表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/48

カルフの反乱

 ウラルトゥの目的を把握し、動かないようにしているカルフ総督プル。

 いや、彼を動かさないよう手を打っている彼の妻のヤバと、長男の妻のバニトゥ。

 彼女たちは、最終的には動かざるを得ないと考えているが、敵の思惑通りに負けてやる義理は無いと考えていた。

 勝てる態勢を整える為にも、「今は」動かない。

 準備が完了するまで時間を稼ぎ続けたい。


 そんな彼女たちの思惑を覆すような事件が発生した。

 カルフ総督管理区域で、大規模な農民・兵士による反乱が発生したのである。




「どういう事だ?」

 プルは副官ベル・ダンに尋ねる。

「まだ分かりません。

 しかし、ウラルトゥとの戦争の為に集まり、我々が訓練をしていた兵士たちも多数、反乱に加わっています」

 彼等の脳裏に、自分たちが行っていた訓練への不満がよぎった。


 アッシリアの兵士は、「アッシュール神の神兵」である自認している。

 激しく戦い、神の為に虐殺し、供物を捧げた後は神からの恩恵であるとして略奪をする。

 農閑期の副業でもあった。

 そんな兵士たちに対し、プルの訓練は不満を溜めるものであった。

 命令絶対遵守、敵の挑発に乗らないよう、命令違反者は処刑すら行う。

 そうした命令関連の訓練に徹し、戦闘訓練はほとんどしていない。

 戦争とは敵を殺す事だ、と心の深い所に刻まれているアッシリア男子には、不満が溜まるものだ。


 これはプルが近代軍思考を持って行ったものではない。

 ウラルトゥとの戦闘では、このアッシリア人気質が利用されて敗北しまくっている為、彼なりに戦訓を理解しての変革であった。

 ウラルトゥは、要塞守備戦を得意とする。

 アッシリアに攻め入って挑発し、アッシリア軍をおびき寄せて、要塞と野戦部隊による連携攻撃を行う。

 このパターンで数十年負け続けて来た。


 当然アッシリアの中には、プルならずともワンパターンの敗戦から学ぶ者もいただろう。

 しかし、彼等は何も出来なかった。

 アッシリア軍は、農閑期で外を侵略する軍隊。

 訓練期間もほとんどないし、訓練するより人を殺して略奪をしたい。

 そして農繁期になると帰っていく。

 周辺国を征服しても、征服を維持出来ない、長期戦が出来ない体質。

 個人の戦闘能力頼みで、将軍の役割とは彼等を狩場に連れて行き、効果的な地形とタイミングで解き放つ事。

 アッシリア軍が、アッシリア農民で構成されている以上、ウラルトゥの戦術にはまらないようにするのは不可能だったのだ。


 だが、プルには可能だった。

 農民の中から三男以下や、あぶれ者を集めて作った常備軍と、それに給与を払い続けられる財力。

 この常備軍は四六時中訓練が可能である為、あらゆる事を試せる。

 不満があっても、帰った家に自分の相続する土地は無い。

 だから、ここで立身する以外の道が無い。

 ある時、全く同じ練度の兵たちを二手に分けて模擬戦闘をしてみた。

 命令に従って統制して戦う部隊の方が圧倒的に強い。

 繰り返しそれを実感し、彼等はプルの指導に従うようになった。

 こうして改革された軍で頭角を現すと、新兵の教育係に抜擢され、やがては下級及び中級指揮官にも抜擢される。

 今までは家柄重視だった為、実力本位のプルの常備軍では、より多くの兵がやる気を持つようになった。


 こうして生まれたカルフ総督の軍隊だが、今それには異物が入っている。

 国の危機を憂いて集まった、農閑期に遠征を楽しみにしていた古きアッシリア兵たちである。

 軍隊は足並みを揃えるもの、だから彼等にも同じような訓練を施した。

 それで不満が溜まっていた、という報告を聞いていたのである。

 いつか爆発する、その覚悟もあった。

 ついに来る日が来てしまったか……。


「良い、私が彼等を抑える。

 私が統治する土地の民であり、兵士だ。

