決断
反アッシリア同盟に対し、嫌がらせとも言える政治工作をして時間を稼いでいるのは、カルフ総督夫人ヤバである。
ウラルトゥの国王サルドゥリ2世は、まさにそのカルフ総督とその夫人の狙い撃ちにしている。
彼等を叩き潰す事で、アッシリアの経済立て直しの鍵である交易を止めてしまい、国力がじわじわ低下していく状況を再現して、彼等を単なる農業国に落とし込む。
だからカルフ総督夫妻を戦場に引っ張り出し、その権威を地に落としたいのだが、彼等は一向に出撃しようとしない。
それどころか、領地で軍事訓練に励み、繰り返される政治工作は反アッシリア同盟諸国の王の神経を削っていた。
反アッシリア同盟盟主マティ・イルからは
「手筈と違う、早くアッシリア軍を我々の前に送らせて欲しい。
それと、あの女をどうにかして欲しい」
と言って来ている。
ウラルトゥに対しても、カルフ総督夫人が煽動した騎馬民族の侵入という、座視しがたい工作が成されていた。
「少し強引な手を使ってみようか。
ちと時間が掛かり過ぎていて、わしとしても不快に感じて来たわい」
こうしてサルドゥリ2世は、アッシリア国内をかき回す工作を始めた。
それがアッシリアの歴史を大きく変える。
「義母様、大変です!
あの強欲な最高司令官が、あのシャムシ・イルの奴が……」
「落ち着いて話して下さい。
不謹慎な事を楽しむ余裕があるバニトゥさんらしくありませんよ」
「慌てますって!
あの野郎、カルフ総督に危害を加えるつもりですよ!」
「は?
あ、失礼。
確かに慌てる事態ですね。
詳しい事を教えて下さい」
それはバニトゥの夫、ヤバの義子であるアッシュール・イルニからもたらされた。
彼はシャムシ・イルに呼び出され
「君の父には、この王都に来てもらう。
彼は反逆者なのだ」
と告げられた。
「父が反逆者ですと?
それは一体どういう?」
急な話に、思わず反問するアッシュール・イルニ。
「あの男は自分の領地の統治に失敗した。
管区で反乱を起こされた。
その報は聞いているだろう?」
「はい」
「その時、我が王への反抗的な言動が反乱者からなされた。
君の父はそれを聞いても、その者たちを処罰しなかった。
我が王に対する不敬だと思わないかね?」
「それは確かに……」
「そして、その反乱者どもは、早くシリアに出て戦う事を要求した。
にも関わらず、君の父は軍を動かさず、ひたすら領内に閉じこもっている。
これには他の目的があると思わんか?」
「他の目的……まさか、我が王への反逆?」
「そうだ。
だから、王都アッシュールに出頭してもらう」
「お待ち下さい。
まだ反逆と決まったわけではありません。
父にも弁解の余地を!」
「だから出頭してもらうのだ。
私とて、あの男が本当に叛意を持っているとは信じがたい。
しかし、そう疑わざるを得ないのだ。
ならば、この王都にて王の御前で弁明して貰わねば」
「は……そうであれば俺には何も反対する事はありません。
最後にもう一つ質問してよろしいでしょうか?」
「何か?」
「この事、我が王はご存知なのですか?」
「もちろんだ。
驚き、嘆いておられた。
他にも反乱を起こした総督はおったが、まさかあの男までも、とな……」
「我が王が左様仰せなら、従います!」
(ふん、単純な男よ。
父とは真面目な所がよく似ておる。
それ故、この男は御しやすい。
父の方は真面目なだけの男から、変化したようだがな)
「それで君なのだが、父上に対する人質としての価値がある。
このまま私の側に留まるように」
「承知しました。
その前に、一つお願いをしてよろしいでしょうか?」
「他への連絡は許さんぞ」
「いえ、この剣を研ぎに出したいのです。
これは俺が国王直属部下教育を終えた後、我が王から授かったものです。
この後、どういう運命となるか分かりませんが、俺はこの剣と共に生き、共に死のうと思います。
我が王から死を賜ったとして、せめてこの剣で殺されたい」
「その剣を貸してみろ」
そう言って手に取ってみたが
(何の変哲もない剣よな。
細工の跡もない)
安心したシャムシ・イルは、鷹揚にアッシュール・イルニの願いを聞き届ける。
彼にはまだ利用価値があると思っていたので、余り無碍にも扱えなかった。
だが、この行為そのものが合図、そうバニトゥの叔父と取り決めていたのだった。
以前、公衆の前で大喧嘩を、謝罪の為にバニトゥの叔父邸を訪れた事があった。
それは訪問する為の演技であり、その際に万が一の際に備え、いくつかの取り決めをしている。
鎌型剣は父のプル、短剣は自分、盾は義母のヤバ、帯は妻のバニトゥ、鎧はカルフ市そのもの等と持ち物に意味を持たせた。
それを修繕させるのは「危機が迫る」という意味にした。
他にも暗号はあるが、とりあえず「剣を研ぎに出す」という行為が許された事で、外部への連絡が出来たのだ。
更に
「武器屋に伝えよ、これは王より授かった物だ、無礼に扱う事は許さんとな」
と付け加えた事で、この件に国王が関わっている事も付け加える。
こうして剣そのものは外出を禁じられたアッシュール・イルニに代わり、シャムシ・イルが命じた代理の者によって武器屋に届けられたのだが、十分に連絡としての役割を果たしたのである。
そして、即座にカルフに居るバニトゥまで伝えられた、という事だった。
「……というわけで、貴方は狙われています、ご主人様!」
ヤバとバニトゥは総督府を訪ねて伝えた。
だが、プルは落ち着いている。
「私に王都に出頭せよと言うのだろう?
