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苦戦の裏事情

「我等が背後で、遊牧民(スキタイ)どもが蠢いておる。

 実に煩わしい事よ」

 ウラルトゥの前線基地にて、サルドゥリ2世が報告を読みながら苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「このような時期に、全く厄介ですな」

「そうだな」

 部下に同意しつつ、サルドゥリ2世は「このような時期」だからこそ後背を襲わせた人物に思い当たっていた。

(恐らく、カルフ総督府の女悪魔(ラマシュトゥ)の仕業だろう。

 如何に悪辣な頭脳を持っていても、所詮は女、軍をどうこうは出来ん。

 となると、効果的な嫌がらせを仕掛けて来よう。

 全く、男に産まれておったら、どれ程の強敵になったのやら)


 女悪魔(ラマシュトゥ)は、後に西方の地でリリスの名で恐れられることになる。

「旧約聖書」ではアダムの最初の妻とされ、その交わりによって大量の悪霊を産んだ存在。

 メソポタミアの人たちが最も忌み嫌った「女性の姿をした悪霊」の名「ラマシュトゥ」。

 それは単なる悪口を超えたものであり、サルドゥリ2世が如何に警戒しているかを示すものだったりする。

 実際ウラルトゥは、スキタイを警戒してアッシリアに深入り出来ない。

 自分から仕掛けておいて、国境付近から動けずにいる。

 アッシリアに対し真っ向から戦いを挑んでいるのは、マティ・イルの反アッシリア同盟軍となっている。

「ラマシュトゥ」と忌々しく呼ぶ、それはある意味最大級の評価とも言えた。


 その「カルフ総督府のラマシュトゥ」ことヤバだが、彼女はこれより自分の成果を隠す作戦に出ていた。

 彼女は自分が警戒されている事までは察していない。

 現在、サルドゥリ2世やマティ・イルは、ヤバの名前を隠さねばならないと思う程に警戒している。

 そうとは知らないものの、彼女は

「総督夫人が何やらやったようだが、所詮女の浅知恵、何の効果も無いな」

 と侮らせようとたくらんでいた。




「おお、アッシュール・イルニよ、会うのは久しぶりだな」

 首都アッシュールでは、プルの長男アッシュール・イルニが最高司令官(タルタン)シャムシ・イルに会っていた。

 ほんの2年前まで、アッシュール・イルニは(シャル)直属部下(ムシルケ)としてアッシュール・ニラリ5世に近侍していた。

 王の親衛隊とも言える存在であり、最高司令官とも近しい関係であった。

「最高司令官様には、我等父子の件で仲介いただき、有難く思っております」

「いやいや、君の父上も物分かりがよくなったようで、色々と私への礼を尽くしてくれる。

 君も不満が有ろうが、父上によくお仕えなさい」

 超貴重品の胡椒(ピリピリ)を貰っているせいか、シャムシ・イルはご機嫌である。

(この人は、こんなに俗っぽい人だったか?)

 以前首都に居て接していた時は、もっと威厳があって恐れ多い存在だった。

 しかし、今はそう思えない。

 どう見ても、欲深い俗人が威張り散らしているように見えてしまう。

 これはシャムシ・イルが変わったのではなく、アッシュール・イルニの見る目が変わった為である。

 以前の洗脳に近い状態が解け、世間一般の事がよく見えるようになったのだ。

 だが、彼の父と義母は「そうなったと知らせてはいけない」と、演技するよう言っている。


「そう言えば、結婚したそうだが、妻はどうだ?

 アルバキ総督の娘だそうだが……」

「最悪です」

 これも芝居である。

 義母と妻双方から「私たちの事はどうでも良いから、不仲だって言っておきなさい!」と強要されていた。

 それが策だとも。

 アッシュール・イルニはそう言えと言われた通り

「男の言う事に逆らい、殴ると睨んで来る。

 アルバキ総督はどのような教育をなさったのか、見識を疑います。

 女は従順であるべきなのです」

 と熱弁した。

 シャムシ・イルはうんうんと頷くと

「まあ、偉そうな事を言っても、女は何も出来ん。

 きっと義父のアルバキ総督に気を使っているのだろうが、結婚したからには女はお前の所有物だ。

 殺さぬ程度に痛めつけて、男の偉大さを思い知らせれば良いのよ」

 と、夫婦の在り方について上段から説教して来る。

 更に

「君の義母だが、どうも女の癖にシリアの国に手を出しているようだな」

 と言って来た。

(来たな)

