シリア・エフライム戦争
イスラエル王国、歴史上は北イスラエル王国と呼ばれ、ユダヤ人国家ヘブライ王国が南北に分裂した北側の国家にあたる。
ユダヤ人たちは、元々12の支族による緩やかな連合体制であった。
その中で主導的な立場だったのが、モーセの後継者ヨシュアの出身支族であるエフライム族である。
そんな彼等が紀元前11世紀、支族連合から統一国家に政体を切り替える。
ペリシテ人の侵攻が始まったからだ。
ペリシテ人という敵を前に、各支族ごとの士師が指導する体制から、統一国家となって王が軍を率いた方が良いと考えた彼等は、どこかの支族から一人の王を立てる、
その初代王サウルは、後の北王国・ユダ王国(南王国)の中間に位置したベニヤミン族からの国王であった。
エフライム族も妥協する、無難な人選と言えた。
だが、この統一王朝はすぐに潰える。
サウル王死後、戦時という事もあり実力を認められて王位に就いたダビデが問題となる。
ダビデは南部のユダ族出身であった。
これにエフライム族は反発したが、戦時中なので有能な王が必要なのは確かで、この時は我慢する。
ペリシテ人の脅威を克服した後、王位は世襲され、ソロモン王の時代となった。
ソロモン王は長期渡って君臨し、内政を重視して国を発展させるも、その統治期間に歪みも生んでしまう。
出身支族のユダ族を優遇し、彼等を優遇する一方、「知恵者」と讃えられた自身の功績の源泉は他支族への重税から賄っていた。
ソロモン王が死に、その子のレハブアムが王位を継いだが、彼は更に非妥協的であった。
これに反発したエフライム族は、9支族と共に独自の王ヤロブアム1世を立てて独立する。
彼等は叫んだ
「我々とダビデに何の関係があるのか!」
こうしてユダ族と、初代王の出身支族でエルサレム周辺を抑えていたベニヤミン族が残され、ユダ王国となる。
他の十支族が独立して立てたのが北イスラエル王国(以降単純にイスラエル王国と書く)であった。
この建国の経緯は、後々まで国の個性となって現れる。
同じユダヤ人国家だが、彼等は相当に違った。
先に南のユダ王国について書こう。
彼等の首都は「聖なる都」エルサレムであり、ユダヤ教(厳密にはまだ教義が確立していないが、便宜上こう称す)の戒律に忠実であった。
それ故「神がダビデの血筋を永遠に守る」という「ダビデの契約」を遵守していた。
多少無能な王でも、ダビデ王の血統は守られた。
一方のイスラエル王国は、エルサレムから切り離された事もあり、ユダヤ教から乖離し始める。
この地は肥沃な土地であり、外部との交易も盛んであった。
だから周辺の影響を受けやすい。
隣接地域のバアル崇拝やアシェラ崇拝を受け容れてしまったり、力と豊穣の象徴である「金の仔牛」像を祭って偶像崇拝を行ったりした。
交易が盛んな地という事は、他国から狙われやすい事でもある。
イスラエル王国では軍隊の権限が強く、戦功を挙げた将軍が民衆の支持を受けた。
血統を守る誓いは無く、ユダヤ教的戒律も弱く、実力者が支持を得る。
こういう国は、王位が血統によって保証されず、実力者が軍事力によって簒奪するようになる。
こうして「保守的で宗教的、ダビデの血統を守る」ユダ王国と、「豊かで宗教心が薄く、クーデターが絶えない」イスラエル王国という違いが生まれた。
そのイスラエル王国において、まさに今、政変が起きていた。
「国王、覚悟せよ!」
侍従であるペカが起こしたクーデターで、ペカフヤ王は殺された。
ペカフヤ王は、父のメナヘム同様親アッシリア政策を採っている。
ペカは、王がアッシリアに銀1000タラントを贈る等の貢納に不満を持っていた。
そこにダマスコ王レツィンからの働きかけがあった。
両者は神殿でとある女性を介して連絡を取り合い、ついに決起したのである。
「カルケミシュのサフェラよ、どうだ?