 決して鎮圧という手段に打って出てはならんぞ!」

 プルは部下たちにそう告げた。


「王都アッシュールにも一報を入れますか?」

 副官ベル・ダンの言にプルは

「頼む。

 正確に全てを報告してくれ」

 と告げた。

 ここがプルのクソ真面目と言われる部分がある。

 普通は隠したがる。

 自分の統治に不満を持たれたなんて知られると、総督失格と看做され更迭されかねない。

 この時代のアッシリアの総督は「地方の王」と言える権力を有していた。

 それを手放す事になりかねない失態は、知られない方が良いはずだ。

 だがプルはこれを報告し、アッシリアの歴史書には


『カルフにて兵士や民たちによる大規模な反乱が起こった』


 と記録される事になる。


 だが、この反乱は当初想定していたものと、全く違った形のものであり、ここから運命が意図せぬ方向に動き出す事になる。


「私が総督だ。

 アッシリアの民よ、アッシリアの兵よ、不満が有ったら申せ。

 私に着いて来られないというなら、私はその職を退くであろう。

 だが、今は国の危機である。

 私が許せないと言うなら、せめて反乱はやめてくれ。

 私がウラルトゥやシリアの反乱軍を打ち破った後、再び私を責めれば良い。

 今だけはやめてくれぬか」


 プルのその呼びかけに返って来た反応は意外なものだった。


「そんな事は望んでいない。

 総督を辞めるなんて言わないで下さい」

「オラたちは総督が嫌なんじゃねえんだ」

「そうだ、我々は総督に不満を持っているわけじゃない。

 確かに訓練に不満はあるが、それが理由じゃないんだ」

 そんな声だった。


 彼は、軍役の重さと訓練への不満を訴えられるものと考えていた。

 それに対しては

「ウラルトゥに勝つ為に必要だ!

 同じ戦い方では、未来永劫勝てん!

 勝ちたかったら、私に従え!」

 と説教するつもりであった。

 威厳を持って自分の正当性を伝え、従わせる事には自信があったのだが、この声は意外過ぎて困惑する。

 

 バラバラに返って来る、自分に辞めるなという声に

「じゃあ、何を求めている?」

 と尋ね返すプル。

 その返事は

「早くウラルトゥとの戦いをしてくれ!」

「各地で同胞が負けている。

 それが悔しくてたまらないんだ!」

「ここには強力な軍隊がいる。

 俺たちなら勝てるんじゃないのか?」

「総督、あんたは立派な人だ。

 でも、ここで動かないのなら、あんたも都のお偉いさんたちと一緒だぞ」

 というものであった。


 次第に反乱部隊の声は、政権批判に変わっていく。


「今の国王はダメだ。

 神の使命を果たしていない」

「オラたちは神の兵だ。

 だのに、あの王は神の為の戦いをしちゃいねえ」

「祭りだなんだって言って、供物を求めているけんど、オラたちはそれが敵を破る事に使われると思って払ってるんだ。

 お偉いさんたちを太らせる為じゃねえんだ」

「税を払ってるんだ、供物を捧げているんだ。

 だったら、強いアッシリアを示してくれよ」


 彼等は勝てないアッシリアに対し、これ程までに鬱憤を貯めていたのだ。

 プルはその気持ちを受け取った。

 受け取ったが、それでもどうにも出来ない。

 まだ万全ではない。

 今のままウラルトゥに戦いを挑んで、勝てるとは言い切れない。

 総督が率いる兵力は数千、多くて1万人。

 反アッシリア同盟諸国の兵力は総数で2~3万人。

 それにウラルトゥの援軍が2万程とすれば、圧倒的に足りない。

 足りない兵力でも勝つ為には、更なる訓練による精鋭化が必須。

 もっと時間が必要なのだ。


「諸君の気持ちは分かった……」

 と言いかけた時、異なる声が割り込んで来た。


「皆の者よ、よく聞くが良い!」

 女性と男性の声が共鳴し合った金属的な声がする。

 皆はその声のする方を見た。

 そこには青き衣を纏い、七本の矢筒を背負った女が立っていた。

 女か?