既に知っている」
そう返すプルを見て、顔を見合わせる女性陣。
「お前たちだけが、王都の情報網を持っていると思ったのか?
私もそういうものは構築していた。
まあ、お前たちのものとは違うがな」
そう言って、プルが王都に残していた情報網について話す。
彼は、シャムシ・イルや宮内長官等の権臣に胡椒という貴重品を礼物として贈る事を利用し、一部の貴族を買収して自分に何か命令が出る場合、先んじて知らせるように頼んでいたのだ。
これは王宮、貴族社会の動向を伝えるもので、非合法な活動ではない。
シャムシ・イルの懐に潜り込んでいる息子とは違い、至極安全なものだ。
その分、詳しい情報までは分からないが、それでも急な命令が来る前に、手を打つ事が出来る。
「実際、私は反乱を企てているわけではない。
話せば分かってもらえる。
私は単身出頭しようかと……」
「甘いですわ!」
長男の妻が大声を出す。
男尊女卑社会において、非常に無礼な行為なのだが、今はそんな事を言っていられない。
「シャムシ・イルは、義父様を幽閉するつもりです。
既に私の夫は、シャムシ・イルに何かされて身動きが取れなくなっています。
非常用の連絡手段を使ったのがその証です。
行けば、有無を言わさず捕らえられ、幽閉されるか、最悪殺されます」
「そんな事は分からんだろう?」
「いいえ、最高司令官の目的を考えれば、十分あり得る事です」
今度はヤバが、静かだが強い圧を掛けながら言って来た。
「最高司令官はウラルトゥと繋がっています。
その事は長子様から報告を受けていたでしょう?
戦争を終わらせる為に、敵の王と裏交渉をする、その事自体は悪ではありません。
しかし敵と繋がった者が、国の為ではなく、個人の利の為に動くのであれば、それは害悪です。
彼等の目的は、ご主人様にシリアで負けてもらい、それで停戦を成す事。
ですが、私たちは負けてやる訳にはいかないと、軍事力を蓄えていました。
これが目障りになったのでしょう。
貴方が王都に行ったなら、総督の地位を奪われ、代わって最高司令官の息が掛かった者がその地位に就くでしょう。
そして負ける為の出撃をし、我が州の民や兵の命が損なわれる……」
「…………だが、それは全部憶測だろう?
それに……それが我が王の思し召しなら……仕方ない……」
「あなた!」
「義父様!」
女性陣が叫ぶ。
その迫力に、総督の横で一緒に話を聞いていた副官ベル・ダンも驚く。
「おい、無礼だぞ!」
「いいえ、関係ありません。
あなたは、反乱の際の民や兵の声を聞いたのでしょう?
もう負けたくない、アッシリアの誇りを守りたい、と」
「ああ、聞いた」
「今の王ではダメだ、と」
「おい!」
「あなたには、その声に応える義務があります!」
「おい!!」
「そうですよ、義父様。
民や兵は、貴方様を頼りにしています。
それに応ぜずして、むざむざ宮廷の権臣に屈して、悔しくはないのですか?」
「お前たちは、我が王に対し反乱を起こせと言うのか?」
「そこまでは言いません。
シャムシ・イルを討てと言っています。
あなたも、権臣が蔓延る現状に不満を持ち、いずれどうにかしてやると思っていたじゃないですか」
「確かにその気持ちはある。
しかし、その為には王都に軍を進めねばならない……」
「今やらずして、いつやるのですか?」
「そうですよ!
グズグズしていたら、シャムシ・イルに先手を取られます!」
「ここはご婦人方の言われる通りにしては如何ですか、総督閣下」
「ベル・ダン、お前まで何を言い出す?」
副官からも反乱に同調する言が飛び出し、プルは驚いていた。
「改革の進んだ我が軍は、今でも十分に強いのです。
数が足りないだけで、戦えば十分にシリア諸国ともウラルトゥとも互角以上にやり合えます。
その軍は、閣下に忠誠を誓っています。
もし閣下が王都で囚われの身となったなら、この軍は決起しますよ。
誰の制御も聞かない状態で。
そうなると、この軍の猛威はアッシリア国内に向かいます。
それを良しとなさいますか?」
女性陣の声以上に、プルには副官の冷静な意見が響いた。
自分さえ囚われの身となれば、それで何とかなるなら良いと思っていた。
しかし、甘かったようだ。
自分が手塩に掛けて育てた軍が、アッシリアに牙を剥くとあらば、彼の今までの人生が全て否定されたように思えてしまう。
彼はアッシリアの為に働いて来たのであり、アッシリアを乱す為に生きて来たのではない。
そこに伝令がやって来る。
王都より使者が来たというのだ。
「よし、会おう。
ここに連れて来い」
何か言いたげな女性陣を手で制すると、プルは使者に向き合った。
「国王アッシュール・ニラリ5世の名で命じる。
カルフ総督プルは、単身で王都に出頭する事。
以上」
「謹んでお受けする……と思ったかぁ!?」
「な……何を?」
プルは剣を抜くと、使者の胸を突き刺した。
倒れる使者に、ベル・ダンが馬乗りとなってトドメを差す。
「覚悟は見たな?
兵に集結を命じろ!
これより出撃する。
目標は王都アッシュール。
君側の奸を討つ。
外敵の前に、内なる敵を葬り去る!
皆にそう伝えよ!」
そう言うプルの表情は、既に覚悟が決まった、妙に涼し気なものであった。
中間雑感:
歴史もので、最初から覚悟決まってる主人公以外は、覚悟するまでの過程を書いているのですが、今回は比較的早く覚悟が決まって、物語の転換点迎えられて良かったです。
100話超えてもまだ覚悟決まらない主役書いた事もあったので。




