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アルパド陥落

 反アッシリア同盟盟主マティ・イルは、アルパド市に籠って戦い続けていた。

 アルパドは高さ8メートルもの城壁を持っている。

 この城壁は外壁で、基部は石で補強され、破城槌(ラム)による破壊に耐える構造である。

 城壁の土台部分には、滑らかな石や固めた粘土で覆われた「急斜面」があり、地下からの掘削も困難にしている。

 これはヒッタイト由来の要塞技術であった。

 外壁の周囲には、幅十数メートル、深さ数メートルの空堀が巡らされている。

 やはり破城槌(ラム)を妨害する構造となっている。

 城門にも工夫があった。

 この門に突入すると、道が直角に左に曲がっている。

 順路に沿って左折すると、城壁から盾を持たない右側面を狙われる構造だ。


 外壁を突破しても、その内側には丘があり、そこに内城(アクロポリス)が造られている。

 更に地下の水路やトンネルが存在し、水の確保や兵の移動に使われている。

 これもヒッタイトの知恵である。

 ここまでの防御設備を揃えたアルパドは、まさしく難攻不落と言えた。

挿絵(By みてみん)




「サマル国王パナムワです。

 アッシリア王への援軍として参りました」

「感謝する」

 ティグラト・ピレセル3世は、妻の弟を出迎えた。

 人目につかない場所で

「我が妻がよろしく言っていたぞ」

「それ、凄く怖いんですが……。

 姉にはよく無茶な命令をされる事が多くて……」

「よく分かる。

 あの発想力は尋常じゃないからな」

「アッシリア王にも同じなのですか。

 身内が迷惑をかけてすみません……」

「これからこき使われるのが君だと思うと、同情を禁じ得ない」

 と、ヤバ被害者の会として溜息を吐き合った。


「国王、アッシリア王は何を要求されましたか?」

 パナムワの配下の者たちが心配そうに尋ねる。

 アッシリアは過酷な国だ。

 どんな無理難題を言ってくるか分からない。

 パナムワは

「ティグラト・ピレセル王()寛大な君主だったよ」

 と呟くと、命令文書を部下に手渡した。


『シリア門含む街道の整備と関所の設置、脱出する者を通さない事。

 沿岸の民(海の民)の生活の為、正式に協定を結んで彼等に商業権を渡す事。

 ビト・アグシ王国の交易国に圧力をかけて、その販路を奪う事。

 道路を整備する事。

 サマルにも食糧備蓄基地を作って、アッシリアの食糧を貯めておく事。

 輸送の為の馬車を多数作る事。

 破城槌建設に協力し、特にレバノン杉を供給する事。

 可能なら、アルパドを攻略した際は、助けるに値する者を救う事』


 一読して部下は

「ヤバ様ですな」

「うん、ヤバ様の指示ですね」

「ヤバ様、変わってませんねえ」

 と、その弟であるパナムワに同情した。

 要は、戦場に来られない自分に代わって、シリアの交易圏の再構築と、アッシリアの為のインフラ整備と、ついででアルパド攻略への協力を求めて来ている。

「普通に戦闘に協力するより面倒臭いのだが」

「まあ、ヤバ様のご依頼ですから」

「サマルの文官には、ヤバ様派が多いので、頑張ってもらいませんと」

「ええと、なにその怖い集団」

「ヤバ様は頭も良く、知識豊富で、様々な案をもって問題解決して来ました。

 サマルの書記官たちには、半分伝説のようになっていて、憧れる人も多いのです。

 特に女官たちの間で」

「はあ……」

 以前から姉に面倒臭い仕事を頼まれる事が多い弟は、溜息混じりにそれを成すのであった。

……しっかり対応出来るから、ついつい頼まれてしまうのだが。




 アルパド市内は悲惨な事になって来ている。

 本来、農繁期になれば帰国するアッシュール軍が、いつまでも包囲し続けていた。

 後方からは食糧が運び込まれる様が、城壁より見える。

 彼等が去らないという事は、アルパド市民は都市の外の農地に出られないという事。

 食糧の生産は市内の限られた農地からとなり、生産が消費に追いつかない。

 それが3年程も続いている。

 既に餓死者が出ていた。


 アッシリア軍は、国王と王太子が交代で包囲戦を行っている。

 アッシリア軍が包囲をしている間に、サマルの軍が各地を降伏させていった。

 

 そんな中、アルパド市から痩せた男たちが城門からよろよろと出て来た。

 アッシリア兵はそれらを殺そうと接近する。

「待て!