 髭が生えている。

 男性の特徴と女性の特徴を備えている存在……

 即ち

「イシュタル神……」

 豊穣の女神であり、同時に戦いの男神でもある両性具有(アンドロギュヌス)の超越者。

「イシュタル・ベールティー」(イシュタル、我らが女神よ)

「ナナ・イシュタル!」(イシュタル神を讃えよ!)

「ル・ルー・シャテラ・イシュタル!」(イシュタル神に至高の称賛あれ!)

 神を讃える声があちこちから聞こえる。

 すると、また男女の混ざり合った金属音声が聞こえる。


「そなたたちの想いは叶うであろう。

 しばし時を待て。

 一年とかからず、願いは成就する。

 神を信じよ」


 歓声が沸き上がった。

 そして

「ル・ルー・イシュタル!」(イシュタル万歳!)

「アナ・イシュタル!」(イシュタル神の為に!)

「ナナ・イシュタル!」

 涙混じりの声で感謝を告げる。

 こうして反乱は収まり、皆は

「総督閣下を信じます!」

「どうか、我等を導いて下さい」

 と言いながら解散していった。




「……ヤバ……どういうつもりだ?」

 プルがイシュタルのコスプレをした女性に詰め寄った。

「あ、分かりました?」

「分からんわけが無いだろう!

 色々言いたい事はあるが、それは何だ?」

「あ、これはですね、円錐管というヒッタイトで使っていた儀式用具です。

 これに男女二人で一緒に声を出せばですねえ、なんか神秘的な音に変わるんですよ」

「いや、お前のその恰好!」

「見ての通り、イシュタル神ですが?」

「何の真似をしたかは分かっておる!

 一体何のつもりだと聞いているんだ!」

「いやあ、私の情報網にも、民が求めているのは速やかな勝利と入って来ましてねえ。

 でも、ご主人様は真面目だから、上手く説得出来ないと思いまして。

 それで、神の声を使ってみたんですよ」

「その事自体は、今回は目を瞑ろう。

 実際、私では上手く説得出来なかったかもしれん。

 言いたい事は一緒でも、神が漠然と言った方が効果があるかもしれんからな。

 だが、あの一年とかからず云々はどういう事だ!

 勝手に決めるでない」

「え?

 それくらいで準備は整いますよね?

 違いますか?」

 ヤバがサクっと答え、プルは頭を抱えた。

 確かにそれくらいで、準備は整う。

 だが、彼には自信が無かった。

 自信が無いから、もっと時間を掛けたい。

 その弱気がぶった切られてしまった。


 ともあれ、1年以内と刻限が切られはしたが、引き続き準備の時間は確保出来た。

 この期限内に、民や兵の期待を裏切らないように、彼は戦わねばならない。

(全く困った事だ……)


 そして、ヤバが言った「1年かからず」は図らずも的中する。

 ヤバもプルも想像していなかった事に、カルフの軍が出動する事になるのだった。

おまけ:

カルフの反乱は史実です(エポニム年代記)。

史料を載せたいところですが、短い上にネタバレを含むという厄介なものなのでした。

でも、ネタバレ上等で書きます!

挿絵(By みてみん)

「ina URU Kal-ḫi si-ḫu

 ITI.GU₄ UD.13.KAM ^m^TUKUL-ti-A-EŠ-ŠARRA ina ^giš^GU.ZA i-tu-šib ina MU-šu-ma a-na KASKAL i-tal-ka」

です。

(「なろう」でアッシリア語を書いた人は作者が初かな?)


19時にも更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ムスカ並みに「読める、読めるぞ!」って言ってみたいけどやっぱムリっすw
>史料を載せたいところですが、短い上にネタバレを含むという厄介なものなのでした。 でも、ネタバレ上等で書きます! アッシリア語、読めるわけないでしょ!Σ(^◇^;)
ネタバレ上等って言われても、読めない!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