我は侍従止まりの男ではなかっただろう?」
国王となったペカは、神殿で知り合った娼婦を連れ出し、自分の愛妾としていた。
その「カルケミシュのサフェラ」と呼ばれた女性、彼女こそあのバグマシュティであった。
彼女は変名を使っている。
こうなるとバグマシュティという名も本名かどうかは分からない。
ともかく彼女の執念は、イスラエル王国で政変を起こして、一国を反アッシリアとする事に成功したのである。
「貴方様は立派な方でございます」
サフェラ(バグマシュティ)は媚びるように言う。
そしてその耳元で
「ですが、まだまだでございますよ。
今、ガザまで侵攻したアッシリアの背後を脅かすには、ユダ王国の助力も必要と、レツィン王は言ってました。
ユダ王国に対しては、私のような者では手が出せません。
ペカ様のお力が、次こそ必要なのです」
そう囁く。
「あの難物どもか。
あの連中は古い戒律に凝り固まっている。
確かに、お前のような神聖娼婦を使うわけにはいかないな。
逆に我々を『神の教えに逆らう者』と拒絶しかねない。
良い、我に任せろ。
あのアッシリアの強制移住という暴虐、それで説けば、難物どもも我に味方しよう」
その強制移住政策を、遠いイスラエル王国で吹聴した者こそバグマシュティなのだが、それを悟らせずに
「頼りになるお方は、大好きですわ」
としな垂れかかっていた。
「国王、北の不道徳者から書状が届いたと聞きました」
「預言者イザヤか……、耳が早いな。
それとも神からのお告げか?」
エルサレム宮殿で、預言者がアハズ王に謁見していた。
「お断り下さい。
彼等と手を組む必要はありません」
「書状を見せた覚えはない。
何故そのように言うのか?」
「神の思し召しです。
我等は、その名を唱えてはならぬ尊き存在の僕です。
不敬なる人の王たちとは一切手を組まず、神の国として生きるべきなのです」
「はあ……。
それでは、アッシリアと組む事も止めねばならぬのお」
「そう申し上げております。
どの地上の国とも手を結ぶ必要はなく、ただ天の国とのみ……」
「黙れ。
お前たちはそう言っておれば良いが、自分は王であり、王の責務を果たさねばならない。
我が国は過去にも、エジプトに攻められ、その属国となった。
今は強大なアッシリアに貢納をして、国を維持している。
お前たち預言者が、信仰に生きる事が出来るのは、自分たちが地上の汚れ仕事をしているからだ」
「それは感謝をしています。
しかし、これ以上汚れる事はありません。
王は信仰に立ち返って生きて、死後の救済を待つべきなのです」
「お前の忠誠心は受け取った。
いや、信仰の固さかな。
だが自分は、『ダビデ王の末裔』として、民を守らねばならない。
神の教えに背いて、自分は救われなくても構わない。
死後の救済を黙って待たず、生きている者は王が救済するのだ」
「ですが……」
「下がれ。
政治への口出しは許さん」
退出するイザヤの背中にアハズ王は
「北王国とダマスコ、それらとは手を組まん。
それで満足せよ」
と語りかけた。
「ユダ王国が同盟参加を拒絶しただと?
許せぬな。
あの者たちの変人ぶりには辟易するが、それでもあそこが参加しないと、アッシリアを封じられん。
抜け穴となってしまう」
ダマスコ王レツィンは、ユダ王国からの同盟拒絶の返事に激怒していた。
かつて反アッシリア同盟シリア諸国の一員として、ビト・アグシ王国のマティ・イルと手を組んで戦った。
あの国の傲慢さと貪欲さ、凶悪さはよく知っている。
ただの農業国に弱体化させるウラルトゥのサルドゥリ2世の構想は歓迎で、それ故に彼等に味方をした。
今、王が替わって強力なアッシリアが戻って来てしまった。
そしてビト・アグシ王国は滅亡し、ウラルトゥは南部と東部を奪われ弱体化した。
その王、ティグラト・ピレセル3世が南方に目を向けるのは、早晩確実であろう。
反アッシリア感情の強いレツィンは、エジプトを頼んで挑発行動を行わせた。
具体的には、フェニキアの都市を通じて自分たちに武器を大規模に売らせる事である。
それはわざとアッシリアにも届くようにした。
それに反応して、アッシリア軍とティグラト・ピレセル3世は今、ガザまでやって来ている。
その背後を遮断し、まずは王を倒す。
レツィンはイスラエル王国だけでなく、フェニキアのティルス市とシドン市も味方に付けている。
この2つの商業都市は一枚岩ではないが、商人はともかく王位の者は自分の仲間だ。
こうして優れた政治力を発揮したレツィンにとって、ユダ王国だけが誤算である。
ここがアッシリアに味方し続けたら、計画が破綻してしまう。
「サマルのクラムワ殿」
「はっ!」
「この書状をイスラエル王国の新王に届けてくれ。
内容はユダ王国攻撃だ。
貴殿はそのままイスラエル王の軍勢に加わり、ユダ王国を攻めて欲しい。
私もすぐに軍を発し、合流する」
「応!
