プルの国王即位、そして……
「聞きましたよ、ご主人様、いえ我が王。
亡きアッシュル・ニラリ王は、アッシリアの再建をあなた様に託されたと」
戦闘においては「自分の出る幕ではない」と潜んでいたヤバが夫の元にやって来て話しかけた。
夫ことカルフ総督プルは不機嫌である。
「我が王等と軽々しく呼ぶな!
私が王となる根拠は無い。
先王は確かにアッシリアを私に託した。
しかし王を継げとは言っていない。
先王には、後宮にお子が居られる。
その方を即位させ……」
「あなた!」
またクソ真面目さと、それを盾にした形式論に逃げようとしたプルを、ヤバが窘める。
有無を言わさぬ迫力があった。
「あなた!
それは先王の意思を自ら否定していると、思わないのですか?」
「いや、私は最高司令官になって国の為に働ければ良い。
別に王になろうと挙兵したのではない」
「理由なんてどうでも良いんです。
王があなたに国を託された。
ならばあなた様が王になって国を率いる。
至極単純明快な話ではありませんか」
「だが、私には王になる根拠が無い。
私が王となれるのなら、誰でも王となれる。
それでは国の秩序が乱れるぞ」
そんなプルの元に、宮内長官ベル・ハラン・ベル・ウスルがおずおずと歩み寄り、跪く。
「我が王、先王の弟君、父王アダド・ニラリ3世の末子よ。
神殿で皆が待っております。
どうか、神事にお臨み下さい」
「は?
今、何と?」
「ですから、先王の弟君、父王アダド・ニラリ3世の末子と申しました」
「いやいやいやいや……。
系図勝手に書き替えないでくれます?」
「そうですな、では先王アッシュル・ニラリ5世の子としましょうか?」
「私は先王と大して歳は変わらんのだぞ!
その御子とか無理があるだろう!」
「ではやはり、アダド・ニラリ3世の御子という設定で良いですね」
「せやなくてやなあ……。
勝手に王家の一員って系図書き替えるのは、なんというかだなぁ……」
「あなた、素が出てますわよ。
いつも通り、きちんとなさい!」
「おほん……、そうであった。
宮内長官、系図改竄は国の歴史を惑わすもの。
偉大なアッシリアの王アダド・ニラリ2世の年名官記録命令以降、連綿と連なって来た我が国の歴史を歪めるものだぞ」
「ですが、もう煉瓦にそう刻んでしまいましたもので」
「おい!」
ベル・ハラン・ベル・ウスルとヤバは顔を見合わせる。
「そろそろ覚悟をお決め下さいまし、あ・な・た!」
「そうですぞ、皆が待っております。
今更後戻りは出来ないのです」
「あなたが継がないと、国が危ないんですよね!」
「国王になるのを躊躇されていたようなので、お手伝いしたまでの事。
書記官皆、納得しておりましたぞ。
それを無碍にはなさりませんよな!」
交互に圧を掛けて来る2人。
「ああ、分かった!
もう腹を決めた!
