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アッシリア王の悔恨

 天幕の中にカルフ総督プルを招き入れたアッシリア国王アッシュル・ニラリ5世。

 この王が、先程死んだ最高司令官(タンタル)シャムシ・イルの主張を信じていたなら、プルは謀反人。

 そんなプルに対し、王は一体何を言おうというのか?




「余は、王座という牢獄に入れられた囚人であった」

 アッシュル・ニラリ5世は述懐を始める。


「ウラルトゥに王国が奪われ始めたのは、余の兄・シャルマネセル4世からであった……」

 アダド・ニラリ3世には複数の男子がいた。

 その長男シャルマネセル4世の代、アッシリアはウラルトゥのサルドゥリ2世の攻撃を受ける。

 碑文には「ウラルトゥに勝利した」と刻んでいたが、実際は南下を辛うじて阻止した程度のものだった。

 既にサルドゥリ2世の父親の代から、ウラルトゥはアッシリアの北部と東部(イラン方面)を覆うように成長。

 サルドゥリ2世はそこから、アッシリア領を削りにかかる。

 この時期、まだ真面目に最高司令官(タンタル)を勤めていたシャムシ・イルが防衛に成功したりしたが、基本的に劣勢であった。


 シャルマネセル4世が没すると、弟のアッシュル・ダン3世が後を継ぐ。

 何番目の弟かは不明。

 シャルマネセル4世の没年は紀元前773年、アッシュル・ダン3世の即位は紀元前772年。

 この一年の間隙で、宦官や重臣たちによる、壮絶な王位争奪争いが起きていた。

 これに勝って「冊立の功臣」となったのがシャムシ・イルである。

 彼は若いアッシュル・ダン3世が成長し、没するまでの18年間、権力を握り続ける。

 そしてアッシュル・ダン3世の時代、既にウラルトゥとの戦争は慢性化した。

 その上、総督たちや地方官の反乱が起こり、疫病も流行した。

 そんな中、日食が記録される。


 アッシリアにおいて日食は最高神アッシュール、あるいは太陽神シャマシュが「王を見捨てた」印とされる。

 国王は降りかかる呪いを避けるため、一定期間身を隠さねばならなかった。

 この時、死刑囚や精神欠陥者を「代理王」として玉座に座らせる風習があった。

 こうして「代理王」をシャムシ・イルたちが補佐し、アッシュル・ダン3世が復帰した時には、既に取返しがつかないまでに王権は制限されていたのだ。


 やがて権臣や宦官たちの専横に心を病み続けたアッシュル・ダン3世が没し、弟の一人、アッシュル・ニラリ5世が即位する。

 アッシュル・ダン3世の没年は紀元前755年、アッシュル・ニラリ5世の即位は紀元前754年。

 やはり1年のギャップがある。

 この時期の記録は存在していない。

 またもや壮絶な冊立争いがあったようで、引き続きシャムシ・イルとベル・ハラン・ベル・ウスルが勝者となって、権勢を維持し続けた。

 そしてこの頃から、ウラルトゥとの戦争は消極的になる。

 兄たちと違って、アッシュル・ニラリ5世はウラルトゥとの戦争をしていない。

 絶えず侵略され続け、シャムシ・イルが迎撃部隊として出向くと、彼等が撤退するという「マッチポンプ」のような国境紛争が相次いだ。

 ウラルトゥのシリアへの攻勢は、アッシュル・ダン3世の頃からだが、アッシュル・ニラリ5世の代ではほぼアッシリアの敗北となっていて、マティ・イル等が完全に見限っている。

