激変した情勢に……
アッシリアで国王が変わった、この報は時差こそあったが、周辺諸国に伝わる。
様々な者が、それぞれの反応を示した。
「新王となったカルフ総督プルと、その妻ヤバのありとあらゆる情報を集めよ!
今持っているものでは足りん。
これまで、シャムシ・イルを通じて得たアッシリア王家の情報は一旦捨てよ!
新たなアッシリアと思って対策を考えろ!」
ウラルトゥのサルドゥリ2世は、彼らしくなく狼狽えつつも、対策について指示を出す。
この豪胆な男が狼狽するのも無理はない。
彼は、アッシリアが弱体化する手を地道に打って来た。
その大半が無駄な行為となったかもしれない。
「わしはアッシリアという遊戯盤の上に、駒を置いて来た。
間も無く勝利という所まで来ておった。
まさか、遊戯盤を投げ捨て、サイコロを遠くに投げ捨てられるとは思わなかった。
また一から駒の置き直しになろう」
彼はメソポタミアのボードゲームに例えて嘆く。
とはいえ、サイコロ遊戯に例える辺り、まだサルドゥリ2世には余裕がある。
所詮は「お遊び」であり、本命の軍事力はいまだ健在なのだ。
しかし、新たな王によりそれをも覆されるかもしれない、そんな不安も彼の脳裏をよぎっていた。
「なぜだ!
俺にフラれて国を追放されたヤバが、なんでアッシリア王妃なんかになるんだ!」
理不尽な怒りを爆発させているのは、都市国家サマルのクラムワ王である。
元馬鹿王子も、自分が追い出した女が、敵国のトップの座に就く事で、己の不明を責められると気付いている。
他の王が言っていたように、引き止められないなら殺しておくべきだった。
彼は、ヤバの才覚を認めてはいる。
自分よりも優秀だから、嫌いだったのだ。
彼にも彼の良い部分があったのに、劣等感を刺激するような女と結婚する事に耐えられず、自分を持ち上げ、気分良くしてくれる女を選んだ。
その結果、サマルの才女は、アッシリアの女悪魔となって牙を剥いて来ている。
その名を聞く毎に腹立たしい!
「落ち着かれよ。
最早過ぎた事を責めはせん。
それよりも、そなたが怒りで我を忘れ、同盟の結束を乱す方が心配だ」
クラムワを宥めているのは、反アッシリア同盟盟主であるビト・アグシ王マティ・イルだ。
この男は、情勢を把握する能力はあっても思考が短絡的なクラムワを安心させるべく
「確かに、そなたの元婚約者は中々のものだ。
だが、我々が相手にしなければ、嫌がらせ以上の事は出来ん。
そこが限界だ。
だから、我々は結束を乱してはならん。
それこそが、あの女悪魔の狙いだからな。
良いか、我々はこの地にアッシリアを引きずり込み、サルドゥリ2世と共に挟み撃ちにする。
それで勝てるし、そなたは元婚約者の企みを全て挫く事になるのだ」
そう説得する。
更に
「アッシリアの軍など大した事はない。
何度ビアインリ王国(ウラルトゥの事)に敗れたと思っておる。
王は替わった、だがそれが何だと言うのか?