 待ってくれ!

 あれはサマルの王、アズル・バアル様だ!」

 と、現サマル王パナムワが叫ぶ。

 現在のアッシリアは命令を無視するような兵士はいない。

 ティグラト・ピレセル3世が保護を命じた為、出て来た男たちは殺されずに済んだ。


「我等は、マティ・イル殿によって幽閉されていた、各国のアッシリア派だ」

 正確には関わらない系の中立派や全包囲バランス派もいるが、その辺は一まとめにした模様。

「外交上の問題を考えて幽閉されていたに留まるが、次第に食糧が届けられなくなって来た」

 アッシリアの包囲により、城内は飢え始めた。

 捕虜ともいえる各国の重鎮に与える食糧も無いという事である。

「先日マティ・イル殿が来て、自分の名誉の為にも我々を飢え死にさせるわけにはいかない、と言った。

 それで、我々は釈放されてアッシリアに保護を求めるよう言われたのだ」

 頷く一同。

「で、ただ釈放されただけか?」

 そう聞くティグラト・ピレセル3世に、アズル・バアルは

「マティ・イル殿は、自分たちと無関係な者は解き放つ、残ったのは自分たちの民と兵だけだ、だから決戦しようと言っていた。

 それを伝えて欲しい、ともな。

 飢えて死ぬより、戦って敗れたい、という事だ」

 と答える。

 だが、ティグラト・ピレセル3世の命令は残酷なものだ。

「ならば、一層包囲を厳とし、奴等を飢え死にさせよう」


「アッシリア王殿、それは残酷に過ぎます。

 せめて彼等の名誉を重んじて、戦ってはくれませんか?」

 アズル・バアルはそう訴えるも、それに向けられた目は冷たいものである。

「黙っていれば飢えて死ぬ相手に、何故戦いを挑まねばならん?

 あの城は強固。

 攻めていって犠牲を出したら、割に合わん。

 名誉?

 そんなものを求められる立場だと思っているのか?」


 アズル・バアルは言葉を失った。

 そこに居るのは、紛れもない「メソポタミア世界で最凶のアッシリアの王」である。

 残忍、冷酷、凶悪……、反アッシリア同盟が結ばれたのは、そういう国だったからだ。

 こういう王に対し、慈悲を乞うても無駄であろう。

 アズル・バアルは肩を落とし、そのまま自国の陣に引き渡されていった。




 それから更に1ヶ月後、アルパドの飢餓は深刻化した。

 マティ・イルは

「もう籠っていても意味が無い。

 一縷の望みをかけて、打って出よう。

 まだ我々は戦えるが、明日は盾を持つ力も失われるかもしれない。

 戦える今、最後の力を振り絞ろう」

 と城兵に命じる。


 こうして出撃したビト・アグシ王国軍だが、アッシリア軍の前には一たまりもなかった。

 この3年で、アッシリア軍は更に精鋭となっている。

 命令の遵守が徹底された今、以前の個人の武勇、集団としての戦闘力も訓練が復活している。

 鎧袖一触、粉砕されるビト・アグシ王国軍。

 降伏しても生かされる事はなく、神への供物として虐殺されるだろう。

 それでもマティ・イルは、生き残った兵に降伏を命じ、自身も虜囚となった。

 そうしてティグラト・ピレセル3世の前に引き出される。

 彼はそれを望んでいた。




「こうして話すのは初めてかな、アッシリア王」

「いや、以前戦車の上から挑発しただろう?

