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手強い相手

 祖国サマルの情報を知ったヤバは、早速「反アッシリア同盟」への対処に取り掛かった。

 アッシリアにおいて総督とは「地方の王」のような存在である。

 王国の軍としても行動するが、独自に動けるだけの権力も有していた。

 その特権を生かし、カフル総督プルは、妻を「反アッシリア同盟」担当に任じた。


 とはいえ、非公式なものであり、命令の根拠は乏しい。

 男尊女卑のアッシリアにおいて、女性のヤバが直接軍を動かす事は禁忌であるのだし。

 そして、ヤバが直接出向く事も許されない。

 祖国サマルにおける協力者を失っているヤバに出来る事は少なかった。

 それでもヤバは、夫の信任に応えるべく動き始めた。




「アッシリアが例の間道の拡張工事を始めただと?」

 反アッシリア同盟の合同会合に、その報がもたらされると、早速サマル王クラムワが慌て出した。

 かつてアッシリアの織物貿易を制御しようと画策した際に作られてしまった、抜け道とも言える新しい通商路。

 それは「シリア門」を有する事が最大の地理的利点であるサマルを揺るがす事態だった。

 慌てるクラムワを、盟主マティ・イルが窘める。

「狼狽えるな、若造。

 そのような態度は、自身を軽い存在に見せるのだぞ!」

 一喝されて多少落ち着くと、今度はマティ・イルに食ってかかる。

「そうは言われるが、アッシリアとの交易はこのヒッタイトの故地を必ず通過するもの。

 レヴァントの国々も、アヒヤワ(ギリシャ)との交易も、ウラルトゥとの連絡も、全てこの地域あってのもの。

 その利点の一つ『シリア門』を無効化される事は、我が国だけでなく、ここに居並ぶ各国にとっても損となるのですぞ」

(なるほど、この若造、全くの無能ではないな。

 だが、サルドゥリ2世が言っていた通り、考えが浅い。

 実務を知る者ではないな)

 そう感じながら、マティ・イルは疑問に答える。

「その方法が有効ならば、先人が既にやっておるだろう。

 だが皆、『シリア門』を使い続けた。

 我々の先人たちの歴史を甘く見るでない。

 やらなかったのは、結局『シリア門』を使った方が便利だからだ。

 サマル王に聞くが、その間道が作られた後、アッシリアは一切『シリア門』を通らなかったのか?」

「いや、穀物の輸出や、資源の輸入の際は使っていた。

 使わなくなったのは、織物交易と木材の運搬くらいだ」

「で、あろうな。

 織物のような軽い物なら、急峻な道でも良い。

 木材は荒っぽい扱いをしても良く、馬に曳かせれば良い。

 しかし馬車を仕立てて運ぶ物となれば、そうは行かない。

 古来よりの知恵通り、『シリア門』を通るしかなかろうよ」

「では、アッシリアがあの道を拡張するというのは?」

「サマル王を狙い撃ちにした、揺さぶりに過ぎん。

 貴殿たちが間道を阻止する行動に出ると、足並みが乱れる。

 そこで混戦になれば、同盟の立場上援軍を送らねばならぬ。

 それを目論んでの事よ。

 放っておくのが得策だ」


 流石にマティ・イルは老獪であった。

 その回答に、同盟の各国代表は頷く。

 だがクラムワは口を尖らせ、

「そもそも、あの間道を介して交易しているハラブが在るのが悪い。

 あの都市は、交易停止命令を聞かず、今でもアッシリアと交易していると聞く。

 盟主は偉そうな事を言っているが、己の領内の都市すら制御出来ていないではないか」

 とマティ・イルに食って掛かった。

(本当に無能ではない。

 自国の問題だから隠しておったが、それを嗅ぎ付けおったか。

 だが、この場で言う必要はなかろう。

 皆の前で私の威厳を傷つけて、何の意味があると言うのか?

 無能ではないが、馬鹿者だ。

 有能な馬鹿は、余計な事を仕出かすから、馬のように(はみ)を噛ませて制御せねばな)


 マティ・イルは苦い顔になっている。

 クラムワが言った事は事実で、そこが反アッシリア同盟の抜け穴となっているのは確かだ。

 そして、クラムワが言った事など、百も承知である。

 各国のアッシリア派を軟禁したのと同様、既に手は打っていた。

 しかし、それが通用しなかった事実を、この流れでは話せねばならない。

 それが忌々しい。

 だが仕方ない、話そうではないか。


「サマル王が言った通り、ハラブ市を野放しにしているのは、私の誤りだ。

 だが、私は何にしなかったわけではない。

 一軍を派遣し、あの伝統を鼻に掛けた高慢な商人や神官どもを屈服させようとしたのだ」

「おお!」

「だが、失敗した。

 ハラブには既に別の軍が居て、我等を待ち構えていたのだ」

「商人どもが雇った傭兵など、物の数ではないだろう!」

(そうで無かったから問題なのが分からんのか、この馬鹿は!)

 クラムワを睨みながら、マティ・イルは話を続ける。

「ハラブを守っていたのは、アッシリアから遣わされた傭兵部隊だった。

 名目はアダド神殿の警備である。

 数千に及ぶ傭兵が守りに着いていたから、攻めるのは諦めた。

 そこで戦闘になったら、双方から援軍が駆け付ける。

 我等はこの近く、我等の庭でアッシリアに勝って来たが、ここから離れた場所で戦って勝てると思う程思い上がってはいない。

 野戦でアッシリアに負けたら、このアッシリアへの抵抗は水泡に帰してしまう」

 そう言ってから、クラムワに話を振った。

「この手を打ったのは、誰か想像がつくな?」

「まさか、ヤバか……」

「個人名を口に出されるな!