忌々しいアッシリアに対する戦争の始まりですな!」
「そうだな。
では貴殿の部隊から先発してくれ!」
こうしてシリア地方の代表的な国ダマスコと、エフライム族が主要支族であるイスラエル王国が、ユダ王国を攻める「シリア・エフライム戦争」が勃発した。
それを遠くアッシリア王都カルフで聞くヤバ。
彼女の情報網は、更に深刻なものをキャッチしている。
「フェニキア諸都市が既に裏切っている。
エジプトとの形式上の戦争を要請し、実際には交易相手のエジプトを攻めないで欲しいという申し出、これがアッシリアを遠い南方まで釣り出す謀略だった……。
なんという事でしょう。
ハラブのアビ・バアル殿は裏切っておらず、真相を知って急報をくれました。
しかし、フェニキアの支店は閉鎖せざるを得なかった……。
これは中々危険です。
王は罠にはまったかもしれません。
既に知っているかもしれませんが、それでも私から使者を出しましょう」
ガザ懲罰と見せかけ、アッシリア軍をシリアの奥地に置き、返す刀で蜂起したダマスコを叩く。
強者の余裕で行った作戦だが、どうやらそうなるよう誘導されたようだ。
ガザにアッシリア軍が駐屯する中、後方の諸都市が蜂起して退路を断つ。
アッシリア軍は、フェニキアの諸都市から食糧や物資の支援を受ける想定だったが、これが覆った。
アッシリア軍は敵地で孤立してしまう。
こうなると、義理で出て来たから、戦う必要が無いというエジプト軍も、包囲網の一翼を担うと見て間違いないだろう。
彼等は、精強なアッシリア軍と野戦では戦わず、攻めて来たら城に籠って足止めし、他の国が後方を攪乱、そして食糧を断たれたアッシリア軍をシリアの砂漠で打ち倒す算段であろう。
今、まだ彼等は蜂起していない。
今の内に撤退するなり、先制攻撃を加えるなりしないと。
ヤバは手配を進めながら呟く。
「万事順調にいき過ぎていました。
まだまだ世界には、強い相手が残っています。
私もダメですね、すっかり侮っていました。
私たちが強敵ウラルトゥを破ったように、私たちを破ろうと努力している者もいるのでしょう。
油断せずに行かないと……」
アッシリアの南方戦略は初手で躓いた。
その立て直しに迫られる。
【イスラエル王国 歴代王】
第1王朝
ヤロブアム1世:エフライム族。(ソロモン王の家臣)
ナダブ:エフライム族。前王の息子。暗殺され第1王朝滅亡。
第2王朝
バシャ:イッサカル族。ナダブを暗殺し即位。
エラ:イッサカル族。前王の息子。暗殺され第2王朝滅亡。
第3王朝
ジムリ:出身支族不明。前王の将軍。エラを暗殺。在位わずか7日間。
第4王朝
オムリ:出身支族不明。前々王の将軍。ジムリを倒し内戦を経て即位。
アハブ:出身支族不明。前王の息子。王妃イゼベルと共に偶像崇拝を推進。
アハズヤ:出身支族不明。前王の息子。病死。
ヨラム:出身支族不明。前王の弟 。暗殺され第4王朝滅亡。
第5王朝
イエフ:出身支族不明。前王の将軍。ヨラムを暗殺し即位。バアル崇拝を一掃。
ヨアハズ:出身支族不明。前王の息子
ヨアシュ:出身支族不明。前王の息子
ヤロブアム2世:出身支族不明。前王の息子。王国の黄金時代を築く。
ゼカリヤ:出身支族不明。前王の息子。暗殺され第5王朝(最長王朝)滅亡。
第6王朝
シャルム:出身支族不明。前王との関係不明。ゼカリヤを暗殺。在位1ヶ月。
第7王朝
メナヘム:ガド族。前王との関係不明。シャルムを暗殺。アッシリアへ貢納。
ペカフヤ:ガド族。前王の息子。暗殺され第7王朝滅亡。
第8王朝
ペカ:出身支族不明。前王の侍従。ペカヒヤを暗殺。作中時間での現在の国王。
……エフライム族、最初しか王出してないのか。
(将軍や有力者として裏で実権握ってた模様。まあ、これだけ暗殺多いと、それが賢明かな)