私は国王となり、先王の遺言を果たす。
これで良いな!」
「はい、お見事です。
ご主人様は、一度覚悟を決めると、後はやり遂げる方です。
私は終生、ご主人様……いえ我が王を影からお支えいたします!」
「即位に先立ち、王名を決めていただきます。
幾つか候補を用意してございますゆえ、お選び下さい」
示された候補は
「アダド・ニラリ4世」(アダド神は我が助け)
「アッシュール・ナツィルパル3世」(アッシュール神は継承者を守る)
そして
「ティグラト・ピレセル3世」(エシャラ神殿の継承者こそが、我が助け)
であった。
アダド・ニラリは、プルの捏造系譜上の父と同じ名前である。
正統性を示すには、もってこいの名前と言える。
アッシュール・ナツィルパルは、カルフを建設した好戦的な王の名前だ。
カルフ総督であり、ウラルトゥ討伐を任されたプルに合った名前と言える。
ティグラト・ピレセルは、アッカド語の原音では「トゥクルティ・アピル・エシャラ」と言い、分解すると上記の意味となる。
エシャラ神殿とは、アッシュール市にある最高神の神殿名だ。
それを継承する者という意味となる。
過去のこの名を名乗った王は2人いる。
ティグラト・ピレセル1世は、「地中海で船に乗り、イルカを狩った」という記録を残した覇王である。
都市国家であった古アッシリアから脱皮し、強力な王権と軍隊を有した中アッシリア時代の英雄と言えた。
ティグラト・ピレセル2世は、その中アッシリア時代最後の王である。
アラム人の大移動により混乱するメソポタミア世界において、アッシリアを最後まで守り抜いた王。
プルはこれらの名前の中から、ティグラト・ピレセルを選んだ。
プルは
「お前たちがどう捏造しようと、私に血統上の継承資格は無い。
だから、王家の直近の祖先である名前は名乗りたくない。
神殿の継承者か……私には丁度良い名前だ」
と話す。
ベル・ハラン・ベル・ウスルは少し不満げであったが、即位する王が決めた事、覆す事は出来ない。
彼は跪いて
「我が王ティグラト・ピレセル3世!
これより皆が待つ神の座に案内いたします。
神事を執り行い、アッシリア国王に即位なさって下さい」
と恭しく申し上げた。
紀元前745年アヤルの月13日、分かりやすい表記だと5月10日、王都アッシュール、エシャラ神殿。
最高神アッシュールの前で、新王は皆にこう告げた。
「余は、先王の意思により、これより王となりてアッシュール神の意思を果たす者なり。
余はこの時より、ティグラト・ピレセルの王名を名乗る。
アッシリアの民に、最高神、太陽神、豊穣女神、雷神、その他多くの神々の恩寵あらん事を!」
少しの静寂の後
「国王万歳!」
「王に勝利と栄光あれ!」
「神に選ばれし王!」
という歓呼の声が挙がる。
プル改め、ティグラト・ピレセル3世は心配し過ぎていた。
兵士も国民も、新しい王を欲していたのだ。
それ程までに敗戦続きを屈辱に感じ、これまでの王宮に不満を抱えていた。
彼等にとって、王とは「強き者」である。
先王とそれを操っていた権臣を実力で倒した者こそ、真の王なのだ。
アッシリアの王とは、最高神の地上代行者、天罰の執行人、大神官にして最強の将軍の事。
皆は彼をそうだと認めたのだ。
その証であろうか、こういう歓呼の声も聞こえて来る。
「真実の王!」
神殿のアッシュール神像の前から、バルコニーに移動して民に手を振る。
「シャル・キナトゥ!」
の叫び声は、民からも湧き上がっていた。
その歓声を、ヤバは人目につかない場所で聞いている。
こういう時には出しゃばってはいけないのだ。
そして王に続いてアッシュール・イルニが紹介される。
彼もこれ以降、本名では呼ばれない。
敬意を込めて「継承者」と呼ばれるようになった。
そのアプルに対しても
「アプル・ル・バリ!」(王太子万歳)
と声が飛んでいた。
アプルは複雑な表情である。
(もっと愛想を振りまけば良いのに……)
変な所で父子そっくりであり、ヤバは思わず苦笑した。
だが、そのアプルの妻であるバニトゥの姿が神殿にない。
「ちょっと野暮用がありまして。
まあ、女が出しゃばるのは禁物ですので、後で合流しますわ」
そう言って、彼女はどこかに出かけたのだ。
(賢い子ですから、国を揺るがすような事はしないでしょう。
即位式なんてお堅い行事、私だって出たくはないので、気分はよく分かります。
まあ、放っておきましょうか)
ヤバは楽観的であった。
その頃、アッシュールを少し離れた所にある寂れた神殿にて。
「私はアルバキ総督の娘です。
皆様と会いに来ました。
どうか、拝謁の名誉を賜りたく存じます」
物陰に潜む者たちに、バニトゥはそう告げた。
声を漏らさない潜伏者たち。
「私はアッシリアの為にのみ働いております。
決して私利私欲を満たす為、皆様の前に現れたのではありません。
どうか私にお姿をお見せ下さいませ」
しばしそう言い続ける。
すると物影から少年と女性が現れた。
「そなたは謀反人プルの子、アッシュール・イルニの妻であろう!