あの短気で、感情任せに攻めるアッシリアの国民性はそんなすぐには変わらんよ。
そして、あの男尊女卑のアッシリアが、女に我々への対処を任せる。
新しい王は、前の王よりも腰抜けなのだよ」
とも言い放ち、クラムワだけでなく、アルパド市に籠る同盟国首脳を安心させた。
ここに来て、ヤバが
「あえて失敗しましょうか」
と言って、効果の少ない手を打ち続けた布石が効いて来たとも言える。
マティ・イルは、もしかしたら違うかもしれないと思いつつも、新王に対する不安から
「そうに違いない」
とバイアスをかけた解釈を自身に信じ込ませて、安心していた。
そんなクラムワから都市国家サマルを任されているのは、王妃となったバグマシュティである。
ヒッタイトの末裔国家では、女王は珍しくはない。
国王不在や、幼少期には王権を代行するのだ。
そんなバグマシュティが、ヤバに勝っているのは、男の心の掴み方だけである。
篭絡工作を得意とするバグマシュティは、一度余計な事を言って失敗したように、それ以外の能力は決して高くない。
しかし、本国ウラルトゥよりの指令により、クラムワに代わってサマルを統治する事になった。
彼女の方針は、何もしない事。
厳密には、官吏から上がって来る文書に、クラムワの名を刻んだ指輪で判子を押す事に徹する。
クラムワは、即座に反応して動くタイプの馬鹿だから、サルドゥリ2世からしたら、マティ・イルの目の届く範囲において行動を監視したい。
その間、留守の国を放置すれば、軟禁中のヤバの家族が復権し、国を奪還しかねない。
だから王妃として、何も出来ない女であっても、重石として君臨せねばならないのだ。
(あの時は、単純な男一人制御出来ないヤバ様を、私は馬鹿にしていたわ。
でも、こうして国王代行として政治の椅子に座ると、ヤバ様の凄さが分かって来る。
こんな仕事をしながら、人付き合いだけは良い、遊び人の相手とか、とてもしていられないわ。
ヤバ様の真の凄さを理解出来る女は、当世私だけかもしれない)
バグマシュティはそのように思う。
だが、同時に
(そんな才女を、また出し抜いたなら、どんなに気分良いでしょう。
ヤバ様だって万能ではない。
一度は私が出し抜いたのよ。
政治や軍事、外交に経済といった事ではとても勝てないわ。
でも、女の勝負はそれだけじゃないのよ。
ヤバ様……私が再び貴女様に食いつくその日まで、どうか壮健でいて下さいね)
と尊敬と殺意の入り混じった想いも募らせるのだった。
アッシリア王国、首都カルフ。
「よくおいでなされた、アルバキ総督。
家族なのだから、アッシュール・シャル・ウスル殿と呼べばよろしいかな?」
国王ティグラト・ピレセス3世が、長男の舅に当たる男を出迎える。
「我が王、そのような戯れはおやめ下さい。
我々は我が王に忠誠を誓うものです」
両者は、旧王宮で顔を合わせ、その後、国王が長年使っていた総督府に移動して話をする。
こちらは別邸のような使い方をしている為、公務と私的な事の中間のような話をする場だ。
「お父様、お久しぶりです!
相変わらず太っていますね!」
王太子妃となったバニトゥが、父に抱き着き、腹の肉をつまむ。
「おい、人前だぞ!」
「ここには家族しか居ませんから」
「お前の夫も見ているぞ」
「もう慣れっこですので」
父娘の語らい。
ヤバが微笑みながら
「アルバキ総督府では、随分と娘さんを伸び伸び育てたのですね」
と言うと、アッシュール・シャル・ウスルは恐縮しながら
「不躾な娘で申し訳ありません、王妃」
と謝る。
「何を謝られるのですか?
感心しているのです。
バニトゥさんは私とよく波長が合う、素晴らしい女性です。
我が王が即位するまでも、散々に助けていただきました」
「そう言っていただければ助かります」
「そうよ、お父様。
私、義母様とは凄く仲が良いのよ!
物分かりの悪い実の母なんかとは違い、本当に尊敬出来る方なのよ!」
と胸を張る。
そんな女性2人を、微笑ましくも、複雑な表情で見守る王と王太子。
以前、この2人が女神と魔神のコスプレで戦車を疾走させ、時の王都アッシュールで政治工作をした件を問い詰めたが
「そんな事あったかしら?
ねえ、バニトゥさん」
「沿道の民で、見たって人はいるのですか?
居ませんよねえ、ねえ義母様」
とはぐらかされ、それ以上強くは言えずに終わった事がある。
父子は互いの妻を
「もうある程度好きにやらせよう」
「その方が家庭円満ですねえ」
と言い合って、半分諦めていた。
なお、アッシュールにおいてバニトゥが行った魔神そのものの行為は、この場の誰も知らない。
実の父相手にじゃれている少女に、闇が巣食っているとは、誰も気づかなかった。
「さて、話に入ろうか。
ここで話した事は、いずれ本決まりになる」
「よろしいです」
「アッシュール・シャル・ウスル殿には、駅伝の整理、土地台帳の作成、それに伴った徴兵計画を進めるべく協力してもらいたい」
「それは、このカルフにおいて国王が行っていた事ですね。
恐れながら、アルバキでも同様の改革を進めていました。
土地台帳はまだ完全ではありませんが、このまま進めていけば……」
「いや、違う。
貴殿には王宮に入り、アッシュール全土の改革を指導して欲しいのだ」
「それは国王の権限を冒すものではありませんか。
恐れ多くて出来ません」
「私はこれより、アッシリアの国王直属軍や、貴殿から借りるアルバキ総督軍を、我が常備軍同様に改めねばならん。
私だけでは手が足りず、倅や副官も駆り出す。
しかし、同時に内政も変えねばならん。
王妃と貴殿の息女にも手伝わせるが、何分我が国は政治は男がするもの。
貴殿が国王代理として座ってもらわねば、ここの面倒な女どもとて手を焼こう」
「面倒な女って、どういう事ですか?」
「義父様、酷いですぅ~」
「事実なんだから、一々拗ねるな。
で、どうだ?
