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動かぬ軍は更なる強化を目指す

「うちの嫁どもは、ついに政治にも口出しして来たか……」

 カルフ総督プルは、自分の妻ヤバと息子の妻バニトゥから、ウラルトゥの目的がプルだから、動くべきではないと説得されると、そう呟いた。

 全くもって、女が政治・軍事に口出しするとはけしからん。

 けしからんが、もたらした情報は貴重なものだ。

 それでも、

我が王(ベーリー)が負けろと言うなら、出撃して負けねばならぬ。

 それでシャムシ・イルの権威が増そうともな。

 いずれあの男には退いて貰うが、それよりも外敵に対する戦争が優先する。

 外敵との問題をどうにかしてから、内なる敵に退場願う。

 その為にも、今は国内で私的な意地を張る場合ではないだろう」

 と言ってしまうのが、クソ真面目なプルらしい。


 ヤバとバニトゥは顔を見合わせて、肩を竦める。

 この二人は、堅物のプルがそう言う場合も想定し、次の説得も考えていた。


「いずれ出撃命令に従わねばならないでしょうが、その前にすべき事があります」

「なんだ?」

「軍備増強です」

「それは確かだ。

 だが、命令よりも優先する事とは思えん」

「死ぬ気ですか?

 最高司令官に退場してもらう夢は、誰かに託すのですか?」

「いや、その気はない」

「ならば、兵力が足りません。

 同じ負けるにしても、上手く負けましょう。

 それには兵力が多い方が良いです」

「だが、命令が出たら……」

「行かないとは言っていません。

 待って欲しいと言うのです。

 総督にはそれくらいの権限がありましたよね」

「有る。

 それ故、自身で出撃しない者もいるくらいだ」

「ならば、待ってもらいましょう。

 ご主人様が堅実な人間なのは、誰もが知っている事です。

 負けろというのは、総司令官が勝手に決めた事。

 国王はそのような事を言っていません。

 ならば、アッシリアの軍司令官として恥ずかしくない兵力を揃えてからにしましょう。

 一州をもって大国と、七ヶ国連合と戦うのです。

 相応の兵力が必要です」


 結局プルは、この説得に応じた。




「ですが義母様、負ける気は無いですよね?」

 総督執務室からの帰路、バニトゥが話を振る。

「当然です。

 勝って帰って来て貰わないと困ります」

「それでこそ! ですわ。

 で、どう軍を強化するのですか?

 義母様は、軍事は分からないと言っていましたよね?」

「私が分からないのは、戦場での駆け引きや、兵士の率い方、訓練の仕方や、いつ戦争をするかという事です。

 私でなくても、どういう兵が強いのかは分かります」

「ええと……。

 よく訓練され、優れた武器を持ち、戦意旺盛で、優れた将軍に率いられる……。

 それと数が多い」

「加えて、補給がしっかりして飢えない、損害を負ってもすぐに補充される、ですね」

「ああ、なるほど、義母様の得意な分野ですね」

「そういう事です。

 あとは情報戦ですけど、どうもこれは私よりも貴女の方が得意そうですね」

「いやあ、私は国内の貴族たちの事を知っているだけですよ」

「それでも十分です。

 敵は外にいるだけではないのですから」

「分かりました、お任せ下さい!」

「じゃあ、頑張りましょうか」

「はい、私たちの幸せの為に」

「まあ、本音言ったらダメでしょ」

「そうでした、テヘっ」

「おほほほほ……」

「うふふふふ……」




 首都アッシュールでは、軍最高司令官タルタンシャムシ・イルが、プルのカルフ管区軍に、シリアへの遠征命令を出そうとしていたが、それを宮内長官ベル・ハラン・ベル・ウスルが引き止める。

「既に一度、遠征軍が追い返されています。

 もう一度負けたらアッシリアの威信は傷つくでしょう。

 ここは慎重であるべきですな」

 宮内長官の発言に、

「軍事の事に口を挟まないでいただこう」

 と総司令官が激昂するが、宮内長官も負けてはいない。

「これ以上の敗北は、我が王(ベーリー)の名を辱める。

 王家に仕える者として、それを許容するわけにはいかないのだ」

「だが、シリアを放置すればそれこそ王の威信は傷つくぞ」

「絶対に負けぬ態勢で、親征の軍を出すのだ。

 王自ら戦車を進めれば、兵士たちも勢いづこう」

「王家の財政は厳しいと聞いておる。

 まあ、卿もその理由は分かるだろう?

