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ウラルトゥ戦役

 紀元前737年、ティグラト・ピレセル3世はウラルトゥへの遠征を開始した。

 即位して8年、彼も軍を率いるのが様になっている。

 今回の遠征も、軍事に慣れた彼らしいものであった。


 ウラルトゥは現在、北方と東方でアッシリアに覆い被さるように拡がっている。

 ティグラト・ピレセル3世は、まず東方に遠征する。

 ウラルトゥの首都トゥシュパはヴァン湖の畔にある為、本拠地を叩くなら北方を攻める。

 東方を狙ったのは、本体を叩く前に、その東方の同盟勢力や補給路を断つ目的があった。




「義母様、強制移住させた住民による灌漑は、どんな感じですか?

 逆らう不届き者はいませんか?」

 バニトゥが、出張先から戻って来たヤバに声を掛けた。


 降伏して属国となったハマトや、滅亡したビト・アグシ王国の住人は、アッシリア軍によって国内に強制移住をさせられた。

 生まれ育った土地から切り離され、土地神に対する祭祀も絶やされる。

 茫然自失となる者が多い一方、アッシリアへの恨みを持つ者も出るだろう。

 そんな者たちへの対処を任されたヤバだったが、彼女はポジティブ思考だった。


「土木や治水に対する知識がある人たちが、こんなに来たんですか!」

 この反応にバニトゥは驚くも、実際のところは

「そうでも思わないと、やっていく自信がありません」

 との事で

「ですよね~」

 と女2人で溜息を吐いていた。

 アッシリア貴族出身のバニトゥからしたら、こんな政策は危険極まりない。

 もし敬愛する義母に対し、害意を持つ者が居たら……と不穏な決意をしていた。

 だから、治水工事の為に出張していたヤバに、何か無かったかを尋ねたのである。


「まあ、反抗的な人はいましたよ。

 でも、新しい都市を築き、新しい農地を拓き、灌漑によって水を得るのを日々見て、充実した生活を送っている内に、そういう人たちは随分と減りました。

 反抗していても腹は減りますし、安心して眠れる家だって欲しいでしょうし。

 こと水においては、ティグリス川の畔は以前の居住地より恵まれていますからね」

「……それ、やり甲斐ある仕事を与え、自分は主人から必要とされている満足感によって、奴隷に奴隷である事を幸せに感じさせるやり方ですよね。

 それを一個の国民単位でやる。

 流石は義母様です!」

「褒めても何も出て来ませんよ。

 もう一つ聞きたい事があるのでしょう?」

「流石義母様!

