「旧約聖書」に描かれた戦争
『時は紀元前734年。
エルサレムの王宮は、かつてない緊張に包まれていた。
ユダ王国の若き王アハズの前には、絶望的な報せが届いている。
「北の隣国イスラエル王国と、ダマスコの王レツィンが同盟を結び、軍を南下させている」
というものである。
彼らの狙いは一つ、アッシリア帝国の脅威に対抗する為、渋るユダを武力で屈服させ、アハズ王を廃して自分たちの傀儡を王座に据えることだ。
エルサレムの民の心は、強風に揺れる森の木々のように激しく動揺している。
アハズ王自身も、恐怖に震えていた。
そこへ、一人の男が姿を現す。
預言者イザヤである。
彼は幼い息子を連れ、王が防衛の要である貯水池の視察に赴いた際、こう告げました。
「王よ、落ち着いて下さい。
恐れる事はありません。
あの二人の王は、燃えさしから出る煙のようなもの。
彼らの企みは決して成らず、成就もしません」
イザヤはアハズ王に、
「神を信じ、アッシリアに助けを求めてはならない」
とも説く。
そして、神が共にいる証拠として「しるし」を求めよと促した。
しかし、臆病で疑い深いアハズは「神を試したくない」と敬虔なふりをして拒絶する。
これに対し、イザヤは有名な預言を口にした。
「ならば、主自ら貴方にしるしを与えられる。
見よ、乙女が身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれるだろう。
その子が善悪を弁えるようになる前に、貴方が恐れている二人の王の土地は捨て去られるだろう」
しかし、アハズ王の耳にその言葉は届かない。
彼は目に見えない神の奇跡よりも、目に見えるアッシリアの武力を選んだのだ。
アハズ王は密かにアッシリア王ティグラト・ピレセル3世に莫大な貢ぎ物を送り、
「我は貴方の僕、貴方の息子です。
我を彼らの手から救って下さい」と懇願したのである。』
(旧約聖書「イザヤ書」第7章より)
ガザに滞在しているティグラト・ピレセル3世の元に、ユダ王国から救援要請の使者が届いた。
ガザは、真っ先にアッシリアに対して朝貢を拒み、敵対姿勢を明らかにした。
アッシリア軍はそこに対し、懲罰遠征を行う。
だが、アッシリア軍は今そこから動けない。
ガザが招いたエジプトの援軍との紛争で、中々決着がつかないのだ。
ティグラト・ピレセル3世は、この戦争を「茶番劇」と思っている。
フェニキアの商人からもたらされた「ダマスコの背信」。
彼等がハッキリと反アッシリアの尻尾を出すように、わざとこんな遠い地にやって来たのだ。
その際、情報をもたらしたフェニキア商人から
「どうせ義理で来ている軍なのだし、交易相手なので、本気で戦わないで欲しい」
と懇願されている。
だから、適当に戦ってダマスコの挙兵を待っていたのだが、このエジプトの攻撃が中々に嫌らしい。
フェニキア商人との約束が無ければ、本気で戦うのだが、ティグラト・ピレセル3世は我慢をしていた。
だが、その均衡は破られる。
海路、ヤバからの使者がやって来たのだ。
「アッシリア王におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「挨拶は良い。
王妃は何と言って来たのか?」
ヤバは祖国である都市国家サマルの王パナムワ、彼女の弟を介して、沿岸の住民「海の民」を使った。
彼等の航海術を使い、紛争地帯のユダ王国や、敵側であるフェニキアの内陸部を通らないようにしたのだ。
ヤバからの最新情報を見たティグラト・ピレセル3世は激怒する。
「あの商人どもが、余を罠に落としおったか!
この報いは必ずくれてやろう!
その前にエジプトだ。
商人どもの約束は、もう守らなくて構わない。
本気で叩き、然る後に反転し、ユダ王国救援に向かう!
ダマスコの奴輩め、ユダを攻める為に出撃して来ている。
今なら野戦で叩きのめせる」
「ははっ!」
こうしてアッシリア軍は、ダラダラと続けていたエジプトとの小競り合いに、本気を出した。
この変化をエジプトは予想していたようで、一部の部隊の壊滅を知ると、本隊は戦わずに引き上げていった。
ティグラト・ピレセル3世がそれを知るのは、敵本陣に攻め込み、そこがもぬけの殻であった事による。
「小癪なエジプトめ。
いずれ余をナメた事を後悔させてやろう」
「このまま攻め込まないのですか?」
皆を代表して副官ベル・ダンが尋ねる。
「今は良い。
このままエジプトに攻め入って深入りすると、本当にダマスコの王の思う壺となろう。
ここは速やかに、背後で蠢動する愚か者どもを討ち滅ぼすまでだ」
「分かりました。
王の為に!」
その言葉を合図に、アッシリア軍将兵は
「王の為に!」
と鬨の声を挙げた。
そして、まずガザ全土が蹂躙される。
殺戮を解禁されたアッシリア兵は、狂奔して暴れ回った。
ユダ王国の戦況は芳しくない。
旧約聖書「歴代誌 下」第28章では
『わずか一日の間に勇士12万人が殺害され、王の息子マアセヤや宮廷の要職者も殺された』
『20万人の婦女子がサマリア(北イスラエル)へ連れ去られた』
と記述されている。
ユダ王国の人口が全部で12万人前後なのだから、この数値は誇張も良いところだ。
だが、甚大な被害が出て、王子までも戦死した事は間違いないだろう。
