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反アッシリア同盟への攻撃

 紀元前745年、アッシリアの新王となったティグラト・ピレセル3世の軍は、即位したその年に早速軍事行動を起こした。

 イラン高原西部の部族を攻撃し、これを討ち破って服属させる。

 マッチポンプ以外では、久々のアッシリア軍の勝利であった。

 この地は、アッシリアを北方と西方から脅かすウラルトゥの脇腹にあたる場所である。

 嫌な所に一撃を食らったウラルトゥのサルドゥリ2世は、警戒を新たにする。


 ティグラト・ピレセル3世にとって、この軍事行動には2つの意味があった。

 まずはこの地の馬と、降伏した部族を組み込む事での兵力拡充。

 次に、改革を進めていた国王直属軍の実力試しであった。


 基本的にアッシリア軍は、細かい戦術は気にせず、最適な場所に布陣し、最適なタイミングで殺戮の為に解き放たれる軍隊であった。

 これに対しティグラト・ピレセル3世は、命令に従って動く軍隊を目指す。

 当然、反発されるだろう。

 だから、反発されるより前に一戦し、その効果を見せたのである。

 これによりアッシリア軍は、王の正しさを認め、改革に協力的になる。




 経験を積ませる為の国境での小競り合いを繰り返しながら、2年の月日が過ぎた。

 紀元前743年、国王自ら率いるアッシリア軍は、反アッシリア同盟を粉砕すべく遠征の徒についた。

 総勢5万。

 カルフ総督時代からの子飼いを軍団1万人を中核に、前王までの時代にも存在していた国王直属軍3万を後衛、更に傭兵や捕虜から成る1万人の外国人が含まれていた。


 アッシリア兵は、前王と違って軍の先頭に立つ国王に喜ぶ。

 命令、軍規、信号とうるさい王だが、勇敢さを見ればそれら全ては忘れ去られる。

 そんなアッシリア兵たちは、奇妙な噂話をしていた。

「なんか、後方でイシュタル神を見たらしい」

我が王(ベーリー)国王(シャル)になる前も、魔神パズスと軍神としてのイシュタルが疾走するのが見られたとか」

「俺たちは神が加護する軍隊なのさ」

「そんなのアッシュール神の加護があるから、当たり前だろ。

 だが、アッシュール神と違って、イシュタルは実際に現れたんだからな」


 噂話を聞いた王太子は、父に

「なーんか、前にもあった、変な事になっていませんかねえ」

 と不安を訴える。

 父であるティグラト・ピレセル3世と副官ベル・ダンはそっぽを向きながら

「好きにさせてやるって、決めたよな」

「もう我々は、あの方を制御する事は諦めました」

 と言っている。

 王太子は溜息を吐いた。


 その頃、王都カルフでは国王代行アッシュール・シャル・ウスルが娘に対し

「王妃はどこに行かれた?」

 と尋ねていた。

 バニトゥはそれに対し

「流石、義母様ですわ。

 私には出来ない事をなさいます。

 尊敬しますわぁ」

 と目をウルウルさせるだけであった。




 アッシリア軍侵入、その報は7ヶ国連合軍の本拠地アルパドに届く。

「やっと来たか、腰抜けめ」

「即位から2年も時間を掛けおって。

 前王以上に臆病者よな」

「以前同様、この地で叩きのめしてやりましょうぞ」

 アッシリアを嘲る声が飛び交う。

 反アッシリア同盟盟主のマティ・イルは、流石に調子に乗って威勢の良い事は言わず、

「油断せず、恐れず、正しく行動をしましょうぞ。

 そして、太陽が出れば地が乾くが如く、当然のように敵を打ち破るのだ」

 と皆の気を引き締めていた。

 とはいえマティ・イルの中にも、2年以上アッシリア王妃が仕掛けたと思われる政治工作や、アッシリアの小部隊をことごとく退けた事から、

(やはり今のアッシリアは、昔と違って大した事はない。

 自分の領土で戦えば勝てる)