 その名前を何度も口にすると、やがてその名に怯える者が出かねない。

 そうだ、貴殿の知る者の仕業だ。

 その者に先手を打たれたのよ。

 先手を打たれた以上、深入りは禁物。

 忌々しいが、放置する他ない。

 7ヶ国同盟を結んだものの、我々だけではアッシリアに兵力で遠く及ばぬ。

 余計な事はせず、我等の庭で守って戦う事だ。

 分かったな、サマル王殿!」


 口を閉ざしたクラムワを見て、マティ・イルは

(もうこれ以上、余計な事を言いなさるなよ)

 と願った。


 サルドゥリ2世と会合を持った時、何度も名前が挙がった「カフル総督夫人ヤバ」。

 マティ・イルはその名前を隠す事にした。

 どうも只者ではないようだ。

 この馬鹿だけでなく、サルドゥリ2世すら「してやられた」と言っている。

 この女の仕掛けに乗って、相手に名を成さしめたなら、「ヤバ」の名前によって踊らされる者も出て来るだろう。

 過剰に反応させない為にも、ヤバという個人の名前は極力隠し、何か仕掛けて来ても、相手にせず守っていれば良い。

 軍事力を持たぬ、否、持つ事を許されぬ女であれば、経済を武器に戦う以上の事は出来まい。

 踊らされさえしなければ、交易の十字路とも言うべき地を占める自分たちが圧倒的優位。

 そうなれば、如何に有能な女性であっても、手も足も出ないだろう。


 だが、相手もきっとそれを理解している。

 今後も、同盟の崩壊期待要素(セキュリティーホール)である馬鹿王クラムワを狙い撃ちにして来るだろう。

 この馬鹿その者は失敗しようが殺されようがどうという事も無いが、「シリア門」を奪われたらアッシリア禁輸攻勢は瓦解しかねない。

 この馬鹿を制御し、サマルと「シリア門」を維持し続けねばならん。


 マティ・イルの人知れぬ苦労は、恐らく敵に回っているヤバなら理解出来るであろう。




「そう……サマル市に動きは無いのね」

 アナトリア半島やシリア各地に出した間諜からの報告に、ヤバは眉を顰めている。

 反アッシリア同盟諸国に対し、ヤバは軍事力を伴わない攻勢を仕掛けていた。

「自分とは違う系統の王家を殺した卑怯者」

 という噂を流したり、「海の民」に頼んで密輸品の取り扱いを増やしたり、馬鹿王が怒って出て来るような策を多数講じていた。

 それでも動かない。

 どうやら、馬鹿の手綱を握る者が居て、その者が優秀なようだ。


「義母様、ちょっとよろしいかしら?」

 プル家長男アッシュール・イルニの妻となったバニトゥが声を掛けて来た。

「良いですよ、何ですか?」

首都(アッシュール)で、ちょっと不快な噂が立っていましてね」

「噂……」

「そうです。

 義母様が色々手を尽くした改革とやらも、相手が買わないとなったら何の意味も無い。

 所詮は女の浅知恵だ。

 こんな風に言われていますのよ」

 バニトゥの母は、そこそこ良い家柄の貴族の娘であった。

 それを打擲して辱めた問題児ではあるが、それでも中央へのコネクションを持っている。

 外国出身で、中央との接点が無いヤバに比べて、バニトゥの持っている強みと言えた。

「私は義母様がどれだけの事をやったのか、分かっています。

 とても素晴らしい事です。

 なのに、男どもが見苦しくも嫉妬して、陰口を叩いている。

 軍隊で戦うから偉い、政治を行う知能が上だ、なんて言うなら、義母様を上回る成果を出せって言うんです。

 それを影でコソコソと……みっともない……」


 苦笑いしながら嫁の愚痴を聞く姑。

 だが、その姑のヤバが何か閃いたようである。


「そうか、失敗すれば良いんだ」

「は?

 義母様、一体何を?」

「バニトゥさん、貴女は実に良いヒントをくれました。

 男だって、グチグチうじうじ言うものです。

 女が自分より勝っていると認めたくないようです。

 中にはそうでない人も居るでしょうが、今貴女が言った人たちは、何をやっても私を認めないでしょう。

 それを利用しましょう。

 私はこれから、対同盟では失敗するか、思ったような成果を挙げられないように行動します。

 そうすると……」

「義母様を侮って、勝手な行動をする者が出て来る、というわけですね」

「うん、それも有ります。

 ですが、私はサマルの馬鹿王の手綱を握る者に、油断をして欲しいのですよ。

 所詮は女だ、とね。

 ひいては、そんな女に任せっきりにしているご主人様も侮って欲しいのです」

「総督閣下を?

 それは我が家の恥ではないですか?」

「私は戦争の事は詳しくありませんが、それでも分かる事があります。

 油断した軍隊は、大体負ける、と」

「それは私も分かります。

 なるほど、いくら義母様が手を打たれても、このアッシリアから出来る事は高が知れている。

 最終的には義父様……総督閣下が軍を率いて出向く事になる。

 その時の為に、一時の恥を忍んででも、相手に油断させた方が益が大きい、と」

「話が早くて楽しいわぁ。

 そうと分かれば……」

「敵と一緒に、首都の馬鹿どもも利用しましょうか?

 そういうのが伝われば、一層相手は義母様が大した事ないって信じるでしょう」

「バニトゥさん、貴女も中々悪い子ですね」

「義母様には及びませんわ」

「おほほほほ……」

「うふふふふ……」


 嫁姑が意気投合して黒い笑いをしていた頃、夫2人がどこかで寒気を感じたとか、感じないとか……。

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軍師が二人になった!^_^
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