 義母と妻から、その話が出たら上手く調子を合わせて、懐に入り込み、何を考えているか聞き出せと、耳にタコが出来るくらい言われて来た。

「ええ。

 義母は元々そちらの出自。

 父はそれを頼りに、工作を任せているようですが、女が何を出来るのやら。

 俺は父の蒙昧を正したいと思っております」

 と憤慨して見せるが、シャムシ・イルも簡単に腹の底は見せず

「お父上も忙しいのだ。

 女の手でも、何でも使えるものなら使いたいのだろう。

 ここは君も我慢して、どう転がるかを見守るが良かろう」

 と返した。

「はあ……」

 拍子抜けしたアッシュール・イルニだが、シャムシ・イルは去り際に

「君の義母や、君の父上が何をしているか、逐一私に報告してくれよ」

 と肩に手をやって言って来た。

(とりあえず、懐には入り込めたかな?)

 彼は慣れない演技で着けていた仮面を外し、本来の彼に戻って溜息を一つ吐いていた。




 アッシュール・イルニたち、ムシルケ教育が終わって10年以内の者は首都に集められ、王直属部隊となって守りを固める。

 王の親衛隊とも言える部隊は、現役のムシルケ教育中の少年たちだ。

 卒業生たちはその前衛となり、王が敵に襲われた時は盾となる。

 だが

「まあ、そのような事は起こらないから、安心したまえ」

 と、実際に指揮を執る最高司令官(タルタン)は言う。

 実際のところ、貴族の子弟であるムシルケを、簡単に前線に出して消耗させる気は無いし、彼等は貴族たちの謀反を防ぐ人質としても機能するから、首都から出すつもりは無い。


 実際に前線に出向いているのは、担当管区の総督が自弁する部隊である。

 首都の王直属軍は、親征が成されない限りは動かず、ゆえに最高司令官も現場の報告を聞くだけであった。


 報告は残念なものばかりである。

 アッシリア軍は各地で敗北を重ねていた。


 予め侵攻の準備を重ねていたウラルトゥ軍は、国境を超えて各地を荒すと

「最早アッシリアには民を守る力無く、神の意思を遂行する意思なし。

 かくも弱き国に生きる事を不幸と思え」

 と挑発していた。

 これに激昂したアッシリア軍は、戦車を前面に出して猛攻を掛ける。

 そしてウラルトゥ軍を撃破した……ように見せられた。

 俯瞰する目があれば分かるだろうが、彼等は完全におびき寄せられていた。

 怒りと雪辱の念で猛り狂うアッシリア軍には見えていない。

 敵国内にも関わらず、地の利を得ているウラルトゥ軍は、要塞が見えないよう上手く稜線を移動して、アッシリア軍を「死の間(デスゾーン)」に引き摺り込む。

 そして頃合いを見て反撃に転じ、要塞の射程距離に追い込むと、伏兵も含めた四方八方からの矢によってアッシリア軍を撃破していた。


 全く学習しない者が何度も同じ失敗を繰り返すが如く、アッシリア軍は各地で同じ負け方を続けていた。

 敗報を聞いても、最高司令官は涼しい顔だし、国王には感情があるのか分からない。

(どういう事だ?

 各地の軍と情報共有しないのか?

 父上の管区では違うぞ。

 それに、挑発に簡単に乗るとか、地形を調査せずに攻めるとか、訓練をちゃんとしているのか?

 まるで烏合の衆ではないか!)