同じく旧約聖書「列王記 下」第16章では
『アラム(ダマスコ)王レツィンは紅海沿岸の重要拠点エイラトを奪い、ユダの人々を追い払った』
ともある。
アハズ王が預言者イザヤと会ったのは、エルサレム包囲に備えて水源を確保しようと「上の池の水道の端」を視察していた時の事だった。
このように彼等はエルサレムに追い詰められ、包囲の中にあったのだ。
そこにユダ王国にとっての朗報、敵陣営にとっては凶報が入る。
アッシリア軍がガザから救援に駆け付けたというのである。
「馬鹿な、奴等はエジプト軍が引き付けていたはず」
レツィンは焦った。
彼らは、表立ってはまだ反アッシリアの行動を起こしていない。
この戦争は、あくまでもダマスコ・イスラエル他連合と、ユダ王国とのもので、アッシリアとは無関係という名目だった。
表向きはまだ、アッシリアの属国、朝貢国であるから、片方に肩入れしてもう片方だけを攻める大義名分が無いはずだ。
だが、しばらく後の報告で、レツィンは事が露見したと悟る。
「アッシリア軍、フェニキアに進軍。
シドン、ティルスが焼かれ、略奪に遭っています。
その際、兵士たちが
『裏切り者は許さん』
と叫んでいました」
更にレツィンとペカ、そして同盟に参加しているティルス王ヒラム2世にとっての凶報が追加される。
「都市国家サマルの軍が南下を始めました。
アッシリア軍に合流すると先触れを出しています」
ヤバはもう一つ手を打っていた。
祖国サマルに対し
「来いと言われる前に、アッシリア軍に加わった方が何かと良いよ」
と伝えていた。
「姉上も、相変わらずお節介ですな。
まあ、言われる事は確かだ。
今はバランスがどうこう言っていられない。
交易においては、アッシリアの敵国との関係も許されている。
その権益を守る為にも、ここはアッシリア軍に参加すべきだな」
サマル王パナムワは、1万弱の国軍及び傭兵部隊を率いて「シリア門」を通過した。
大量の食糧や木材という物資と共に。
「最早、隠す意味は無くなった。
我等は反アッシリアの旗を掲げる。
貢納を停止すると、アッシリア王の奴に伝えろ。
詰問される前に、こちらから手切れを突き付けてやろう」
「で、その後はどうするのだ?」
イスラエル王ペカが震える声で聞く。
ティルス王ヒラム2世も良案がなく、盟主であるレツィンの返事を待っていた。
「もうエルサレムなど、どうでも良い。
ユダ王国が味方になろうが、敵であろうが、同じ事だ。
我々は分散し、各地で城市に籠って戦う。
我々の城市は、確かにアルパド程は強固でない。
しかし、各地に分散して立て籠れば、それだけアッシリアに長期間の遠征という負担を掛ける事が出来る。
まとまっていて、野戦に持ち込まれたら、とてもじゃないが勝てん」
その方針に従い、反アッシリア軍はエルサレム包囲を解除、自国に戻って籠城戦の準備に入った。
歓呼の声が挙がるエルサレム市。
そしてアッシリア軍が入城して来た。
「アッシリア王、この度は救援、真にありがとうございます」
アハズ王はティグラト・ピレセル3世に礼を述べる。
そんなアハズ王を、ティグラト・ピレセル3世は冷たい目で見ている。
別に彼や、この国の信仰に思うところはない。
しかし、属国の王が宗主国の王に要請をしたのである。
何らかのけじめは付けないとならない。
ティグラト・ピレセル3世は、きちんと非情な判断を下した。
副官ベル・ダンが王に代わって要求を読み上げる。
「ユダ国王アハズは、アッシリアへの臣従の証として、以下の物を貢納するように。
金、銀、錫、鉄、化粧料、特産品である多色の縁取りがある亜麻布の衣類……」
その量は神殿と王宮の貯蔵をすべて空にする程のものであった。
これは今回の救援に対する代償である。
その他に、貴金属、衣類、特産品を定期的に貢納する義務を負わされた。
アハズ王は頭を抱えたがもう遅い。
預言者イザヤは、その様子を見て
「神の言葉を受け容れなかった報いよ……。
我等は全てを委ねていれば良かったのだ」
と、首を横に振りながら呟いていた。
この後年になるが、ユダ王国は宗教的にも屈服を強いられる。
アッシリアは自分たちの神を崇めるよう強要。
王国内にアッシリアの神々の偶像を建てさせた。
ユダヤ教の国家にとって屈辱であろう。
しかし、それでもこの国はまだ良かったかもしれない。
国として相当期間命脈を保つ事が出来たのだから。
国王が、神事から見れば汚れ仕事を引き受け、民を守る事に成功したのだから。
あくまでも、イスラエル王国と比較しての話にはなる……。
最後に再び旧約聖書「イザヤ伝」第7章を引用する。
『ユダ王国は滅亡こそ免れたが、代償はあまりに大きいものであった。
アハズ王はアッシリアに服従を誓わされ、エルサレムの神殿には異教の祭壇が築かれた。
救済を求めたはずのアッシリアが、今度はユダ王国を締め上げる「重いくびき」となったのだ。
皮肉にも、平和は神への信頼ではなく、敵の敵と結ぶという危うい外交によってもたらされた。
イザヤの予言通り、敵対した王たちは消えたものの、ユダ王国の真の苦難はここから始まったのである。』
AIに頼んで描いてもらった絵が……。
赤子の右手や、どうやって支えられているかは気にしないで下さい。
多分神の奇蹟です。
雰囲気で楽しんで下さい。
19時にも更新します。