 マティ・イルがアッシュル・ニラリ5世に対し、優位な条件での条約を結んだのもこの時期となる。


 王権の低下は、王都の位置にも現れていた。

 アッシリアの本来の首都はアッシュールである。

 最高神アッシュールは、この地の守護神であった。

 それがアッシュル・ナツィルパル2世、現王の5代祖先(高祖父)の時代にカルフに遷都される。

 アッシリアの南側に位置するアッシュールより、北部にあって河川合流点に近く、物資輸送に便利なこの都市の方が遠征軍を出す上で有利だったからである。

 そんな好戦的な王の首都に対し、アッシュールは神の都であり続けた。

 外に向かうカルフと、内に籠るアッシュール。

 やがてアッシュル・ニラリ5世という「遠征をほとんどしない王」の時代になると、王都はほとんどアッシュールに戻されている。

 王は権臣に言われるがままに神事を執り行い、新興のカルフは、神事の度に富を捧げなければならぬ立ち位置となっていた。




 国王の述懐に話を戻す。

 アッシュル・ニラリ5世は続ける。

「余は古き都アッシュールにおいて、権臣・宦官に操られるだけの王であった。

 彼等に言われるがままに、各地に神事に伴う供物納入を命じ、それを自らが使う事もない。

 アッシュール神のお膝元にいて、『境界を広げよ!』という神の意思を実行する事もない。

 誰もが心の底で余を嘲っておるのは知っていた。

 それでも余は、アッシリアの王たるを辞めるという事は出来なかった」

 そう言うと、王はプルを見る。

「余は、卿を同類と見ていた。

 真面目で責任感が強く、神に与えられた職責に忠実であろうとする。

 打ち捨てられた遠征の為の都を預けられ、富の持ち出しに苦しみながらも、しっかりと統治する。

 まさに余と同じ種類の人間よ。

 だが、ある時から卿は変わったな?

 数年前からよな」


 その辺りでヤバは、新ヒッタイト諸国に属する都市国家サマルの王族ヤバを後妻とした。

 そして、ヤバに振り回されながら、カルフとその管区の改革を成した。

 苦しんでいたアッシュールへの富の持ち出しからも解放され、彼本来の頭の柔らかさが発揮され始めた。


 それを王は遠くから見ていたと言う。

「余は羨ましかった。

 余とて、権臣を粛清し、高祖父アッシュル・ナツィルパル2世のような強い国にしたいと思わんでもなかった。

 だが、余には出来なかった。

 踏ん切りがつかなかった。

 そうする事で、アッシリアが今より良くなるという確信も持てなかった。

 なれば、全てに目を瞑り、時の流れに身を委ねようとしたのよ」


 プルはそう言われて戦慄する。

 今まで彼も、アッシュル・ニラリ5世を無気力で、ただの権臣の言いなりの王だと思っていた。

 元来のクソ真面目さから、謀反を起こしたり、冊立の功臣になろうという意思も無かった。

 ただ、富を貪るだけの権臣、特に三代に渡って国を牛耳るシャムシ・イルを排除し、良き宮臣を付ければ、それに引きずられて良き王になるだろう、そう考えていた。

 忠義の彼にして、心の奥底では王を軽く見ていたようだ。


 だが実際には違った。

 王は心の奥底で悩みを抱え、それを誰にも打ち明けられなかった。

 良き王とはどういう者か、自問自答を重ねた末、時の流れに身をまかせる生き方を選択したのだ。


「カルフ総督よ、余は卿が羨ましいぞ。

 思ったように政治を行い、それで成果を出した。

 あの最高司令官(タンタル)が嫉妬を覚える程にな。

 その行動力が羨ましく、眩しく、不甲斐ない余の心の慰めとなった」


 プルは思い出す。

 彼にヤバとの再婚話が来た時の事である。

 アッシリア勢力からウラルトゥ勢力に組み替えられても、都市国家サマルの王はアッシリアを見捨てなかった。

 サマル王アズル・バアルは、王族の誰かとアッシリアの貴人との婚姻を打診する。

 最初は相手も王族だからという事で、アッシュル・ニラリ5世の側室候補とされた。

 だが、アッシュル・ニラリ5世は現在の後宮にわざわざ波風を立てたくないという事で、先日妻を亡くした旧首都カルフの総督夫人ではどうか、と話がまとまる。

 その後、サマルで何かあったようで、訳ありの王族が国外追放という形で、嫁ぎ先を探しているという知らせが届き、ヤバが嫁いで来たのだ。

 それまでの彼は、アッシュル・ニラリ5世同様現実に縛られ、視野を狭くしていた「牢獄の囚人」同様だったが、この後妻が来てから大きく変わる。


 もしもあの時、王がヤバを後宮に迎え入れていたなら?