 その時に話したのを忘れたか?」

 ティグラト・ピレセル3世の目は冷たい。

 そして威圧的だ。

「……貴方は本物のアッシリア王のようだな」

「今更何を言っている」

「私は処刑されるだろう、それは覚悟している。

 だから、死に行く者の言葉ゆえ、よく聞かれよ。

 私はずっと真のアッシリア王を見て来なかった。

 かつて勝利を収め、我々に有利な条約を結んだのは、王と名乗るだけのただの人間だった。

 アッシリアは、他国を攻め、生贄を求め、多くを奪う。

 その王は、その侵略に伴って出る自国の兵士に死ねと命じられる。

 そうした自国民に対する冷酷さと、有無を言わさず従わせる威厳を持っていた。

 決して自国の権臣の顔色を伺い、攻めるも守るも自分で決められない者ではない!

 この何十年か、アッシリアに王は居なかった。

 ウラルトゥには王が居た。

 だから私はウラルトゥに着いた。

 まさか新しい、本物のアッシリア王が出て来るのは思わなかった。

 いや、以前見た貴方は、有能な将軍か総督ではあったが、王には見えなかった。

 だが、どうやら3年の内に真のアッシリア王となられたようだ。

 見込み違いだった。

 そんな判断を誤った一国の王としての責任を、私は取る。

 喜んで殺されよう。

 だから最期に告げる。

 本物のアッシリア王を見られた、その王に殺されるのだ、これで満足だ」


 ティグラト・ピレセル3世はそれに対し、内心はともかく、表面的には眉ひとつ動かさない。

 マティ・イルが言い終わるのを聞くと

「殺せ」

 と一言命じただけであった。


 そして、落城したアルパドの運命は悲惨である。

 虐殺、略奪が解禁され、アッシリア兵は喜び勇んで飛び込んでいく。

 マティ・イル他、捕らえられた者たちは串刺し刑となって、城門の外に晒された。


「今回の参戦ご苦労であった」

 殺されたマティ・イルでなく、味方のパナムワもアッシリア王の威厳に恐縮している。

「サマルの忠義はよく覚えておく。

 粗略には扱わぬ。

 では、戻られるが良い」

 そう言われて、思わずホッとした。


 陣に帰る前、ティグラト・ピレセル3世の使者が来て

「王の天幕まで来ていただきたい」

 と言われた時、パナムワは背筋に冷たいものが流れたのを感じた。


 しかし、私的な場でのティグラト・ピレセル3世は温和であった。

「今回はよく働いてくれた。

 どうだい、帰る前に貴殿の姉、つまり我が妻に会っていくか?

 実は、姿が見えないだけで、ここに来てるぞ」

 パナムワの背中に、また違った冷たい汗が伝う。

「来ちゃった!

 おお、我が弟よ!

 大人になったねえ。

 私がサマルを出た時は、こんなに小さかったのに。

 もうよしよししてあげる年齢じゃなくて、お姉ちゃん悲しいよ」

「おい、君の弟は王なんだぞ。

 そうやって威厳を損ねるような行為は慎め!」

「ここは家族しか居ないんだし、良いんじゃないの!」

「いや、義弟殿、まさかここまで無遠慮になるとは思わなかった。

 すまんな」

「いえ、そういえばこういう姉だったな、と思い出せて良かったです」

(こうして見ると、穏やかで理知的な人なんだな)

 パナムワは、先程までの威圧感のあるアッシリア王と、目の前の堅物だが温和な人物とのギャップに目が回りそうであった。

おまけ:

アルパド城の防御機構は、考古学的調査や歴史的記録に忠実に描写しました。

……ヒッタイトの知識、マジでハンパねえっす。

このチート国家を消滅させた紀元前1,200年のカタストロフって……。

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― 新着の感想 ―
たしかに兵糧攻めでほっといても勝てる相手に、わざわざ戦いを挑む必要はないですね。^_^; 非情に徹することができるベーリー、カッコいいです。 ヤバさんのオチもいいですね。「来ちゃった!」って。サプライ…
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