壁を破壊する。
攻城塔は火に弱いが、これには濡らした生皮(牛の皮など)を表面に張って、火矢を防いでいた。
こうして重くなった攻城塔だが、6輪の車輪を付ける事で、移動を用意にしていた。
この攻城塔が、工兵によって固められた道を進み、シャピアの城市を破壊していく。
こうした中、ナブー・ムキン・ゼリの叔父のバラスが、アッシリアに寝返る。
アッシリアにしては意外な事に、彼は降伏を受け容れられた。
これでビト・アムカーニの結束が乱れ始めた。
「最早これまでだ。
城は役に立たないし、味方から裏切りも出ている。
我に忠義を誓う者は、これより城を出てアッシリアに決戦を挑む。
我に続け!」
万策尽きたナブー・ムキン・ゼリは、部族の軍を率いて野戦を挑む。
既に城の周囲は湿地帯ではなくなっている。
大規模な土木工事を行い、巨大な攻城塔を作り、包囲しながら離間工作を進める。
それだけの経済力を持ったアッシリアを、彼等はついに理解出来なかった。
3年の間に、地の利は失われている。
強引に作り替えられてしまった。
そんな場所で決戦を仕掛けても、勝ち目などある筈がない。
彼等は大敗し、ナブー・ムキン・ゼリと息子のシュム・ウキンは捕らえられる。
他の者は、降伏したバラスの配下を除いて、虐殺された。
戦後、ティグラト・ピレセル3世はバビロンに帰還。
根回しは既に済んでいた。
時が来ると、ティグラト・ピレセル3世は新年と春分を祝う祭典「アキトゥ祭」を主宰する。
その場で彼はバビロニアの長老たちの推薦を受け、バビロニアの王として即位する。
ここにバビロニア第10王朝が誕生し、初代国王プルとしてその名が歴史に刻まれた。
バビロニア王となったプルは、ナブー・ムキン・ゼリとシュム・ウキンを処刑し、マルドゥーク神に捧げる。
バビロニアは解体されなかった。
属州として組み込まれたり、住民が強制移住させられる事もなく、国としてはその名が残される。
しかし、アッシリアとの「兄と弟の国」という関係は終わった。
アッシリア王がバビロニア王を兼任する二重王権となり、その命令はバビロニア王の命令としてのしかかった。
バビロニア王プルの後は、彼の長男がバビロニア王ウラルユとなる。
このアッシリア王が兼任するバビロニア第10王朝は、9代の王を出す歴史を辿る。
バビロニアを征服したティグラト・ピレセル3世は帰途、前の都アッシュールに立ち寄る。
そして神殿の中にある、先代アッシュル・ニラリ5世の墓所に行くと、人払いをさせて一人跪く。
そして墓前でこう語りかけていた。
「我が王、貴方との約束を果たしました。
私はついに、アッシリアを囲んだ全てを檻を取り払い、アッシリアを世界最強の国としました。
これでやっと胸を張れます。
我が王よ、どうかこれからも私の治世を見守って下さい」
この時ばかりは、非情な王ティグラト・ピレセル3世は、クソ真面目な総督プルに戻っていたのだった。
おまけ:
第8王朝=E王朝(系統が一定せず)
の後についてですが、
第9王朝=カルデア人ナブー・ムキン・ゼリの王朝
第10王朝=アッシリア王朝
第11王朝=カルデア王朝=新バビロニア王国
とするものと
(第8王朝の続き)カルデア人ナブー・ムキン・ゼリ
(カウントせず)アッシリア王朝
第9王朝=カルデア王朝=新バビロニア王国
とするものとがあります。
エジプトと違って、第〇王朝は正式な区分じゃないので。
アッシリア後の国を新バビロニア、もしくはカルデアと呼ぶのは、きっとその方が分かりやすかったからでしょうね。
(この回で全部族がアッシリアと敵対し、壊滅していたら、カルデア王国とならなかったかも)
この回をもって、男性側の主人公ティグラト・ピレセル3世メイン話は終わります。
ラストは女性主人公ヤバの決着回になるでしょう。