信頼出来る者にやってもらいたい。
頼めないか?」
アッシュール・シャル・ウスルは手を前に組んで礼をする。
「そのような事情であれば、お手伝いさせていただきます。
さて、任を引き受けるにあたり、心掛ける事はありますか?」
その質問に、王は声を潜めて囁く。
「旧王都アッシュールは後回しにせよ。
あそこは暫くは、守旧派の好きにやらせよ。
宮内長官に任せたら、喜んでいた。
アレのやる事に、当分は口を出すな。
ウラルトゥとの戦争に勝たぬ内に、守旧派に反乱を起こされたらたまったものじゃない。
当分は北部を中心にやってくれ。
それだけでも、当面時間かかる筈だ」
アッシュール・シャル・ウスルは頷く。
彼は先王の時代から、守旧派とはそれなりに上手く付き合って来た。
軍事改革の為の国政改革、並行で進めねばならないが、それによって反発も生まれる。
守旧派を宥め、彼等を暴発させないようにしながら、国内改革を進める。
(なるほど、わしに神の指が伸ばされたわけだ)
アッカド語で「ウバヌム・シュプルサット(神の指が伸ばされた)」は「白羽の矢が立つ」と同じ意味である。
納得したアッシュール・シャル・ウスルは、非公式ながら宰相のような役を引き受ける。
それを補佐するヤバも、ヒッタイトのような自分の名を刻んだ指輪ではなく、国王ティグラト・ピレセスの名を刻んだ指輪を預けられ、実務を行う。
この時期の彼等、彼女等の活動は公式記録には残っていない。
後世に記録として残ったのは、新王ティグラト・ピレセスは内政改革と軍事改革を同時に行ったという事実だけあった。
おまけ:
マティ・イルを小説上、積極的な反アッシリア・親ウラルトゥな人物にしてますが、実際は不明です。
アラム語の「臣従契約」という書状(粘土板)が残っていて、そこでは
「もしマティ・イルがバルガーヤー(サルドゥリ2世か?)や彼の子孫を欺くなら、彼の王国はまたアッシュール神が支配し、全ての生きるものに恥辱が与えられる悪夢の国となるだろう。
また、アルパドの町には雹が降り注ぐだろう。
7年間イナゴが貪り、7年間ウジ虫が貪り、7年間山犬が育つだろう。
草も生えないし、人は野菜を見かけなくなるだろう(以下略)」
と、「裏切ったら神に祟られるからな(要約)」と書かれてます。
この後の歴史を見れば、ガチの反アッシリアなのは分かるのですが、親ウラルトゥかどうかは解釈次第で。
ちなみにアラム語、現在のアラビア語同様、右から左に読んでいきます。
アッシリア語、バビロニア語(アッカド語系)は左から右です。
ヒッタイト語の象形文字の方は、左右交互に読む「牛耕式」でした。
エジプト象形文字は、動物や人の文字が前を向いている方を始点とし、左右どちらに向かって読むかを決めていました。
……小説の設定にしておいてなんですが、ヤバの「メソポタミア世界の言語なら何でも読めますよ」ってキャラ、マルチリンガルな人物は、歴史上にクレオパトラ7世とか、ミトリダテス6世とか、玄奘三蔵とか色々いましたけど、相当なチート能力です。
おまけの2:
バルガーヤーはサルドゥリ2世じゃなく、もしかしたら銀帝軍ゾーンの銀河超獣の方かもしれない……。
どこぞの王女をストーカーして魂を閉じ込めた宇宙戦艦……。




