見送った後。
車輪から立ち上る砂煙が消え、フランセットを乗せた馬車の影がなくなるまで見送り、私はようやく息を吐く。
つっかかられていたけど、あの容姿や性格は鮮烈で刺激的だった。
いなくなるとなんだかさみしい。
最後に何かもっと気の利いたことを言えたらよかったな。
私は隣に立つクリフォードを見上げる。
感傷的になっている私と違い、彼は感情のこもらない目で遠くを見ていた。
だが私の視線に気付くと、目元をやわらげ微笑む。
それを見た途端、私の両肩から力が抜けた。
「……行っちゃいましたね」
「騒々しかったな」
苦笑しながら、クリフォードは水晶を布に包んで箱に戻す。
「しまっちゃうんですか? きれいなのに」
「俺がずっと持ってると割れるから」
「割れるんですか?」
「水晶はもろいからな。多量の魔力をずっと流し続けると壊れる。改良には硬度が必要だな。それとも他の石にするか……」
思案し始めたクリフォードが、研究者の顔で「何かいい鉱物は……」と立ち並ぶ商店や露店を見回す。
「クリフォードさま、その水晶は本当に魔力を量れるんですか?」
「あぁ。実証実験はこれからだけど、ほぼ完成品だ」
「じゃあそれを使えば、たくさんの人が自分の魔力量を知れますね」
「だが……自分の魔力の残りを知りたくない人もいるだろう」
「そうですね……」
私はクリフォードに無尽蔵と言われてるけど、枯渇の心配を抱えてる多くの人は魔力量を知ってしまう恐れもある。
「水晶なら加工しやすいし魔力の通りがいいから、少なくなってしまった魔力でも量れるしなぁ」
目についた宝石店のショーウィンドウ前で、再びぶつぶつ言い始めたクリフォードの袖を引く。
「クリフォードさま。再投票の時に使ったクリアスポットの魔法陣を書いたのはクリフォードさまですよね」
「わかった?」
「はい、陣に入った瞬間、クリフォードさまの魔力を感じましたから」
私がそう言うと、クリフォードはショーウィンドウから目を離した。
「学園長から魔法省へ依頼が来たんだよ。コンテストの再投票なんて久しくなかったから、用意してあった魔法陣が古くなって呪文がかすれてしまってる。新しいのを早急に融通してくれって」
「魔法省ってそんなこともするんですか?」
「するよ。でも魔法陣なら教授たちも魔法省の先輩たちも書けるはずなのに……。年だから手が震えて正確に書けないとか老眼で小さい呪文がかすむとか、仕事が忙しいとか、みんな言い訳並べて俺を指名してきた」
拗ねた口調で言うクリフォード。
私にはすごい先輩だけど、年上の人たちには広い意味で可愛がられているようだ。
「あとは、まぁ洗脳魔法の可能性があるから、お前が行けって指名されてな」
「それは……クリフォードさまの魔力が強いからですか?」
「そうだ。さっきも話した通り、魔力が強い者は魔法耐性がある。俺なら洗脳されることはないだろうと言われた」
「ですよね」
「でも油断してたり、不意を突かれた瞬間に術に掛かることもある。だから先輩が魔力の干渉を受けない呪符なんてものをよこしてくれた。それより魔法陣書くのを手伝ってほしかったな」
気を取り直し、目的である古魔道具店を満喫し、私たちは露店で買ったジュースでのどを潤す。
そこに見回り警備をしていたレオンが通りかかった。
私たちを見つけ、口元にかすかな笑みを浮かべて、小さく手を上げる。
「よぉ。なんだか大変だったらしいな。ソニアから聞いた」
クリフォードとレオンが並んだ瞬間、周囲の女性たちからざわりと声が上がった。
どちらも長身で眉目秀麗。
一人でも衆目を集めるのに二人揃えばちょっとした騒ぎになる。
二人が在学中もよく見た光景だ。
なつかしいなぁ。私はそばに行くのも気恥ずかしくて遠くから見ているだけだった。
あと私が浮つくと元婚約者のコーディが不機嫌になるので、なるべく興味のないそぶりをしてたけど、本当は一緒にきゃあきゃあしたかったなぁ。
そんなことを考えている私の目の前で、二人は真面目な顔で会話を続けている。
「ソフィアはあのドールを気に入ってたから、不正があったと聞いて落ち込んでた」
「そのうち改良されて安全なドールが販売されると思うぞ」
「時期は未定だろう?」
「あぁ、すぐには無理だと思う。ところで、ミス・タッカーは魔力持ちだったのか?」
「発現できないほどわずかだがな。それでも自分の魔力の色にドレスを染めたいって話ばかりしてるから母親まで欲しくなったらしく……俺に呪符を書けって、毎日二人でせっついてくる」
それを聞き、クリフォードは口元を引き締めた。
「コンテストに出た呪符は欠陥だらけだから、きちんと作り直す必要があるぞ」
「らしいな。俺に作り直しなんて無理だって言ってるんだが、聞いてくれない」
すでに世の中に流布している確立された呪符は、ただ見本通りに書けばいい。
だが、今回のような、様々な呪文を組み合わせてオリジナルの呪符を書くには経験や技術がいる。
「俺の苦手分野なのに……」
「相変わらずだな」
弱り切ったレオンにクリフォードも苦笑した。
「しょうがない。俺が呪符の見本を書こう」
「本当か!」
「ドールはそっちで用意しておけ。使用テストをして、三日以内に自宅へ送る」
「助かる。礼は何がいい?」
「クッキーを頼む」
「了解。俺からの気持ちだ。ケーキもつけよう」
「うん、いただこう」
即答する二人が面白くてつい笑ってしまう。
ソフィアがクッキーもケーキも作るのに、自分のものみたいな言い方をするレオンと、金銭を要求せずおやつを欲しがるクリフォード。
どちらも子供のようだ。
「父親はパウエルくんのオルゴールを欲しがっていた。商品化されそうか?」
「いくつかの商会から話が来ました。けれど呪符が大量に必要なので、商品になるかなぁ」
「なったら教えてくれ。俺個人としては自動馬車が気になる。販売されたら、自宅で走らせてみたい」
「教授たちは椅子に取り付けて教室まで運んでほしいなんて言ってましたよ」
大賞になっただけあって自動馬車は学園内外で話題になっている。
「自動馬車は……すぐに販売されないかもしれない」
「どうしてだ?」
レオンと私は驚いて、目を丸くした。
「あんなに人気があって需要も見込めるのに?」
「自動馬車だけで、展示会開けると思うぞ?」
私たちの疑問を受け、クリフォードは大きく頷く。
「その通り、自動馬車の仕組みは有用性が高い。今後、魔石や魔力に変わる動力源になる。だから商品化というより、国を挙げての実用化が進むと思う」
「……なるほど」
レオンはその説明に納得したようだが、表情が残念がっている。
しかも「きっと小型の試作品が出るはずだ……」とつぶやいたから、本当に欲しいんだろうなぁ。
「しょうがない。ここはあきらめておくか」
自分に言い聞かせるよう頷きながらレオンは言う。
「もしかして、魔法省で開発を進めるのか?」
「十中八九」
クリフォードの答えを聞いたとたん、レオンは目を輝かせた。
「実用実験で人手が必要なら呼んでくれ」
そう言い残し、足取り軽くレオンは仕事に戻っていく。
スキップでもしそうな姿に苦笑して見送り、クリフォードは私を振り返った。
「リディア、海に行かないか?」