 お言葉に甘えて、お聞きさせていただきます。

 今回の義父様の出兵で、義母様は後方の補給担当から外されましたよね。

 治水事業の方が大事で、補給担当は私の父に任された。

 でも、義母様の事ですから、それに甘んじてはいませんよね?」

「表向きは甘んじてます。

 王の命令は絶対ですし、女が軍事に出しゃばると不満が溜まるだけです。

 あと、補給担当の部隊も大分成長しましたし、他の方にも補給の経験を積ませたいのでしょうから」

「で、実際の所は?」

「既に遊牧民(スキタイ)に情報を流してあります。

 アッシリアがメディア方面(イラン西部)を攻める、と。

 それだけですが、彼等は彼等で判断して動きでしょう」

「ウラルトゥがメディアに援軍を送ると、がら空きになった北からスキタイが襲う。

 スキタイを警戒して軍を動かさないと、義父様の侵攻は楽になる」

「加えて、もしもサルドゥリ2世が動かない場合は

『貴方たちは見捨てられた、そんな頼りがいの無い君主は捨てて、アッシリアに降伏せよ』

 という書状を送る手筈を整えてます」

「うわあ、それ、アッシリア(うち)が以前やられていた手じゃないですか」

「主君が変われば、攻守逆転するって事ですよ」

「もう、尊敬します、義母様」

「いえいえ、これもバニトゥさんが貴族の不満を抑え、宦官をしっかり統率しているからですよ。

 これでも目立たないよう活動しているんですが、それでも不満を漏らす人がいましたからね」

「安心して下さい。

 そんな人は、もう居ません(・・・・)よ。

 私()何もしていませんわ」

「そう、安心しました」

「うふふふふ……」

「おほほほほ……」




 ウラルトゥは、アッシリアとスキタイ両面からの侵攻に、手詰まりとなって動けずにいた。

「わしは誤った……」

 サルドゥリ2世は後悔している。

 思えば10年前まで、ウラルトゥはアッシリアに対し、圧倒的に有利な状況であった。

 彼はアッシリアをウラルトゥに食糧を供給するだけの弱小国にしようとしていた。

 交易の窓口である「シリア門」有する新ヒッタイト諸国を傘下にし、アッシリア国内の権臣を通じて、軍事大国アッシリアを目も当てられない弱い存在に変えていた。

 何もかもが上手く行っていた。

 そんな中、カルフの総督が交易の利を増やし、国の立て直しを始めたと聞く。

 久しく強敵と戦っていなかったサルドゥリ2世は、その相手を遊び相手に選んだ。

 鷹が羽も生えぬ(ひな)をいたぶるように、一介の総督をいじめて遊ぶつもりであった。

 相手は一介の総督ではなかった。

 その裏に、双頭の鷲の国、ヒッタイトの末裔の女性がいて、様々な補佐をしていたようだ。

 遊び相手と侮っていた雛は、成長して双頭の鷲となり、こちらに尖った爪で襲い掛かって来ている。


「わしは、サマルの馬鹿王子を笑えん」

 かつてサルドゥリ2世は、自分が工作員に命じて篭絡した結果とはいえ、婚約破棄した優秀な女性を国外追放とし、むざむざアッシリアを強化させたサマルの王子クラムワを馬鹿にした。

 そんな優秀な女なら、追放などせず目の届く場所に置くか、殺してしまえ、と。

 同じ失敗を自分もしている。

 まだ即位する前で、様々な制限が掛かっていたカルフ総督時代のプルを、迂遠な方法で戦場に引っ張り出して打ち破り、それで失脚させようなんていうのは、余裕があり過ぎて遊んでいたようなものだ。