 アッシュール・イルニは、想いを顔に出さないよう苦労しながら、アッシリアの異常さを疑問に感じていた。

 実際、異常なのはカルフの軍の方なのだ。


 カルフでは兵力数といった面での軍拡をしていないし、戦車と言った見える戦力を強化していない。

 外目には大して変わったようには見えない。

 しかし、内情は異なる。

 駅伝制度を充実させ、伝令兵が素早く情報を伝達する。

 遊牧民を傭兵にしているが、その遊牧民とアッシリア兵をセットにした斥候部隊が情報を掴むと、伝令兵に伝えるようになっている。

 情報を受け取った司令部では、充実した文官が即座に粘土板に情報を記し、また伝令兵を使って展開している部隊と情報共有する。

 更に軍は常備軍を増やしていて、彼等は命令に背いて勝手な行動をしないよう訓練されている。

 父のプルは厳格な人物である。

 戦闘よりも、命令を正しく聞くかどうかを重視し、命令違反には厳罰をもって臨む。

 兵力はもしかしたら、農民の農閑期出動に比べて減ったかもしれない。

 しかし、その軍は今のアッシリア軍のような醜態を晒す事は無いだろう。


 父の軍の方が寧ろ異常、そうとは知らないアッシュール・イルニだが、それにしても国軍の動きの無さは疑問であった。

 各地の軍が負け続けているなら、そろそろ親征あるべきだ。

「アッシュール神の代理人」たる国王の務めであろうに。

 国王が動かないのなら、せめて最高司令官が代理で遠征軍の指揮を執っても良い。

 それなのに、一向に動かない。

 おかしい。


 そして、その疑問は案外あっさりと解決した。

 シャムシ・イルはアッシュール・イルニを脇に立たせたまま、怪しげな男と密会する。

「で、新たなウラルトゥ王の要求は?」

(ウラルトゥ王だと?

 まさか、最高司令官は敵と通じているのか?)

 驚くアッシュール・イルニ。

 密使は、証拠を残さない為か、全て口頭で伝える。

「新たな要求は特にはありません。

 ただ、シリア方面に出る兵士が少ないのが不満です。

 そちらの兵を蹴散らし、シリアを完全に抑えたら王は退くつもりです」

「ふむ……。

 そちらはカルフ総督が担当しているようだが……」

「王は小細工をせず、軍を出せと言っています。

 これでは勝敗がハッキリしない、と」

「そうか。

 では、カルフ総督に出撃を命じる他あるまい」

「その軍を撃破したら、いつも通りに」

「では、カルフの軍が敗れたら、我々が出撃する。

 上手く芝居をするよう、ウラルトゥ王に伝えよ」

「仰せのままに」


 密使が去った後、シャムシ・イルはアッシュール・イルニに尋ねる。

「見た通りだ。

 わしはウラルトゥと通じておる。

 交渉をして、適当な所で戦争を収める手筈を定めておる。

 王の直属部下(ムシルケ)にして、カルフ総督の長子よ、君はどう思う?」

(これは、返事を誤ったら殺されるな)

 シャムシ・イルは涼しい表情だが、それは殺気を消してこちらを試しているに過ぎない。

 最高司令官を利敵行為だと弾劾したら、確実に殺される。

 しかし、「流石はシャムシ・イル様、素晴らしい決断です」なんて阿諛追従しても、芝居がバレバレでやはり殺されるだろう。

 何が最適な答えか?


 幸運な事に、アッシュール・イルニは商人相手にやり合っている義母を見て来た。

 短い期間だが、彼女に鍛えられた。

 彼はシャムシ・イルを睨んで

「これは我が王(ベーリー)の為の行動なのですか?」

 と問う。

 少し驚いた表情になったが、シャムシ・イルは

「そうだ。

 我が王(ベーリー)の為だ」

 と答える。

「もう一度聞きます。

 これは我が王(ベーリー)の為、アッシリアの為の行動、アッシュール神に恥じる事なくそう言えますな?」

「くどい。

 そうだと言っている」

 アッシュール・イルニは表情を和らげ

「であるならば、俺のような若造が最高司令官に申す事はありません。

 閣下の御意思のままに、我が王(ベーリー)の御意のままに」

 そう言って服従の意を示した。


「君は立派なアッシリアの、王の為の兵士だな。

 ならば、ゆめゆめ我が行動を疑う事なかれ」

「はっ」


 どうやら危地は脱したようである。

 アッシュール・イルニは、この戦争の絡繰りに気づいた。

 何かの目的の為に始めた戦争で、それが解決したら、以前のようにシャムシ・イルが乗り出し、敵を撤退させて終わるものだ、と。

 その目的が、本当にシリア各国の切り崩しだけなのか?

 その疑問だけは、いずれ解明させようではないか。

おまけ:

バニトゥ「私たち出番無いですわね、義母様」

ヤバ「常に派手な事ばかりもしていられませんわ。

 地道な作業も必要です」

バニトゥ「ですが、敵には微妙にダメージ与えてますよね?」

ヤバ「何もしていないと思われても癪ですしね」


プル(微妙なダメージ?

 ウラルトゥの後方に大打撃を与えてないか?)

アッシュール・イルニ(うちの嫁と義母、直接登場してないのに、存在感があり過ぎるのだが……)

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