 という慢心が巣食っていた。

 ヤバの仕掛けた心理戦が成功したようである。


 そんな反アッシリア同盟を待ち受けるシリアの地では、既に人知れぬ戦いが始まっていた。

 アッシリア軍はまだ到着までに数日かかる。

 そんな中、岩場や木々の間に隠れるように置かれた見張り台、狼煙台、金属設置基地が謎の軍に急襲される。

「イシュタル神?」

 敵将の姿を見た者は、その言葉を最後に不帰之国に旅立った。


「王妃様、これは一体何なのですか?」

 そう聞く影の兵に、ヤバは指を口に当て

「その名前は口にしないように。

 私は名も無きイシュタル神です」

 と言う。

(名も無きイシュタル神って、意味が分からないんですが……)

 という内心のツッコミは、音声には乗らない。

 代わりに「名も無きイシュタル神」が

「これはヒッタイトで使われた、声を遠くに届ける装置です。

 こちらは聞き取る装置。

 ほら、あそこに見える、前に潰した連絡基地、あそこと話す事が出来るんですよ」

 と装置の説明をした。

「これは鏡を使った、光通信。

 晴れた日は要注意です」

 とも話す。

 そして

「私が知っている物は、敵も知っている。

 しかし、私が知っている事を敵は知っていても、私がここに来た事を敵は知らない。

 敵が、自分しか知らないと思っている物は、真っ先に潰します。

 これで敵は、目と耳を塞がれたも同然です」

 と皆に説明した。


 反アッシリア同盟は、彼女の故郷でもある新ヒッタイト諸国を中心に構成されている。

 ヤバが都市国家サマルの王太子妃候補であり、書記官でもあった時、過去の文献を読み漁って、失われたヒッタイトの技術を全て頭に叩き込んでいた。

 だから、彼女程ヒッタイトの遺物(オーパーツ)を使いこなせる者は存在しないのだが、拡声器・集音器・鏡通信くらいはヒッタイト諸国は今でも使っている。

 戦術どころか、補助兵装すら「何それ、美味しいの?」という従来のアッシリアならいざ知らず、ヤバが居る現在のアッシリアは、まずそういう偵察網から潰していくのだ。




「見張りの者は何をやっていた!?」

 マティ・イルは思わず怒鳴ってしまった。

 やっと偵察部隊がアッシリア軍の報をもたらした時、彼等は既に国境を十分に超え、アルパド市まであと1日の距離に侵入していたのだ。

 アッシリア軍はそこで野営している。

 もう明日には攻撃が始まるだろう。


「全軍出撃!

 臆病な王が率いる、勇猛なだけで野蛮な軍を叩きのめすぞ!」

 マティ・イルは動揺する自分を落ち着かせるように、あえて敵を侮った言葉を吐く。

 気の迷いは、気迫で押し切ろう。

 この気勢に呼応したかのように、同盟軍はアルパド市の駐屯地から出撃していった。


 そして両軍は会戦に適した平地でぶつかる。

 同盟軍は7ヶ国から集まった3万の軍勢と、数的にはアッシリアの純戦闘部隊より僅かに少ない。

 だか彼等には一つの優位点があった。

「こちらは7ヶ国の王族、貴族が参集している。

 そして我々の戦車戦技術はアッシリアに優越する。

 戦車の威力を活かすには、平地が良い」

 かつてのカルカルの戦いでも、連合軍ゆえに4,000乗という多数を集めた戦車部隊が、アッシリア軍撃退に成功した実績がある。

 こうしてマティ・イルは同盟軍の実力が発揮出来る戦場に布陣すると

「前王を殺した、正統性無き王よ、出て来い!

 王妃の股下に隠れ、コソコソと我等が王国に手を出していたようだが、全ては無駄だった。

 臆病者の王よ、恐ろしかろう?

 今逃げるなら許してやっても良い。

 返事を聞かせろ。

 その為にも、我等が前に出て来い!」

 と挑発する。


 普通ならばこれでアッシリア軍は怒り狂い、開戦命令を待たずに突撃を始めてしまう。

 しかし今のアッシリア軍は、この暴言を聞き流していた。

「どうした?