 あの活動力の化身にして、敵には中々容赦の無い性格、そして常識外思考(チート)超絶過去遺産(オーパーツ)の使い手であるヤバが、後宮で一側室に埋もれたり、権臣に害される姿は想像出来ない。

 王の第二夫人くらいには登り詰め、その立場で今と同じような改革を行わせたかもしれない。

 その時、アッシュル・ニラリ5世はどのようになっていただろう?

 暗く、全てを諦めきったような無表情な今とは違い、溌剌として国政に積極的な王になっていただろう。

 その先は、アッシュル・ナツィルパル2世のような好戦的な王となっていただろうか?

 それともアダド・ニラリ2世(現王の7代祖先)のような実務と外交の専門家になっただろうか?

 あるいはアダド・ニラリ3世(現王の父)のような行政のプロと化しただろうか?

 いずれにしても、運命が大きく変わっていたに違いない。

 そうならず、ヤバがプルと再婚したのは、運命のいたずらだったかもしれない。

 プルはそうして、味方にしたら豊穣の女神、敵にしたら軍神であるイシュタルのような女性を手にした。

 一方、一時は手に入れかけていたイシュタルを手放した国王は、瀕死の病床にいる。


 その国王が目を見開いて叫ぶ。

「余は!

 余は最期の時は、アッシュールにおける権臣たちという牢獄を、自らの手で破り出たのだ!

 ざまを見ろ!

 余は、不甲斐ない余は、最期は国王として振舞えたのだ!」

「はっ……御立派な事です。

 是非お身体を治し、良き王として君臨して下さい」

「無理だ。

 余の身体の事だ、余には分かる。

 余はもうじき死ぬ。

 だから卿を呼んだ。

 良いか、余を閉じ込めた牢獄の檻は、最高司令官たちだけではないぞ。

 北と東を覆うウラルトゥ、西のシリア諸国、南のバビロニア、これら全てが檻である。

 余のみならず、アッシリアの兵と民を閉じ込める牢獄の形である。

 良いかカルフ総督、余の最期の命である、謹んで聞くが良い」

「はっ」

「余になり代わり、外に連なる牢獄の檻を打ち砕け!

 アッシリアを再び世界最強の国へと造り直せ。

 これを余の遺言と思え」

我が王(ベーリー)、そのような大それたことは……」

「返事は如何した?

御意(アアン)』か『承知アンナ』以外の返事は聞かぬぞ」

御意(アアン)

 承りました、我が王(アッパルベーリー)……」

「よろしい」

 その言葉を最後に、アッシュル・ニラリ5世は目を閉じた。

 そして鼾が聞こえ始める。

 その鼾がやがて途切れた。

 プルが呼んだ宮内長官たち、王宮の者たちが王を囲んでいる。

 その彼等がプルの方を向いて告げた。


国王(シャル)アッシュル・ニラリ5世は、ただいまご逝去なさいました。

 これよりの指示をお願いいたします、我が王(ベーリー)


 時に紀元前745年、アッシュル・ニラリ5世没。

 アッシリアの歴史は新しい段階へ移り変わろうとしていた。

アッシリア王位(新アッシリア王国)

アダド・ニラリ2世(紀元前911~891年)

トゥクルティ・ニヌルタ2世(前王の子:紀元前891~884年)

~ 後継者争い ~

アッシュル・ナツィルパル2世(前王の子:紀元前883年~859年)

シャルマネセル3世(前王の子:紀元前859年~824年)

~ 後継者争い ~

シャムシ・アダド5世(前王の子:紀元前823年~811年)

アダド・ニラリ3世(前王の子:紀元前811年~783年)

シャルマネセル4世(前王の子:紀元前783年~773年)

~ 後継者争い ~

アッシュル・ダン3世(前王の弟:紀元前772年~755年)

~ 後継者争い ~

アッシュル・ニラリ5世(前王の弟:紀元前754年~745年)

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