 あの時点で本気で叩き潰せば良かったのだ。

 ウラルトゥにそれは可能だった。

 本気で南下し、カルフを襲っていれば勝てた公算が大きい。

 しかし、中途半端に追い詰めた結果、プルという雛は、ティグラト・ピレセル3世という猛禽になってしまったのだ。


 クムフの戦いで一敗地に塗れた後、サルドゥリ2世は何もしなかったわけではない。

 威信が揺らいだ事で離反した同盟国を、必死に繋ぎ留めた。

 日和見感染的に襲って来たスキタイを撃破した。

 国境の要塞を強化し、雇い入れた新ヒッタイト諸国の者から得た、(いにし)えの知識をふんだんに取り入れた。

 だが、野戦でアッシリアに勝つ方法が見出せない。

 ウラルトゥは山がちな国で、人口が少なく、農業生産力が低い。

 それが、少ない兵力でも勝てる要塞戦を主とする基本戦術(ドクトリン)となった理由である。

 常備軍を作れば、農作業人口が減る。

 アッシリアのような常備軍は編制出来ない。

 また、スキタイの脅威を直接受けて来たウラルトゥでは、騎兵は「野蛮人」、戦車は「高貴な文明人の兵器」という意識が強い。

 また、常備軍を維持出来ない為、鐙が無いから訓練期間がどうしても長くなる騎兵は作れなかった。

 こうした理由から、クムフの戦いでは未完成で発揮出来なかった要塞との連携戦術に頼るしかなく、基本的に待ちの態勢となっていたのだ。


 そのウラルトゥに対し、ティグラト・ピレセル3世は直接攻める事はせず、東方領土を攻撃する。

 ウラルトゥの拡大領土である東方は、異民族の同盟国の連なりであった。

 ここを攻める事で

「ウラルトゥは最早頼りにならない」

 と、かつて自分がアッシリアの属国に対して行った事を、逆にやられている。

 基本戦術的に、防御でないとアッシリアに勝ち目が見えないサルドゥリ2世は、術中にハマっている事を百も承知で、動かない。

 北のスキタイにも不穏な動きが見えている。


 結局紀元前737年の戦役で、ティグラト・ピレセル3世はメディア、パルティア、ペルシアを征服、その地を新しい属州として自領に組み込み、多数の馬を奪って凱旋した。

 サルドゥリ2世の威信は更に低下するが、どうしようもない。




「よし、かねてよりの計画通り、ウラルトゥ本国の総督たちを揺さぶります!」

 ヤバは、崩壊しつつあるウラルトゥに、追撃の政治工作を仕掛けた。


『今、降伏すれば貴公の家族と領地はアッシリアの友邦として保護し、属王の地位の世襲を認める。

 その証として、次の王の遠征時には食糧と兵力を提供せよ。

 その時に抵抗をしたならば、生き残っても強制移住が待っている。

 次の王の遠征までに決断されよ』


 こうして書状を携えた密使が、ウラルトゥ本土に送られた。

 なお、バニトゥはこの時

「有能な人材も、属州総督が務まるくらいとなると、中々居ませんわね」

 と、大量の宦官や書記官たちを面接して選抜していた。

 ウラルトゥ本国でも、ヤバの脅迫じみた工作に屈せず、抵抗する者はいるだろう。

 そこの総督候補を挙げねばならない。

 ティグラト・ピレセル3世の方針で、属州は細分化されるから、その分総督や総督府付き官吏も増える事になる。


 こうした事務方を女性に任せると、ティグラト・ピレセル3世は紀元前736年の戦役、ヴァン湖の南側ナリ地方への遠征に出陣した。

 この時、国境の要塞は機能しない。

 要塞は、砦単独では効果が薄い。

 隣同士の砦がお互いに支援し合い、野戦部隊との連携もあって、始めて機能する。

 一個の砦だけなら、単純な城攻めで済む。

 調略を受け、他の砦や野戦部隊を切り崩されていたウラルトゥは、調略に応じず抵抗する孤立した砦を一つ一つ落とされていった。


 そしてついに首都トゥシュパを囲むアッシリア軍。


「本土決戦である!

 わし自ら指揮を執る

 我に従い、ビアインリ王国(ウラルトゥの事)の真価を示そうぞ!」


 サルドゥリ2世はそう言って、籠城戦に挑んだ。

 その裏で、彼は信頼出来る者を呼ぶと

「ルサを頼む。

 わしが戦っている間に、このトゥシュパより脱出し、いずこかへ落ち延びよ」

 そう命じた。

 ルサとは彼の子で、後のルサ1世である。

 サルドゥリ2世は

「武人たる者、万が一の事は考えねばならぬ。

 ここはわしと、ルサを分けて置くべきだろう。

 生きてさえいれば、再起は可能だ。

 わしは勝つつもりだが、万が一に備えてここは逃げよ。

 そして、わしがどのような危機に陥っても、駆け付けてはならぬ。

 わしが危機に陥るような状況で、まだ若いルサが来ようが、共倒れになるだけだ。

 そなたたちは、ルサを止めて、王家の血筋を残すのだ。

 ビアインリが残れば、それは勝ちに等しい」

 と言って息子を託した。


 紀元前735年、一年に及ぶ攻防戦の後、トゥシュパ陥落。

 サルドゥリ2世はそこで戦死したと言う。

 アッシリアは長年苦しめられて来たウラルトゥを完全に打ち破った。


「先王アッシュル・ニラリ5世から託された『外に連なる牢獄の檻を打ち砕く』使命は果たせた。

 だが、まだ半分だ。

 余は『アッシリアを再び世界最強の国へ』という遺言も果たせねばならぬ。

 それが王位を継いだ者の責務であろう」


 非情さを身に着けたティグラト・ピレセル3世、だが根っこの部分にはクソ真面目なカルフ総督プルがちゃんと残っているのである。

おまけ:

ウラルトゥに関する豆知識。

地理の教科書に登場する地下水路「カナート」。

これは鉱山採掘国であるウラルトゥで既に存在していたとか。

(起源がここかは不明)

大規模な普及はこれより後年のアケメネス朝ペルシャによる。

なお、ウラルトゥに灌漑用地下水路があると記述したのはアッシリア。

「ルサが自らの民のために掘削し、水を運んでいた数々の水路の出口を私は塞いだ」

「その周囲に広がる美しい庭園や果樹園を、私の兵士たちは斧で切り倒した。一本の木も残さなかった」

「彼が水を蓄えていた巨大な貯水池の堤を壊し、その水を四散させた」

 byサルゴン2世。


……サルゴン2世ェ……。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます♪^_^ ついに宿敵撃破! んで、やっぱり怖可愛い親娘二人! 世界に向けて覇を唱えるベーリー! せっかく作った灌漑施設に果樹園、貯水施設をぶっ壊すとか。^_^; 相手を屈服…
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