 原因の一人ゆえな」

「さあ、何の事やら」

「まあ良い。

 王家の財政は苦しい、軽々に親征などは出来ぬ。

 ここぞという時に我が王(ベーリー)には進発していただく」

「その財政だがな、徐々に回復しつつある」

「なんだと?

 そのような事は知らぬぞ」

「カルフ総督殿がな、我が王(ベーリー)とその親衛隊の為に、莫大な支援をして下さった。

 彼はな、いずれ自分が征かねばならぬ事を知っておったよ。

 それゆえ、7ヶ国を相手取るには我が王(ベーリー)の出座が必要、出座を願う上は豪華でなければならぬと、多額の供物を捧げて下されたのよ」

(己の懐には、いくら入ったのだ?

 あの(プル)、真面目なだけの男かと思ったが、意外な曲者だったか。

 わしに胡椒(ピリピリ)という高級品を贈るようになった時点で、以前とは違って来たという事か……)

 シャムシ・イルは、自分に側仕えさせているプルの長男アッシュール・イルニを見る。

 目が合った事に気づいたアッシュール・イルニは

「俺から父を説得しましょうか?」

 と言って来たが、シャムシ・イルは

「いや、それには及ばん」

 と返した。

 この若造が何かしたか? とも思ったが気のせいだろう。

 この男が兵営から何かを送ったような形跡はないし、誰かと会った形跡もない。

 妻の実家の者とは会ったようだが、形の上では仲直りしたものの、相変わらず険悪な関係のようだ。


 とりあえず、宮内長官の言い分が通る。

 7ヶ国連合に対し、軍都とはいえ一軍管区で立ち向かうのは困難である為、カルフ総督には準備をしっかり整えて貰い、国王の直属部隊と合わせて戦うべし。

 それが正当な作戦であり、シャムシ・イルが密約をしている

「カルフ総督の軍をシリアで破ったら、その後は勝ちを譲って貰える」

 という話は、表に出す事は出来なかった。




 こうしてバニトゥ経由での宮廷工作が行われ、出撃命令は延期された。

 その間に軍の増強が図られる。

 アッシリアの危機という事で、総督府には農民たちが軍団に参加すべく集まっていた。

 彼等はアッシュー神を信奉する「神の兵士」であり、自分たちが負け続けで馬鹿にされる事に我慢がならない。

 愛国心とは違うし、国家という概念も後世のものとは違う。

 それでも彼等は、アッシリアの危機を自分たちのアイデンティティの危機と感じ、自発的に軍に参加したのだ。


 軍の扱いとなれば、ヤバやバニトゥは役に立たない。

 総督であるプルと、副官のベル・ダンが軍を出動可能な状態に仕上げる。

 この管区では、既に常備軍が存在している。

 プルはその中から優れた者を、農兵部隊の指揮官に抜擢。

 普段から軍事訓練をしている者が、久々に槍を握る者たちを率いる。


 プルの訓練は、他とは違う。

 武勇を誇るいわゆる「アッシリア男性」らしくなく、プルは「命令の遵守」を求めた。

 予定通りの行軍、定刻通りの集合、押し引きの信号の墨守、挑発への耐性強化。

 命令違反には厳罰をもって接した。

 これにはプルへの反感も高まるが、既にそういう訓練で精鋭となり、抜擢された中級指揮官たちが不満分子を実力行使で黙らせる。


 また、領内の鍛冶師や大工を使って戦車の車軸や馬具の修繕、強化を行った。

 これはヤバの織物交易によって得た富が物を言った。

 更にレバノン杉の大量購入でストックがある。

 槍や車輪という木材加工品も、そのストックを使って行えた。


 こうして準備が進む中、プルは妻の政治工作について尋ねていた。

 彼女は、敵を侮らせる為に、わざと効果の少ない工作をしていて、その事は夫にも伝えていたのだが、ここに来て効果的な一撃を与えていたのだ。

 その内容と理由を問わねばなるまい。




「ああ、遊牧民(スキタイ)にある情報を流したのですよ。

 クムフ国王は、今は要塞都市アルパトに全軍を引き連れて籠っている。

 馬の産地クムフはがら空きだ、とね」

 ヤバは事も無げに言った。

 彼女は、スキタイを動かす際に、決して「依頼」や「交渉」をしない。