 アッシリアは兵士まで臆病になったのか?」

 後方から同盟軍兵士がからかうが、アッシリア軍は乗らない。


 侮辱されて激怒するのは、言われた内容がコンプレックスになっているからである。

 今のアッシリア軍は、王を腰抜けの臆病者とは微塵も思っていない。

 正統性については、むしろ今の王の方を「神に選ばれた者」と看做している。

 挑発に耐える訓練もされていたが、それ以前にこの挑発は彼等には失笑ものでしかなかった。


「出て来たぞ。

 で、その口汚い挑発は終わりか?」

 ティグラト・ピレセル3世の戦車が敵将の前に乗り入れた。

 その姿を見て、アッシリア軍の歓声が上がる。

(これは、侮り過ぎた……)

 一目見て、マティ・イルは自分の失敗を悟った。

 兵の士気を挙げる勇気ある国王、挑発に乗らない秩序あるアッシリア軍、そして彼等独特の凶暴な殺気は健在。

(以前の軍とは違うように思える。

 王が替わった事で、アッシリア軍は生まれ変わったのか?)


「出て来たぞ、何の用だ?」

 ティグラト・ピレセル3世は再度叫ぶ。

 それに対し、マティ・イル以外の王が

「よく出て来た。

 勇気だけは褒めてやる。

 折角の勇気を示したのだ、もう十分だろう?

 兵士の前で恥をかく前に、撤退して王妃にでも慰めてもらったらどうだ?」

 と挑発する。

 ティグラト・ピレセル3世はそれには何も言わない。

 代わりに戦車に陪乗していた副官ベル・ダンが変わった矢を番えて、その王の方に狙いを定める。

「待て、舌戦の最中に攻撃を仕掛けるのは、卑怯者のする事だぞ」

 慌てるその王に構わず、ベル・ダンは矢を放った。

 ヒヨォォォォォと、不思議な音を立てて飛翔する矢は、その王の遥か頭上を通り、敵陣の前で失速して墜落した。

「なんだその臆病な矢は?」

「知らぬなら結構。

 最早お前たちと語る舌を持たぬ」

 そう言い捨て、ティグラト・ピレセル3世は戦車を陣に戻す。


「よし、開戦のラッパを吹け!」

 マティ・イルが命じるが、その音が鳴る前に陣の後方が乱れているように見えた。

「何事か?」

「後方から騎兵が攻めて来ました。

 軍を示す印は、有翼円盤、アッシュール神のものです!」

「アッシリア軍だと?

 いつの間に……」


 ベル・ダンが放ったのは、遊牧民(スキタイ)から学んだ鏑矢(かぶらや)である。

 当然ながら、騎兵に攻撃命令を伝える信号だ。

 既に戦車よりも騎兵に攻撃の主体を移していたアッシリア軍は、騎兵を戦場から大きく迂回させて(繞回(じょうかい)運動と言う)、敵の死角に潜ませていた。

 中空から放たれた特徴的な音は、そんな彼等への合図であった。


 奇襲で乱れた敵陣に対し、ティグラト・ピレセル3世は主戦力の重歩兵に突撃を命じる。

 敵陣は混乱、そして機先を制された為、勇猛なアッシリア軍に蹂躙されてしまった。


「退け!

 退け!

 アルパドまで後退せよ!

 アルパドの城壁を頼って、敵を迎え撃つのだ!」


 元々一戦して、後は籠城する手筈だった。

 手筈だったのに、どうしてこうも犠牲が大きいのか。

(敵を侮った自分のミスだ。

 どうして無能で臆病という先入観を持ってしまったのだろう)

 敗軍を指揮しながら後悔するマティ・イル。


 彼がそう錯覚するよう数年がかりで手を打っていた女性は、戦況を遠くから眺めていた。

 そして

「勝ったわね」

 と呟くと、配下の者に

「私たちが前線近くに出る用はもう終わったわ。

 戻りましょう。

 あとは、戦場に滞りなく水と食糧、矢といった武器を送り届けるのよ。

 それも重要な役割ですからね」

 と伝えた。

 先頭に謎のイシュタル神が走る異形の集団は、こうしてシリアの戦場から姿を消すのであった。

おまけ:

ヤバが後方で補給の事をしている描写。

小説的な創作はともかくとして、この時代に補給という概念があったのか?

ありました。

アッシリア軍は、歴史上初めて「持続可能な遠征」を組織的に実現した軍隊の一つです。

補給拠点(デポ)を作り、牛車やラバの群れを用いた大規模な輸送部隊を運用していました。

季節限定の農兵から常備軍に切り替わったティグラト・ピレセル3世の時代、この補給部隊が大規模な機能強化されたと考えて良いでしょう。

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