たった一人で現れたその度胸は認める。
今更アッシリアの為だとか、白々しいぞ!」
少年は精一杯、声変わりしていない声を張り上げる。
この少年は先王アッシュール・ニラリ5世の遺児であり、後ろの女性は産みの母親であろう。
先王の後宮は、権臣たちの勢力争いの舞台であり、王子をどうにか王太子にしようと暗闘が繰り返されていた。
その内の一人が、ティグラト・ピレセル3世の王都入城を前に、逃げ出していたのである。
そんな王子に対し、バニトゥは涙を流す。
「お可哀想に……。
このような場所にお隠れになられて……。
心よりお詫び申し上げます。
王子様には、相応しい場所がございます。
私めが、責任を持ってその場に案内いたします」
「相応しい場所だと?」
一瞬王宮を想像した王子の夢は、血の色に染まる視界と共に消えていった。
「ええ、不帰之国でございます。
そこで御父上がお待ちでございますよ」
バニトゥは隠し持っていた短刀で、王子の首筋を斬ったのだ。
そして悲鳴を挙げる母親をも殺し、
「3人目……」
と呟いた。
彼女は神殿から外に出て、スッキリした表情で独り言をする。
「私は、義母様が大好きなのです。
あんな聡明な方は見た事がありません。
あの方が、アッシリアを更なる発展に導くでしょう。
そして義父様も尊敬しております。
奔放な義母様を受け容れ、活かしているだけでも素晴らしい。
そして、義母様に劣らぬくらい素晴らしい思考をなさいます。
クソ真面目と言われる欠点もありますが、逆に言えば責任感が強いという事。
王として、こんな相応しい方はいらっしゃいませんわ。
ですが、お二方ともやれない事があります。
義母様は外国の方ですので、この国の貴族の事はよく分かってらっしゃいません。
そして、政治としては容赦の無い方ですが、個人としてはとてもお優しい。
義父様は、忠誠心がとてもお強い。
だから、私がやるしかないのです。
汚れ仕事を、義母様や義父様にさせるわけにはいかないのです。
この国で何度も起きた後継者争い。
その火種をこの世に残してはいけません。
これが私の夫に対する愛情でもあるのです。
ああ、私ってなんと健気でしょう!
神々よ、罪は私だけ、愛する義母様、義父様、夫には恩寵を!」
神殿での暗殺時には、仮面無しでも魔神の如き表情であった。
しかし、外に出たバニトゥの顔は、人を殺した後とは思えぬ、爽やかな表情であった。
やっと、プル=ティグラト・ピレセル3世だと正体明かし出来ました。
即位前の名前は、本来不明です。
しかしプルというのは、また後で出て来るアッカド語の名前なので、これを本名にしました。
前王との血縁関係は不明、簒奪者ではないか、と言われています。
なので、最初から王族っぽい名前ではないと考え、この名前を本名としました。
この「プル」はアッシリアではよくある名前なので、ならば出自は身分が高くないだろうと推測しました。
なので「プル時代」の事績は、カルフの反乱を除いて推測です。
史実を検索する上ではティグラト・ピレセル3世で調べて下さい。
ネタバレになりますが、ガチで凄い人ですから。
(覇権の基礎を固めたという上では、日本史なら織田信長かな)
なお、AIに「なんでティグラト・ピレセル3世は有名じゃないのか?」と聞いたところ
「カエサルやナポレオンといった名前に比べて、複雑で覚えにくいから」
と言われました……。