 情報を渡すのだ。

 例えば「ウラルトゥがアッシリアを攻める為に南下し、北方国境の警戒が薄れている」。

 今回は「クムフの王と軍が居ないから、馬を奪うなら今が好機だ」と。

 ヤバは、遊牧民たちを野蛮人と見てはいない。

 誇りある種族として接し、彼等の判断に委ねていた。


 スキタイの方も、ヤバ……というか彼女が作ったシステムを信頼していた。

 ユーラシア大陸中央部の草原(ステップ)を移動する彼等は、財産は全て身に着けている。

 価値のある貴金属、その工芸品を「邪魔じゃないのか?」と思うくらい装備して移動する。

 そんな彼等からしたら、貴金属の純度管理を徹底しているヤバたちは、信用出来る取引相手なのだ。

 ゆえに、彼女たちからもたらされる情報は、「騎馬民族なりの経済活動(略奪)」をする為の信用出来る特ダネなのだ。


 こうして七ヶ国連合の一つ、クムフ王国の足並みを乱す事に成功し、流石に同盟盟主マティ・イルは離脱をさせなかったものの、対応に追われていると言う。


「まあ、いずれ混乱を収拾するでしょうが、時間稼ぎは出来ました」

「時間稼ぎ、か」

「そうです。

 スキタイに多くは期待出来ません。

 彼等には彼等の生活があるので、クムフ王国軍が戻ったら、戦い続ける事はせずに去るでしょう。

 そして、狙いやすい所を狙います。

 それはアッシリア王国領であっても不思議はありません」

「中々信用がおけないなあ」

「それでも私が使える軍事力の中で、彼等以上はいません。

 不利になれば逃げますが、それは絶対に壊滅しない、常にどこかで存在している事になりますから」


 ヤバの言葉は、プルに啓示を与えた。

 この妻が使える最大の軍事力?

 自分にとっても最大の軍事力にはならないのか?

 スキタイは、妻が言うように、過度な信用は出来ない。

 だが、あの騎乗能力を自分たちのものに出来たら?

 あの機動力に対し、戦車では追いつけない。

 戦車よりも、騎兵を主体にした方が良いのではないか?

 所詮戦車は、貴族部隊の兵器に過ぎない。

 騎兵なら、身分問わず数を揃える事が出来る。


 プルは騎兵部隊を充実させる決断をした。

 伝令や偵察、敵後方での攪乱を行うスキタイに倣った軽騎兵と、武勇に優れた者を乗せる、鎧兜を付けて盾を持った重騎兵。

 それらが今まで無かった訳ではないが、これを歩兵に次ぐ軍の主力にしよう。

 プルはカルフ管区の軍を、更に強力にする事に成功したのである。

おまけ:

騎兵の育成は全く上手くいかなかった。

これはアッシリアだけの問題ではない。

(あぶみ)の無い時代、馬上での踏ん張りが効かないのは、生まれてからずっと馬に親しんでいる騎馬民族で無いと、騎乗戦闘する上で不利なのだ。

アッシリアの戦車部隊は、1人が御者、1人が弓の射手という構成である。

プル以前もアッシリアには騎兵は存在していたが、それは戦車と似た構成である。

騎兵は2人1組で構成された。

1人が自分も騎乗しながらペアの馬の手綱を曳き、もう1人が馬上で弓を使う。

操縦役と戦闘役の役割分担。


プルの知識でも、「鐙が無い」という構造的な問題は解決出来なかった。

それでもプルは騎兵を改革する。

戦車よりも数を増やした事。

そして馬具を改造し(ヤバの知識を使ったかどうかは不明、あの女性、軍事はさほど詳しくない)、鐙が無いまでも馬上での姿勢を安定させた。

弓騎兵の場合、2人1組の解消は出来なかったが、もう1種重装騎兵を開発し、片手で手綱、片手で槍を持つスタイルとした。

また2人1組でない騎射も考えられた。

スキタイのように、走らせながらの射撃は出来ない。

しかし、馬の足を止めての馬上からの射撃なら、鐙の無い時代のアッシリア人でも出来た。

戦術機動(馬を走らせながらの射撃)を諦め、戦略機動(戦場に如何に早く到達するか)に方針を変更した為、プルの騎兵部隊は「戦車の置き換え」から脱し、機動兵力となったのである。

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